戦艦レ級 カ・ッ・コ・カ・リ(仮タイトル) 作:ジャック・オー・ランタン
皆さん、アンケートありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
海の見える町を二人の親子が歩いている。
母親である女性と子である小さな男の子だ。
7、8歳くらいの子供の手を引き、母親である女性はある場所へ向かっていた。
彼女の手にはアタッシュケースが握られている。これは向かっている場所に引き渡すために必要な物。子供を連れているのはそこにいる人物への顔合わせのためだ。
それにしてもと思う。
ピ-クは過ぎたとはいえ、まだまだ寒い時期だ。着ているコートの首元を直し、子供のマフラーを確認する。
このようなことは時々考えてしまう。
かつての自分に思いを馳せることを。
やがてそこへとたどり着く。
そこは赤いレンガ造りの大きな建物だ。
隣で「おっき~い!」と感嘆を上げてるのに気をよくして、彼女は足を進めた。
やがて門の前に誰か立っているのに気づき、それが件の人物だと分かると彼女の中に懐かしさと高揚が込み上げてきた。
やがて二人の親子は門の前にいる人物の前で立ち止まる。
目の前にいるこの大きな男性は、この佐世保鎮守府の提督であるシノハラだ。
お互い久しぶりの邂逅にその顔に笑みが浮かぶ。
やがてシノハラのほうから沈黙を破り、口を開いた。
「久しぶりだね、
「はい、お久しぶりです提督」
女性はその言葉を皮切りに敬礼する。隣にいる子供のほうはそんな女性の行動にぽかんと呆けるだけだ。
シノハラのほうはそんな女性の行動に苦笑する。
「もう軍務から離れているんだから提督も
「それでも、私にとって提督は提督です」
彼女の名は足柄。かつてこの鎮守府に勤めていた艦娘の一人であり、現在は解体し軍の任を解かれ一人の人間の女性として暮らしている。
そして人間としての名を持ち、
ただ、彼女の場合少し特殊で解体された経緯が異なっている。
今から10年ほど前。空母ヲ級の
かつて足柄は
しかし”
ある程度の攻撃ならば身に宿している妖精がそのダメージを引き受けてくれるが、足柄の受けた攻撃は身に宿している妖精の許容量を大幅に超えていた。
結果身に宿している妖精は消失し、足柄は軍艦としての力を失い一度は海に沈むことになった。
しかし、
その後、艦娘として戦うことが不可能と判断され、解体処分として受理された。
そして現在、一般人として暮らしているのだ。
そんな彼女は隣にいる男の子に呼びかける。
「ほら、ゆう君、挨拶しなさい」
ゆう君と呼ばれた男の子は彼女の一歩前に出て挨拶する。
「こんにちは。きゆづきゆうたです。8さいです!」
よくできましたと足柄は言葉の代わりに頭をなでる。
撫でられた当人はうれしさと気持ちよさに目を細めえへへと笑う。
シノハラはそんな二人を慈しむように見ていた。
最後に足柄と会ったのは彼女が今頭をなでている子を妊娠したと報告して以来か。それが今はこうしてもうこんなに大きくなって自分の前にいるとは、時間が過ぎるのは早いものだとシノハラは思う。
「ともかく、いつまでも外にいてもしょうがない。中へ案内しよう」
二人はシノハラに案内され、ホテルのようなロビーを通り、談話室へと通された。
案内された二人はコートスタンドに上着を掛ける。
その際、シノハラは足柄のお腹がわずかに膨らんでいるのに気付いた。見た感じ太っているわけではないと分かるので、それがなんなのか察した。
お互い椅子に座ってシノハラは早速その話題を出す。
「そのお腹、もしかして子供が?」
その言葉に足柄ははにかみこう答える。
「はい♪この子で7人目です♪」
「え゛ッ」
予想もしない答えにシノハラは固まった。
だがそれも仕方ないのだ。
解体された艦娘は肉体が人間のそれに限りなく近づく。しかしもともとは人間ではない存在だったのだ。人間との交配による出生率は限りなく低い。人間と艦娘の夫婦が10年以上床を同じくしても子を授からないこともあるのだ。
それを考えればシノハラの驚きは当然であろう。もはや年子ではないか。
ここ10年、”梟”討伐から”悪魔”との戦闘で気を張っていて足柄を気に掛ける余裕がなかったせいで、完全に予想外であった。
シノハラの驚きを余所に足柄は持ってきていたものを渡す。
「これ、提督が頼んでいたものよ」
そう言って足柄は手に持つアタッシュケースを渡す。
中には幼児用の教育教材や知育番組のDVDなどが入っている。
シノハラは初めて鹵獲することに成功した深海棲艦、戦艦レ級をこの佐世保鎮守府にて預かっている。
異形を持った白く小さな子である彼女だが、彼女はほかの深海棲艦とは違いとても大人しくされるがままでいる。
これ幸いだとよりコミュニケーションを取るため、簡単な読み書きを教え、人間側への理解を深めるためにも情操教育も必要だと判断した。
そしてそんなあれこれを都合よく用意できそうな人物に白羽の矢が立ったのが彼女、足柄(解)というわけだ。
「しかし、電話で聴いてはいたけれどにわかには信じられないわね」
「まぁ、だろうね」
深海棲艦の子供を預かることになったなど、まず信じられないだろう。
「じゃあさっそく会ってみるかい?」
「そんなあっさり・・・・大丈夫なのかしら?」
聞き間違いでなければこの鎮守府で預かっているのはたしか戦艦レ級のはずだ。
彼女の知る限り戦艦レ級というと常に一体しか存在せず、基本的に発生した海域にとどまっているが、非常に好戦的だという印象があるからだ。
「まぁ、足柄の懸念ももっともだけど、ずいぶん大人しいもんだよあの子は」
そういってシノハラは立ち上がり一緒に来るよう二人を促す。
一緒に道を歩きながらシノハラは言う。
「少し前までほかの鎮守府の艦娘もいたんだけどね、朝一番に出てしまったんだ」
もう少し引きとどめておけばよかったかな、と
「まぁ、この鎮守府にもまだまだ古参はたくさんいる。せっかくだから会ってくといいよ」
「そうね、せっかくだからそうするわ!」
2人で楽しく会話していると不意に足柄に手を引かれているユウタが疑問を口にする。
「ねぇ、おかあさん。おかあさんってここではたらいてたの?」
そんなユウタの疑問に足柄は立ち止まり答える。
「そういえば言ってなかったわね。お母さんはね、昔は艦娘だったのよ!」
「そうだったの!?すごーい!」
自身の母がテレビの向こう側の存在だったことに高揚するユウタ。
今では艦娘はすっかりこの世界を守るヒーローのような存在なのだ。男の子も女の子も小さいころは皆憧れの存在だ。そういう年頃の男の子であるユウタの興奮は計り知れない。
「この鎮守府にはたくさんの艦娘がいるからね、後で会えるよ」
シノハラはそうユウタに期待させる。
やがてシノハラ達は一つの建物に入る。
そこは艦娘たちのレジャー施設だ。
卓球やバレー場などのスポーツやカードゲーム等が行われている。艦娘たちは任務明けのストレスや余暇などを訓練以外で発散する場としてここを利用している。
余談だが、妖精たちが昔調子に乗ってトレーディングカードゲームでカードに描かれているイラストのモンスターやクリーチャーが本物さながらに映像として出てくる装置を作ったが、施設を運用しているスタッフの一部が必死に取りやめさせた過去がある。
何でもこのまま発展してしまったらとんでもないことになりそうだったんだとか。
それは置いといてだ。記憶が正しければ今あの子はこの施設で艦娘たちの試合を眺めているはずだ。
そうしてしばらく探していると見つけた。
「提督、あの子が例の・・・・」
足柄の視線の先には件の深海棲艦がいた。あまりにも白く、太く長い尻尾を持つ少女。艦娘たちがドッジボールをしているのを尻尾を椅子代わりにしながらぼぉっと眺めていた。
「おじさん、あの子もかんむすなの?」
ユウタはシノハラにほかの艦娘と違う印象を受ける彼女に疑問を口にする。
「いいや、あの子はね、深海棲艦なんだ」
シノハラのその言にユウタはキョトンとする。
「しんかいせいかんって悪いやつなんでしょ?なんでいるの?」
言外になぜやっつけないのかとユウタは言っているようで。
「うーん、あの子はね、まだ生まれたばかりで何も悪いことはしてないからだよ」
そうシノハラは切り返す。深海棲艦はこの世界を滅ぼそうとしている害悪。そう世間では認識されている。
20年以上前だと特にひどい。家族や人生を失い、憎しみを糧に生きているものもいるくらいだ。
海軍にも少なからずそういった動機で入ってきた者たちもいる。
しかしシノハラはそういった負の連鎖にあの子を巻き込みたくはなかった。
故にシノハラはこう切り出した。
「だから、ユウタ君、あの子が悪い子にならないように、友達になってあげてくれないかな?」
ユウタの頭に手を置きながらそうお願いした。
「そっか・・・・」
そういわれたユウタは考える。少しの人生経験しかない彼の人生でもわかることがある。悪いやつは皆が最初から悪いやつではないことを。
映画やアニメなどで見る悪役は小さいころや若いころに酷いことがあって、どうしようもなくなったキャラクターなどがいた。深海棲艦は悪者だけれど、まだ生まれたばかりで何もしてないものにまで悪者扱いなんてひどいと思った。
そうやって悪者扱いするからアニメや映画みたいな感じに仕方なくなるのはすごくかわいそうだと。
だから自分が友達になってあげていい子にしてあげればいいと。
「・・・・うん、わかった!ぼく、あの子となかよくしたい!」
「・・・・そっか、それはよかった」
シノハラは目を細め、まぶしいものを見るようにユウタを見つめた。
所変わって視点は異形の子に移る。
感情を抑えるのが難しくなったこの体は、すぐ泣きそうになったり、かと思えばすぐ機嫌よくなったりとまるで赤ん坊に戻ってしまったかのよう。
あの後自分は残りの夜を過ごすため、ある3人の女性と過ごすことになった。
その3人を一文で表すとしたらこうなる。
ニンジャ!サムライ!ゲイシャ!
ほんとにそれである。
多分3姉妹だろう。3人とも黒っぽい茶髪にオレンジを基調とした改造セーラー服を着ている。
長女の人はツーサイドアップにくの一ルックな元気そうな女の子。白く長いマフラーがトレードマーク。次女らしき人はロングヘアに後頭部を大きなリボンのように結んだ鉢巻、落ち着いた佇まいから武人のような雰囲気がにじみ出ている。
そして最後に末っ子の女の子はお団子ヘアにフリフリのアイドル制服みたいな恰好。長女と同じく多分元気っ娘っぽいんだけれど・・・・。
「ガタガタガタガタ」
自分と距離を取って近づこうとしない。怖がりさんかな?
「
「だ、だって~~。よりによって初日からなんてないよー!」
シノハラの提案で数日置きにグループで戦艦レ級の世話をすることになり、最初にお鉢が回ってきたのが彼女ら
「よし!じゃあ那珂は恐怖克服のためにこの子と一緒に寝ること!」
「ヴぁッ!?無理無理無理無理無理!!」
手をバッテンして残像ができるほど首をぶんぶん振る那珂。
「無理じゃなーい!ほら、この子大人しいし、前任と比べて一回りは小さいし!」
「確かに、よく見るとこの子ずいぶんと小さいような」
姉二人が手を頭や肩に置いてそう言う。
「と~に~か~く~、長女命令ッ!」
そういって川内はレ級の背を押し、那珂に押し付ける。
「ぴぃッ?!」
背を押されたレ級はすかさず手を廻して抱きついた。話の流れからこのお姉さんは自分が怖いらしい。
少しでも恐怖が和らぐよう彼女はあることを試みる。
抱きついた状態からの――――
ばッ!
きゅるんッ!
上目使いッ!
どうだ!?
「――――がくっ」
ちーん
――――効果は抜群だ!
解せぬ
ちがう、そうじゃない
抱きつかれた状態のまま那珂は気絶する。抱きついた彼女は実に不満そうだ。彼女が期待してたのは上目使いが炸裂してメロメロになることだったのに。
この体の一番の自慢であるアメジスト色の瞳の色を存分に活かした行動だったのに・・・・
やっておいてなんだけどすごくあざとかった。人間だった時にこれやったら絶対悶絶してる。
その後気絶した子をほかの二人がパジャマに着替えさせ、そのまま今夜は同じベッドに入って夜を明かした。
そして翌日。予定調和のように目を覚ました那珂が抱きついて眠っているレ級を見て絶叫し、部屋の全員が起床。一緒に朝食をとり、箸がうまく使えずスプーンを用意してもらったりいろいろあったが困ったことが起きた。
女の子たちが言い争っている。
何やらもめごとのようだ。
聞けば彼女たちはあのジューゾーの部下らしい。
なんでも出撃任務でごたごたがあったみたいだ。
阿武隈という『セーラームーン』みたいな人がリーダーみたいだが、気が弱くて仲裁ができていない。
なので川内が仲裁に入ったのだが、なんやかんやあってドッジボールで決着つけることになった。
それである建物に入って試合を観戦してるんだけど・・・・
「なによぉーッ!」
「そっちこそーッ!」
バスンバスンとお互い決着がつかない。
にしてもジューゾーの部下ってこう・・・・痴女ばっかだな。
試合してるのは4人、島風、天津風、雪風、時津風。
4人中3人がスカートはいてない。
喧嘩してるのは島風と天津風。
島風は知ってる。ネットとかでもコスプレしてる人とか見かけるくらい有名だったから。
彼女が唯一スカートはいてるけど一番痴女だと思う。もう常時下着が見えてるんだもん。
喧嘩してる内容も島風が前に出て、むかついた天津風が前に出て速さくらべになった挙句、敵と遭遇して二人で相対する羽目になったとか。
よくわからないけどきっとくだらないことで喧嘩してるんだろうということは分かった。
そうやって喧嘩しながらも試合は続くが、明らかに身体能力が人間のそれと比べ物にならない。
なんと例えたらいいか、言いすぎだが『少林サッカー』のドッジボール版を見てる気分だ。
島風は残像ができんばかりのスピードで避けてるし、雪風って子はなぜか飛んできたボールが逸れて避けてるような気がする。
そんな超人ドッジボールの試合を眺めているときだった。
「こんにちは!」
急に横から話しかけられたので振り向いてみてみると。
「ぼく、ゆうた!いっしょにあそぼ!」
見知らぬ男の子がいた。
茶髪に元気そうな表情、口からちょっと見えてる八重歯が特徴の小さい子だ。いったいどこから来たんだろう?ここには基本的に男の人は成人した人しかいないはずなのに、ここで働いている人の子かな?
しゃべりかけているユウタは急に話しかけられてびっくりしているように見えたようで。
「ぼく、おかあさんと今日いっしょにここに来たの。だからともだちになろうよ!」
ようやく一緒に遊ぼうと催促してるのだと認識し、差し出してくれている両手を取り立ち上がる。
同じくらいだと思っていたが、背は自分のほうが上みたいだ。
「ねぇねぇッ、きみの名前ってなんてゆーの?」
そう言われて固まる。今の自分は喋ることができない。それに体が違う。人間だった頃の名前を使ってもよいものか・・・・
そうやって内心あたふたしていると。
「レーちゃんって言うですよー」
横から急に言われて二人とも振り向く、その人物の顔を見る前に頭に手を置かれた。
「れーちゃんってゆうの?」
「そーですよー」
佐世保鎮守府司令官代行、スズヤジューゾー。幼さを残す背の低い中性的な青年。話しかけてきたのはその人だった。
というよりも『れいちゃん』って自分のこと?たしか
ジューゾーからすれば戦艦レ級からつけた
「おにい?ちゃんはだれ?」
今男性なのか自信なさげじゃなかった?
言われたジューゾーは気にしてないようで。
「僕はここで働いているジューゾーって言います。よろしくです~」
「ぼくゆうた!よろしくおねがいします!」
お互い挨拶を交わしてると。
「
試合が決まらず、リアルファイトに発展してもみくちゃにされた天津風が自分の上司であるジューゾーに抗議する。
「まーた喧嘩ですか~?ほんと飽きないですね~」
そう言ってジューゾーは自分の部下の所へ行ってしまった。
「れーちゃん!あそびに行こーよ!」
また二人になったのでユウタは再び彼女を遊びに誘う。
ちょうど退屈してたとこだったので喜んでうなずく。
コクコク!
一連の流れを離れて見ていたシノハラだったが、二人の様子を見て違和感を感じていた。
声を出せないせいでしゃべれないあの子だが、どうにもユウタ君の言葉を理解し感情を表しているように見えるのだ。
シノハラは二人に近づき、声をかける。
「ちょっといいかな?」
2人は振り向き、近づいていたシノハラを見上げる。
「少しこの子と話すけど、いいかな?」
そう言いながら彼女の頭に手を置いて、ユウタに
ユウタが頷き、了承を得るとシノハラは彼女と目線を合わせるためしゃがみ、声をかけた。
「君はもしかして、言葉がわかるのかい?」
彼女はよどみなくコクコクと頷く。
「そっか・・・・」
上位の深海棲艦の中には”思考共有”を使い、その大半が敵意を込められているものの、言葉を発する者もいる。
生まれたばかりだという先入観があり、よく呆けているところを見ていたため、言葉を理解できる可能性をまるで考えていなかった。
この様子ならコミュニケーションを取るのもだいぶ楽になりそうだ。
シノハラは次に気になる部分を質問する。
「じゃあ、文字は書けるかな?」
そこで彼女は眉が下がり、フルフルと首を振る。
彼女は人間だった頃と違い、体が違うだけでなく力もかなり強いためすっかり不器用になっていた。
故に精密な動作に不安があり、まともに字が書けるとは思わなかったのである。今朝の朝食時に箸をまともに扱えなかったこともそれに拍車をかけている。
そういうわけで彼女は不器用故に字が書けないと訴えたつもりだったが、シノハラはそういうことだとは受け止めることができず、言葉は分かっても読み書きはできないのだと判断しまっていた。
「そっか、なら読み書きを教えてあげよう。字が書けるようになればお話もできるし、本も読めるようになるぞ」
字を書く練習、いっぱいしようなと話していると。
「ぼくもおしえてあげる!」
そうユウタが元気よく話しかけてきた。
「そうかそうか、ユウタ君もこの子にいろいろ教えてあげてほしい」
「うん!ぼくまたここに来るよ!いろいろおしえてあげるね!」
今後の予定が決まり、話が終わった後はゆう君と一緒に遊ぶことになった。シノハラさんに決められた範囲内でかくれんぼをしたり、ボール遊びなどをした。かくれんぼは大きな尻尾のせいですぐ見つかったし、ボール遊びはバスケットボールをお互い投げ渡したりシュート勝負をしたりしたけど、コントロールがうまくいかずよく手元が狂って見当違いのほうへ行ったりした。でもすごく楽しかった。別に勝敗はどうでも良いのだ。明らかに人間ではないこの体で、まるで小さなころに戻ったように誰かと一緒に遊べたことが重要なのだ。
不安だった。この世界で目覚めてから人間達とうまくやっていけるのか、もしかしたら迫害されてずっと
けどこうして小さな子と一緒に遊んで、その心配も薄れていった。
いまが楽しくてそういうことを考えずにいられるのだから。
二人で遊んだあとお昼ご飯の時間が来た。シノハラさんに連れられ、食堂へ
しばらくすると料理がやってきて、それと同時にゆう君の隣に女性が一人座った。
ゆう君によく似ているからお母さんなのかもしれない。
実際ゆう君がおかあさんと言っているから間違ってなかった。
今日のお昼はとんかつのようだ。ごはんにお味噌汁、浅漬けと見事に家庭料理といった感じだ。
「今日のお昼は私が作ったのよ。厨房でかつをたくさん作ったのは本当に久しぶりだったわ」
「わぁいとんかつ!ぼくおかあさんのとんかつだいすき!」
いただきますと
はじまるのだが――――
かちゃかちゃと箸を鳴らす。
食べ物を摘まむどころかまともに持てやしない。
箸を持って動かすたびに手から箸がこぼれていくのだ。
今朝もそうだったがこの体、手先が不器用でいけない。
物を掴むのはまだいい、だが指先を使うとなると途端にダメだ。スプーンすらまともに扱えやしない。これでどうやって箸を扱えと?
もうフォークに変えてもらうよう頼んでみようかと思ったとき。
「おはしつかうのできないの?」
隣で見ていたようでゆう君が声をかけてきた。
その通りなのでコク、と頷くと
「じゃあぼくがおしえてあげる!」
そう言って自分の手を掴んでやり方を教えてくれた。別に使い方は知ってるんだけど、なんか嬉しかった。ゆう君は自分より背は低いけど、面倒見が良くてお兄ちゃんみたいだ。
彼女が思っているようにユウタは自分の弟や妹たちの面倒を見ている長男だ。彼は普段から兄弟たちの面倒を小さなころから見続けてきたため、この自分より大きくも幼い彼女を見ているとついお節介を焼いてしまうのだ。
それだけでなくユウタは自分でも自覚せず彼女に惹かれ始めていた。それは深海棲艦の物珍しい姿かたちに興味を覚えているからなのか、それとも・・・・
小さい子供たちが一生懸命になっているところを見て、シノハラと足柄の二人はそれを温かく見守っていた。異形を持つ少女自身もかつては長男だったが、ユウタのお節介を受けてまるで兄ができたみたいで新鮮な気持ちになり、知らず笑みを浮かべていた。
昼食を終えた後、彼女は足柄に着ている白いワンピースに切れ込みを入れてもらっていた。シノハラ曰くひざ下まであるスカートの中身が太い尻尾で大部分を占めているので、歩くときスカートが引っ張られたり、尻尾を持ち上げるとスカートがめくれて下着が見えてしまうとのこと。なのでひざ下まであるスカートの真後ろを股下のあたりまで切れ込みを入れてもらった。
試しに歩いてみるとずいぶんと違う。歩くときスカートが引っ掛かる感じがしないし、尻尾も窮屈じゃなくなった。ご機嫌になり振り向いて自分の尻尾をフリフリと揺らしながら様子を見る。
「どうかしら?きつくない?」
コクコク!
ゆう君のお母さんに尋ねられて元気よくうなずく。
「そう、よかったわね!」
そう言ってゆう君のお母さんはにっこり微笑み返してくれた。
この後再びゆう君と一緒にシノハラさんに連れられレジャー施設に来た。人だかりができているところがあるので見に行ってみると
「どこかの夜戦バカには負けないから!」
ドッジボールの試合が白熱していた。しかも1対5。まだやってたのか。
試合してた4人に加え
「うわははははは!」
「あたしが遅い?あたしがスロウリィ!?」
「・・・・この子をほっぽって何やってるんだあいつは・・・・」
シノハラは今回レ級を担当しているはずの川内をを見て思わずため息をついた。しかも相対してるのはジューゾーの艦隊か。そういえばまだ帰投の報告を受けてないような。
盛り上がっている試合を尻目に、あとで
再びゆう君と遊んで周り、しばらくするとシノハラさんに呼び止められいつもより少し長く外を歩き、一つの小さな建物に入っていった。
何かのお店なのか、テーブルとイスがある。
席の一つにゆう君のお母さんが座っていて、こちらに手招きしていた。
座って待っていると一人の女性がトレイを持ってやってくる。
「お待たせしました、どうぞ召し上がれ」
割烹着姿のお姉さんから目の前にコト、それを置かれる。
アイスクリーム・・・・ッ
白く輝くそれはバニラアイス。上に添えられたミントがアイスクリームッ!って感じがする。
ちなみにゆう君のはチョコレートアイスだ。
唱和し、スプーンを掴み一口。
んまぁーー♪
「おいしい♪」
「本当に久しぶり!間宮の甘味は絶品ね♪」
ほんとにおいしい!こんなにおいしいアイスは”前”を含めて初めてかも
んんーッと喜びに震え、尻尾も思わずユラユラと揺れる。
思わず隣のチョコ味はどんななんだろうとふり向いてしまう。
「ぼくのも気になるの?だったらいっこあげる!」
そう言ってゆう君は一口ぶん
「はい、あーん!」
思わず目の前のスプーンをパクつく。
たちまちやわらかいチョコレートの味が広がってゆく。
こっちもおいしい!
「ぼくにもいっこちょうだい!」
いいよ!
不器用な手つきでアイスを掬い、ゆう君にスプーンを向ける。
ゆう君はスプーンを持ってる手ごと掴んでアイスにパクついた。
「こっちもおいしい!」
さっき自分が思ってたこととまったく同じで思わずニヤついてしまう。
「よかったわねぇ、ゆう君」
「うん!」
アイスクリームに舌鼓を打ち至福のひと時を過ごした。
ゆう君のお母さんとこの店に来ていたほかの女性たちが楽しそうにおしゃべりしているとき、ゆう君がおずおずと割って入る。
「おかあさん、ぼくおトイレいきたい」
「あら、じゃあ付いておいで。こっちよ」
ゆう君の手を取り、二人は店の奥へと消える。
それを見ていた彼女はどこか違和感を感じていた。
「君はトイレに行かなくて大丈夫かい?」
いっしょのテーブルにいたシノハラにそう言われ、そこでようやく違和感の正体に気付いた。
自分がこの体になって一週間以上経つが、一度も排泄をしていない。
数日前にバナナを食べたし、昨日も食べ今日だって食べた。なのにまったく
シノハラさんと目を合わせ、フルフルと頭を振った。
「そうか・・・・」
シノハラさんはそう言って顎に手を乗せそのまま考え込んでしまった。
でもよく考えたらこの方が不都合なくていいかもしれない。
自分の体に付いているこの尻尾を見てみる。自分の体に匹敵するほどの体積を誇るこの大きな尻尾を。こんなのがあったら便座に座るとき邪魔でしょうがないだろう。この体でトイレは無理がある。もしやるなら対面に座り込んでことを済ませるという不恰好を強いられるだろう。
和式トイレのことは全く頭にない彼女。そしてそれを指摘できる者もこの場にはいないのであった。
ゆう君たちが戻ってきて店を後にするとき視界にあるものが映り足を止めた。
彼女がふと立ち止まったのに気づき、ユウタは声をかける。
「れーちゃん、どうしたの?」
彼女はぼおっとある一点を見つめて動かない。
ユウタは彼女の視線の先を辿り、それを見つける。
壁に掛けられたそれはカレンダーである。
「これはね、イヌだよ」
カレンダーに描かれている絵を見てユウタは指摘する。
だが彼女が見ているのはそれではなかった。
2049年だと・・・・ッ!
自分のいた時代から30年以上経っていることに驚きを隠せない。
外からわずかに見えた街の様子はそこまで進んでいるようには見えなかった。
「れーちゃん、はやくいこ!」
ゆう君に手を引かれ、シノハラさんに追いつく。
「ふたりとも何をしてたんだい?」
「あのね、れーちゃんがね、イヌを見てたの」
「犬?」
二人の会話を横目に彼女は考える。
ここが自分のいた世界とは違う日本だったとして、果たしてこの世界にも自分の家族がいるのだろうか?いたとしてもこの30年以上も時代の進んだ日本に両親は生きているのか?
気が重くなり進みが遅いせいで自然と手を引っ張られ、たたらを踏む。
転びそうになった彼女を見てユウタは心配する。
「だいじょうぶ?れーちゃん」
今考えてもしょうがない。それにこの体じゃあ・・・・
嫌な考えを振り払い、彼女は歩みを進めた。
日が暮れ始め、足柄たちの帰る時間が迫ってきた。
シノハラと足柄は
鎮守府に来た時に預けた上着を手に持ち、足柄は話す。
「今日は本当に楽しかったわ!時雨たちとも会えて本当に来てよかった!」
「それはよかったよ。こっちもユウタ君があの子に良くしてくれて助かった。おかげで色々分かったこともあるしね。よかったらまた来るといい。あの子もきっとユウタ君と会えてうれしいだろう」
「そうね、そうするわ!」
そうしてシノハラ達は二人を見つける。しかしシノハラ達は二人の姿を認めた途端、思わずつぶやく。
「おや・・・・」
「あらあら、うふふ」
シノハラと足柄の視線の先。二人は床に座って眠っていた。
太く長い尻尾が2人を囲うように包み、二人はそれにもたれかかるようにして眠っていた。ユウタの手には絵本が一冊握られている。あの子に読み聞かせしていたのだろう。
隣にいる彼女は自分の親指を口にしてすやすやと眠っている。
「疲れて眠っちゃったのね。それにしても、本当に赤ん坊みたい」
「実際、生まれて十日も経ってないからね」
2人の様子を見て足柄はそうつぶやき、シノハラはそれに応える。
ずっとこの光景を見ていたいが、もう帰らなくてはならない。
足柄はユウタに上着を着せて抱き上げる。レ級は離れていくユウタに気づき、目を覚ました。
まどろむ意識の中、思っていたのは羨望。小さなユウタが抱き上げられている姿がかつて自分がうんと小さかった頃、父親の腕の中に抱かれていたのを思い出していた。
思えばそれが自分の中の最も古い記憶なのかもしれない。
ふと自分の頭に大きな手が置かれているのに気付く。見上げようとする前にゆっくり撫でられる。
「どうして泣いているんだい?」
しゃがみこんできたシノハラに言われて気付く。目に涙がたまってきていることに。
目をつむり、頬を伝う涙を感じているともう我慢が出来なくなった。
「!」
がばっとシノハラに抱きつき、彼女はその胸に自分の頭を押し付けていた。
どんどん溢れてくる思いが体の外に出ていく感覚、伝わってほしいとその小さな体を押し付ける。
そんな彼女の行動が、小さな奇跡を起こした。
突然抱えられ体を持ち上げられる。急なことで呆けたが彼の大きな腕の中に抱かれているのだとようやく理解した。
胸の中に心地の良いもので満たされ、体の力を抜く。
彼女の心はうんと小さかったあの頃に戻っていた。
急に抱きつかれたシノハラは驚くより先に彼女の想いが自身に伝わってきていた。
抱いてもらっていることへの羨望、寂しさ、自分もそうして欲しい。そんな想いが思念となり、”思考共有”の発露により感情がシノハラに直接届いた。
彼女の小さな体を抱いて持ち上げると、途端に喜びの感情が伝わる。
変わらない
人間の子供と何も変わらない
泣いて、笑って、寂しさを覚え、求める
そんな人間の当り前を深海棲艦であるこの子は持ち合わせている
シノハラは腕の中にいる重みを感じながらそう思うのであった。
「ばいばい!れーちゃん!」
足柄に抱えられているユウタは別れの挨拶をしていた。
対するレ級も言葉の代わりに小さく腕を振って挨拶する。
鎮守府の入り口で二人の目が合う。
「ぜったいまたくるから!」
「今度は下の子たちもお泊りに来るわ」
「ああ、待っているよ」
そして別れ、足柄親子が去ってゆく。
「さて、私たちも戻ろう」
コク
シノハラの腕の中で彼女は甘える。
小さな子と遊び、おいしいものを食べ、幼子のように抱き上げられて、彼女の心は幼くなりつつあった。
それが良いことなのか悪いことなのか、今は誰も知らない
今回、 リエル さんの川内型の三姉妹という要望に応えました。
次話からもほかの人の要望に応えたいと思います。
ただ話の展開上、入れられないキャラもありますので、出てこなかったりしたらすみません。
おまけ
「さあ那珂、この子の体を洗いなさい!」
「い゛い"い"い"い"い"い"や"や"や"や"あ”あ"あ"ァァッ!!!」
追記
次回更新4月17日の18時00分になります。