除霊師・安倍あやめの非日常的日常譚   作:ゆうと00

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彼の分まで生きる(3/3)

 清音のお見舞いに行ってから、1週間ほど経った頃。

 退院を許可された清音が、久しぶりに登校してくる日。

 2年4組の教室にて、あやめは自分の席について、春はその前の席を借りて座り、雑談に花を咲かせていた。

 2人の話題は自然と、これからやって来る清音のことになる。当初は、未だに松葉杖が手放せない彼女のために一緒に登校することになっていたのだが、前日に彼女から電話で『1人で大丈夫だから』と妙に暗い声で言われたために、2人はこうして教室で待っているのである。

 

「それにしても、1週間か……。長かったような、短かったような……」

「やはり清音さんがいないと、穏やかな気持ちで毎日が過ごせますね」

「はは、そうだね」

「それも今日で終わりかと思うと、少々憂鬱になりますね」

「そんなこと言って、安倍さんだって本当は嬉しいんで――ん?」

 

 2人がそんなことを話していると、ふいに廊下が騒がしくなってきた。耳をそばだててみると、しきりに体の調子を心配したり、何かあったら自分に頼るように、といった声が聞こえてくる。

 どうやら、清音がやって来たようだ。そして怪我をしている彼女を友人が心配している、といったところか。

 

「随分、慕われているみたいですね」

「学校中に知り合いがいるようなもんだからね」

 

 そしてしばらくして、清音が松葉杖をついて教室に入ってきた。入口のすぐ傍にある自分の席(つまりあやめの隣の席)にリュックを置いて腰を下ろす。

 

「やっほー、清音。久しぶりの学校だからって浮かれてるんじゃ……」

 

 そんな清音に軽口を叩こうとした春だったが、清音の顔を見た途端、そんな思いはみるみる萎んでいった。

 清音の表情は、沈んでいた。

 たったそれだけのことだが、2人にとっては異常なことだった。普段から明るく賑やかで、入院しているときもヘラヘラと笑っていた彼女が、今はどんよりとした表情で顔を俯かせているのだから。

 しかしあやめは、春ほどの驚きを見せてはいなかった。それは彼女よりも感情を表に出すタイプではないから、という理由だけではなかった。

 清音がそんな表情で登校してくることは、あやめにとって想定内のことだった。

 

 ――さすがの清音さんも、身近な人間が亡くなれば落ち込みもしますか……。

 

 心の中でそう思いながらも、彼女は清音に尋ねる。

 

「どうしたんですか、清音さん? 随分と落ち込んでるようですけど」

「そ、そうだよ、清音。せっかく退院したんだから、もっと嬉しそうにしないと」

「……うん、分かってるんだけどさ、どうにも手放しで喜べない事情があるわけよ……」

 

 ここで初めて、清音が口を開いた。普段の彼女からは考えられない、まるで覇気の無いその声から、精神的に相当参っていることが分かる。

 そんな彼女に事情を説明させる心苦しさを若干感じながらも、あやめは若干目を鋭くして彼女に尋ねた。

 

「――ひょっとして、真美さん達のことで何かあったんですか?」

 

 びくり、と清音の体が反応した。それは清音だけではなく、隣で聞いていた春も同じだった。

 しばらくの間、清音はバツが悪そうに目を泳がせていた。しかし無言で視線を向けるあやめと春に根負けしたのか、やがて重々しく口を開いた。

 

「……やっぱり、あやめには分かるんだね」

 

 清音のその反応に、あやめは真美が何かしらの“決断”をしたという確信を得た。そしてあやめはその内容を『真美が魂を1つに戻し、紳二が亡くなっていた事実を皆に知らせる』というものだと考えた。

 いや、もう一つ可能性がある。

 それは真美が自分の魂をすべて紳二に移してしまった場合だ。こうなると傍目には真美が死んだことになり、紳二が生きていくことになる。もちろん、その中身は真美だ。

 

「な、何かあったって……。ま、まさか、真美ちゃん達……!」

 

 すると春が、声を震わせながら清音に尋ねた。言い方は悪いが、渡りに舟だった。

 

 ――さぁ、どっちですか……!

 

 あやめも表情には出さないが、固唾を呑んで彼女の答えを待つ。

 しかし返ってきた言葉は、あやめが想定していたいずれでもなかった。

 

 

 

「いや、真美ちゃん達は大丈夫だよ。2人共、立てるようになったし」

 

 

 

「――――へ?」

 

 思わず漏れた間抜け声は、あやめのものだった。

 それに気づくことなく、清音は話を続ける。

 

「2人がお見舞いに来た次の日にね、2人共突然立てるようになったんだよ。よっぽど嬉しかったんだろうね、真美ちゃんったら泣いて喜んでたよ」

「そ、そうなんだ、良かったぁ……! でもなんで急に立てるようになったんだろ? あの日までは全然立てなかったんでしょ?」

「うん、お医者さんも凄い不思議がってたよ。――でもまぁ、別に良いじゃん。2人が無事に治ったんだからさ」

 

 いいや、良くない。

 あやめは2人の話を聞きながら、混乱しかかっている頭で必死に考えを巡らせていた。

 魂を2つに分けながらも2体共完璧に操作できるようになった、ということだろうか。いや、それでは真美が泣いて喜んだという部分が些か不自然だ。

 自分の体に魂をすべて戻してそこから紳二の死体を操る、というのはどうだろう。いや、無理だ。熟練の除霊師ならまだしも、真美がそんな芸当をできるはずがない。

 まさかどこかから別の魂を引っ張り出して、むりやり紳二の体に押し込めたなんてことは――

 

「――あやめ、……あやめ?」

 

 どんどん発想が飛躍していくあやめだったが、清音の呼び掛ける声でハッと我に返った。

 

「……すみません、考え事をしていました。どうかしましたか?」

「いや、真美ちゃんから、あやめ宛の手紙を預かったんだよ」

 

 そう言って清音が差し出したのは、ピンク色の可愛らしい封筒だった。

 あやめはそれを引ったくるように受け取ると、すぐさま封を開けていく。

 

「……まさか、中身は読んでいませんよね?」

「いくら私でも、そこまで非常識じゃないよ」

 

 それを聞くと、あやめは文面を目で追い始めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 あやめさんへ。

 この前は、わたしを心配していろいろとアドバイスをくれて、本当にありがとうございました。

 あの後、わたしなりにいろいろ考えて、自分のたましいをすべて自分の体にもどすことにしました。お兄ちゃんと別れるのはさみしいけど、きっとそれがわたしやお父さんお母さんのためだと思ったからです。

 なのでその次の日に、わたしは自分の体にたましいをすべて戻しました。もう二度と動かないお兄ちゃんの体を見つめながら、ナースコールを押しました。

 だけどそのとき、信じられないことが起こりました。

 お兄ちゃんが、帰ってきたんです。空っぽだったはずのお兄ちゃんの体がいきなり起き上がって、わたしの名前を呼んで笑ったんです。

 お兄ちゃんの話だと、自分がゆうれいになっているのに気がついてすぐに、ジョレーシとかいう変な男の人に追いかけられたそうです。それでやっとの思いでその人を振り切って病院に行ってみたら、もうわたしたちがいなくなっていて、今までずっとわたしのことを探し回っていたそうです。

 わたしはうれしくて、お兄ちゃんに抱きついて泣いてしまいました。

 今はこうして2人で立てるようになったけれど、これからはあやめさんが話してくれたあのことを胸にしまいながら、お兄ちゃんと2人、せいいっぱい生きていこうと思います。

 本当に、ありがとうございました。

 

 真美

 

 

 *         *         *

 

 

 手紙を読み終えた後も、あやめは呆然とそれを眺めていた。

 半年前に死んだはずの人間が、突如生き返る。

 普通だったら、まず有り得ないことである。人間が死んで魂が抜けたとき、機能を停止したその体は途端に腐敗が始まる。そうなると、その魂が元の体に戻ることは不可能だ。

 しかし今回の場合、真美が自分の魂の一部を紳二の体に入れていたために、紳二の体は生前と何ら変わることなく存在し続けていた。

 つまり、真美が取ったあまりにも危険な行動が、逆に紳二を生き返らせる要因となったのである。

 

「…………」

 

 口を噤んだままのあやめを余所に、春が清音に問い掛けた。

 

「そういえば、結局清音の言ってた“手放しで喜べない事情”ってのは何だったの?」

 

 すると清音は、途端に教室に入ってきたときと同じ憂鬱そうな表情へと戻り、

 

「私が退院するときさ、真美ちゃんから退院祝いにお土産を貰ったんだよ。事故に遭う前に行った家族旅行で買ったやつなんだって。それで昨日、早速食べてみたんだ」

「それで?」

「……もしかしたら悪くなってたかもしれない。さっきからお腹痛い……」

「ちょ、大丈夫なの? 保健室行く?」

「――くく」

 

 そのとき、どこからか噛み殺すような笑い声が聞こえてきた。清音と春は顔を見合わせ、辺りをキョロキョロと見渡す。

 そして隣へと顔を向けたとき、2人共驚きに目を見開いた。

 

「ふふ――、くくく――」

 

 普段は冷静沈着で滅多に感情を表に出さないあやめが、机に突っ伏して肩を震わせて笑っているのである。

 

「ちょっと、あやめ! いくら可笑しいからって、笑わなくたって良いじゃん! こっちはまた病院に逆戻りするかどうかの瀬戸際なんだよ!」

 

 清音は怒ったようにそう言ったが、戸惑いがあるためか、いまいち迫力に欠けていた。

 やがて笑い声が幾分か落ち着いてきた頃、あやめは顔を上げて目に溜まった涙を指で払った。その口元は、にやついてしまうのを必死に堪えるように歪んでいる。

 

「いえ、くく……、清音さんを笑っているのではありませんよ。ふふ……、何ていうか……、“まんまとしてやられた”と思いましてね……」

「してやられた? 何を?」

「内緒です。ふふ……」

 

 楽しそうにそう言って笑うあやめに、2人はただただ首をかしげるばかりだった。


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