短編小説   作:重複

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IFであり、独自設定があります。
説明が多いです。


IF NPCが一人 デミウルゴス 3

 

リ・エスティーゼ王国の戦士団とスレイン法国の囮の部隊と陽光聖典たちを竜王国へ送り出した後、デミウルゴスは避難させていた住民全員をカルネ村へ戻した。

 

他の村の住人も同様だ。

希望者は近くにある城塞都市、エ・ランテルへ向かうことも検討していたが、カルネ村で親を亡くした子も含めて、全員がカルネ村に留まることになった。

 

曰く――

 

助けに来てくれないような王国の行政に頼るのは不安が大きい、ということだ。

 

他の村の生き残りも、街で貧民や難民として扱われるだろうことを思えば、生まれ育った村ではなくとも、同じ苦難を受けた者同士で協力した方がいいという。

 

カルネ村も、減った人数(労働力)を補う意味でも、移住を歓迎した。

 

ヤルダバオト(恩人)が助け出した存在なら、同じ境遇の存在だ。

それに、同じような辺境の村の出身者なのだから、村での生活にも慣れているはずだ。

 

なまじ、街からの移住者だと、慣れるまでに時間がかかる上に、生活習慣の違いから元の住民と軋轢を起こすこともある。

 

そういった心配のない相手なら、住民の3割ほどを失ったカルネ村としては、諸手をあげて歓迎する相手だ。

彼らは着の身着のままの状態ではあるが、カルネ村も人手が減っては農作物の世話や収穫に支障が出る。

 

カルネ村の中でも生き残った者が子供だけ片親だけ、という家庭もあるため、簡単に家や畑を分配するわけにはいかない。

 

それでも、畑からの実りを収穫するには人手が必要だ。

 

これを疎かにしては、冬を越すことさえ困難となってしまう。

 

細かい取り決めは後にできるが、畑の世話を後回しにはできないのだ。

 

もちろん、大まかな取り決めは必要だ。

移住者の住居や畑の割り振り、親を亡くした子への支援の分担。

とにかく、手が足りないのが現状だ。

 

増えた人数が減った人数より少ないとはいえ、住む場所の問題もある。

 

家族が減った(死んだ)から同人数を住まわせる、などのことが心情的にもできる訳がない。

 

 

そんな村の窮状に対し、デミウルゴスは提案した。

自分(ヤルダバオト)のことを秘密にすること。

そして自分の活動に協力するなら、復興の手助けをすることを約束した。

 

最初の手助けとして、悪魔やアンデッドを労働力として貸し出した。

 

それらは、他の襲われた村やスレイン法国の囮の部隊の死体から作られているが、「材料」をわざわざ説明する必要もない。

 

墓穴掘りに下位の悪魔の手を借りたカルネ村の住民も、ここ数日生活を共にしていた他の村の生き残りも、さほどの異論は無かった。

 

 

むろん、デミウルゴスはただの口約束が守られるとは、欠片も思っていない。

 

時間や状況の変化によって考えは変わるものだ。

口にするつもりが無くとも、うっかり口を滑らせるなどということもあり得る。

さらに、自分の様に魔法や脅迫という手段とてあるだろう。

ゆえに、見張りの悪魔もつけておく。

それも村人に言うつもりも無いが。

 

 

デミウルゴスは手の中のアイテムをくるくると回した。

 

それは「叡者の額冠」と呼ばれるアイテムだ。

 

ガゼフたち王国戦士団と、ニグンたち陽光聖典との諍い(罵りあい)の際、覗き見してきた存在から奪ったものだ。

 

正しくは、情報収集魔法に対する防御魔法「深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)」によって召喚された「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」によってもたらされたものである。

 

他の者(人間)は気付かなかったようだが、こちらを監視する者がいたのだ。

 

「覗き見」を警戒し、自分も含め召喚した悪魔やアンデッドに対情報系魔法を展開させて警戒を怠るような真似はしていなかった。

さすがに相手が敵対者か、たまたまの観測者かの区別がつかない状況で攻撃系魔法を使用するのは憚られたために、相手の持ち物から情報を得る目的もあっての、この魔法の選択だった。

 

持ち物を奪うだけなら、相手が敵対者で無かった場合には「覗き見」に苦言を呈した上で返却すれば良い、との判断だったのだ。

 

しかし――

 

「まさか着用者から外すと発狂するアイテムとは」

 

その声には憐憫がこもっていた。

相手に申し訳ないというより、そんなアイテムに頼らなければ高位の魔法を使用することができない者たちに憐れみが沸く。

 

それでも、これはユグドラシルでは見たことのないアイテムだ。

 

使える者が限られることを考えると微妙アイテムだが、「希少(レア)」であることに違いはないだろう。

 

「使用者の方も手に入れることができれば良かったのですがね」

 

残念ながら「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」が奪えるのは「アイテム」のみだ。

使用者ごと連れ去ってくることはできない。

 

「覗き見」の相手が、敵対者なのか第三者なのかは、現状では不明だ。

 

使用者が発狂してどうなっているのか。

生きていれば回収して実験に使いたいところだ。

死体でも支障はない。

 

蘇生実験で、村人でも第九位階魔法の「真なる蘇生(トウルー・リザレクション)」でなら復活させることが可能なことは確認済みだ。

 

それに、もしかしたら発狂した者を元に戻す手段があるからこその、このアイテムかもしれない。

 

このあたりは調べておくべき案件と心のメモ帳に記入する。

 

このようなアイテムを使用していた集団なら、他にも希少(レア)アイテムが期待できるかもしれない。

 

デミウルゴスは周辺国家や隠れた集団をくまなく探索しようと決めた。

 

もしかしたら、個人で知らずに所有している者もいるかもしれない。

 

竜王国へ送った集団の持ち物も、一度精査した方が良いだろう。

 

「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」が持ち帰った他の品々には、鎧や指輪、使い古された硬貨などがある。

これら、特に硬貨や統一された鎧の紋章などを調べればどこの国の物かくらいはわかるだろう。

 

やるべきことは多い。

 

デミウルゴスは新たな配下を求めていた。

 

 

 

捕らえた一二〇人余りを竜王国へ送り出してからも、デミウルゴスは実験を繰り返していた。

 

彼らには、監視用の悪魔を数体つけてある。

囮の部隊の死体から作り出されているので、よほどの事態でも起きない限りは消える心配はない。

あの集団が移動したとしても、見失うこともない。

 

 

 

カルネ村からもっとも近い街、エ・ランテルの近郊で野盗の塒を発見したので、そちらも有効活用した。

 

犯行の最中に確保したので、問題は無いだろう。

モンスターでなくとも、犯罪者は討伐対象になるという。

 

襲われた集団は、女二人を残して全て殺されてしまった。

生き残っていても使い道が無いので、助ける予定も無かったが。

女二人と、野盗の塒にいた女たちは石化して保管してある。

 

いずれ何かに使えるだろう。

実験に使っても良いし、人手の足りないところに補充しても良い。

 

野盗の塒は、中の物を根こそぎ持ち出した上で、落盤を起こさせて埋めておいた。

 

これで、野盗の探索は難航するだろう。

被害者共々、行方不明から生死不明だ。

 

野盗の死体も被害者の死体も、きちんと有効活用して、残す(発見される)ような真似をするつもりはない。

 

それなりの金銭とアイテム、そして日用品が手に入った。

 

残念ながらマジックアイテムなどに、特筆すべき物は見あたらなかった。

しかし、奇妙なことがいくつもあった。

 

彼らが使用するポーションは、全てが青かったのだ。

 

ユグドラシルにおいて、ポーションとは赤いものだ。

 

陽光聖典がポーションを所持していることは把握していたが、装備を一つ一つ点検するまではしていなかったのは、考えが甘かったのかもしれない。

語る言葉が口の動きと連動せず、音ではなく意思の疎通が行われることも含めて、差異はこんなところにまで存在したのだ。

 

道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)や付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)をさせてみれば、効能としては低位のマイナーポーションと変わらない。

しかし、ユグドラシルで一般的に使用されているポーションと異なり、保存(プリザベイション)の魔法がかけられているのだ。

劣化する消耗品(ポーション)など、デミウルゴスは聞いたことがない。

 

つまり、この世界の技術では、製造工程に保存という一手間をかけなければならないということになる。

 

これを、劣っていると考えるか、低レベルで同じ性能を引き出したと見るかは、対象にもよるだろう。

 

例えば、ユグドラシルではポーションであれ、巻物(スクロール)であれ、作成するにはユグドラシル金貨をそれなりに消費する。

 

だが、このポーションの販売代金は、この世界のお粗末で質の悪い貨幣で金貨一枚と銀貨一〇枚だという。

 

さらに、たかが第一位階の巻物(スクロール)も、同様に金貨一枚と銀貨一〇枚だという。

 

販売価格が作成費用より安いということはないはずだ。

つまり、この青いポーションや第一位階の巻物(スクロール)はおそらく金貨一枚かそれ以下の費用で作成されていることになる。

 

ユグドラシルの基準からすれば、ずいぶんと安い金額だ。

そもそもユグドラシルに、金貨以外の通貨は存在しないのだから。

 

それでも、この世界の価値観としては、そうとうに高額であるらしい。

 

野盗から聞き出した情報だが、奪った物を売りさばくこともある彼らの相場感覚は、少なくとも王国内では確かなものだろう。

 

そもそも、金貨一枚の価値が違いすぎるようだ。

ユグドラシルでは、最低価格は金貨一枚だが、この世界では金貨の下に、銀貨や銅貨というさらに価値の低い貨幣が存在するという。

 

ユグドラシルでは、金貨一枚でできることなどほとんど無い。

だが、この世界では、人間の街で数日を金貨一枚で暮らすことができるらしい。

 

しかも、ユグドラシル金貨はこの国の金貨の二倍の重さ(価値)なのだ。

 

とんだ価格破壊である。

 

現状、デミウルゴスに新たにユグドラシル金貨を含めたユグドラシルのアイテムを手に入れる手段は存在しない。

 

つまり、手持ちのアイテムの補充が不可能ということになる。

 

手に入るのが、この世界で作成された低レベルなアイテムしかないとなれば、そのアイテムを自分というユグドラシルの存在が問題無く使用できるのかも、検証しなければならない。

 

そして、この世界のアイテムを自分が使用できないなら、代わりに使用する者の確保を。

使えるなら、それを取得する手段を確立しなければならない。

 

「小鬼将軍の角笛」で呼び出したゴブリンたちが下した、この世界のゴブリンやオーガは、そういったアイテムを作成・使用する技術を持っていない。

 

この「トブの大森林」と呼ばれる場所に縄張りを持つ者たちを調べているが、近隣の亜人種たちはそういった文明を持っていないようだ。

 

となると、最初に所有していた人間の国に、この技術が存在することになる。

ユグドラシルであれば、それぞれの世界ごとに、人間種の街、亜人種の街、異形種の街が存在するが、この世界ではどうなのか。

 

ユグドラシルとの違いは、こんな所にも存在する。

 

この世界に来た当初から、自身の魔法やスキルが問題なく使えていたために疎かになっていたが、正しくここは「異世界(ユグドラシルではない)」なのだ。

 

そういった技術を持つ者も、確保したいところだ。

 

王都では第三位階までの巻物(スクロール)を売っているらしいが、それ以上となると王国には存在しないらしい。

 

ユグドラシルでは、よく使われる魔法は第八位階からだ。

 

低位を使わないこともないが、売っていない物であるなら、作り出せる存在がいた方が問題がない。

 

なにしろ、第一位階の巻物(スクロール)さえ、高額な買い物とされるという。

 

費用もさることながら、身元を確認されるようなことがあれば厄介だ。

 

それくらいなら、職人を囲い込んでしまった方がいいだろう。

 

問題は、そういった職人をどのように囲い込むかだ。

 

これは対象によるだろう。

 

金銭でなびく者もいるだろう。

知識で釣られる者もいるかもしれない。

あるいは、単純に力で脅すか。

もしくは、カルネ村のように恩を売るか。

 

国に仕えているだろう、竜王国に送り出した集団が戻ったら、そういった情報を聞き出すことも考えるべきだろうか。

 

懐柔できる相手ならよい。

いなくなって問題の無い相手なら尚よいのだが、それは都合がよすぎる考えだろう。

 

そもそも、ユグドラシルと同じ技術を用いているのかさえ、現状では不明なのだ。

 

全く違う技術。

全く違う材料。

全く違う製法。

 

ここは「異世界」なのだ。

 

デミウルゴスは、まだまだ情報が足りないと実感する。

 

 

ここまでの情報に野盗は役に立った。

 

陽光聖典の装備を「お粗末」と考えていたが、この世界では破格の装備だったようだ。

 

裕福な者を襲い、その所持品を奪い、自身の装備を購入する野盗の持ち物にも、陽光聖典ほどの装備を持つ者はいなかった。

 

レベルの低さも犯罪者の集団であることも考えれば、この野盗は使い潰しても惜しくない集団だ。

 

あのスレイン法国の囮の部隊にできなかった実験が、十分にできるのだ。

 

 

 

野盗に関しては、七〇人以上いたというのに、実験を生き残った者がたった一人しかいなかったことは残念であると同時に、デミウルゴスの認識を新たにした。

 

カルネ村で捕らえた三つの集団は、最低限使える集団でもあるということだ。

 

それでも、七〇人以上の人間を「三回の質問で死ぬ」危険を考慮せずに使えたのだ。

 

復活や治癒、そして「材料」としてにせよ、きちんと有効利用できたことは喜ばしい。

 

結果的に、刀を使う男一人だけしか残らなかったが、実験としては十分な成果を得られたと言えるだろう。

 

その男には、別の仕事を任せてある。

 

こちらも成果を期待したいところだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ここまで実験を進めて、デミウルゴスは手駒の選定に悩んでいた。

 

デミウルゴスの特殊能力は、「召喚」がほとんどを占めている。

 

「召喚」できる存在は、悪魔やアンデッドなどが主体だが数も種類も多い。

 

だが、この「召喚」された者は、新たに「召喚」することができない。

 

つまり「手駒」を増やすことができないのだ。

 

 

「召喚」された者でも「創造」や「作成」ができる者なら手駒を増やすことも可能となる。

 

すると今度は「召喚する者は創造や作成ができる者」に限られてしまう。

 

だが、そもそも「召喚」によって呼び出した者は、憑依能力がある者でなければ、この世界に存在し続けることができない。

 

結果、「召喚する者は憑依能力があり、創造・作成ができる者」とさらに範囲が狭まってしまうのだ。

 

最初は「憑依」能力のある存在を多数召喚して増やせばよいと考えていたのだが、思った以上にこの世界の存在は脆弱で、憑依に耐えられる依代として使える存在が少ない。

 

実際、すでに憑依させることに成功したスレイン法国の囮の部隊は、かなり低位の存在しか憑依させることができなかったのだ。

 

その低位すら憑依できずに、二〇人近くが死んでしまったのだが。

 

今考えると、惜しいことをしたと思わなくもない。

 

やはり、簡単に殺しては後々利用ができないことを考えると、安易に殺すことは避けるべきだろう。

 

野盗を囮の部隊より先に確保できなかった状況が、デミウルゴスには残念でならない。

 

それでも、使い潰しを気にせずに「使用」できる存在はありがたかった。

野盗の集団、もとい傭兵団「死を撒く剣団」は傭兵とは名ばかりの「犯罪集団」であり、スレイン法国は「人間至上主義」を掲げる、ナザリックにとって「潜在的な敵」なのだから。

 

 

これで、スレイン法国の囮の部隊や捕らえた野盗などで、一〇〇人ほど生きた人間を実験で消耗してしまった。

 

弱い存在では憑依した悪魔に耐えきれず、死亡したり自我が崩壊してしまうのだ。

 

それでも、レベルにして一〇以上あれば、何とか依代としての使用に耐えた。

 

 

 

無論、召喚以外の方法も考えている。

 

例えば、至高の御方々のまとめ役であるモモンガなどは、種族的特殊能力で、上位・中位・下位のアンデッド創造があり、職業(クラス)レベルから、アンデッドの作成・支配・強化がある。

 

魔法に依らずとも、亜人種・異形種はこういった能力を得ている。

 

種族的特殊能力や職業(クラス)レベルとしてデミウルゴスも、「作成」や「創造」が可能だ。

 

しかし「デミウルゴスが作成・創造できる者」の中に、「創造・作成ができる者」が少ないのだ。

 

現在、デミウルゴスが安心して仕事を任せられる存在は、限られている。

 

現地の者を媒介とし、存在を継続することが可能な者ということだ。

 

なぜなら、召喚したばかりの者は、召喚者の大まかな知識は共有していても、詳しい情報は知らない。

 

これは、これからの行動には、致命的な欠点となる。

 

だからといって、存在できることを優先するあまり、使用目的に適さない者を生み出しても無駄というものだ。

 

現状では情報収集を主な活動としているというのに、戦闘特化な者や知性の低い者を増やしても意味がない。

 

例えば、隠密行動をさせたいのに、精神操作系や幻術など隠蔽に適した能力を持たない手下を作ってどうするのか。

 

要所要所に適切な配置を心掛けなければならないのだ。

 

つまり、ただ存在を確立させるだけでは意味がない。

「使用目的」に沿った存在でなければ、わざわざ憑依や作成に拘る意味がなくなる。

 

状況に適した僕を作ることに、デミウルゴスは悩んでいた。

 

いっそ、そういう能力を持つこの世界の存在を浚ってきて、憑依させた方が早いし楽かもしれない。

 

その考えも、いなくなって問題の無い後ろ暗い存在を探さなければならない、という手間が生じる。

 

都合よくそんな存在がいたとしても、レベルが低ければ「憑依」に耐えられず、レベルが高ければ、今度は見つけ出し捕らえることの方が困難だ。

 

これらの問題をどう解決するのかが、現在のデミウルゴスの課題となっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

悪魔を呼び出す。

 

この悪魔は非実体の存在だ。

 

レベルは四〇台後半。

 

その悪魔を目の前にいる存在に憑依させる。

 

弱い存在では肉体や自我が崩壊してしまうが、この存在なら何とか保ちそうだ。

 

 

◆◆◆

 

 

竜王国から戻ってきた集団の持ち物で、デミウルゴスの気を引いた物は二つ。

 

ガゼフ・ストロノーフのはめた指輪。

ニグン・グリッド・ルーインの持つクリスタル。

 

ニグンの持つクリスタルはデミウルゴスにも見覚えがあった。

ユグドラシルにもあった「魔法封じの水晶」だ。

 

込められている魔法は第七位階が使える天使の召喚とお粗末な代物だが、この世界に「ユグドラシルの物」があることで、デミウルゴスはユグドラシルの存在がこの世界に来ることが「ありえること」だと確信した。

 

つまり、自分と同じような存在が他にもいる可能性が高まったということだ。

 

 

そして、ガゼフの持つ指輪。

 

これはユグドラシルではありえない物だった。

さらにこの世界でも珍しい物らしい。

 

製法がわかれば尚良いと思ったが、残念ながら持ち主のガゼフも知り合いから譲り受けた物で、経緯も詳細も知らないという。

 

残念なことだが、これ(指輪)を作る能力を持つ者がこの世界に存在することがわかったのだ。

 

他にもこういったアイテムがあるかもしれないことを考えれば、今知ることができたのは行幸だ。

 

作り手の存在にも留意しなければならないだろう。

 

できれば手に入れたい技術だ。

 

きっとナザリックの役に立つ。

 

 

 

ニグンの持っていた「魔封じの水晶」は、デミウルゴスが回収した。

 

法国が監視をするとしたら、この水晶を「発見(ロケート)」していた可能性が高い。

 

それでも、陽光聖典の言葉を信じるなら、第八位階の「次元の目(プレイナーアイ)」を発動させるには、「叡者の額冠」というアイテムと、その使用者となる巫女姫と呼ばれる存在が必要不可欠だという。

 

デミウルゴスに「叡者の額冠」を奪われたことにより、スレイン法国がもはや第八位階の魔法を使えないかというと、そうでもないらしい。

 

「らしい」というのも、「叡者の額冠」は複数あるということ。

そして、その正確な数を陽光聖典の隊長であるニグンでも、把握していないからだ。

 

それでも、巫女姫となる資質は百万人に一人という割合から、次の巫女姫がすぐに用意できるかは不明だという。

 

もしかしたら、すでに次の「巫女姫」は選定されているかもしれない。

予備の「叡者の額冠」があるかもしれない。

 

すべてが「予想」でしかないが、「絶対」ではない以上、その対策も用意しておくべきだろう。

 

「魔封じの水晶」に込められていた魔法で召喚できるのは、「威光の天使(ドミニオン・オーソリティ)」だ。

 

この「第七位階が使える魔法の最高位階」という天使が、なぜ「最高位天使」と呼ばれるのか、デミウルゴスには不可解だった。

 

デミウルゴスが召喚で呼び出す八十レベル台の魔将でも、第十位階の魔法が複数使えるのだ。

第七位階が最上級の魔法など、ナザリックの戦闘メイド・プレアデスの一人、ナーベラル・ガンマが使用できる魔法より低い。

 

そんな存在を「最高位天使」と言われても、デミウルゴスには理解ができないが、もはやこれも「そういうもの」と納得するしかないのだろう。

 

 

◆◆◆

 

ガゼフ・ストロノーフ。

 

リ・エスティーゼ王国が誇る、近隣諸国最強の王国戦士長。

 

そのレベルは、おそらく三〇に近いだろう。

 

「支配の呪言」にあらがえない時点で、四〇レベル以下であることは確定していたが。

 

同様に、ニグン・グリッド・ルーイン。

 

スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の内の一つ、陽光聖典隊長。

 

この世界では希有な第四位階まで使いこなせる強者。

 

それでも、ガゼフと同様に四〇レベル以下だ。

 

しかし両者共に、四〇レベル台後半の召喚悪魔の憑依に耐えたことは、この世界のレベルの低さに辟易し、手の足りないことを嘆いていたデミウルゴスからすれば、賞賛に値した。

 

ようやく、この世界のことを本格的に調べることができそうだ。

 

なにしろ、悪魔やアンデッドを人間の街に侵入させ、情報を得るのは困難だと、救った村人の最初の反応からも明らかなのだ。

 

このような事態になって、改めてナザリックの偉大さを痛感する。

 

あの場所には全てがあった。

あらゆる技能を持つ者が、効率よく様々な手段と手札を持ち、それぞれがそれぞれを補う形で万全の状態を維持していたのだ。

 

例えば、恐怖公がいれば、隠密性に長けた数多の手勢を使うことができただろう。

 

例えば、友人でもあるコキュートスがいれば、前衛に不安なく自分は後衛として手腕を発揮できただろう。

 

例えば――

 

しかし、ここには自分しかいない。

 

自分の能力は後方支援型であり、直接の戦闘能力は他の守護者に及ばぬどころか、直属の配下にすら自分より戦闘能力が高い者がいた。

 

故に、現状はかなり行動に制限がある。

 

行動にも手段にも、あらゆる面で慎重さが求められるだろう。

 

だからこそ、ガゼフ・ストロノーフとニグン・グリッド・ルーインは貴重な駒だ。

 

二人には憑依した悪魔がこの世界で魔神と呼ばれる存在程度には強いと教えた。

魔法封じの水晶の魔法から召喚される、魔神を単体で倒したという天使でも、最大で第七位階の魔法までしか使用できないからだ。

 

そして、憑依していなければ帰還してしまうことは教えていない。

 

ただ、こちらの要望通りに行動しなければ、その悪魔を解放すると伝えた。

 

「そうなればどうなるかは、想像に任せましょう」

 

完全に二人は、悪魔が解放されれば、この世に二〇〇年前の地獄が再現されると思い込んだ。

 

その一方で、自分(ヤルダバオト)が元の世界へ帰る方法を探していることを伝えた。

 

内容は、カルネ村の村長に話したものと同じだ。

 

◆◆◆

 

ガゼフは、自分の力がこの悪魔(ヤルダバオト)を止めるには遠く及ばないと自覚した。

貴族を相手にするよりも、厄介で難解な強大な相手だと。

 

 

ニグンは、どうあがいてもこの悪魔には勝てないと理解してしまった。

そして、ニグンは死にたくなかった。

見栄も矜持も、最悪は信仰さえもかなぐり捨て、生にしがみつきたかった。

 

 

「私を裏切らず、その悪魔の言う通りに行動するなら、命は取らないと約束しましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

捕らえた全ての人間に悪魔やアンデッドを憑依させた。

 

実験の賜物だろう。

 

竜王国から戻った一二〇人弱。

囮の部隊の三十人弱には既に憑依させていたが、残りの一〇〇名近くにも、問題なく悪魔やアンデッドを憑依させることができた。

 

 

これにより、手駒として使える人間が総数として一二〇人強となった。

 

憑依させた悪魔やアンデッドのレベルは一五から四十後半程度。

 

囮の部隊で十五~三〇レベル。

戦士団で十五~三〇レベル。

陽光聖典で三〇~四〇レベル。

 

囮の部隊は最初に弱い人間の振るい落としが済んでいたために、そこからおおよそのレベルを把握したのだ。

 

当然ながら、レベルが上がるほどその比率は下がってしまう。

 

四〇レベル台後半を憑依させることができたのは、僅か三人だった。

憑依に耐えられたのは、次の三人だ。

ニグン・グリッド・ルーイン。

ブレイン・アングラウス。

ガゼフ・ストロノーフ。

 

ニグンには戦闘系の悪魔を。

ブレインには探査系のアンデッドを。

ガゼフには精神系の悪魔を。

 

それぞれに憑けることができた。

 

 

◆◆◆

 

数日、全員の状態の確認をした上で、問題なしと判断したデミウルゴスはそれぞれに指示を出す。

 

まず、ガゼフたち王国戦士団には、王都へ戻り国には次のように報告を出すように命じた。

 

死んだ囮の騎士の鎧をいくつか持ち帰り、それを以て国境を荒らしていた集団の排除は完了したものとする。

しかし、騎士たちがバハルス帝国の存在と決定付ける確証は無く、正確な正体は不明。

襲われた四つの村は壊滅した。

生存者は無し。

カルネ村で騎士たちを討ち取ったが、カルネ村でも多数の死傷者を出し、村としての機能は著しく低下。

 

通常業務をこなしながら、ヤルダバオトの指示に従うこと。

 

ガゼフや戦士団に、取り憑いた悪魔やアンデッドのことは隠してはいない。

むしろ騒ぎ立てれば、体を乗っ取り暴れ回るだけだと通達してある。

さらに個個人に、「作成」された隠密系のモンスターをつけた。

王国の情報を収集するためであり、戦闘系の者は少ない。

 

 

基本的に、ガゼフは王都に戻り、「ヤルダバオト」の隠蔽と「事後処理」。そして王国内の足掛かり。

通常通りに過ごしながら、ヤルダバオトの指示に従う方針だ。

 

指輪の前の持ち主が何処にいるのかも、併せて探すように命じてある。

 

 

 

 

スレイン法国の囮の部隊や、陽光聖典はここで行方不明となってもらう。

 

囮の部隊は装備を剥奪し、簡単な装備でエ・ランテルに向かわせ、そこで冒険者登録をさせる予定だ。

四、五人ごとに六つの班に分け、そこに陽光聖典から各一名を魔法使いとして組み込む。

弱い者、使えない者を優先的に実験で消費したため、残った者はレベルが一〇前後であり、この世界では精強と言ってもよい部類だ。

もともとバハルス帝国の騎士に扮装するために、そこそこの者が集められていたのだ。

これらには、法国が知らない情報集めを行わせる。

 

陽光聖典も囮の部隊も、身元を隠す手段として、簡単な変装手段を有している。

エ・ランテルでの活動や、風花聖典の探索に、そうそう身元が割られることはないだろう。

 

陽光聖典の四五人中六人が冒険者として囮の部隊と行動を共にする。

 

残り三九人は、トブの大森林で探索を行うことになる。

 

 

ニグンは残った陽光聖典と共に、トブの大森林の探索。

 

 

 

ブレインは、裏社会で浚っても問題のなさそうな存在の調査。

 

 

 

 

逆らっても良いのだ。

 

その時は、生きた状態から死んだ状態で利用するだけのことなのだから。

 

それとも精神を破壊して、生きているだけの肉体となっても、何の問題も無い。

 

生かしてあるのは、この世界で怪しまれない程度の行動を心掛けているから。

それだけである。

 

「裏切る覚悟があるなら、いつでもどうぞ」

 

ヤルダバオトはそれぞれ別途三人に、まさしく悪魔らしくそう言った。

 

何を企もうと、憑依した悪魔たちに筒抜けなのだ。

 

そしてヤルダバオトの命令を優先して行動するように、強制するだけの力を持っている。

 

ブレインは早々に諦めた。

ニグンは死の恐怖に屈した。

ガゼフは王国の不利益になる時は自害しようと、心に決めた。

 

それぞれがそれぞれの思惑や覚悟と共に動き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは必死に心を押さえつける。

 

大丈夫だ。

 

まだ、弁明の余地はあるはずだ。

 

自分がここにいるのは、自分の意志では無い。

 

無理矢理の召喚によるものだ。

 

自分が自分の意志で召喚に応じたわけではない。

 

ナザリックから離れたのは、決して自らの行動ではないのだ。

 

 

だからこそ、僅かだが慰められてもいるのだ。

 

もし、この世界に来た時、目の前にあの男(ごみ)がいなかったら、そして、自分が召喚されたと知らなければ、最悪の事態を疑ってしまったかもしれないのだから。

 

考えたくも無いではないか。

 

自分が至高の御方々に、捨てられた(廃棄された)かもしれない、など。

 

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◆「深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)」

WEBに出てきたナザリック地下大墳墓の防衛攻壁の一つで、「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」を送り込む。
一体の悪魔につき一つのアイテムを盗むことができる。

デミウルゴスが呼べるかは、原作では不明の為、独自設定です。

◆悪魔やアンデッド

襲われた村の生き残りの住人は、ゴブリンや悪魔が召喚で呼び出された時は、空中から出てきたところしか見ていないので、普通の召喚と材料有の召喚の区別がついていません。

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