一年物語 其の二   作:りろぶこん

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やっちまったと気付いたのは日付が変わってから。
いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。


萌芽の八月

 暑い。とにかく暑い。

 工場内は熱気で満ちていた。梅雨も過ぎ、過酷な猛暑が続く中で、長月は事故で失った時間を取り戻そうと奮闘していた。

(いやー、クーラーでも新調すべきだったかね。暑さには慣れっこのつもりだったけどこれはさすがに……)

 じっとしていても汗が噴き出すというのに、重苦しい駆動音を響かせる機械の前にいれば、拭っても拭っても止まらない。

「あー無理無理、休憩~」

 長月は作業を中断すると、野暮ったい作業服を扇ぎながらソファへ転がった。だがすぐに起き上がる。べっとりと張り付くシャツが不快な事この上ない。

 一風呂浴びてさっぱりしようと、長月は無造作に上着を脱ぎ捨てる。汗で透けるわ張り付くわで色々大変な事になっているが、誰も見ていないし見られていても気にしないのが彼女である。

「……おっと」

 壁についている電工掲示板。もちろん長月の自作であり、日付と時間が表示される自信作だ。

「ま、気分転換にもなるかね」

 夏の暑さは日が傾いても終わらない。

 その暑さから逃れるように、卯月はいつもの凛とした表情を緩めてベッドに転がっていた。薄手のシャツにホットパンツ姿。彼女の肌にはうっすら汗がにじみ、くっきりと水色の下着が透けてしまっている。

 そんな中、ピンポーンとチャイムが鳴る。何故こんな暑いのに外に出ねばならんのかと思いながら、卯月は玄関を開けた。

「やっほーい。あんたみたいな綺麗な娘が濡れ透けとはいただけないねー」

「……誰だお前」

 

 夏なので外はまだ明るいが、実際は結構な時間である。ずけずけと侵入してきた作業服姿の女に、卯月は露骨に警戒心を露にしていた。

「いやー参ったね。ここまで暑いと」

「お前は誰なんだ」

「冗談じゃないのか。少しショックなんだけど……長月だよ。次の月担当、あんただからね」

「聞いていない」

「そりゃそうだろうけどさ……」

 長月と名乗った女はポケットから小型の扇風機を取りだしスイッチを入れる。大きさが大きさだけに効果は期待できそうにないが、それでもないよりはマシ程度の風が吹いているのはわかった。

「珍妙なからくりを出すな」

「扇風機だよ。あんたの家にもあるだろう」

「見た事はある。だがそんな物に頼らん」

「そこらは自由だけどね。熱中症には気を付けな~」

 長月がミニ扇風機を一度置く。風の影響かふらふらと動くそれが、正面に卯月を捉えた。

 涼しい。

「……」

「ま、とりあえず日中に動くなんて自殺行為だからさ、こんな時間になったのも許し……」

「……」

 気付けば卯月は風に釣られて長月の横に移動していた。長月が壁になって上手く風が伝わらないのをもどかしく思いながら、右に左に位置を調節する。

「……そろそろいらないかな」

「……あ」

「露骨に残念そうな顔するんじゃないよ。あたしが悪者みたいじゃないか」

 再び扇風機が稼働する。今度は長月が少しずれ、直接風が浴びられるようになった。

「そんなに気に入ったならやるよ。持っときな」

「ほ、本当か」

「まあそれくらいならいくらでも量産できるしね」

 お気に入りの玩具を見つけた子供のように嬉しそうな卯月。しっかりとミニ扇風機を握りしめながら言う。

「お前、こんなからくりをいくらでも造れるのか」

「からくりって……あんたもしかして睦月以上の世間知らずじゃないだろうね。まあ答えるならはいかな」

「ほう……ではその腕を見込んで頼みがある」

「何を造れってんだい」

「花粉症対策のからくりを造ってくれ」

 はぁ?と長月は聞き返していた。

「私は酷い花粉症でな、いくつかそれについて調べたのだ。すると花粉症とは極小の粉末が鼻や目の粘膜を刺激するから起こるという。ならばこの、なんというか、風を起こすこの羽を目元と鼻の辺りにつけてだな」

「何となく言いたい事はわかったよ。それに対するイメージも多分あたしとあんたで共通してる。造るのはわけないけど……」

「そうか是非」

「参考までに聞くけど、あんたそれつけて街中を歩くつもりじゃないだろうね」

「?当然つけるぞ。せっかく画期的な花粉症対策グッズを造ってくれたのだ。るけない方が失礼に」

「ならない。ならないよ。あんたがよくてもあたしが恥ずかしい」

「そうか……」

 しゅんとうなだれる卯月。ちょっと可愛そうに思ったのか、長月がその頭にぽんと手を乗せた。

「まああたしに頼らなくても、今なら色々薬とか出てるよ。今度薬局に行ってみな」

「ヤッキョク?なんだそれは」

「……冗談でもなさそうだね……あんた今までどうやって服やら調達してたんだい?」

「たまに弥生や皐月が人間界に遊びに行った時のお裾分けをもらっていた。私の役目はあくまで月の管理だからな」

「はぁ……」

 長月は頭を抱える。

 何故そんなリアクションを取られたのかわからない卯月はきょとんとしていた。

「今度人間界に連れてってやる。デビューがあたしで問題なけりゃの話だけど」

「それはありがたい。お前の友人も呼んで構わんぞ」

「遊びに行くつもりはないけどね」

 どこかずれた二人にずれた会話。

 真夏の夜は、不思議な邂逅を呼び寄せた。




まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
世間知らず卯月ちゃん。扇風機すら知りません。もっぱら日用品は前後の月娘である弥生と皐月が供給しています。特に要望がないので二人の趣味や嗜好が出てしまう卯月です。
絡みは長月。なんでもお姉さん。とりあえず困ったらこの人。正直全話に彼女登場させたいくらいです。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。
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