ネムは悩んでいた。
ネムなりに、たくさんたくさん考えていた。
そして一つの結論に行き着いた。
「冒険者になろう」
勢いや唐突な考えではない。
ネムなりの将来へのビジョンだ。
このカルネ村は最近いろいろな存在から狙われ襲われ続けている。
帝国の騎士に始まり、森のモンスター、果ては王国の王子という存在。
すべてこの村の救世主たるアインズ・ウール・ゴウンのおかげでなんとかなったが、それぞれの襲撃の際の被害は馬鹿にならない。
多くの人の命が、蓄えが失われたのだ。
姉(エンリ)はそんな中、一生懸命頑張っている。
姉の恋人のンフィーレアもそんな姉を支えてくれ、時には命まで危うくなる事さえあった。
そんな中、自分は?と思い悩んでしまったのだ。
確かに自分は子供だ。
しかし、親を亡くした子供がいつまでも、自分は子供だからなどという言い訳を使っていられるはずもない。
そもそも親を亡くしたなら、もっと大変な苦労を味わって当たり前なのだ。
両親を亡くした苦労を、今までは姉がほとんど引き受けてくれていた。
自分も姉の負担を減らすべく言う事をよく聞き、手を煩わせないように頑張ったつもりだ。
しかし姉は更にこの村の村長となり、さらなる苦労と重圧を背負っている。
そんな中、自分に何ができるというのだろう。
どんなに頑張っても頼られるにはほど遠く、まだまだ姉の庇護下にある。
しかも多数のゴブリンたちのおかげで、かなり楽をさせてもらっているのだ。
そんな状態で子供だからと甘えてはいられない。
もう、自分も13になる。
あと1、2年もすれば、一応成人と呼ばれる区分に入るのだ。
14歳ともなれば、一般的には成人した者として扱われる。
15歳であれば、働いていて親元から独立する者も多い。
そして16歳であれば、結婚していてもおかしくないどころか、子供がいても珍しくはない年齢である。
そろそろ将来の事を真剣に考えるべきなのだ。
と、ネムなりに考えたのだ。
そして一番役に立つ方法を考えると、何度も襲撃されるこの村では、戦力が必要なのではないかと考えたのだ。
もちろん手練れとされるゴブリンたちがいて、自分がどこまで役に立つかはわからない。
しかし、ゴブリンたちだけに戦闘を押しつけるのは不義理であるようにネムは感じていたし、ゴブリンたちではできない事もあるのでは、と考えれば自分にも何かできるかもしれないと考えはじめていたのだ。
◆◆◆◆◆◆
ネムはゴブリンと一緒にトブの大森林へと分けいっていた。
こういった所に来るのは薬草採取の為であり、本来ならネムではなく、エンリやンフィーレアなどが来るのが普通だ。
しかしこの日はネムが来た。
エンリやンフィーレアは忙しそうであり、手伝いを申し出たのだ。
新しく増えたゴブリン軍団の住居の建築などもあり、人(?)が増えても人手が足りていないのが実状だ。
更に食料の確保という問題もある。
これらはゴブリン達でも可能だが、こと薬草採集となると、彼らでは対応出来ない。
だが、そもそもバレアレ家がカルネ村に移住して来たのは、カルネ村の大恩人である、アインズ・ウール・ゴウンからの要請なのだ。
その依頼、ポーション作成を疎かにすることは出来ない。
だが、度重なる襲撃とエンリの村長としての仕事を補佐しているンフィーレアも多忙な身だった。
そこでトブの大森林での薬草採取を、ネムが請け負ったのだ。
ネムも薬草をよくすりつぶしたり、乾燥させたりするために、見慣れている。
一人でも薬草採取くらいならできると考えたのだ。
当然、エンリもンフィーレアも反対した。
しかしネムは二人の、そして村の役に立ちたかった。
話し合いの結果、ゴブリンを二人連れていく事、深い場所まで入り込まない事を守るという事で合意となったのだ。
ネムとしては、これを機に森の歩き方や探索方法、いずれは剣などをゴブリンたちから習いたいと考えていた。
◆◆◆◆◆◆
その出会いは偶然でもなく必然でもなく、不可解な巡り合わせだった。
人間の死体。
それも自分より幼い子供の死体が複数、いや、大量にあったのだ。
「なに……これ……」
呆然とその光景を見回すネムに、付き添ったゴブリン達が提案する。
「とにかく尋常じゃありませんよ。村に報告しましょう。犯人がいるかもしれませんし、このまま放置もできないなら、村に運んで埋葬も考えないといけません」
「う……うん、そうだね」
大量の死体。
それらにネムが怯えることは無かったが、辛い思い出を刺激されていた。
両親や村人、襲ってきた帝国騎士の死体。
引っ越してきた新しい村の仲間の死体。
自分たちを守るため、戦って死んだゴブリンたちの死体。
そして目の前にある、幼い子供たちの死体。
まだまだこの世界には悲しい事、辛い事、理不尽な事がたくさんあるのだ。
今、ネムはこの死体の山を見ても、何も出来ない。
運ぶことも、埋葬する事も。何一つ。
自分は無力だ。
かさり
草が不自然に動いた。
すぐにゴブリンたちがネムを庇うように前へ出て、音のした方へ向き武器を構える。
たくさんの死体。
その中の手の一つが微かに動き、草を揺らしていた。
「生きてる!ゴブリンさん手伝って!」
「へい!」
死体をかき分け、掘り返した下にあったのは、白い綺麗なワンピースドレスを血に染めた、整った顔立ちの幼い少女だった。
「これは……」
「ねえ、早く手当をしないと!」
「……」
相手の顔を覗き込んだネムは、ゴブリンの顔に諦めとやるせなさを感じた。
「もうこれは手当の段階じゃないです。生きてはいますが、生きているだけ。村まで保ったとしても、もうンフィーレアさんのポーションでも、コナーの治癒魔法でも……」
「助からないっすか?」
「ええ……って、おわ!」
「いや~、良い驚きっぷりで。で、なんすかこの死体の山は」
「いや、俺たちにも……」
「ルプスレギナ様!アインズ様ならこの子助けられますか?!」
「うえ?!」
実はルプスレギナはこの死体の山を知っていた。
しかし自分に命じられていたのは、あくまでも「カルネ村」に関わる事で、トブの大森林についてはアウラや新しく配下に加わったリュラリュースの担当だと思い、放置したのだ。
ここに現れたのは、ネムという保護対象優先順位上位者の確保の為である。
死体だけなら、ネムもゴブリンと一緒に村に帰るだろう。
しかし生き残りがいては、村にゴブリンと帰らないかもしれない。
帰るのが遅くなるかもしれない。
そうなっては危険度が増してしまう。
しかしさらにアインズの手を煩わせる事態にまで発展してしまうのはどうだろうか。
ここでこの死に損ないの少女が死ねば、ネムは絶対に悲しむ。
ネムが悲しむ事態を見過ごしたという事で、またアインズの怒りを買うかもしれない。
カルネ村であれどこであれ、人間がどれほどの数、どれほどの苦痛の末に死のうとルプスレギナの気にするものではないが、アインズの失望を買うのだけはお断りである。
叱られても良い。
罰を受けるのも問題ない。
しかし「お前はいらない」と失望される事だけは受け入れられない。
それは自身の存在の否定なのだから。
この子供を助ける事は、アインズの意に添うか否か。
死んでしまっては利用できない。
生かしておけば、後々活用できるかもしれない。
アインズは生かしておく方向性が高い。
それにこの子供が生き残れば、そのままカルネ村の住人となるかもしれない。
そうなれば一応保護対象となる。
ルプスレギナは考える。
とにかく「どうすればアインズ様に怒られないか」という方向で。
この子供はどう見てもレベル1あるかないかだ。
普通の蘇生魔法では灰になるのがオチだ。
そうなればアインズの手を煩わせてしまう。
生かしておいても、この弱さなら事故か病気に見せかけてでもいつでも殺せるだろう。
「いやいや、アインズ様のお手を煩わせるまでもないっすよ。このルプスレギナにお任せあれってもんっす」
「大治癒(ヒール)」
ゴブリンが少女の具合を確かめる。
「ルプスレギナ様、すごーい!!」
「いやいや、それほどでもあるんで、もっと褒めてくれてもいいっすよ」
最近叱られる事の多かったルプスレギナとしても、純粋に褒められるのは気分が良かった。
どうも妹たちからの扱いも、ぞんざいになっている気がしているのだ。
「よかったね。よかったね」
少女を抱きしめて無邪気に喜ぶネムに、新たな妹が出来た気分だ。
もしかしたらネムも、姉(エンリ)しかいない自分(ネム)に妹が出来た気分になっているのかもしれない、とルプスレギナは想像した。
「一応体の傷も病気も治ってるはずっすよ。ただ、疲れてたりお腹が空いてたりするかもしれないっすから、早く村に連れていってやった方がいいっすね」
「はい!」
「じゃあ、俺が背負います。」
「ほい、よろしくっす。ここの遺体はあたしが見張っておくっすよ」
「ルプスレギナ様、ありがとうございました!」
「いいっす、いいっす」
手を振って子供とネムを連れて去って行くゴブリンを見送ると、ルプスレギナは大きく溜め息を吐いた。
「あ~。これやっぱ報告しないとだめっすかね」
報告後、遺体の身元の確認を行うなどが取り決められ、生き残った子供の身元を調べる事になる。
◆◆◆◆◆◆
目を覚ました子供は、一時混乱した様子だったが、その後、柔らかく煮込んだくず野菜と雑穀のスープを飲むと、また眠ってしまった。
そして家の中では、エンリ、ンフィーレア、ネム、ジュゲム、運んだゴブリンたちが顔を合わせていた。
「あの子、どこの子だろう。ここに置いておいていいのかな?」
自分の妹よりも幼い少女への対応を、エンリがンフィーレアに相談する。
「見たところ、貴族の子みたいだね。着ている物も上等な物だし、手も柔らかくて荒れていないから」
「貴族の子がなんでトブの大森林で殺されているの?」
「あっと、手当をしようとした時、薬の臭いがしましたんで、眠らされている時に短剣で刺されたんじゃないかと思いますね」
「ああ、抵抗した跡が無かったね。薬が強くて、仮死状態になっていたのかもしれない。服にあった刺し跡の割に出血が少ないなって思ったんだ」
子供を運んできたゴブリンの言葉に、ンフィーレアが賛同する。
「他にも殺された子がたくさんいたんでしょ?その子たちはどうだったの?」
「死臭が酷かったんで、絶望的でしょう。腐臭もまじってました。その子がたぶん一番最後に刺されていたんじゃないでしょうか」
「こんな小さな子に、酷い……」
どう見ても5、6歳程度にしか見えない。
妹のネムの半分の年齢もないだろう少女の痛々しい姿に、エンリの心は痛んだ。
「他の遺体はルプスレギナさんが見ていてくれています。獣やらに荒らされる事はないと思います」
「ありがとう。せめてちゃんと埋葬してあげないとね」
「それなんだけど、もしかしたら犯人は死体が見つかるのが嫌で、トブの大森林に遺体を捨てたのかもしれない」
「どういう事?」
「犯人がなにかしらの権力を持っていて、都合の悪い事を隠そうとしている可能性だよ」
「そりゃあ、殺人なんて人に知られたくないだろうけど・・・」
「そうじゃなくて・・・そういえば、この子の名前は?」
「全部は覚えていないみたいだけれど、フルトの家のクーデリカだって」
「名前が2つ以上あるなら、やっぱり貴族なのかなぁ」
ンフィーレアからすれば、どう考えてもやっかいごとな気しかしなかった。
内情としては、バハルス帝国がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となった為に、帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが治安の維持を徹底して優先したことが、原因といえば原因となる。
魔導国から「統治の才無し」と判断されれば、属国に伴い自分の立場が危うくなると考えた為だ。
故に帝国にあった邪教集団は、安易に集まる事ができなくなり、死体の始末も監視の目が厳しい事も含めて、犯人を捜しに来ないだろう帝国から遠い王国側のトブの大森林へ捨てさせたのだ。
帝国の貴族たちは、ナザリックの場所など知らなかったので、かなり運の悪い選択となったのだ。
◆◆◆◆◆◆
名前はクーデリカ。
フルトの家の子。
双子の姉妹にウレイリカ。
姉の名はアルシェ。
父と母がいる。
父は貴族。
使用人の名前はジャイムス。
お姉さまが帰って来たら、引っ越しする。
たくさんの男の人が来て、家の物を持っていった。
その時、自分とウレイリカも連れて行かれた。
クーデリカの覚えていて話した事を、箇条書きにして書き込んでいく。
聞いただけでは、細かい事を忘れてしまうかもしれない。
それにもしかしたら、どこかでクーデリカの家族を探す手がかりになるかもしれないからだ。
クーデリカはまだ幼い。今覚えている事も、いつまで覚えていられるかも不明だ。
しかし幼い子供の言葉を箇条書きにしただけでも、見えてくるものがある。
おそらくクーデリカの親は没落貴族なのだろう。
家財や娘が借金の形として、没収されたものだと考えられる。
もしかしたら姉のアルシェも、借金の形として連れて行かれたのかもしれない。
「過酷な世の中だなあ」
よく外部勢力に襲われるカルネ村も過酷だが、本来なら安全なはずの町中にある家の娘が借金の形に売り飛ばされた挙げ句に殺されるというのも、なかなか辛い話だ。
子供に罪は無いのに。
ンフィーレアは、そう思う。
ましてやあんなに幼い子供では、家の実状など知り得なかっただろう。
もう少し大きくて働ける年なら、家にいればその家賃や維持費、出てくる食事や家で働く使用人の給料の払いが自分にも責任があると考えられるのかもしれないが、あの年頃の子にそれを理解しろという方が酷だろう。
しかしーーー
これからどうするか。
はっきり言って、このカルネ村は裕福とは言えない。
再三に渡った襲撃で、人も蓄えも厳しいのが現実だ。
村の中まで攻め込まれなかったのが幸いだが、亡くなった人の数は働き手が多い事もある。
その辺は、増えたゴブリンたちが補充してくれているし、有り難いことにアインズからの支援も確定している。
しかし、人手不足、物資不足のこの村に、働ける訳でも戦える訳でもない、ただの子供を受け入れる事は可能だろうか。
先の戦闘で、親を亡くした子も多い。
自分たち(裏門から逃げる集団)を守る為に、囮を買って出たのだから。
そんな中で「元貴族らしい娘」を、村のみんなはどう思うだろう。
それに、あの大量の子供たちを殺した犯人が、この村に目を付けないとも限らない。
最悪の事態を考えるなら、クーデリカはこの村にいるべきではないのだろう。
ンフィーレアの優先順位は、この村というより、エンリやネム、祖母のリイジーだ。
そういった面では、ゴブリンたちと同じと言えるのかもしれない。
子供たちの遺体を調べたが、剣で刺し殺されたか、薬でショック死をしていた。
服装はまちまちで、ほとんどは平民か農民のようだ。
クーデリカほど、柔らかで手入れをされたきれいな手の子供は僅かだった。
いずれにしても、これだけの子供を殺して捕まっていないなら、よほど巧妙か、権力を持っているか、あるいはーーー
エ・ランテルで自分が巻き込まれた時のように、何かしらの組織や集団という可能性も出てくる。
村での生活しか知らないエンリとは違って、ンフィーレアはエ・ランテルの店で冒険者たちからいろいろ話を聞いたり、町で情報を耳にする事もあった。
冒険者組合で張り出される依頼に、行方不明者の捜索が出る事も無いわけではなかったのだから。
◆◆◆◆◆◆
「冒険者になるって言っても、冒険者になるだけなら誰でも出来るよ。問題は生き残れるか。ただそれだけだよ」
ネムが冒険者の事を、長くエ・ランテルに暮らしていたンフィーレアに聞くと、そのように答えられた。
曰く、
冒険者組合で登録すればプレートを発行され、依頼を受けられるようになる。
しかし、プレートのランクによって、受けられる依頼が異なる。
プレートは銅から始まり、依頼をこなし昇級試験を受ける事で上のランクに上がる事が出来る。
下位のプレートでは、受けられる依頼が限られる。
冒険者組合は、登録した者を冒険者として受け付けるが、稽古を付けたり教育を施してくれる訳ではない。
死亡しようと怪我をしようと、全て自己責任。
依頼未達成の場合は、違約金の発生がある。
「じゃあ、冒険者になっても強くなれるとは限らないの?」
ネムの本来の目的、強くなって姉や村の力になるという事にならないのだろうか。
「そうだね。堅実に強くなろうとするなら、誰かに弟子入りした方がいいかもしれないな」
と言っても、魔導国の冒険者組合が今も変わらず機能していれば、という大前提だ。
最悪、国に縛られない冒険者たちが、全員魔導国から国外へ逃げてしまっている可能性だってあるだろう、とンフィーレアは考えていた。
◆◆◆◆◆◆
クーデリカの手は硬く荒れている。
何年も野良仕事をし、剣を握ってきた手だ。
クーデリカは13になった。
姉と慕うネムが、冒険者になると心に決めた年だ。
もう何年も会っていない実姉のアルシェが冒険者になったのも、たぶんこの年頃だったはずだ。
今なら解る。
姉のアルシェが冒険者だったのだろうという事が。
その過酷さが。
カルネに来る冒険者の格好は、朧気な記憶にある姉の姿とよく似ていた。
安全そうなこのカルネでさえ、危険はつきものだ。
わざわざその危険に飛び込んでいく冒険者が、安穏とした仕事であるはずがない。
今の自分の手は、あの時「硬い」と言った姉の手に似ているのだろうか。
今年中に装備を固めて、自分もエ・ランテルで冒険者として登録しようと考えている。
国の機関である冒険者組合に登録すれば、身分は保証される。
他国へ渡るにも融通が利くのだ。
特にアインズ・ウール・ゴウン魔導国は、幾多の属国を従える強大な国だ。
普通は属国が反旗を翻さないように、国力を下げる政策が押しつけられるのに、魔導国は属国に対してそんな事はしない。
魔導国一国で周辺の国々など、まとめて滅ぼしてしまえるから、という事実もあるが、基本的に魔導国の治世は平穏なものだ。
普通に善良に生きていれば、特に問題に巻き込まれるような理不尽な行いは無い。
魔導国の属国になった国は栄え、モンスターの危険も遠のき平和になるという。
そんな魔導国の冒険者は、そうそう他国で不当な扱いは受けない。
周辺国家を回れば、もしかしたら自分の家が見つかるかもしれない。
行方不明の姉(アルシェ)や、生き別れた双子の片割れ(ウレイリカ)とも、再会できるかもしれない。
叶う確率が本当に僅かしかない可能性でも、もしかしてと思う気持ちは止められない。
このカルネを守るゴブリンたちに師事した自分は、強くはないが弱くもないくらいだろうと、クーデリカは思っている。
エンリの供回りのゴブリンと何とか打ち合える程度だ。
勝てた例(ためし)は一度もない。
ゴブリンリーダーのジュゲムによる見立てだと、自分は「れべる」という基準に換算すると6か7くらいになるらしい。
ちなみにジュゲムは12だそうだ。
そこまで考えたクーデリカは、自分を総評した相手を思い出す。
クーデリカは少しだけ魔法の才能があると言ってもらえたのだ。
ンフィーレアと、その祖母リイジーから教わって、今は第二位階の魔法が少し使える。
これはすごい事だそうで、頑張れば第三位階の魔法が使えるようになるかもしれないと褒めてもらえた。
リイジーの「ライトニング」や冒険者がよく覚える「ファイヤーボール」は攻撃魔法として、活躍するそうだ。
第三位階の魔法が使えれば、冒険者としてチームに引く手あまたらしい。
……
……そう。
問題は自分一人では冒険者として活動できない事だ。
カルネは、もはや村と言うより町として発展している。
この村はかのアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の庇護に入った最初の地なのだという。
このカルネで魔導王陛下への感謝は、信仰といってもいいほど高い。
そもそも最初にカルネが王国からの離脱の発端が、魔導王陛下の御恩に報いる為、王国の要請に組みしないという選択をした事によるものだったのだから。
かくいう自分も大恩ある身だ。
トブの大森林で死にかけていた所を見つけてくれたのはネム姉様だが、第六位階という高位魔法で救ってくれたのは、魔導王陛下直属の方だ。
ネム姉様が見つけても、魔導王陛下の部下の方がいらっしゃらなければ、自分は絶対に助からなかっただろう。
故に冒険者となって、周辺の未知を既知として、魔導国のお役に立ちたい。
ついでに自分の過去も探したい。
これが現在の自分の目標だ。
でもこれは自分だけの目標だ。
カルネは今も発展し続けている。
住んでいるみんなに、それぞれの仕事がある。
ある意味、余所者の自分の願いに付き合う義理も道理もない。
何度も外からの脅威にさらされたカルネは砦としても、発展している。
だから冒険者になっても、一緒にチームを組んでくれる相手に心当たりが無い。
一人では冒険はできない。
冒険は危険な旅なのだからこそ、魔導王陛下は冒険者組合を傘下に収め、その支援を約束されたのだから。
「どうしよう」
冒険者になりたい。
でも、下手な相手を仲間にしたくない。
特に自分は子供でしかも女だ。
舐められてしまうかもしれない。
「そうだ」
解らないなら聞けばいいのだ。
自分には人生の先輩にして、冒険者としても先輩のネムがいるのだ。
「あたし?ゴブリンさんたちと行って来たよ」
あっさりと解決方法が提示された。
「丁度、アインズ様が異種族交流の先駆けとして、ゴブリンさんたちをエ・ランテルに招いてくださったから、一緒に行ってそのまま冒険者になっちゃった」
「いいの?それ」と突っ込みたい気分になったが、そこはとりあえず置いておく。
「エンリ様はなんて?」
「アインズ様のお役に立てるように、しっかり頑張りなさいって」
「本当に?」
「……行くって決まるまでは、すごく反対されたけど」
なんとなくジト目になってしまった。
◆◆◆◆◆◆
クーデリカは「クーデ」と名乗っている。
いかにも貴族の名のような「クーデリカ」という名は、貴族に対して、いい印象の無い元王国領だった魔導国では対外的な印象がよくないと判断した為だ。
そしてンフィーレアに忠告されてもいた。
自分を殺そうとした相手が複数だった時、殺し損ねたクーデリカに気付いた場合、また命を狙われるかもしれない可能性があるという事を。
「家族に会いたい気持ちは分かるけれど、十二分に気を付けて」
ンフィーレアの見送りの言葉だ。
気を引き締めて、冒険者組合の受付へ向かう。
「カルネから来ました。パーティーはゴブリンさんたちとの混成です」
◆◆◆◆◆◆
冒険者になったクーデリカ。
いつか生き別れたウレイリカと会えるのか。
もしくは会うのは死体かもしれない。
エントマの声が姉の声と知る日が来るのか。
イビルアイの声が奪われていなければ、だが。
ネムとクーデリカの冒険者物語を書こうと思ったのに、ネム12才(1巻10才、11巻で2年後らしいので)、クーデリカ5才で7つも年が離れているのはかなり厳しいと気付いた。
せめて10年経たないと、クーデリカが15才にならない。
13としても、8年。
いや、墳墓にワーカーが来てから半年は経っているから、6才になっているとして、7年。
そんな先の状況なんて、わからない。
いっそアインズが「真モモンガ」になっていると仮定すれば、平和な人間種の国に憂い無く、出発できるかもしれない。