戦艦レ級 カ・ッ・コ・カ・リ(仮タイトル)   作:ジャック・オー・ランタン

12 / 13
難 産 だ っ た



あけましておめでとうございます。

本当は正月に投稿したかったものの、文章が伸びに伸び、こうなりました。

しかし、だれも前回のイギリスのダイクン大将についてツッコまない・・・・

キャスバル・レム・ダイクンってそんなに有名なキャラじゃなかったのだろうか。


07 レディーはつらいよ

その日の夜――――

 

戦艦レ級と暁は興奮冷めやらず、ベッドの上でレディについて話し込んでいた。

 

「いい?明日から二人でレディーの特訓をするわよ!」

 

「コクコク!」

 

レ級が乗り気なのは"前"から目指していた素敵な大人(老年)への道だからだ。

 

もともと彼女は幼少の頃の体験により、落ち着いた魅力あふれる素敵なロマンスグレーを目指していた。

性別が変わったことにより、目指すべき素敵な大人は暁の言う立派な淑女(レディ)へと変わった。

ウォースパイトとの邂逅(かいこう)により、レディも悪くないと考え始めていたのだ。体に引っ張られているのか、思考が幼くなりつつある彼女はウォースパイトのような立派なレディに憧れるのに抵抗がなくなっていた。

 

そのため、暁の言う立派なレディになるための特訓に彼女は一も二もなく食いついた。鎮守府ではひらがなカタカナができて以降、基本的に好きにさせられているため、暇なのである。

 

 

 

そして翌日――――

 

 

朝食の場にて暁たち第六駆逐隊とレ級は今日1日の予定を立てるため、食事を()りつつ計画を交わしていた。

計画の内容はズバリ、立派なレディーとはなんなのか、そして参考にするべき人物についてである。

レ級の担当となった者達は基本的に任期中、出撃することはないためレ級の世話をする以外やることはあまりない。

そして肝心のレ級は基本的に大人しく手が掛かることもないので暁たち第六駆逐隊は暇なのである。

 

「まず立派なレディーと言えばどういったものかしら?」

 

暁は妹たちとレ級にレディーについて問う。

 

「やっぱり、優しい人だと思うのです・・・・」

 

「頼りになる人ね!困っている人がいたら助ける人よ!」

 

хорошо(ハラショー)

 

ウォーさまみたいなひと

 

1人だけ回答になっていない人物がいるが、暁は気にせず次の(だい)(とな)えた。

 

「じゃあ、今日は立派なレディーの参考になる人物を尋ねに行きましょう。誰か参考になる女性はいるかしら?」

 

鳳翔(ほうしょう)さんがいいと思うのです」

 

「私もそう思うわ。今はもう艦娘じゃないけれど、毎日食堂で頑張っているあの人から何か学べるものがあると思うの」

 

妹の電と雷は解体された後、この鎮守府にて食堂の勤務を務めている鳳翔(解)を参考人物に挙げる。

 

「那珂なんてどうだい?彼女は毎日アイドルという、女を磨く努力をしているからなにかの参考になると思うよ」

 

響はこの鎮守府で唯一アイドル活動に(いそ)しんでいる那珂を例に挙げた。

 

くまのさんレディーっぽい

 

レ級は育ちのいいお嬢様を思わせる航空巡洋艦『熊野』に淑女の気品を見出していた。

 

「よぉーし!参考人の候補がだいたい上がったところね。この後は私とこの子で一緒に行動するわ」

 

暁たちは長女の言を皮切りに残った朝食を急いで片づける。すでに周りは人がまばらで、話し込んでいたせいか気付けば食べるのが遅くなっていたのだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「さあ!ここから私たちのレディーへの道が始まるわ!」

 

『めざせ、優しいおばあちゃん!』

 

「ハラショー」

 

2人(と1人)は高々と拳を(かか)げ、先ほど述べた参考人たちの下へと食堂を後にしようとする。鳳翔さんは皆の食事が終わった後の片づけの直後なので少し時間を置いてから訪問することにする予定だ。

 

そうして食堂を後にしようとしたその時である――――

 

「とぉぉ↑おう↓!!」

 

後ろから聞こえてきた奇声に何事かと3人は振り返る。

そこで目にしたものは頭を抱えて天を(あお)いでいる茶色いブレザー服を着ている女子、というより先ほど話題に出ていた人物の一人である熊野であった。

レ級たち3人は顔を見合わせる。何やら悩んでいる様子だがはたして近寄ってよいものだろうか。

あのように奇声を上げながら頭を抱えている様子の熊野に近づくのは(はばか)られるのだが、ここで困っている人を置いて去ってしまうのは先ほど話していた立派なレディーに反してしまう。

 

3人は意を決して熊野に詰め寄った。

 

「熊野さん、どうしたの?そんなに叫んで」

 

まず切り出したのは暁だ。こういったところはさすが長女といったところか。

話しかけられた熊野は3人に気付くと(たたず)まいを直し、「こほん」と咳払いを一つ、そして暁たちに応じる。

 

「失礼、お見苦しいところをお見せしましたわ」

 

なにかあったの

 

「実は――――

 

どうやら熊野は最近、昼食にサンドイッチを自分で作って食べるのがブームらしい。いろんな具材を作ってパンにはさんで食べるだけなのでお手軽()つ、ちょっとした料理上達につながる為、結構()まっているのだそうだ。

 

暁とレ級は熊野へのちょっとした女子力への向上心に先ほどの奇行などすっかり忘れ、感心していた。

 

しかし、いろんな物を具材にしてきたが、そろそろ具材のレパートリーが思いつかなくなっていったのだそう。次の具は何にしようかと悩み、悩み、そうして先ほどの爆発である。

あれほどの奇行に走ってしまったのは(ひとえ)にここ最近深海棲艦の数が少なく、余裕が出来てしまったが故の弊害(へいがい)ともいえる。

 

「よろしければあなたたちも一緒に次の具材を考えてくださらないかしら」

 

熊野からの救援要請。

レ級たちはそれに応じることにした。

 

「じゃあ、ハンバーグとかどう?」

 

「それは以前作りましたわね・・・・」

 

暁はパッと思いついたものを挙げるが、すでに作製済みらしい。

 

「ここは一旦(いったん)サンドイッチから離れて別のものを考えたらどうだろう。ピロシキとか」

 

「いやいや、離れてはいけないでしょうそれあなたが食べたいだけですわよね!?」

 

熊野は口の端によだれが垂れている響を見て(おの)が欲望のままに口を開いていることを察した。

ついでに響がこの鎮守府における10人の問題児の一人だということも思い出していた。

 

このままではサンドイッチどころではなくなると戦慄していると、今まで動きのなかったレ級が磁気ボードを掲げた。

 

 

 

うし、うしをつかう

 

 

 

牛を使う――――

 

「なるほど、つまりビーフストロガノh「いいですわねそれ!」

 

熊野は響のペースに巻き込まれては(たま)らないと言わんばかりに響の言に声を張り上げて(さえぎ)る。

思わず口を()いてしまったが、何も口からのでまかせというわけではないのだ。

 

「そうですわ!迷ったのなら原点を振り返ることも大切ですわね」

 

レ級たち3人は一体何のことかと首をかしげるが、熊野は語り出す――――

 

「ここはとっておきの神戸牛(こうべぎゅう)の出番ですことよッ」

 

熊野は(かつ)て牛肉の高級ブランドである神戸牛を大量に手にする機会があった。

手に入れた当時はすでに艦娘による活躍によって食料の安定供給がなされていたが、神戸牛を始めとした手間暇のかかる嗜好品に関してはまだ供給が不安定であったのだ。

そんな中でそのような手に入りずらい一品を確保できたのは、やはり海軍に所属していることが大きな要因であっただろう。

 

熊野からすれば神戸とは前世である軍艦時代での生まれ故郷、思い入れはとても深い。

 

時価の安定してない時に当時の己の全財産で可能な量を買い叩き、フライパンでシンプルに油と胡椒(こしょう)のみで調理した牛肉。

 

初めて食べたあの時の感動――――

 

ただ美味いというだけではない。艦娘である己の活躍がこの味を取り戻したのだという誇りも相まって、神戸牛は熊野にとって特別な存在となったのだ。

 

そう・・・・その神戸牛は熊野の魂の中に息づいている――――

 

 

 

――――物理的に

 

艦娘には魂に物を収納する"魂包(こんぽう)"という能力を備えている。

熊野は長年、魂の中に神戸牛を所持し続けていた。

魂に収納している間は経年劣化が起こらないので、いつまでも保存することが可能なのだ。

 

「今日の昼食は神戸牛の牛カツサンドに決まりですわね」

 

熊野に感謝の言葉を贈られ、食堂を後にする3人。

彼女達の表情には1人を除いて笑顔であった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「熊野さんの悩みが晴れてよかったわね!」

 

よかったね

 

「ハラショー」

 

廊下を渡り、自分たちの部屋を目指す途中、暁は呟いた。

 

「でもなんだか、何かを忘れているような・・・・」

 

「熊野からレディーを学ぶんだろう?」

 

「『あ・・・・』」

 

響から指摘を受け、その場で立ち止まる2人。

めぼしい人物に会い、共に過ごすことで立派なレディーへ近づくという目的をすっかり忘れ、さっそく計画が頓挫(とんざ)してしまった。

 

「あぁぁぁああぁあぁあああああ!!どぉしよぉおお!?もうとっくに別れちゃって会いづらいわよ!?」

 

もはや再び舞い戻って一緒に過ごす空気ではない。そもそもが最初の出会いが勢いで流れてしまってレディーという観点が入り込む余地がなかった。

 

「ここはもう(あきら)めて、ほかの人に会いに行こうか」

 

姉妹が(ゆえ)に響がもっと早く指摘を、と暁が責めて来そうなのをを察して、響は流れるように論点をすり替えた。

 

元々は鳳翔に会う予定だったのだ、過ぎたことをあーだこーだ責めるのは立派なレディーに反する。

暁はうぐぐ、と言葉を()み込み、レ級の手を取り食堂へと取って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、3人ともどうしたの?忘れ物かしら?特に置きっぱなしの物は無かったのだけれど」

 

3人で食堂へと舞い戻り、熊野の姿を認められないことを確認し、ホッと一息を吐く暁。調理室へと移動し中にいた件の鳳翔という人物を見つけ、声を掛けて帰ってきた返答がこれだ。

 

彼女、鳳翔(解)は30になるかならないかの落ち着いた雰囲気の女性で、調理室には彼女以外にも複数人の人間の女性が所謂食堂のおばちゃんとしてこの鎮守府で働いていた。

 

当然であるが、この鎮守府には艦娘やそれらを運用する提督たち以外にも勤務しているものたちがいる。

照明や空調設備など様々な器具の点検をするスタッフや、正門や鎮守府周辺の警備や来客の対応など、艦娘でなくても出来る事などは主に人間たちによってなされている。

ここ、食堂の調理室にも外部の人間の女性達によって構成されており、深海棲艦の地上進行によって夫を失った未亡人や職を失った女性などを受け入れ、少しでも民間人達の負担を補填するよう海軍は努めていた。

 

そんな中、鳳翔は(かつ)てこの鎮守府で軍務に勤めていたものの、艦娘を引退し解体された後もこの鎮守府の食堂勤務という形で関わっており、現在はこの調理室のまとめ役として精力的に働いている。

 

さて、視点は変わって暁たち3人の訪問に移る。

 

朝食も終わり、食堂スタッフ達の小休止にやってきた艦娘2人に小さな深海棲艦が一体。

当然そんな一団がやってくればイヤでも注目の的になる。特に女性達からは、全身真っ白で黒い頭部の付いた太い尾を持つ異形の少女に目が釘付けとなった。

ここで働いている女性達の中には深海棲艦の被害によって家族を失った者もおり、本来であれば嫌悪の感情を向けてもおかしくはなかった。

 

しかしこの鎮守府の提督であるシノハラはこういったことを見越しており、あらかじめ彼女たちにもこの特異個体である戦艦レ級の事情を伝えていた。

曰く、あの異形の少女は軍が発見し、産まれた直後の状態で捕獲する事に成功した初の個体であり、まだ何色にも染まっていない非常に希少な存在であると。そうして現在、軍はあの子に人類に対する信頼を持たせるために情操教育を施している最中であり、なるべく自由を与えすくすくと健全な成長を促しているという。

 

レ級にとって幸運なことに、食堂の女性達はシノハラの人柄に多大な信頼を寄せている。またレ級自身も、食後シノハラに甘えている姿が度々目撃されていることから、女性達はこの小さな深海棲艦に対して複雑な思いはあれど、嫌悪の感情こそ向けることはなかった。

 

調理室に訪問した3人の内、1人を除いてその様なことを察することはなく、暁は3人を代表してここへとやってきた理由を述べた。

 

「鳳翔さん、あのね、みんなで今日のお昼ご飯のお手伝いがしたいの」

 

「あら、またどうして?」

 

暁たちは立派なレディになる為、今日は様々な人物の元で活動し大人の女性のなんたるかを学ぶため、こうしてここ調理室へとやってきたのだという。

「う~ん」と鳳翔は逡巡するが、これを機にレ級と女衆の交流を経て(わだかま)りを払拭しておくのも手だと思案する。

 

「・・・・うん、そうね。せっかくだから、お料理、手伝ってもらっちゃおうかしら」

 

「やったぁ!」

 

『OKもらってよかったね!』

 

「ハラショー」

 

暁とレ級はご機嫌のあまりハイタッチ。女衆たちは見た目が幼子(おさなご)とはいえ、深海棲艦との突然の交流に困惑と好奇心が()い交ぜになった感情が去来していた。

 

 

 

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

調理室に皮をむく音が響く――――

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

「うんうん、だいぶうまくなったわね」

 

「そうそう、そうやってあまり力を込めずスッ、と引けばいいのよ」

 

レ級は女性達が見守る中、ピーラー(皮むき機)でジャガイモの皮むきを手伝っていた。

火を扱ったり、包丁を持たせるのはさすがに不安であったため、数が多く、危険の少ない作業を女性たちの指導の下行っていた。

始めは力加減を誤り、ジャガイモを握りつぶしてしまったり、皮をむいても中の実ごと削ってしまい、石ころサイズほど小さな出来になったりと散々であったが、女性達の懇切丁寧な指導のおかげもあって、きれいな形とはいかずともきちんと食用に耐えうる出来になった。

食堂勤務の女性たちも始めはおっかなびっくり指摘していたものの、レ級の(つたな)い動作と従順で素直な態度に心を砕き、今ではすっかり小さな子供への接し方のそれである。

 

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

 

女性たちに囲まれ、共に作業を続ける中、自分はふと暁と響の動向が気になり、作業の手を止め辺りを見渡した。

 

「ウラ~」

 

響は大きな鍋の攪拌(かくはん)をしているようで、大きな木ベラで中をかき混ぜているようだ。身長が自分と同じくらい低いので、台の上に乗っかりながら。

 

では暁はと見回すが、パッと見ただけでは見つけることができなかった。

「どうしたの?」と女の人に声をかけられたため、暁を見つけるのを止めて作業に戻ることにした。

 

しかし、それが彼女にとって不幸な結果をもたらす事となった――――

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

レ級たちの後ろを過ぎるように、近づく者が1人。

 

暁だ――――

 

彼女はその手に大量の荷物を抱えていた。

積み上がった大きな鍋、暁は朝食の際に使われた器具などを洗浄し、定位置に片づけようとしている最中であった。

見た目が10歳ほどに見える彼女にはとても運搬できるような重量ではないが、彼女は人間ではなく艦娘だ。

普段の身体能力は人間の域を出ないが、彼女たち艦娘には霊力があり、そして"肉体強化"という能力が備わっている。

これによりただの人間では成し得ない作業も、彼女たちにとって決して無理ではない作業足り得るのだ。

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

時折体を傾け、前方を確認する暁。

 

そして安全を確認した彼女ががレ級の真後ろを通過しようとしたそのときであった――――

 

無意識に動くレ級の尻尾――――

 

足を(つまづ)き、体制が傾く暁――――

 

 

積み上がった鍋は不運にも真横にいる彼女(レ級)へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、ドーン!!

 

 

『アギャ!?』

 

「きゃあ!!」

 

「大丈夫!?」

 

突如後ろからの衝撃を受け、前のめりに倒れるレ級。

すぐに周りの女性たちが鍋を退()け、安否を確認する。

 

「ごめんなさい!怪我はない!?」

 

暁はそう言って慌てて駆け寄り、レ級を抱き起こした。

調理器具を持ったまま倒れ込んだのだ、思わぬ大けがをしていてもおかしくはない。

 

そうして助け起こされたレ級だが、一見すると怪我をしているようには見えない。

 

「どこか痛いところはない?」

 

女性の一人がそう声をかけるが、レ級は後頭部を少しさすりはしたものの、問題ない事を訴えるためフルフルと首を横に振った。

 

 

 

 

 

怪我がない事を知り、周りが安堵する中、レ級は自分の体の頑丈さについて考えていた。

 

自身の肉体の強度――――筋力もそうだが、耐久力にしても人から外れた領域にあるようだ。

ここに連れてこられる前に、人がいなくなって久しい無人島でコーラの瓶を握りつぶした事がある。

瓶はすんなりと簡単に砕け、そのまま握り込み手のひらの中で粉々になった破片が当たっても、手のひらの皮膚は傷一つ付くことはなかった。

それだけではない。前に寝ぼけて階段を下りていたとき、人間だった頃の感覚で下りようとした結果、ものの見事にバランスを崩して転げ落ちてしまった事もある。

今の自分は人間だった頃と違い、体重が100キロを越えているのだ。

そんな状態で転べばその衝撃は大きなものになる。

のに関わらず、転げ落ちた後のダメージは普通に痛いで済んでしまった。

人間だった頃ならば骨折してもおかしくないような事故も、この体では地面にその場で転ぶ程度のダメージで済む。

 

故に先ほどの積み上がった鍋がぶつかる事故もほぼ無傷で済んだ。

 

そうして現在、自分は丸椅子に座わらされて手櫛(てぐし)で髪を()かれ、暁たちが鍋を洗っているのを見ながらあることを考えていた。

 

胸中にあるのはただ一つ――――

 

 

あの無人島で襲ってきた女子高生(天龍)、どんだけ蹴り強かったんだ・・・・ッ。

 

 

"前"を含めて生まれて初めてだった。あれほどのダメージを受けたのは。

 

あのときは必死で、蹴られた後はなんとか動けたが、返り討ちにあった後はその日まともに動けなくなっていた。

ここに連れて行かれる最中、海の上で眠った時はなんと2日以上眠っていたそうだ。

あんな蹴り、もし受けたのが人間のときだったら内臓破裂どころか貫通して風穴空いてるわ!

 

もう痛まないはずのおなかをさすりながら、レ級はもう二度とあんな目に遭わないよう祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳翔率いる女衆たちと調理室で昼食の仕込み作業を手伝った暁たち一行。

 

大人の女性へと近づけたかはともかく、一つの成長を実感できたのでとりあえずは良しとする。

昼食は熊野が腕によりをかけた一品である牛カツサンドのおすそ分けをもらった。

高級和牛の味に舌鼓(したつづみ)を打ちつつ、今後の予定を確認する。

 

「次は・・・・那珂さんね」

 

暁はそう言葉にし、響に確認をとる。

 

軽巡洋艦『那珂』

 

元気で明るいのが特徴の彼女はこの鎮守府で唯一アイドル活動をしている艦娘だ。

時間に余裕がある日には人を(つの)り、施設の一部を借りてライブをしているところを見かけることもある。

響からは彼女が今訓練所にいる所を見ており、暁たちは昼食を終えて早速訓練所に足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「ちょーどよかった!この子(レ級)の世話してるんなら今暇よね!?お願い!手伝って!」

 

暁たちは那珂からの急な要請に瞠目(どうもく)し、暁は那珂に理由を尋ねた。

 

先ほども説明したとおり、那珂は軍務を除けばアイドル活動に精を出している艦娘である。

そんな彼女はかの激戦を越え、久方振りにつかみ取った平穏に対しご無沙汰であったステージライブを開催する事にした。

SSSレート討伐という大きな波を越えた記念にせっかくなので久々のライブは盛大なものにしたい那珂。しかし、意気込んだはいいものの、肝心の人員――――バックダンサーが不足していた。

那珂がそうであるように、ほかの艦娘たちも大きな戦いの後であるが故にそれぞれ思い思いに好きな行動をとっているのだ。

 

ある艦娘は仲のいい者とショッピングへと出かけ、ある艦娘は水を得た魚のごとく"作業"に専念し、またある艦娘は積み上げていた娯楽品の消化に(いそ)しんでいる。

頼みの綱であった姉の川内(せんだい)神通(じんつう)は他の艦娘たちの例に漏れず、各々(おのおの)別行動をとっていた。

そもそもの話、今回のライブの件も急(ごしら)えのもので借りていられる期間も今日の夜までであり、せっかく手にしたチャンスもこのままでは無駄になってしまう。

もっとしっかりと準備してから申請すべきだったと後悔するも、もう時間もない。

 

そうして猫の手も借りたい時に現れた暁たち一行。

 

最初の頃はちびっ子のレ級に特大の苦手意識を持っていた那珂も川内の度重なる強引な療法が実を結んだのか、今や近くにいても表面上は平然としている。

だが内心は気が気でなく、実際は動悸が激しくなり心臓が破裂(パンク)しそうな那珂。

しかし、それを無理やり押さえてでも那珂は彼女らを今回のステージに誘った。

 

もうこの際、贅沢は言わない。たとえ付け焼刃でもいいから共に踊ってくれるメンバーがいなければやっていけない。

それに今回あの子(レ級)を引き込めれば昨日までの時点で(かんば)しくなかった集客率も見込めるかもしれない、という打算も頭の(すみ)に入っていた。

 

兎にも角にも、ここで暁たちが参加してくれなければどうにもならない以上、断る理由もない彼女らは那珂の頼みを引き受けることにした。

 

「ありがとぉーーーー!」

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「ハイ、(ワン)(ツー)(ワン)(ツー)!」

 

パンッ、パンッ、と手を叩く音に合わせて5人の女の子たちがステップを刻む。

 

彼女らを指導しているのは陽炎型駆逐艦『舞風(まいかぜ)』。

金髪碧眼のポニーテールの少女である彼女は、ことダンスに関して秀でた才を持っていた。

 

指導を受けているのは深海棲艦である戦艦レ級を始めとした暁たち第六駆逐隊の4人。

 

あのあと、暁はバックダンサー増員のため"思考共有"で雷と電を呼び寄せ、こうして舞風によるダンスレッスンを受けていた。

今回使われる楽曲に合わせて足の運びや手の振り付けなど、たった数時間内で本当に必要最低限なパフォーマンスを叩き込んでいるのだが、以外にもレッスンは順調に進んでいる。

 

暁たち4人の艦娘は今回使われている楽曲が以前見聞きしたものであり、振り付けの勝手は何となく分かっているのもそうだが、何より彼女ら艦娘は普通の人間よりも身体能力の面で飛び抜けて優れている。多少のつたなさは高い肉体能力である程度は誤魔化しが利いた。

 

そしてレ級の方であるが――――こちらも意外にも何とかなっていた。

 

最初こそ慣れない(からだ)に振り回され、ついていくのに難儀していたものだが、話を聞きつけていた時雨によって衣装を取り替えられた。

今の彼女(レ級)は普段着である白のワンピースから、(ふち)が青の白いチューブトップとローライズのショートパンツに着替えていた。

 

ちなみに衣装を渡される際、あらかじめ慣らしておくのにちょうどいい、とは時雨の談である。

 

首を傾げつつ露出の多い衣装に着替え、再び振り付けの練習に参加するレ級。

動きやすい服に替えたおかげもあって、少しずつ身体を慣らし、限定された一定の動きに順応していく。

何より彼女がここまで付いてこられるのには理由があった。

 

それは彼女がまだ人間だった頃にはまっていたあるひとつのコンテンツに起因している。

 

 

 

 

 

 

『アイドルマスター』

 

 

 

 

 

 

それが彼女の動きを活かしている大きな要因であった。

 

彼女はいわゆる『アイマスシリーズ』と言われる作品のファンであり、アニメ、ゲーム問わず幅広く好んで作品を楽しんでいた。

 

幅広い、ホントに幅広い個性のアイドル達の歌って踊る姿を幾度となく観賞したそれらの記憶を頼りに、身体の動かし方を自分の中に落とし込んでいく。

 

振り付け自体は本当に単純なもので、いっては悪いが本物(プロ)のアイドルライブと違ってお遊戯会の延長線のようなものな為、多少の(あら)があっても気にしなくてよい。

むしろ急にライブに参加するためたったの数時間で完璧なものを求めるのが酷というものだ。

 

「――――♪~~~~♪」

 

響き渡るBGMと那珂の歌唱に合わせ、5人の女の子達が右へ左へと足を運び、腕を振るう。

 

「♪ッ~」

 

レ級は"前"とはまるで見ることのなかった日常(ふうけい)に思わず笑みをこぼし、変わっていく自分に頭のどこかで寂しさを覚えつつ、今をめいっぱい楽しんだ。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

『みんなぁーーー!今日は那珂ちゃんのステージライブに来てくれてありがとぉーーー!』

 

日の暮れた鎮守府、訓練施設の一角にて、用意された壇上でマイクを片手に声を響かせ、予想を上回る数の観客に軽巡洋艦『那珂』は満面の笑みで迎えた。

 

集まってきてくれたお客さんは艦娘や提督だけでなく、昼食のお手伝いでお世話になった食堂の女性スタッフたちも深海棲艦の少女であるレ級の晴れ舞台を見ようとやってきたのだ。

先頭にいる鳳翔はビデオカメラを携えて手を振っていた。

そんな鳳翔を認めたレ級は手を振って応える。

 

今の彼女はレッスンに使った衣装に加え、ワンポイントとして左足の大腿にガーターリングというゴスロリテイストの脚に着けるシュシュのようなものを身につけていた。

 

「よぉーーーし、それじゃぁさっそく一曲目、いっくよぉーーー!」

 

ライブ前のスピーチも終わり、楽曲が流れる。

とは言っても2分くらいの短いパフォーマンスを何曲か歌って踊るだけなので、あまり長い時間のライブではない。

 

それでも観客達は物珍しい深海棲艦の少女であるレ級の一生懸命な姿に、まるで学芸会を見守る親たちの心境で見守っていた。

 

 

 

しかし――――

 

 

 

『誰もが足を止めるっていうじゃない――――

 

 踏みとどまったっていいじゃない――――♪』

 

踊っているバックダンサー達の心境はそれどころではなかった。

 

(((響、それフラダンス!!)))

 

適当に講習を受けていた響は当然ダンスの順番をしっかり覚えておらず、己のフィーリングで完全に的外れなパフォーマンスを繰り広げていた。

 

そして響は両の腕をブン、ブン、と大きく振り、体を右へ左へと向きを移動する。

 

(((響、それモンキーダンス!!)))

 

『精いっぱい、歩き出せ――――

 

 目いっぱい、走るために――――♪』

 

前で踊る那珂はそんな後ろの惨状には気づかない。

 

Ураааааааа(ウラァァァァァァ)!」

 

さらに響は腕を組みしゃがんだ状態でタッカ、タッカ、と素早く足を蹴るように繰り出し、その状態を維持していた。

 

(((響ぃ!!それコサックダンス!!!)))

 

無駄に高い身体能力を遺憾なく発揮した響のパフォーマンスは、那珂の歌とダンスそっちのけで場を盛り上げていた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

『みんなありがとぉーーー!』

 

若干10数分の小さなライブはたくさんの人たちの拍手に見送られながら終わりを迎えようとしていた。

 

バックダンサーを務めたレ級はミニライブに来てくれていたシノハラを見つけ、ステージから飛び降り駆け寄っていく。

 

「お疲れ様、楽しかったかい?」

 

抱きついてお腹に顔を(うず)めるレ級の頭を撫でてシノハラは(ねぎら)う。

レ級は顔を上げ、笑顔でうなずいた。

 

「もーーー!勝手に離れたらだめでしょ?」

 

今回の保護観察任務を請け負っている第六駆逐隊のおかんこと雷は、急に離れていったレ級にいち早く反応し、こうして追いついてきていた。

 

「あらあら、あんまりお世話している人を困らせたらだめよ?」

 

コクン

 

近くにいた鳳翔がたしなめ、レ級はそれにうなづく。

 

ほかの面々もステージから下り、レ級へと近づく。

那珂はそんな状況でも周りにいる人たちへのリップサービスを忘れない。

 

 

先ほどまで歌って踊っていたステージからみんなが離れた、そのときであった――――

 

 

 

 

 

 

ドォーーーン!!

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

突如ステージから上がるライトアップと大きな音に何事だと皆が注目する。

 

そんな中、観客の間を縫うように高速で駆け抜け、ステージに向かって飛び出していく複数の影。

 

「あれって・・・・」

 

誰が(つぶや)いたか、ステージに降り立った複数の影達はその言葉に応えるかのように立ち上がる。

 

『おぉーーー、ジューゾーだ・・・・』

 

レ級が呟いたとおり、ステージに立っているのはこの鎮守府の司令官代行であるスズヤ ジューゾーを始めとした彼の部下である4人の駆逐艦であった。

 

「そういえば、申請していたっけか・・・・」

 

すっかり忘れてたよ、と話すシノハラにレ級は首を傾げる。

 

『さぁーーー!ステージはまだまだ続くですよーーー!』

 

未だに那珂のライブの熱が冷めぬ中、突如として燃え上がった火は観客のテンションを意図もたやすく上げてゆく。

 

先ほどとは違う楽曲が流れ、ラフな格好をしたジューゾーの合図とともにほかの4人は所定の位置に着き、踊り出していった。

ジューゾーは那珂のライブに対してバックダンサーが集まらない可能性を予期していた。

そこでジューゾーはサプライズとして自分の部下と共にステージに出ることを発案、この鎮守府の司令官であるシノハラにあらかじめ説明と申請をしていたのである。

 

あらゆる事態に対応しつつ途中参加する腹積もりであったが、思わぬ事態(レ級の参加)に今このタイミングでのサプライズ参戦となったわけだ。

 

そんなジューゾーのパフォーマンスだが、那珂たちの(かしま)しいそれと違い、力強く、かつ荒々しさの中に繊細さと鋭さのあるブレイクダンスを中心としたストリートダンスのスタイルを前面に出していた。

 

曲のテンションとともにジューゾーが人間離れしたパフォーマンスを見せる度に観客が沸き立つ。

 

そんな中、ジューゾーの参戦ライブを見ていたレ級の心情はこうである。

 

 

 

ジューゾーの足運びマジ狩るステップ!

 

 

 

興奮してタン、タン、と飛び上がり、ジューゾーのステージを存分に楽しんでいるレ級がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

曲のテンポに合わせて体を揺らしているそんなレ級を見やりながら離れていく人影が一つ――――

 

 

ビデオカメラに映った映像を確認しているのは、先ほどまでそばにいた鳳翔その人――――

 

 

「・・・・うん、ちゃんと綺麗に撮れてるわね」

 

 

先ほどまで使用していたカメラはとある人物からの借り物――――

 

 

「えぇっと、組合の、どの支部に送ればいいんだっけ・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()さんに頼まれていたのも、とりあえずこんなところかしら」

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

『見守っていて欲しいの――――

 

 最後まで、走り抜けられそうだから――――♪』

 

入渠施設(おふろば)の湯船に浸かりながら声にならない歌を口ずさむレ級。

 

よほどライブが楽しかったのだろう、暁たちに手を引かれ、尻尾や背中を拭かれながらもご機嫌なままだ。

 

着替えも先ほどのライブ衣装から普段着の白いワンピースに着替え、足取り軽く飲み物を提供しているコーナーへと向かう。

風呂上がりの一杯を何にしようかと思案し、ラムネやコーラも捨てがたいが、この体になって未だ飲んだことのないコーヒー牛乳にしようと手を伸ばすものの、「ちょっと待って」と暁に呼び止められ手を引き振り返る。

 

「飲み物ならとっておきがあるわ・・・・最後の特訓よ・・・・」

 

暁の瞳にはやってやるぞという強い意志が爛々(らんらん)と込められていた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「ここが!最後の試練の場よ!」

 

『大人の雰囲気・・・・ッ』

 

「ハラショー」

 

暁とレ級、ついでに響がやってきたのは艦娘の大人組が訪れる憩いの場、お酒を楽しむショットバーである。

落ち着いた照明に照らされた静かな空間にクラシックの曲が流れ、決して退屈をさせない空間がそこにできていた。

 

「これよ、これ!このえれふぁんと(エレガント)な雰囲気、こここそ大人を学ぶ最高の場所よ!」

 

艦娘の飲酒については基本的に年齢の制限はない、たとえ見た目が一桁の女の子でも艦娘であれば飲酒は禁止ではない。

 

「あらあら、バーではしゃぐのはレディのする事じゃないわよ」

 

「!?」

 

横からかけられた声に振り向き、声をかけた人物を見たレ級は一瞬ビクつくが、人違いだと分かり安堵する。

 

声をかけてきた女性は長門型戦艦『陸奥(むつ)』、かつてレ級に対してセクハラをかましたゴリ代行の長門と同型艦であり、黒髪の長髪である長門と違い、こちらは後ろ髪の大きく跳ねた茶髪のボブカットだ。

 

広いテーブルに一人座り、肘をつき手を顎に当て、ウイスキーの入ったグラスを揺らしている。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いいのいいの、あんまりお堅いこと言うつもりじゃないし、楽しくいってね」

 

縮こまった暁を揉むようにフォローする陸奥、そんな大人の対応にレ級はますますこの場に期待する。

 

3人でカウンターに向かい、3つの席に左からレ級、響、暁の順に座る。

カウンターの向こう側には棚に所狭しと積まれた酒瓶で埋まっていた。

 

「――――いらっしゃい」

 

カウンターの内側にいるバーテンダーの渋い声が迎える。

 

彫りの深い、髭を少し生やした中年で、人間の男性がマスターを勤めているようだ。

 

「おぉ?なんだぁ、おチビちゃん来てんのかい?」

 

「んっふふ~、お酒に興味あるの~?」

 

レ級の隣に連なるように座っているのは軽空母の『隼鷹(じゅんよう)』に潜水空母の『伊14』、通称イヨである。

 

隼鷹はバサリと長い紫色の荒っぽい髪の巫女を意識したデザインの衣装を着ており、姉御のような気質の中にどこか育ちのよいお嬢様のような雰囲気を感じさせられる女性だ。

 

対してイヨは潜水艦らしく紺色のスク水を着用している少女であるが、胸の部分が切り抜かれた丈の短いセーラー服を身につけ、金属でできた黒と赤の特徴的な帽子をかぶっており、その容姿を一言で言うのならポケモンのガブリアスの擬人化、と言ったところだろうか。

 

「ご注文は?」

 

マスターの言葉に暁は「そうねぇ」と思案し、やがて決まったのか応える。

 

「まずはビールで!」

 

その言葉に便乗するようにレ級はバッ、と挙手し、自分も同じのをと訴える。

 

しばらくするとなみなみと黒い液体の(そそ)がれたジョッキが2つ、「どうぞ」と言う言葉とともにレ級と暁の前に置かれる。あまり泡が立っていないようだが、黒ビールというやつだろうか。

 

2人は両手でジョッキを持ち上げ飲み物を口に付ける。

一口飲んだかと思うとなんとそのままジョッキを傾け、ゴクゴクと飲み干すではないか。

 

ゴッゴッゴッ、と瞬く間に飲み物が2人の口の中に消えてゆき、やがて傾けきったジョッキの中には飲み干した証として空になっていた。

 

ガツンッ!

 

「「ぷはーーーッ」」

 

すべて一気に飲み干し、肺に残った空気を絞り出すように息を吐く2人。

 

ジョッキをテーブルに叩きつけた2人はマスターに向かって一言、

 

「『麦茶だこれ!!』」

 

思わずマスターにツッコむが、実はマスターなりの配慮であった。

 

風呂上がりの一杯にアルコールをとるのは実は危険であり、血液の流れが乱れやすくなるため、艦娘はともかく勝手の分からない深海棲艦には、こうして最初に普通の飲み物を挟んでからの方がよいと判断した上での行動であったのだ。

 

マスターからそのような説明を受け、不満ながらも納得する暁。ちなみに響はウイスキー、のような琥珀色のリンゴジュースを頼んでおり、雰囲気だけを味わっている。

 

大人の雰囲気を味わいたい暁に応えるかのように、マスターはカシス系のカクテルを作り、暁へと勧めてきた。

 

「――――ッ♪」

 

口にあったのか、顔がほころびそのままグラスを傾ける暁。理想の大人の味に満足なようだ。

 

次に深海棲艦であるレ級に対して取りかかる。

しかし、勝手が分からずアルコール出してよいものかと悩み、どうしたものかと思案するが、ひとまずノンアルコールのカクテルを出して様子を見ようと作製する。

 

やがてカクテルを作り終え、レ級の前に置こうとショットグラスを手にするが、「ちょっと待って」と暁からの待ったがかけられ、何事だと振り向く。

 

「暁が渡すわ!」

 

そのまま渡すだけなのだからわざわざそうする必要はないのだが、断る理由もないので暁へとグラスを渡す。

 

「さあ、受け取りなさい!」

 

カラン、バシャンッ――――

 

「・・・・・・・・」

 

「――――ハラショー・・・・」

 

「~~~~~ッ」カオマッカーーー///

 

おそらく映画のように離れた人にかっこよく渡したかったのだろう、カウンターの上にグラスを滑らせて届けるアレを試した結果、響の手前で倒れ、グラスの中身がテーブルに広がるだけであった。

 

もはや感心するほど見事に失敗した暁はあまりのいたたまれなさに両手で赤面を隠すのでいっぱいであった。

 

はぁ、とため息をこぼし、グラスが傷ついていないことを確認するとカウンターに広がったカクテルをふき取り、「今後気をつけるように」とだけ注意しレ級へと向き直る。

 

「すまなかったね、同じものを作るから少し待っててくれるかい」

 

マスターの言葉にコクン、とうなずき再びカクテルが作られていくのを眺める。

 

「タカヒロさーん、熱燗(あつかん)おかわりー」

 

「あ、イヨのもおかわりねー!」

 

「こいつを終えたらな」

 

ジンジャーエールとライムを加えたカクテルを作り終えてレ級に提供した後、次の作成に取り掛かるマスター。

 

『――――うーーーむ・・・・』

 

グラスを傾け、何か思案顔のレ級。

 

そもそも彼女は"前"の時点であまり酒をたしなむ方ではなかった。

せいぜい祝いの席や飲み会くらいでしか飲酒をすることがないからだ。

なので今飲んでいるこのカクテルもアルコールが入っているのかもよくわからない。

 

マスターも暁たちに様々な角度からカクテルを振る舞い、深海棲艦である彼女でもアルコールを与えても大丈夫だと判断し、少しずつ度数の高いものを与えていった。

 

グラスを傾けるレ級は徐々にではあるが、酔いが回りふわふわとした感覚に包まれてゆく。

時間が流れ、体の熱が上がるに比例して頭がボーっとする。

 

 

 

そんな中、マスターからの声がかかる。

 

 

 

「何か飲みたいものはあるかな?」

 

いろんな種類を与えたマスターはそろそろ好みのものを見つけられたのかという確認のつもりだった。

レ級は応答しようとするが、ぼーっとした頭で判断力が落ち、伝わらないのも分からず、声を掛けた。

 

 

 

 

 

――――しかし、それは誰もが予想しない小さな奇跡を起こす結果となる。

 

 

 

 

 

⦅――――ぁ、・・・・ぅあーーーら、らむ、こぉーーーくッ⦆

 

「ラムコークぅ?」

 

「キューバ・リブレ、だね」

 

「あぁ~、あれか、なかなか通なもん頼むねぇ♪」

 

響はすでにどこかへと消え去り、陸奥も適度に飲んだあと自室へと戻ってしまった。

 

今ここにいるのは酔いの回った艦娘たちと事情を知らないバーのマスターしかいない。

 

これがどれほど危機的な状況か皆わかっていない。

 

霊力をほとんど使えないはずの戦艦レ級〖モラトリアム〗が"思考共有"を使い、コミュニケーションをとっていることをバーにいる誰もがその緊急事態に気づいていないのだから。

 

"思考共有"を使えるということはそれすなわち"肉体強化"も使える可能性もあるのだ。

下手をすればこの一室が凄惨な殺人現場へと変貌する危険性すらある。

 

そんなことはつゆ知らず、マスターは指定されたものに取りかかった。

 

ラムコーク、正式名称はキューバ・リブレであり、名前の通りキューバ発祥のカクテルである。

 

ラム酒にライムを少量、そしてコーラを注いでステアした(まぜた)ものがそれだ。

 

彼女(レ級)がそれを知っているのは"前"の時代に起因している。

 

お酒はあまりたしまない方であるが、過去に一度だけバーに赴いたことがあった。

不慣れな彼に海外からやってきた者が気を利かせ、このドリンクを紹介したのだ。

 

意気投合した彼らはやがて海外からきた者が悩みを打ち上げるほど仲を深めたのだが、知らぬが仏か、当の本人は酔いが回って適当にうんうんと頷いているに過ぎなかった。

 

ともかく、ラムコークはできあがり、彼女へと渡される。

 

「んっぐ、んっぐ、んっぐ、んっぐ、プハーーー」

 

「おぉーーー、いい飲みっぷり!タカヒロさん、あたしも同じの!」

 

「あ、じゃあイヨも!」

 

カツンという音と共に一気飲みした彼女を賞賛する隼鷹。

本来キューバ・リブレは長く楽しむカクテルであるが、まあこれも一つの楽しみ方であろう。

 

⦅えへへ、ふあふあ~~~、おいし~~~⦆

 

次々と作られてゆくラムコーク、そして瞬く間に消えるグラス。

 

⦅おかぁーーーりッ♪⦆

 

ゴクゴクと美味しそうに飲むレ級。

 

⦅もいっこッ♪⦆

 

ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、カツンッ

 

⦅おかわり♪⦆

 

すでに暁は酔いつぶれ、カウンターに突っ伏している。

 

しかし、カウンターはお酒に飲まれた者たちで大賑わい。

 

⦅おかぁーーーりーーー♪⦆

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

酔っぱらいたちで賑わうショットバーにとある一団が訪れる。

 

先頭に立つのは響であり、後ろについてきているのはこの鎮守府の提督であるシノハラを始めとした2人。

 

「イヨちゃん・・・・やっぱりここにいた・・・・」

 

「隼鷹・・・・あんた非番だからって飲み過ぎよ・・・・ッ」

 

そう、飲兵衛と化した隼鷹と伊14の相方であり、それぞれの一番艦である軽空母『飛鷹(ひよう)』と潜水空母『伊13』ことヒトミである。

 

響はこのまま暁たちが飲みつぶれてしまうであろうと予測し、動けなくなった4人を1人で面倒を見るのが嫌だったため、提督を始めとした先ほどの2人を連れてきていた。

 

シノハラはこれ以上朝まで飲み勢に巻き込まれないよう、早々にレ級を回収するため仕事を切り上げ、ここショットバーへと赴いたのだ。

 

「またずいぶんと飲ませたみたいだな、さあ、もう帰るぞ」

 

後ろから声をかけられたレ級はシノハラの姿を認めたとたん、へにゃ、と顔を破顔する。

 

 

 

そして――――

 

 

 

⦅あーーー!しのはやさんあーーー♪⦆

 

「「「「!?」」」」

 

突然のことに響とヒトミの2人は硬直し、唯一飛鷹だけは即座に反応しシノハラを守るように前に出て構えた。

 

ふらふらとチェアーから降りてよたよたとこちらにやってくるレ級。

危険はなさそうだと判断して飛鷹を下がらせ、飛鷹は下がりつつ、いつでも対応できるよう警戒を怠らない。

 

⦅お、おぉーーー⦆

 

シノハラの手前まで歩いたレ級は酔いのせいでつんのめり、倒れるのを防ぐためシノハラが支える。

 

⦅たてない~~~⦆

 

「・・・・ハラショー・・・・」

 

「いつの間に・・・・"思考共有"を・・・・」

 

急なことで頭がいっぱいになるが、すぐに落ち着いて冷静に考え、酒に原因があると判断した。

同時にこの場にいる者が相当危険な橋を渡っていたことにぞっとする。

ともかく、今は彼女に掛からなければ。

 

「ほら、もう帰ろうな」

 

⦅ね、だっこっ、だっこして?⦆

 

いつものように抱っこをせがむので彼女を抱きとめて、持ち上げる。

腕の中にいるレ級はとたんに眠たそうに目を(とろ)けさせ、シノハラの胸に(うず)まる。

 

「大丈夫かい?」

 

⦅あのね、きょうね、いっぱいたのしかった!⦆

 

顔を見上げ、今日一日をたどたどしく説明する。

 

暁たちと立派なレディを目指したこと、熊野の悩みを解決したこと、食堂でお昼ご飯のお手伝いをしたこと、女の人たちが優しかったこと、那珂とアイドル活動をしたこと、伊織(いおり)ちゃんを応援したこと、お風呂で歌ったこと、そしてお酒を飲んだこと。

 

イオリちゃん?とシノハラは(いぶか)しげるが、しゃべり疲れたのか、話し終えると瞼を重そうにし、やがて尻尾をダラン、と地に着け、すう、すう、と寝息をたてて眠ってしまった。

 

「・・・・みんな、それぞれ回収して自室に戻るように、響は暁を背負って私と来なさい」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

暁たちの部屋に行くまでシノハラは終始無言であり、やがて部屋へとたどり着く。

 

暁と同じベッドに運び、そっと乗せる。

 

最後に少しだけ寝顔を見たあと、シノハラは2人に布団を被せた。

 

「・・・・おやすみ」

 

後のことを響に任せ、部屋を去る。

シノハラは今回のことと今後のことをまとめるため、執務室へと戻っていった。

 

 

 

『――――――――おとうさん・・・・』

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

日は移り変わり、やがて太陽が昇る。

 

暁たち第六駆逐隊も起床し、本来であれば既に着替えも終えているはずなのであるが・・・・

 

「・・・・」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

「すう・・・・すう・・・・」

 

暁のいるベッドを3人が囲む。

 

当の暁はベッドに座り込んだまま、手で顔を覆っていた。

 

暁のお尻の下のシーツには大きな()()()()ができあがっている。

 

「はわわ、やってしまったのです・・・・」

 

「・・・・オネショー」

 

「見てないで手伝いなさい!電はあの子を別のベッドに移し替えて。響はシーツの取り替え!暁はさっさとベッドから退きなさい!」

 

雷はさっさと3人を仕切り、暁の粗相(そそう)の処理に取り掛かった。

 

ぐじゅぐじゅと泣く暁を(いさ)め、そのおかんっぷりを如何なく発揮した。

 

レ級はすやすやと眠ったまま――――

 

 

 

どうやら、2人が立派なレディーとなるのは遠い道のりのようだ――――

 

 

 

 

 




今回はいくつかアンケートのキャラを出しました。

まずはEruca (えるか)さんの第六駆逐艦隊という要望。
これは前回に引き続き主に暁と響が活躍しております。
明石は残念ながらまだ出せません。おそらく第四章からになるかと・・・・

次に那珂とのアイドル活動ですが、これは記憶が確かなら確か要望があったはずなんですがねぇ・・・・。
どうもアンケートには書いてないッぽい。

すみませんが間宮さんとは絡ませられませんでした。
不器用なレ級では今回の話で料理は無理なのです。

そして櫟弓さん、隼鷹さんとお酒を飲んで、酒に呑まれるレ級とか見てみたいという要望・・・・
どうだ、叶えてやったぞッ、これで満足かッ!っていう感じです。
長らく待たせてすみません。ですがこの話はとても楽しく書かせていただきました。

まだアンケートに応えられていないキャラがありますが、いつかは出しておきたいですね。



※今回のタイトル:元ネタは『男はつらいよ』

※ピンク文字:鈴屋什造 CV:釘宮理恵
『アイドルマスター』のキャラクター、水瀬伊織が元ネタ(いおりんのMAマジ最高!!)

※バーのマスター:モデルは香風タカヒロ
響→バーテンダー→チノちゃん→チノちゃんパパという謎の発想


次回は主人公の戦闘シーンが見られるよ


おまけ

那珂がレ級をアイドルに誘うシーン

「あなたにはアイドルの才能があるわ・・・・なぜなら、トイレに行かないから!!」

(そのネタ今でも生き残ってるの!?)


追記

次話 3月29日の12:00に投稿予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。