「戻りました」
「ああ、ご苦労だった。……彼女はどうした?」
ダーカーたちの襲撃が止み、再び船内にひと時の平穏が訪れた後。俺は再度の呼び出しにしたがって、ベルガの待つアークス課の応接室へと立ち入っていた。
報告書を読んで、おそらく被害件数に関してだろう、苦い顔をしていたベルガが、入室してきた俺に向けて顔を上げる。そして、俺の後ろにフィルが居ないことに気付いた。
「メディカルチェックに行ってます。ダーカーとの戦闘は初めてだったんでしょう?」
「そういうことか。なら、君もしばらくここで待っているといい」
ベルガの言葉に従って、俺は彼のいる応接室へと踏み入る。先ほどフィルと出会った場所でもあるそこのテーブルには、ベルガに宛てられたホログラム製の報告書数点と、彼お気に入りのコーヒーらしきものが置いてあった。
「とか言いつつ、質問とかなにかするんでしょう?」
「はは、バレバレだな。といっても別に任務ではないからな、あまり身構えないで、気を楽にしてくれていいぞ」
そんなこと言われても、俺としては何を言われるかわかったもんじゃないので心中穏やかじゃない。内心で戦々恐々としつつ着席すると、報告書に目を落としながらベルガが質問してきた。
「彼女は、どうだった?」
「……難しい質問をしますね。まあ、才能があるとは思いますよ。実戦経験を積んだら、少なくとも俺よりは強くなります」
「君にそこまで言わせるとは、彼女は中々の逸材なのだな」
主語を省いた質問の回答を聞いて、ベルガは目だけで笑って見せる。
自負がある、とかほざいていた自分で言うのもなんだが、俺の実力は多く見積もっても中堅が良いところだ。若年にしては実力者だと言われることはあるが、それでも数多いアークスの中に埋もれてしまう程度のものだとは理解している。
その点、フィルは基本指南の動きをほぼ完璧に模倣して、初めての遭遇となるダーカーたち相手にも果敢に立ち向かい、最終的に俺の助けがあったが、被弾回数をゼロに抑えたのだ。こと、生存能力に関しては突撃癖のある俺よりも高いといっていいかもしれない。
「ならば、アークスとしての活動においては心配なさそうだな」
そう言って神妙な表情とともにうなずいたベルガは、しかし二の句をつがずに口元を引き締めた。――俺に言いにくい話なんだろうと、本能的に察してしまう。
「……報告書で知ったのだがな。彼女は昔、ある存在の襲撃に遭ったらしい」
伏せがちな壮年の男の瞳には、悔恨の光。彼の口をついて出た言葉は、嫌が応にも俺の記憶を引きずり出した。
「それで、家族も友人も、全部?」
「だ、そうだ。……一応、幼馴染だったという子供はいまだ、今に至るまで遺体どころか、死亡した痕跡すら発見されていないらしいがな。それが幸せかどうかは、判断の難しいところだ」
ベルガの口から語られた少女の経験は、俺の記憶に生々しく焼き付いている光景と、いやに被ってしょうがない。そう考えて、鮮明に呼び起こされた記憶に――少女の体験した理不尽に、俺は思わず舌打ちした。
胸中穏やかではない俺の態度を察してか、苦々しい表情のまま、一つ咳ばらいを挟んで再びベルガが口を開く。
「まぁ、ともかくだ。一人取り残される辛さという物を、君は知っているんだ。どうか、彼女に真摯に接してやってほしい」
彼にとって、アークスと言う存在は等しく、自らの子と同義だと語られたことがある。その時の父親のような顔のままで懇願してきたベルガに、俺は思わず冗談めかして肩をすくめる。
「……それは、上司としての命令、ですか?」
「いいや、私個人からの、きわめて個人的な願いさ」
が、返ってきたのは不敵に笑みつつも、優しい威厳を崩さない、父性に満ちた暖かな声音だった。
***
「あ、コネクトさん」
やりきれない感情はひとまず押しとどめて、俺は連絡のあったメディカルセンターへと足を運ぶ。数人ほどの人間が思い思いに時間を潰している中で、目当ての人影、ことフィルは、何かを考えているように虚空へと視線を投げ、ゆったりと背もたれに身体を預けていた。
そんな視線が、ふいに俺の方へと向いたかと思うと、感情を抜き取っていた顔に小さく笑みが宿る。少女の口をついて出たのは、俺の名前。
「よ、フィル。身体の方は大丈夫だったのか?」
「はい、なんともありません。コネクトさんのおかげで、ダーカーからの攻撃も受けませんでしたから」
にこにこと笑う彼女の様子に、特段異常は見られない。異常が出るようなことをしたわけでもないので当然と言えば当然なため、取り合えず俺は彼女の体調を気にすることはやめておいた。代わりに、途中の自販機で買ってきたジュースの缶を差し出す。
「ほら。戦った後で、喉乾いてるだろ」
「あ、ありがとうございます。頂きますね」
プルタブを開ける音を聞きながら、俺もフィルの横に腰を下ろして自分の飲み物を口にする。そのまま二人でジュースを飲みながら、俺はふと気になったことを彼女に尋ねることにした。
「……なぁ、フィル。フィルはどうして、アークスになろうと思ったんだ?」
アークスと言う職業になるための門は、割と広い。基本的にフォトンを操る力を有しており、なおかつある程度の戦闘を行える資質を持った人間であれば、試験を修了することによってアークスになることができる。なので、アークスになった人間が志している者は、実に多種多様だ。
稼ぎが良いから、強くなりたいから、地位を得たいから、適性があったからなんとなく、ほかに働くところが無かったから……などなど、例を挙げれば枚挙にいとまがない。かくいう俺もまた、「復讐」を掲げてアークスになった身だ。今ではすっかりベルガのところの飼い犬になってる気がするが。
「……実は私、人を探しているんです」
そして目の前の少女もまた、俺と同様に身の上ゆえの理由を掲げる人間だったらしい。
アークスと言う組織は、オラクル全域のみならず、手の入った惑星各地にも渡る、大規模なネットワークを持っている。だからこそ、その膨大な情報網を伝って、目的の人や物を探そうと考え、アークスになる人間も珍しくはないのだ。
「人探し、か。何か、手がかりとかはあるのか?」
「いえ、無いです。というか、今どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかすら、わからないんです」
しかし、彼女の探す人間――おそらくは先ほどのベルガとの会話に出てきた「幼馴染」は、消息のつかめない人間ときた。宇宙とはとかく広い世界であるため、その中から一人の人間を見つけ出すなど、惑星リリーパの全土にわたる広大な砂漠に埋もれた、一粒のフォトンドロップを探すようなもの――要するに無謀だ。
「そりゃ、無茶なんじゃないか?」
「ええ、自分でもわかってるんです。見つかりっこないって。……でも叶うなら、どんな形でも、一瞬でもいいから、逢いたい。彼に逢って、一言――「ありがとう」って、そう伝えたいんです」
しかしそれでも、彼女の瞳には確たる決意の光が宿っている。誰に何を言われようと、たとえ自らの一生をかけてでも達成したいという意志が――俺の持つ悲願とよく似た色の意志が、俺の目にはしかとみることができた。
「……そっか。叶うと良いな、その願い」
だから、俺はエールを送る。きっと君なら、どんな障害でも乗り越えて、いつか願いを叶えることができるだろう。そんな一種の願いを込めて。
「はい、ありがとうございます。きっと、このペンダントが叶えてくれるって信じてます」
言いつつ、フィルは研修生服の胸元を探って、首にかけているらしい小さなペンダントを取り出し、俺に見せてきた。
鳥の翼をモチーフにしたらしい、片翼を模した金属製のペンダント。造形は荒いものの、しっかり翼とわかるそのペンダントは、照明の光を受けてくすんだ光を放っていた。
「それは?」
「子供のころ、その人……私の幼馴染だった人とおそろいでつけていた、ペンダントの片割れです。これを付けていると、なんだかあの人が守ってくれる気がするんですよ」
思い出のペンダント。その言葉を聞いた俺の脳裏には、在りし日の情景が鮮やかによみがえる。
『――これで、おそろい! ケイ君とわたし、ふたりでひとつ!』
俺もまた、「あの子」からペンダントを貰ったことがあった。奇しくも彼女と同じく、翼を模したペアルックのペンダントだったのをよく覚えている。かつて故郷が滅ぼされた時に壊れてしまい、今はペンダントではなく、ベッドの枕元にそっと置いてある小さなインテリアとして改造されているが、俺の手元に残された数少ない大切な宝物だ。
「そっか。……案外、本当に守ってくれてるのかもしれないな?」
「ふふ、そうかもですね」
ちょっぴり不謹慎ながら、冗談めかして俺が肩をすくめると、口元に手を当ててフィルもクスクスと笑う。しばらく二人で笑いあっていると、不意にポケットに入れてあった携帯端末が震え、俺に着信を知らせてきた。
取り出してみると、そこに書いてあったのは――。
***
「なんですか、また面倒事ですか」
大方の予想通り、恩師ことベルガからのメールだった。このタイミングで呼び出すということは、おそらく俺たちの今後の方針についてなのだろうが、どうも前例を知っていると身構えてしまうのは、悲しき慣れと言うべきか、なんなのか。
「失礼な、今回は違うさ。まぁ二人とも、座りなさい。君たちの今後について、話がしたくてね」
対するベルガも、考えるところは同じらしい。俺の懸念をサラッと否定してくれたあと、自分が座った反対側のソファを示して、俺たちを座らせた。
「……で、話ってなんです?」
着席そうそう、俺は直球で疑問をぶつける。俺だって一般人、どこぞの娯楽小説みたいな嫌に察しのいい主人公とはわけが違う、凝り固まった脳みそしか持ち合わせていない。なので、気になったことに対してはまず質問を浴びせるのだ。
「うむ、今さっきも言った通り、君たちの今後の活動方針についてだ。……まず初めに、コネクト君」
ベルガも、俺のその辺の性格は熟知しているので、特に気にするそぶりも見せずに話を進めていく。先んじて名を呼ばれた俺は、返事を返さずに首をわずかにかしげるにとどめた。いちいち返事するよりも、こっちの方が話を聞きやすい。
「君がフィルツェーン君と一緒にいる期間は、とりあえずのところふた月ほどだ。むろん、彼女が望むならその後も指導を続けてやってほしいのだが、構わんかね?」
「大丈夫ですよ。一応、それが仕事の内容でもありますからね」
後輩を育てるなんて経験は生まれてこの方したこともないが、何とかなるはずだ。目の前のベルガや、後日合いに行く予定の先輩後輩や、同期たちという相談の当てもある。
「ならば、これから彼女のことをよろしく頼むぞ。……と、それに際してもう一つ、君たちに伝えておくことがある」
「はい?」
契約完了の旨を口にした後、思いついたように呟かれたベルガの言葉に、俺は思わず首をかしげて。
「フィルツェーン君には今後、コネクト君のマイルームを使ってもらうように申請しておいた。今日のところは二人で休んで、明日からまたアークスとして仕事に励んでくれ」
続いた言葉に、俺は二の句を次ぐこともできぬまま、開いた口が塞がらない状況に陥ってしまった。