途切れかかった意識に誰かが語りかけてくる
お前の役目はもう終わっている、だから安らかに眠れと、しかしどうしてだか私の本能はそれを拒んでいる。
自分の両の手を使って懸命に抗おうとしてみるもののそれは全く意味をなさない。何度も何度も語りかけてくる声、その声はとても優しく、聖母の囁きのようでもあった。
だがその声が聞こえる度に自分の中から何か大切なものが失われていくようなそんな悲痛な気持ちになる。
段々と深淵に飲まれ始めている意識の中、私は自身が持っている最後の力を振り絞って私自身を切り裂いた。
この馬鹿げた運命から逃れる為に…
「後は頼んだよ…□□…」
誰に宛てられた訳でもない言葉はふよふよとしながら暗闇の中に溶けていった。
気づいたら私はそこにいた。
私がここに存在する理由を説明する場合にはこの程度の言葉で全てが片付く。
誰も存在する筈のない薄暗い森の中、私はこの世に生まれ落ちた。
透き通るような金色をした髪、空の色の様に蒼い瞳、形の良いぷるんとした唇、極めつけに目の前には自分の身長をゆうに超える大剣が一振り地面に刺さっているという少々普通ではない状況ではあったが、私は無事この世に生を受けることができた。
言い忘れていたが、私という一人称からわかるかもしれないが私は女である。幼女ではあるが
それからは流れる様に時が過ぎていき、特に他人と触れ合う機会を得ずに今日まで来てしまった。
つまるところ私は今日に至るまで、数百、或いは数千の年月を誰の協力も得ずに自分一人でこの世界を生き抜いてきたのだ。思わず自分自身のことを褒め称えたくなるがその気持ちを抑えて話に戻ろうと思う。
数千年あれば一つの森の構造を完璧に理解することなんてのは造作も無く、今では目を瞑った状態でも自分が大体どこの辺りにいるのかは見当がつく。
そう、見当がつく筈だったのだが…まさに今、私は現在進行形で迷子になっている。
もうなんて言うか悲しいを通り越して、呆れるの域に入っている。
仕方がなく辺りを見渡してみると、そこには昼なのか夜なのか分からないほど草木が生い茂っていた。私はその草木を注意深く観察してみた。
すると意外にも分かったことがある。
私がいた筈の森とは生えている植物の種類が異なっている。名前こそわからないが、明らかに形が違うのでやはりそうなのだろう。
よって此処は私がいた筈の森ではないという至極当然な結論が出て来た。
そんな子供でも直ぐに気づく様な安易な結論に至り一人満足する。
取り敢えず此処にとどまっていても全くと言っていい程やることがないので移動することにした。他にもこの地についての情報が得られるかもしれないし。
地面に丁度いいサイズの木の枝が落ちていたので、それを使って進行方向を決定することに決めた。私はその枝をひょいと拾い上げ、軽く地面に突き立てる。手を離すと枝は支えを失ってからんと乾いた音を立てながら倒れた。
倒れた方向は私側から見て直進方向
私は右手で大剣をずりずりと引き摺りながら暗い森の中をのろのろと進んでいった。
幾分進んだところで丁度良い木の切り株があったので少し腰を下ろして休憩することにした。それにしてもこの大剣は重い…身長より大きいからかやはり其れ相応の重さがあって少なくとも私の様なこじんまりとした奴が持つ様なものではないのだろう。しかし一体どんな間違いでこんなことになったんだろう。
大元を辿れば少しその辺りを散歩してこよう的な感じだったのだが気付けば見知らぬ森の中に一人放置である。生まれた時から一人だったからあまり寂しいとか孤独感などは強く感じないけど、幾ら何でも見知らぬ森に放置はないだろう。
神様がいるとするなら喜んで平手打ちをかましてやろう。勿論、思いっきり。
閑話休題、先ほど述べた通り、私は唯単純に散歩を楽しむために森の中を徘徊していたのである。だから突然の遭難や転移などに対する対策などは微塵もしておらず、あるのはこのこじんまりとした私の体と護身用にと持っているこの身の丈より大きい大剣一つなのだ。
もうなんか涙が出て来そうである…
実際には『出て来そう』ではなく『出た』のである、一筋の涙が私の頬を伝って音を立てながら湿気った地面に吸い込まれていく。
ぽたぽたと数滴落ちたところで私は涙を拭った。 とにかく今は生きることに専念しようと、生きていればいつかはどうにかなる、そんな希望的観測を胸に抱きながら私は今日もこの理不尽な世界を生きらことを決めた。
そうと決まればやらなければいけないことは沢山ある。
先ずは水の確保、これは最優先で行なっていきたい。だって水がなければ喉を潤すこともできないし自分の衣服を洗うこともままならない。流石に私はまだ女を捨てていないので体から噎せ返る程の獣臭がするとかは避けたい。
他にも火を起こすための枝や食べても問題ない様な植物、仮眠が取れる様な場所など他にも挙げ始めたらキリがない。
こうしちゃいられない、直ぐにでも行動に移さなきゃと思ったところで私はある変化に気づいた。
私以外の気配が四方八方から感じられる。それに加えてそこら中から噎せ返る程の獣臭がする。
私は別段鼻が良い訳ではないのだがそれでも気付くほど濃密な臭いである。
…もしかしなくても私ヤバくね?
突然訪れた身の危険に私は動けずにいた。
表情こそ動かないけれど内心は冷や汗タラタラである、いや割とマジで。
そそくさとその場からいなくなろうと来た道を引き返そうとしたら明らかに野生で生まれるサイズでは無い狼の様な奴が仁王立ちして道を塞いでいた。
ならばと方向を変えて逃げようとおもったけどやはりそちらにも狼がいる。しかし先程私の前方で通せんぼしていた奴よりは格段に小さい。
もうなんか今日は厄日かもしれない。だって気持ちよく散歩してて気付いたら見知らぬ場所の土を踏んでいるし、挙げ句の果てにはなんか超巨大狼に四方八方を塞がれてるし…
数分前、神様がいたら平手打ちをかましてやろうと言ったがその言葉を訂正しよう。
もし神様がいたらもうメタクソにブン殴って五体投地で謝らせてやるついでにこの道を進ませた過去の私も。
そんなことを心に決めるも依然目の前の状況は変わらない。文字通り血に飢えた獣達が一歩また一歩と私ににじり寄って来ている。
もうなんか全てがどうでも良くなって思考放棄をしてしまった私は取り敢えず全力で足掻くことに決めた。
普段は食料を狩る時ぐらいにしか使わない大剣を小さな両手で力一杯握り、前方にいる敵に全ての意識を集中させる。
狼の一つ一つの挙動全てに意識を注ぐ。私を喰い殺さんとギョロギョロ動く眼、荒い息遣い、滴る唾液、私は自身の双眼を限界まで見開き来るべきその時を待った。
頬を撫でる微風、何故かその風はつい先刻までより湿気っていた。
鉛のように重い空気が私の身体を這いずり回る。
辺りは静寂に包まれていてするのは互いの呼吸音のみ。
限界まで研ぎ澄まされた神経が今か今かとその時を待ち望んでいる。
「‼︎‼︎!!!!!!!!!!!?」
声にならない怒号が森全体に響き渡る。
先に動いたのは大狼の方だった。その巨躯に秘められた力を全て込めて私の喉笛に喰らいつこうと飛んで来た。
私も負けじと両の手に握った大剣を真横に思いっきり凪いだ。
手にずしりと衝撃が伝わり、遅れて肉を断つような鈍い感覚が襲ってくるが気にせず私は大剣にありったけの力を込め続けた。
ずしゃりと何かが地に斃れる音がする。私はそんなものには目もくれず、次に来る敵を捉えんと己の眼を動かす。だが次の瞬間自分の行動が遅かったことを悟る。
先程まで私の事を取り囲んでいた狼が数匹私の目と鼻の先のところまで来ている。大剣を戻してぶった切ろうにも生憎私にそんな怪力は備わっていない。
呆気なく人生って終わるもんだな。
眼前まで迫った死に対しての私の感想はそんなものだった。
確かにまだ死にたく無いしやりたい事だってある。だが既に決まった運命に逆らうのは些か無粋では無いか?そんな諦めにも近い感情が私の中にある。この世に生まれ落ちて以来、どうしてだか私の中の大切な何かが抜け落ちてしまったのでは無いかという気持ちに囚われてしまう。そこからは言葉に出来ない悲哀にも似たような気持ちが常に心の何処かにちらついてしまうそんな日々が続いて来た。
ーそんな日々が終わるなら、案外『死』だって悪くないー
私は最期の一瞬くらい笑って過ごそうと、笑顔で獣達の牙を受け入れた。
数秒遅れて神経が焼き切れる程の鋭い痛みが全身に駆け巡る。
思わず叫びそうになるが懸命にそれを抑え、笑顔を崩さないことだけを意識し続ける。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も獣達はその飢えた腹を満たそうと私の皮膚に牙を突き立てる。時に引き千切られ、時に咀嚼され、もう自分自身が今現在どんな格好をしているか解らない。
そしてついに私は糸が切れた人形のようにがくりと項垂れて動かなくなった。
そこは闇だった。
何処までも無機質で何処までも空虚な闇が存在していた。
こんな所に放置されたら狂ってしまいそうだ。でも何故だろうこの闇に奇妙な落ち着きを感じる。それは今まで心にぽっかり空いていた穴を満たすような感じだ。
辺りの闇が私の事を優しく包んでくれる。
そうか此処は死後の世界なのかもしれない、それならなんて気持ちの良い場所なんだろう。
…なんだかもう眠くてしょうがない。
あぁこんな所で眠れるなら存外私の人生は悪いものでもなかったのだろう。
ーおやすみー
その言葉に対しての返事は無く、静かに闇の中へ飲まれていった。
彼女が動かなくなってから一体どれだけの時が経っただろうか?
それでも獣達は見るも無惨な姿になった死体を飽きもせず喰らい続けている。
だが異変は起きた。
急に辺りが暗くなり始め、それに伴って空気の温度がどんどん下がっていき周囲を凍て付かせた。
身の危険を察知したのか、狼達が少女の死体から離れ一気に臨戦態勢を整える。
すると見るも無惨な姿をした少女がむくりと起き上がった。
しかしその姿は先程とは打って変わり、身体の至る所が欠損していて、その部位を黒い瘴気のようなものが埋めている。
少女はゆらりとこちらの方へ歩を進めて一言呟いた。
「…汝ら、今我の肉体に何をしていた?」
その声を聞いた瞬間狼達は全身の毛を逆立てて一目散に逃げ出した。
声にはこの世の深淵に存在するものや憎悪、絶望などのあらゆる負の感情を綯交ぜにしたような形容し難いものが含まれていて、それが本能へ直接語り掛けてくるような感じだった。
こいつとは決して敵対してはいけないとそう頭が命令してくる。
けれどもそう思ったのも遅かった。
次の瞬間狼達は少女が出していた瘴気に飲み込まれ、まるで元からその場には居なかったかの様に忽然と姿を消してしまったのである。
森はしんと静まり返っていた。
先程まであった筈の生命の鼓動や声は一切聞こえなかった。あるのは森の中央にて立ち尽くしている一人の少女だけだった。
こりもせず新作を書いてしまったsuiです。
今のところ全くと言っていいほど東方要素はありませんがこれから出していきますので心配しないでください。
話ががらりと変わりますが、自分よりも大きい剣を振るっている幼女ってグッと来ませんか?それが今回の話を書いた理由になります。
もう一つの方も頑張っているので、あまり期待はせずにお待ちください。