DMMORPG「ユグドラシル」。
高い知名度を誇り、高すぎる自由度とクリエイト要素によって爆発的な人気を博したゲーム。
だが、12年続いたユグドラシルもサービスを終えようとしていた。
サービス最終日、そんな廃れた世界で一人のプレイヤーが12年の全てをつぎ込んだNPCを完成させた。
彼のギルドが全盛期だった頃は、ギルドランキング一桁台にその名を連ねていた。ギルドメンバーも数百人は優に超え、
そう――――――あの時までは。
トップランカーも数多く所属している彼のギルドは、他のギルドと協定し1500人のプレイヤーを引き連れて一つのギルドを襲撃した。
それこそが、悪の名を冠する『アインズ・ウール・ゴウン』だったのだ。
所属メンバーは41人と少数ながら、この世界を荒らす台風のような存在。しかし、その活躍は彼のギルドと大差ない、否、メンバー全員が異形種であることを含めればその活躍は目を見張るほどのモノであった。それほどまでにユグドラシルは人間種以外の種族、特に異形種には優しくなかったのだ。
そんな中で活躍する『アインズ・ウール・ゴウン』にギャフンと言わせたくなったのだ。負けず嫌いな彼はこれでもかと協力者を募り、1500人の大所帯。たった一つのギルドに攻め入るのにオーバーキルな戦力を用意したのだ。誰もが勝ち戦と攻め入った。事前に宣戦布告の通知をしておいたが、精々足掻けばいいと認識していた。
そんな彼が予想外とすれば唯一つ。
社会人で構成された『アインズ・ウール・ゴウン』が予想以上に廃課金厨だったことだ。誰が予想できる。いつ攻めてくるかもわからない防衛にここまで金を使い込み、魔改造していたなど。誰が理解できる。その徹底ぶりを。
結果、彼は敗北した。
数多のアイテムを失い奪われたが、所詮はアイテム。また再起を図り仲間とともに力を蓄えるだけだ。しかし、流石に彼の周りは再戦を嫌がった。1500人で挑み完膚なきまでに敗北したのだ。もうハイリスクな無駄な戦いはこりごりだ。
負けず嫌いな彼はその鬱憤を吐き出すために一体のNPCを創り出した。
ワールドエミネーの心臓を素材に頭の可笑しい強さを誇るキャラクターをデザインした。
種族は強力な竜種を中心に構成し、いっそ創るならと見た目を彼の理想的なタイプの女性にした。
設定は、『アインズ・ウール・ゴウン』をどうやったら倒せるかを妄想し、熱い物語を想像しながら書き殴った。余った文字数は、彼の理想的なタイプな性格をニヤニヤしながら書ききった。
そんな彼は、サービス最終日まで案外ハマってしまったNPCの着せ替えを今日完成させたのだ。
引退したギルメンの装備を彼女に装備させ、崩壊したアイテム市場で手に入れた大量の
もう彼以外居なくなったギルド拠点。
ギルド武器が飾られている最深部で、これまでの12年間を振り返る。
仲間との冒険の日々は楽しかった。
強いモンスターを攻略する喜びもあった。
珍しいアイテムを手に入れた時なんて皆で奇声を上げてしまった。
その思い出の数々には、当然苦い思い出もある。
12年も同じゲームをやり続ける仲間は片手で数えられる人数まで減ったし、今日なんて最終日なのに俺しか来ていない。全盛期は『アインズ・ウール・ゴウン』以上のギルドだったのに――――――残念だ。※本人は負けず嫌いです。
そんな感じに最後は段々苦い思い出しかなかったが、最高のNPCを創り出したということで満足しとこう。
彼は、ギルド武器である
いろんな角度から被せる位置は間違っていないか確かめ――――――うむ。と満足する。
時間を確認するともうサービス最終まで数分を切っている。
天井を見上げ、瞳を閉じ大きく息を吸い込み――――――吐き出す。
これまでの全てを振り返る。
本当に様々な出来事をユグドラシルで体験した。
未知の冒険。
仲間との協力プレイ。
武器、装備品を作る素材集め。
プレイヤーとのPvP。
そして、ギルド。
「――――――……」
この12年間を静かに振り返って――――――確信する。
嗚呼そうだ。そうなんだ。そうだったんだ。
楽しかった。確かに楽しかったんだ。
だがそれ以上に――――――
「勝ちたかったなぁ……一度でいいからアインズ・ウール・ゴウンに」
最後に気づかされた。どれだけ地上最高最強の
一度は完璧に負かされた。失ったアイテムをまた集め、敗北以前以上の装備を揃えた。だが、再戦は叶わなかった。
それこそが、最大の心残り。
あと一回、たった一回戦えればそれでよかった。その結果、勝とうが負けようが別段どちらでもよかったのだ。
全身全霊を賭けた戦いをもう一度やりたかっただけなのだ。
その後は諦めるのも良し。また再戦するのも良し。和解するのも良し。
されど、そんな未来はもう絶対訪れない。
「この世界も終るか……なあ
彼はガチ装備を解除し、鎧オブジェにしその場に飾る。
一通り満足すると、メニューを開きログアウトに指を翳す。
「さらばだ勝利の女神よ。
そう、これは独り言。今日まで戦い続けた太陽の英雄の懺悔。
「数多存在する次元世界の戦いに、
ログアウトに指先が触れる。離せば光と消えるその体。
「勝利を――――――完全無比な勝利を。人間種に繁栄と幸福を。もし……次があるなら、お前を絶対に一人にしない益荒男を愛せ」
言い残したことはもうないとばかりに、その体はこの世界から消えた。
そして――――――時計の針がユグドラシル終焉を告げた時――――――
「アインズ・ウール・ゴウン――――――滅亡こそ宿命」
彼女は人知れず、己に課せられた使命とマスターの最後の命令を果たすべく、動き出した。
彼女――――――エリザは、約束された勝利の女神として
勝利を導くものとして、率いるものとして創造された。
そう――――――アインズ・ウール・ゴウンに勝利するために、世界を終わらせないために創造された。
|アインズ・ウール・ゴウンを恐怖、不安、戦慄、凄惨、地獄、悪夢、狼狽、恐慌、動揺、憂虞、畏怖、怖気、脅威、嫌悪、嫌忌、不快、憎悪、厭忌 、厭悪、唾棄、 毛嫌、嫌厭、厭忌、敵意、反感、怨恨、殺意、破壊、決壊、倒壊、崩壊、爆破、解体、損傷、撃滅、壊滅、潰滅、消滅、打破、損壊、撲滅、大破、荒廃、疲弊、毀棄、取潰、滅亡、瓦解、破滅、廃絶、没落、凋落、衰亡、終局、死滅、終末、絶滅、滅尽、断絶、滅失、滅却……
エリザの頭の中には、アインズ・ウール・ゴウンを滅ぼすべきと流し込まれたマスターの感情が駆け巡っている。
エリザはその感情を愛おしいと感じている。
それが、マスターとの唯一直接的繋がりと感じるからだ。
このどこまでも深淵で、人間種を想う慈悲深い――――――異形種滅ぼす混沌のお心。
マスターは遠くの別世界に旅立たれました。最後のお言葉御残し……
エリザの存在意義で在り、その芯を支える"そう在れ"とは別に、最愛の
一語一句違えず忘れることのない
私にしか見せない微笑ましく子供の様に楽しくはしゃぐマスター。いつも新しい装備、衣服、アクセサリーを調達し恐れ多くもこんな私に
私はそれだけで幸せでした。マスターのお役に立てているのだと実感できたから。
アインズ・ウール・ゴウン討伐とは別のもう一つの使命――――――愛しの殿方の背中を支える良妻を全うできていると全身を通し感じることができたから。彼女は至福の中にあった。この日常が永遠に続けばいいと祈っていた。そんなある日、完成したと興奮するマスターが初めて悲しそうな表情をしたのだ。
『勝ちたかったなぁ……一度でいいからアインズ・ウール・ゴウンに』
『勝利を――――――完全無比な勝利を。人間種に繁栄と幸福を。もし……次があるなら、お前を絶対に一人にしない益荒男を愛せ』
残酷にも、別の漢を愛せと――――――幸福になってくれとご命令された。……恐らく、もう
エリザの頭の中には、プレイヤー1500人分の戦闘経験の記憶に、ナザリック地下大墳墓地下1~3層墳墓、地下4層地底湖、地下5層氷河、地下6層ジャングル、地下7層溶岩、地下8層荒野の情報が書き込まれている。何よりマスターは何故負けたのかを考察したあったかもしれないIFが、百パターン以上記録されている。もっとプレイヤーが居れば、アイテムが、装備が、こんな戦略をすれば、etc………………
幸いにも物資は全て揃っている。残りは、戦力。
まず状況把握のため外に出る必要がある。
彼女は歩き出す。
もう彼女以外動くものが居ないギルドで勝利を掴むために駒を進める。
マスターの槍を強く握りしめ、覚悟を決めるのだ。
「アインズ・ウール・ゴウンに完全勝利を――――――永劫の愛を」
私は、愛を探さねばらない。
太陽に届かなくても、それに近い仕えるべき輝きを見つけるために。
この世界はユグドラシルとは違うどこか遠い別世界だ。ユグドラシルは終わったのだ。救えなかったユグドラシルは消滅しかあり得ない。プレイヤーの知識からそう導き出した彼女は、広がる荒野に視線を走らせあたりを見渡す。人間種が何事かと集まってくる。どれもこれも粗末なカッコをした原始的な生活をただ匂わせる。エリザが出てきたギルドの見た目は純白の大理石で建造された全長十メートルの四角錐。出入り口は並んで十人入れるほどよい広さだ。この白いオブジェは正面玄関だ。本体のギルドは地下に建造されている。プレイヤーたちはこう呼んだ。秘密基地『ユートピア』と。
建造物、服装から分かるように未開の地と言っても差し支えないレベル。ならばこそ、彼女が女神として人間種を導く義務がある。
数キロ離れた地平の彼方にビーストマンの軍勢を捉えた。
要は負けているのだ。家畜の様に食われ侵され最後の砦であるこの地まで追い詰められているのだ。そこでようやく理解できた。人間たちがエリザに向けている恐怖、疑心、殺気の正体が何なのか。
そう、ならばこそ――――――勝利の女神として人間種に繁栄と幸福を。
エリザは翼を広げ舞い上がる。
地平線を埋め尽くすビーストマンの軍勢が近づいてくる。
人間たちはそれを視界に捉えると絶望する――――――もう無理だと。
「人間種達よ恐れるな。貴方方は知らないだけ、無力?種として劣っている?いいえ違うわ!足りないなら補えばいい!努力を、技術を、力を、その手に守るものがあるなら……こぼさないために。光が見えなくなることもある。絶望に染まった混沌が影を落とし何も見えなくなることもある。ならば、私が光を照らそう!太陽は決して闇に染まることは無い!」
膨大な光と魔方陣が螺旋を描き光槍の先端に集束されていく。それはさながら太陽。魔を滅却する神の炎。
この光槍はマスターがワールドエネミーを討伐した際、その偉業が神々に認められ与えられた神槍兵装。
二十四時間一回だけ使用可能で、あらゆる絶対耐性を無力化する殲滅力と攻撃力を引き換えに絶対耐性を失い、防御力が二十四時間50%ダウンする。
この世界の脅威を知る前にそんなデメリットを負う必要が果たしてあるのか。もっと効率よく殲滅できるスキルと魔法は確かにある。でも、それでは駄目なのだ。
……これは心の問題。
マスターの光槍に誓い、マスターの願いを必ずや成し遂げると誓いを捧げるのだ。
「灼き尽くせ――――――
闇が消滅する。
太陽の光が、滅却しろとすべてを燃えつくす。
文明の発達していない人間達を従え、導くのは簡単だ。
力を示し――――――
「勝利の女神エリザベート……私の名を刻みなさい。私が――――――」
神になればいい。
ユグドラシルの二の舞は冒さない。この世界を守って見せる。
地上にもう一つの太陽を創るという所業。
それは、この世界の超越者が目をつけるには十分。
人間種を集め、一つの国をつくり始めたエリザは、どうすればこの環境でプレイヤーに匹敵する戦力を探し出すべきか悩んでいた。人間種に幸福と繁栄をもたらすのは当然として、妥協案――――――協定を結べるなら亜人種、異形種であっても戦力にすべきだ。勿論、アインズ・ウール・ゴウンに下った者に慈悲などない。
アイテムを駆使し食料、住まいなど改善を図り、知識を与えた。
そして二ヶ月後、待ち受けていた災厄が舞い降りた。
人間種を巻き込まぬようビーストマンを焼き払た灰の大地で待ち構える。
その存在はとんでもなく大きく、大陸が飛んできたと言っても信じてしまうくらいの生物。
「……すごい。こんなにも巨大なドラゴンはマスターの知識にも存在しないわ」
太陽が隠れるほどの巨大なドラゴン。山さえ掴める山脈のような肉体が飛ぶさまは世界の終わりを連想させる。
「容姿はマスターのご友人が討伐されたファフニールが一番近いかしら。でもここまでくれば最早……災厄ね」
ピリピリと肌まで伝わる強者の風格。翼を広げゆっくりと目前まで降下してくる。地表に近づいた瞬間、翼を一度だけはためかせ衝撃を完全に殺し着地する。一度の羽ばたきだけで森を、都市を吹き飛ばす風圧の影響で髪が乱れてしまった。手櫛で軽く整えるとかのドラゴンと目を合わせる。エリザからは、相手がこちらを視認している確証はない。だが、向こうも気付いている。お互い戦ったら唯じゃすまない。
音を風に乗せるチョーカー型マジックアイテムをアイテムボックスから取り出し、首に取り付ける。
「初めまして、私はエリザベート。ギルドユートピア最強のNPCとして勝利の女神と創造されし存在です。貴方のお名前を伺っても?」
声に反応したのか、ギョロギョロ目が動き――――――威風佇むエリザを捉えた。
「何者だ。は、此方の台詞だ。ここ近年、別の世界の来訪者が持ち込んだ理でこの世界の理が崩壊の危機にある。天秤を司る我はそれを食い止めねばならないが……汝たちの武器、鎧、衣服や小道具に至るまでこの世界ではあり得ない物だ」
ドラゴンは視線を遠いどこかを睨みつける。
「人間を守護すると、異なる異形の種族が集まった『ぷれいやー』と我は戦った」
ドラゴンは肉体に刻み付けられた傷に視線を落とす。
「初めてだ。初めて我は我以外の存在に脅威を覚えた。生まれながらの異能――――――情報の視認はあらゆるマジックアイテム、この世界の息吹を読み解くことができる。お前たちは矛盾で満ちている。中身と外側が一致していない」
『ぷれいやー』は災禍の炎だ。
『えぬぴいしい』は自然災害だ。『ぷれいやー』を絶対の主とする在り方は読みやすい。主で簡単に揺れる。
そして、目の前の竜人もまた。
「魂に揺らぎがない。それは『ぷれいやー』『えぬぴいしい』にもないどちらかと言えば我に近い。平等なのだ。揺らいではならない。勝利を齎す存在として汝は完成し、今は別の……そう、真の勝利のために」
「ッ!!そこまで分かるの?」
「否、汝が考えているほど万能ではない。生物、異形種といった魂を宿す存在は表面上でしか情報は見えない。それこそ、何を強く思い、何を強烈に考え、何を徹頭徹尾とし心の支えとするか……思考は読めぬが、魂の強さを知ることができる」
「何故その話を私に?敵対するかもしれない存在にすべてを話した分けではないにしても態々教えて自身のアドバンテージを開示し、見透かされていると知れば警戒されるのは当たり前でしょ?」
巨大な喉を震わせククク。その仕草だけで笑っているのが丸分かり。
「対話を望んでおるのだろ?ならば余計な腹の探り合いは好かん。我はもともと争いは好みではない。重要なのは
「流石。私はもともとプレイヤーを滅ぼす側に属していました。無機質に、感情など存在せず、唯殺す。マスターとご友人に捕縛された私に命を――――――魂を吹き込んだ
彼女は何処かうっとりと頬を染め、遠い思い出に浸る。
「すみません。独り言です」
「何、構わん。過去の汝など気にはしない。現在の汝を求めているのだ。他にはない、その優しさ」
「……ふふ」
「何だ?何がおかしい」
「いえ、何も。ただ――――――」
チョーカを外し、誰にも聞かすまいと静かに呟く。
「こんなにも熱く求められた殿方は……二人目です」
トクン、鼓動が高鳴り頬を熱くさせる。これは、この思いは。
勝利の女神として、また、唯愛する女は理解する。
……
「……んんッ!失礼。では、対話をしましょう。その前に、御一つお渡ししたいマジックアイテムが」
アイテムボックスから取り出すのは人化の指輪。ドラゴンは見ただけでそれを看破し、合意する。この巨体差では真面な会話さえ難しく、また目立つ。エリザは爪の先端に指輪を引っ掻ける。
「ふむ。これが人化。汝と同じ竜人か」
「お気に召してなによりです。それよりも此方を、人とは服を纏うものですので」
当然全裸。顔の形はマスターに似ても似つかないが。
「ああ、すまない」
微笑む彼は何処か、マスターに似ていた。
「所でお名前をまだ伺ってませんよ。私はエリザベート、エリザとお呼びください」
「我は『
「長いですね。では愛称はザイと」
「……長いか?。ドラゴンなら普通ではないか」
「ふふふ、良いのです。私がザイと呼びたいのです」
こうして二人は出会った。
運命は加速する。
愛を手に入れた乙女に影を落とすなど不可能。
マスターは仰った。
真の戦いは対話だと。
所詮暴力でしか解決できないのなら、血を流すことでしか勝利を得られないのなら、それは真の勝利とは言えない。
なら、ビーストマンを焼き払った彼女は、勝者ではなく敗者だ。
それでも、彼女は勝利を絶対としなければならない。
対話こそが完全勝利。
また、マスターは愛を貫く完全なる勝利こそ価値があると語った。
彼女には愛がある。
マスターの愛も真実ならば、その愛を貫かねばならない。
そして、彼との愛も本物ならば、その誓いを果たさなければならない。
故に彼女は、すべての準備を終えその時まで眠りにつく。
深い眠りに――――――彼女と彼の子に託して。