デスナイトは、アインズ・ウール・ゴウンの所有物である。
単独行動は避けるべきであり、速やかなナザリックへの帰還が望ましい。
だが、デスナイトに転移等の特殊技能は存在しない。
そして、ナザリックへの連絡手段も、現在は持っていない。
仮に持っていたとしても、自分一人の為に主人の手を煩わせる事を選択したかは別だが。
故にデスナイトは歩きだした。
ナザリックへ向けて。
デスナイトはアンデッドである。
休養を不要とし、不眠不休での活動が可能である。
先の「カッツェ平野の大虐殺」後のカッツェ平野から帝都までの帰還は、一切の補給をせずに行軍しても三日という日数が必要だった。
しかしこれは補給をしなかっただけであり、夜間に休まなかった訳ではない。
三日間の不眠不休の行軍など、甲冑を着込んだ人間、更にその人間を乗せる、あるいは馬車を引くなどの重労働を行う馬にも不可能だ。
だがその不可能を可能にするのが、アンデッドだ。
アンデッドたるデスナイトなら、休み無くの移動が可能であり、補給はともかく食事の時には止まっていた時間も短縮出来る。
カッツェ平野まで三日とかけずに到着するだろう。
そこから先の移動に対して、地理的な知識をデスナイトは持ってはいない。
ナザリックからカッツェ平野までは、転移魔法によって移動したからだ。
カッツェ平野からはエ・ランテルまで行くか、トブの大森林を抜けるかすれば、ナザリックへ到達出来るだろう。
ただの人間であれば不可能な道も、デスナイトには問題無いはずだ。
ただ、人目のあるところでの目立つ行動は避けるべきだろう。
更に人間に危害を加える行動は厳禁だ。
デスナイトは辺境候の配下としてパレードに参加している。
デスナイトの行動には、辺境候への評価が付いて回ることになる。
パレードの時もそうだが、ナザリックに着くまで主人の名を貶める、或いは悪評となるような行動は避けるべきだろう。
もしやるなら、その事態を完全に隠蔽出来るようにしておくべきだ。
当事者も目撃者も存在させないという意味になるだろうが。
行動方針が決まったデスナイトは黙々と歩いていく。
走れば疾風のごとく移動でき、簡単に距離を稼げるだろう。
しかし他にも人間が歩いているような状態では危険が伴う。
勿論「デスナイトが」ではなく、「巻き込まれた人間等が」である。
不用意な接触により怪我をさせたり、跳ね飛ばして殺してしまっては問題だ。
故にデスナイトはその存在感はともかく、行動では目立たぬように移動している。
人も通らず、視界もきかない夜間には走り抜く予定だが。
休み無く続けられる大きな歩幅は、通常の人間などは足元にも及ばぬ距離の移動を可能にし、デスナイトはカッツェ平野近郊へと近づいていた。
それを可能にしたのが、きちんと整備された街道が続いているという事も含まれる。
すでに辺りは夜の帳がその裾野を広げ始めている。
ちらほらと人の扱う灯りが視界に入り始める。
完全な闇となるのも、もうすぐだろう。
そうなれば、移動速度を上げても問題はないはずだ。
頃合いを辺りの暗さを計りながら移動していく。
すでに辺りに人影も無い。
だがデスナイトの知覚能力は生きた人間の存在を明確に捉えていた。
それはまさに進行方向であり、同時にざわめきと悲鳴を辺りに振りまいていた。
そして間違えようの無い血の臭いがデスナイトに届く。
更に暗闇を切り裂いて、石が飛来する。
勢いよく自分めがけて飛んできた石を、その明確な敵意とともに叩き落とす。
実をいえばデスナイトは見て見ぬ振りをしても支障無いと判断していた。
夕暮れ時であり人間の視界範囲にいない自分は、気付かなかったという態度をとっても対外的には言い訳、あるいは相手に付け入られる事は無いと考えたからだ。
しかし石には明確な敵意、ひいては殺意があった。
おそらく相手側には盗賊等の探索に長けた存在がいるのだろう。
こちらの存在を確かめもせず、攻撃対象としたということは、何かしら後ろ暗いところがあるということだ。
先にデスナイトが「事態の隠蔽」の方法について考えたように。
であるのならば、この先にいるのは確たる敵ということになる。
自身を敵と見なし、攻撃を仕掛けてきた対象だ。
こちらを逃がす気もないだろう。
更に言えばデスナイトにも、自分に攻撃をくわえてきた存在を見逃す気はなかった。
生者に対する憎悪。
自身に敵対する存在への敵意。
ひいては自らの所属する対象への侮蔑に対する怒り。
自身への攻撃を見逃す事は、そのまま自分の主人への冒涜となる。
ナザリックに所属する存在として、それは決して許されない行為であり、許してはならない事態だ。
一気に距離を縮めた先にあったのは、おそらく野盗と呼ばれる集団による略奪行為だった。
引き倒された女。
もう息をしていないだろう数人の男達。
涙に濡れた顔を腫れた頬ごと覆っている二人の子供。
幌馬車と馬を固定している固定紐の片方が切られ、逃げる事も馬車を引くことも出来ないでいる一頭の馬。
それが被害者だろう集団の状態だった。
対して加害者たる野盗の数は十数人。
すでにデスナイトに対して臨戦態勢に入っているのは、石を投擲した索敵能力のある者の指示だろう。
デスナイトはゆっくりと見渡す。
自分の獲物、殺しても支障のない対象。
それはデスナイトを喜ばせ、楽しませてくれる生贄だ。
デスナイトのアンデッドとしての、死者の生者に対する憎悪を晴らしてくれる「もの」だ。
仮面に隠された腐り落ちた表情の乏しい顔が喜びに歪む。
レベルは低い。
だが「生者を殺せる喜び」に対象のレベルは関係ない。
先日の戦いでは、多くの生者を敵として前にしながら、主人の行使した魔法によって行われる虐殺をただ見ているしかなかったが、今自分の前には殺してしまっても問題のない生者がいるのだ。
これを喜ばずにいられるだろうか。
ゆっくりと自分を包囲していく野盗達。
デスナイトは腰に下げた剣を抜き放つ。
魔法の剣の内部から生み出される光が、暗闇を切り裂くような輝きを放つ。
本来の装備品であるフランベルシェもタワーシールドも、パレードにーーというより、アインズ・ウール・ゴウンの武威を示すのにーーふさわしくないという理由で、持ち合わせていない。
与えられた魔法の剣は、周りの人間をなぶるには威力が高すぎる。
楽しむ時間は短いものになるだろう。
だが自分の楽しみの為にナザリックへの帰還が遅れるのは本意ではない。
故にデスナイトは「殺す」という行為を最優先に行動する。
振るわれる剣は、一閃の光だった。
それは魔法の剣の輝きであり、その速度から生み出される剣撃の鋭さだった。
抵抗という行為が一切の無駄に終わる。
それは攻撃、防御、どちらの意味においてもだ。
受け止めようとした剣や斧などの武器ごと、身に纏った鎧やチェインシャツ等、質や種類など何の意味も無く、その煌めきを止める術は無い。
離れた場所からスリングや弓などで攻撃しても、その暗闇の中に溶け込んでしまいそうな黒色の全身鎧に掠りもしない。
そして逃げ出しても、いや、逃げ出そうとしても、逃走には至らない。
即座に距離を縮められ、真っ先に死が与えられる。
まさに抵抗は無意味だった。
対象の体を縦に、横に、切断してゆきながら、その剣の輝きには一切の曇りが無い。
血も油も刀身に残らず、その輝きは損なわれないまま変わる事が無かった。
一方的な殺戮は、デスナイトがスクワイア・ゾンビを片付けた事で終了する。
タワーシールドで殺した者は、スクワイア・ゾンビにならなかったらしいが「デスナイトの『剣』による死」は基本装備のフランベルシェに限るものではないようだ。
それらの始末の時間を含めても、殺戮の時間は十分を越える事は無かった。
そして、生き残った者へと視線を向ける。
殺すべきか。それとも生かしておくべきか。
簡単なのは殺してしまう事だ。
しかし自らの召喚者は、敵対しない者の殺害を好まない。
それが慈悲というより、打算から来るものだということはデスナイトも理解している。
この生き残りは敵対者では無い。
ならば生かしておくべきか。
しかし何の得にもならないなら、殺してしまっても問題ないのではないだろうか。
その考えは対象からの声に、一時中断される。
「あの・・・帝国の騎士の方ですか?」
デスナイトは「帝国」の騎士ではない。
だが「帝国の貴族になった召喚者」の騎士である。
故に間接的には「帝国の騎士」といえなくもない。
女が問いかけたのは、周りでもう動かない男達から聞いた話を思い出していたからだ。
カッツェ平野でモンスターを討伐する為に、帝国からは騎士が巡回していると。
デスナイトは拭うでもなく払うでもなく、綺麗なままの刀身を鞘に納める。
デスナイトに帝国の知識は無い。
「召喚者が知らない」知識は無いというべきか。
この女が自分を「帝国の騎士」と判断するだけの知識があるなら、帝国国民なのかもしれない。
ここでこの女達を殺してしまえば、帝国に知り合いがいた場合に面倒な事となる可能性がある。
自分がカッツェ平野へ向かっていた事は道中の人間に目撃されている。
その進行方向に多数の死体が転がっている。
加害者、被害者の区別なく、だ。
大いに怪しい状態だろう。
よってデスナイトは、この女達の殺害を保留とすることにした。
1~4話で終わらせるつもりで、1、2、4話しか書けなかった話。
3話でカッテェ平野周辺を話に入れたかったけど、WEBも書籍もいまいち分からない。