短編小説   作:重複

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IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。

残酷な描写があります。


IF NPCが一人 デミウルゴス 5

リ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテル。

そこで発生した、アンデッド騒動はその日のうちに収束した。

 

この事件でデミウルゴスは、大量の「材料」を手に入れることができた。

 

墓地から溢れ出したアンデッドによって死んだ衛兵、冒険者、市民。

 

わざわざ助ける意義を見いだせなかったので、エ・ランテルにおける被害者の数は甚大だ。

 

それでも、「ヤルダバオト」主導のもと早期に解決をみたために、関わらなかった場合の被害よりはよほどに軽微と言えるだろう。

 

なにしろ、カジットたちの本来の狙いでは、このエ・ランテルに住む者全てを殺し尽くす予定だったのだから。

 

墓地を守っていた衛兵、数十。

墓地の近くに住んでいた住民、数百。

緊急の依頼に駆けつけた冒険者、数十。

 

さすがに低位のアンデッドが殆どだったために、高位の冒険者に負傷はあれど死者はいなかった。

しかし、それは高位、つまり白金(プラチナ)以上の冒険者には、ということだ。

 

金(ゴールド)以下、銀(シルバー)、鉄(アイアン)、銅(カッパー)には少なくない数の死傷者が出たのだ。

 

事件後、全ての死者は速やかに埋葬された。

また新たにアンデッドにならないとも限らない。

なにしろ、殺された「無惨な死者」なのだから。

 

数も多い。

 

故に、身元確認もそこそこに、その身に着けた装備もそのままに、とにかく弔われた。

 

必要があれば、きちんと神の御元に行ったと、その死が確認されてから掘り返せばいいのだから。

 

そして――

 

その中には、生きたまま埋葬された者も多数いた。

 

重傷を負い仮死状態になった者。

重態のまま麻痺にかかり、どう見ても死体にしか見えなかった者。

そういった、死体としか見えない者。

 

けが人も多く、治療は優先的にそちらに回され、冒険者、しかも低位の者の生存確認はおざなりだった。

 

それらは、市民でもある衛兵に対して優先されたのだ。

 

「いやだ、いやだ!俺は生きている!死んでない!」

「やめて!埋めないで!土をかけないで!」

 

意識のある者ない者全て、動くことのできない冒険者が次々に埋葬されていった。

 

棺桶など無く、ただ掘っただけの穴に埋められていく。

その後に神官が唱える鎮魂の言葉も意味が無い。

生きているのだから。

 

「助けて!誰か助けて!」

「いやだあ!死にたくない!」

 

もし、心の声を聞ける者がいたのなら、墓地は夥しい声で埋め尽くされたように感じただろう。

 

そこに――

 

「助かりたい?」

 

生き埋めにされた者全てに声が届いた。

 

「助けて!」

「助けてくれたら何でもする!」

 

全ての声が、聞こえた声にすがりつく。

 

「約束だよ。これは契約だからね」

 

次の瞬間、彼ら彼女らは埋められた地中から腕を突き出していた。

無論、埋められた深さから、地表に出たのは指先程度だ。

それでも我武者羅に自分の上の土をかき分け、自らの体を掘り起こしていく。

 

本来なら、腕一本も地中から出てくるはずもない状態からの生還だった。

 

それがあちこちから同じように起きあがる様は、異様にして悍ましい光景だった。

 

これが夜であれ昼であれ、見る者があったなら、あっと言う間に大騒ぎになったことだろう。

 

 

彼らが「誤って」埋葬されたのには、訳がある。

 

それはデミウルゴスの命令によって、「擬死(フォックス・スリープ)」を使える配下が、倒れていた冒険者たちにかけて回ったからだ。

 

重傷の上に、「擬死(フォックス・スリープ)」をかけられた冒険者たちは、それらを看破できる能力を持たなければ死んだとしか見えない。

麻痺を重ねられれば尚更だ。

 

結果、多くの冒険者が生きながら埋葬されるという憂き目に会ったのだ。

 

これは被害者の数を増やして被害が甚大であり、これを収束させた冒険者(陽光聖典)の評価を上げるため。

 

そして――

 

「早く組合に行こう。他にも間違って埋められた奴らがいるかもしれない」

 

墓穴から自身を掘り起こした冒険者の一人が、同じように起きあがった彼らにそう提案する。

 

しかし――

 

「だめだよ」

 

それを止める声が響いた。

 

「どうやって墓から出たのか疑われる。我々はそんな危険を冒せない」

 

声は同じ冒険者の口から発せられていた。

体の中から別の存在が語りかけてくる。

それは、「悪魔」と呼ばれる種族の集団だった。

 

 

本来、土の中から何の道具も魔法もなく、身一つで這い出すなど、常軌を逸した行為だ。

 

砂浜でさらさらとした砂に埋められても、一人ではその砂山から起きあがることも困難だ。

 

それを砂より重い土で、顔も含めた全身を深く埋められた上に、さらに固められた状態から自力で出てくるなど、モンスター並の生命力と筋力が必要となる。

 

これが高位の冒険者、つまり進化の先に得た通常を超えた筋力を持つと皆が理解できる相手ならまだしも、低位の冒険者が自力で墓から蘇ったなど、人間の振りをしたアンデッドと疑われても仕方がない。

 

そして、アンデッドではないと証明できても、今度は「どうやって」墓から出たのかを問われるだろう。

 

そしてその力を与えた悪魔たちは、自分たちの存在を知られたがらない。

 

「最初に『契約』と言ったよね。それは我々(悪魔)の存在を隠してほしいってこと」

 

 

悪魔たちは「相手に憑りつくことで長く存在することができる」種族らしい。

その憑りつく相手を探していたのだという。

 

冒険者全てにその悪魔たちが憑りついていたが、数体の悪魔があぶれてしまっていた。

 

彼らは新しい契約相手を探しに行くと言う。

 

「見つかるといいですね」

「ありがとう」

 

◆◆◆

 

悪魔が余ったのは予定通りだった。

しかし、その数が予定より多くなったのもまた事実だ。

 

悪魔たちが持ちかけた『契約』に、土壇場で応えなかった冒険者たちは、土の中でそのまま死んでしまったからだ。

 

慎重、あるいは臆病な彼らは、その手にあった救いの手を掴み返すタイミングを逃したのだ。

 

もっとも――

 

「疑り深い対象は排除できました。『契約』したのは、何としても生き残りたいという欲求と、考えるより先に行動する短慮。使うにはよい駒が集まりました」

 

今の手の足りない状況で、都合良く使える存在を見逃すつもりは、デミウルゴスには無かった。

 

「もう一押しですね」

 

◆◆◆

 

「俺はいやだからな!やっと金(ゴールド)級になれたんだ!!初めからやりなおすなんてのはごめんだ!!」

 

一人の冒険者が、死んだと偽装することで、今までの人生を無かったことにされることを不服に思い、悪魔との『契約』を破棄したいと言い出した。

 

彼からすれば、自分以外の仲間は生きているのだ。

自分一人だけが貧乏籤を引かされたような気になったのだろう。

 

「かまわないよ」

 

悪魔は了承し、あっさりとその体から出ていった。

その途端にその冒険者は「崩壊」した。

 

契約を破棄した冒険者が原形を留めぬ肉の塊と化した事に驚愕する他の冒険者たちに、契約相手を失った悪魔が答えた。

 

「当然でしょ」

 

悪魔曰く、墓から出るのに使った筋力や持続力、呼吸困難などの負荷に対しては、すでに『契約』によって護られていたのだという。

 

地中に直に埋められた状態で動くことを可能とするだけの筋力、皮膚が抉られることもなく、筋肉が潰れることもなく、圧力に骨が折れることもなく、地中から出るまでの間、窒息することもなく出られたこと。

 

その全てが『契約』の解除によって、正しく肉体への負荷が戻ったのだという。

つまり、この墓地に立っている冒険者たちが今この瞬間に生きて立っていられるのは『契約』のおかげであり、その契約による加護が無くなれば死ぬ以外の道が存在しないということなのだ。

 

残りの全員も、自らを死んだとすることに抵抗を感じていたが、そもそもそれが悪魔との『契約』なのだから仕方がないと受け入れた。

 

せめて、今は生きていることを喜ぶべきだと考えたのだ。

納得したわけではなかったが。

 

チームの全員が死んだ者たちの装備はほぼそのままだが、冒険者のプレートは外されていた。

生き残った仲間がいた冒険者は、すでに装備もプレートも外され死亡の確認がされている。

 

「これからどうしよう」

 

生き返ったことを公にできないのなら、彼らは冒険者を続けることができない。

 

そもそも王国では、それなりに知り合いもいる上に、家族が健在な者も多い。

 

それ以上に装備も懐具合も心許ない。

 

全員が不安そうに、土に汚れた顔を見合わせる。

 

自分たちの中には、墓穴から出るのに協力してくれた悪魔がいる。

 

このまま墓地を出ていけば、騒ぎになるのは確実だ。

そうなれば、中にいる悪魔たちは自分たちから出ていくだろう。

その瞬間、自分たちは本当に死を迎えるのだ。

せっかく助かった命を、そんなことで失うのはごめんだった。

それは、この場にいる全員の思いだ。

 

故に考える。

 

そもそも、冒険者としてチームを組んではいたが、誰もが最初は一人で冒険者組合で登録をしてからどこかのチームに入れてもらったり、気の合った者同士が集まってチームとなるのだ。

 

それは、全員が振り出しに戻った状態とも言える。

 

そして、自分たちを誰も知らない土地。

 

「帝国に行かないか」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ふと、胸元に触れ、いままであった輝きが失われていることに、僅かばかりの寂しさを覚えた。

これは感傷でしかない。

死んでしまえば、こんな寂しさを感じることもできなくなるのだから。

 

それでも、自分の目標への一歩として進んできた冒険者の道が、こんな形で断ち切られるとは思ってもいなかったのだ。

 

貴族に浚われた姉。

そのために、たてた目標。

 

姉を救う。

貴族に復讐する。

 

どちらもかなわず、自分は今、異国の地へと足を踏み出している。

 

冒険者のプレートは、埋葬された者全てから回収されていた。

後から掘り返して盗む者、悪用する者が出ないともかぎらないのだから、当然の処置だろう。

 

銀(シルバー)級まで昇格したことが一瞬で潰えてしまったことは残念なことに違いはない。

 

それでも、命まで失わずにすんだことを感謝すべきだ。

 

たとえそれが悪魔の手であったとしても。

 

 

埋葬された墓地から抜け出し、エ・ランテルから離れなければならなくなったあの日。

 

自分たちに取り憑いた悪魔たちの能力がなければ、すぐに騒ぎになっていただろう。

 

自分たちの体を住処とした悪魔は、好奇心旺盛で残酷なほどに無邪気で、自分たちよりも強かった。

 

平然とそこらのモンスターを片手間に殺してしまうのだ。

 

暗視(ダークビジョン)に始まり、第三位階の魔法さえも使う悪魔たちは、白金(プラチナ)級以下の冒険者だった彼らからすれば、驚くべき存在だった。

 

こんな高位の魔法を使う存在が、種族として集団で行動しているなど、聞いたこともない。

 

だが、彼らの「取り憑く相手が必要」という特性を考えれば当然かもしれないと、宿主になった彼らは考えた。

 

取り憑くために相手の合意が必要なら、知的生命であることが必須条件だ。

 

そして、取り憑く悪魔たちが優位な立場を持とうとするならば、自分(悪魔)たちよりも弱い存在の方が都合が良いだろう。

 

つまり、自分たちのような「人間」というわけだ。

 

会話をしてみると、悪魔の中には「光に憧れた悪魔」という存在がいるという。

 

善の存在に好意的で、いろいろな便宜を図ってくれるらしい。

 

「そんな悪魔がいるのか」

 

驚く自分たちに悪魔たちは笑う。

さらには「闇に墜ちた天使」という存在もいるというのだ。

 

どちらも強大な力を持っているらしい。

 

何とも両極端な存在だが、そんなものかもしれない。

 

同じ人間という種族でも、何人死のうがどれほど不幸になろうが、自分さえ良ければそれでいいという者もいれば、見知らぬ誰かを助けるために、自分が死んでしまう者もいる。

 

存在の善悪は種族で決まるものではない、ということなのかもしれない。

 

装備も路銀も乏しかった集団だが、悪魔たちの能力で食料となる獲物を捕ることに苦労はなかった。

 

旅において本来なら脅威となるような存在も、ほとんどが鎧袖一触だった。

第三位階魔法を使える集団なのだから、当然ともいえる。

 

おかげで、街道や街に入らないように旅をしているというのに、ほとんど問題が発生しない。

モンスターの部位証明は切り取って持っていくことにしているので、帝国で改めて冒険者となれば換金することも可能だろう。

 

似ているとはいえ、帝国の風土も文字も不慣れだが、代筆も読み上げも金銭で解決できることだ。

契約相手(悪魔)を失う方が、大きな問題なのだから。

 

王国から離れることは、自分の目的としても、これからの活動においても辛いものがある。

 

だが、まだ道は潰えてはいないのだ。

 

なにより――

 

「これからよろしくお願いします」

『うん。問題なければ、力を貸すよ』

 

心強い味方ができたのだ。

 

自分の「生まれながらの異能(タレント)」を知った悪魔が、面白がったのか「どこまで伸びるのか試してみよう」と、成長に協力すると申し出てきたのだ。

 

すでに第三位階の魔法が使える存在が中にいるせいか、魔法の流れをなんとなくだが、感じるような気がするのだ。

新しい魔法を覚える時の、強大な「何か」に接続するような感覚が、今までより強くはっきりと体感できるような。

 

もちろん、気のせいかもしれない。

 

だが、優秀な教師に教えを乞うことが、成長の近道と知っている「ニニャ」は、これからの可能性に心が滾った。

 

むろん、無茶はしないしできない。

 

悪魔は、宿主である自分が死にかければこの体から出ていくと言ってきたのだ。

 

しかし、これは当然だろう。

 

助けた側の悪魔に、宿主と生命を一蓮托生にする義理も義務も無いのだから。

 

それでも、助力が得られるのは強みとなる。

 

そもそも、自分の目的のためには、死ぬわけにはいかないのだ。

それが今回のアンデッド騒動で骨身にしみた。

 

「強くなる」

 

帝国で力を蓄えるのだ。

そして、王国に必ず帰る。

 

プレートも無い。

装備もろくに残っていない。

仲間も失った。

彼らは生きているが、『契約』がある以上もう会うことはできない。

 

『名前、決まった?』

「はい、これからは」

 

そろそろ、年齢的に男装も無理が来ていたところだ。

帝国の治安が良いのなら、無理に性別を偽らない方が厄介事は少ないかもしれない。

 

「ツアレと名乗ります」

 

もしかしたら、「同名の人が居た」と教えてくれる人が出てくるかもしれない。

 

「待っていろ」

 

遠ざかる王国に、新たに決意を固める。

自分は絶対に諦めない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

びくびく

 

そういった形容詞が似合いそうなほど、その女は怯えていた。

 

身に着けているのは、簡素な服一枚。

足も素足で立っている。

 

「これは?」

「今回の事件の犯人の一人です。魔法道具(マジックアイテム)を所持していたために、一度全ての装備を剥奪しました」

 

咎めるように女を連れてきた冒険者に聞くと、答えは納得せざるを得ないものだった。

 

魔法道具(マジックアイテム)は高価な代物だ。

おいそれと手に入るものではない。

それを持っていたのなら、それなりの実力者だろう。

 

◆◆◆

 

女、つまりエ・ランテルで起きたアンデッド騒動の犯人の一人として、クレマンティーヌを冒険者組合へ連行してきたイアンたちは、平常な顔を崩さない。

 

ここに来る前に、一応の解決が行われていたからだ。

 

 

「はん!あたしが逃げないとでも思っているのかい?」

 

ヤルダバオトから引き渡されたクレマンティーヌは、そこにいるのが自分より強さで劣る者と見ると、威勢よく吠えスティレットを引き抜いた。

 

ヤルダバオトには全く手も足も出ずに終わったが、目の前の連中からなら逃げられるかもしれない。

有り難いことに、ここはエ・ランテルから少し離れた森の中だ。

人目も城壁も存在しない。

 

こいつらさえ、どうにかできればーー

 

「へ?」

 

構えたスティレットは、クレマンティーヌの目に突き刺さっている。

 

ぶちぶちぶちぶちぶち

 

「あぎゃ、ぎいいい!!!」

 

眼球がスティレットの先端についたまま引き抜かれ、視神経が引き千切れていく。

 

「があ、ぁ…!!!」

 

悲鳴をあげる開いた口にスティレットが突き刺さる。

眼球をつけたまま、舌、頬の肉と貫いて、スティレットの先端が耳の下から突き出てきた。

 

「ひ! ぎぃい!! あが!!」

 

銜えたスティレットにくぐもった声しか出ない。

 

クレマンティーヌの意志とは無関係に、手がもう一本のスティレットを逆手に構えた。

 

ぶつっぶつっぶつっぶつ……

 

指を一本一本貫いていく。

そのまま腕に移り、体中を刺していく。

開いた穴から、血が流れ続ける。

流れだした血が足元に血だまりとなった地面に仰向けに倒れた。

それでも腕はスティレットを振るい、体に穴を開けていく。

 

「ぎあ、あ!!」

 

舌がスティレットに食い込み、引きちぎれかける。

 

「があ!!!」

 

体を刺していたスティレットが顔に迫り、額をコツコツと叩き始める。

卵に穴を開けるように、小さく何度も執拗に。

正確に同じ所を穿ち続ける。

 

「ひい!ひい!!」

 

額の傷は少しずつ深くなる。

皮膚を貫き、肉を裂き、骨を欠けさせて。

 

あと一突きで脳にスティレットが達する、というところでやっとスティレットを握った手が止まり、スティレットを手放した。

 

クレマンティーヌは、自分の体がまったく自由にならないことに恐慌状態に陥っていた。

 

そして、スティレットをくわえたまま、四つん這いで這い回る。

そして川に近づくと、そのまま頭を水面に突っ込んだ。

 

「がぼっ!ごぼっ!!」

 

水面が勢いよく泡立つ。

溺れて暴れているのに、頭を水面から引き上げない異常な光景がしばらく続く。

 

「がはっ!!!」

 

水面から勢いよく頭を引き上げると、そのまま仰向けに倒れ込む。

 

「かひゅっ!!ぜっ!!げほっ」

 

クレマンティーヌの体が水を吐き出しながら、痙攣する。

 

イアンはクレマンティーヌのくわえていたスティレットを引き抜くと、治癒魔法をかけた。

 

第三位階の魔法の使い手の治癒魔法に、クレマンティーヌの口の中に残った眼球は消え、穴の開いていた眼孔に新たな眼球が再生する。

 

引きちぎれかけていた舌も繋がり、体中に開いていた穴も塞がった。

 

ずたぼろになった服は戻らなかったが。

 

「なん…で…」

「貴女の中には、ヤルダバオト…様の配下の悪魔が住んでいるのですよ」

「んな・・・」

「逆らえば、今の状態が優しく思える環境が待っていますよ」

「な、な、」

 

クレマンティーヌは自分を見おろすイアンたちの表情が「笑顔」であることに戦慄する。

それは好意的なものでも、相手の不幸を楽しむものでもない。

 

「ようこそ、こちら側へ」

 

それは、哀れな「仲間」が増えたことへの、暗い笑みだった。

 

◆◆◆

 

せっかく手に入った手駒を、わざわざ罪を重くして処刑されては困る。

ゆえに、クレマンティーヌの冒険者のプレートを張り付けた鎧は剥奪している。

 

冒険者のプレートなど、デミウルゴスからすればただの金属の小片でしかない。

 

それでも、金属としての価値程度はあるだろう。

事実、プレートが盗まれたり紛失したりといった話は多いと聞く。

 

チーム名や個人名が記されていても、特に魔法的な技術が施されている訳ではない。

「物体発見(ロケート・オブジェクト)」で発見される可能性も、潰してしまえば問題ない。

 

そもそも、そんなことができるのなら、クレマンティーヌはもっと早く法国に発見されていただろう。

 

つまり、「物体発見(ロケート・オブジェクト)」を使える者は法国に存在しないか、対象をつかみきれていない可能性がある。

 

さらに、クレマンティーヌを罪人として扱えるようにするにしても、エ・ランテルのアンデッド事件の犯人より、冒険者の大量殺戮の方が罪が重いだろう。

大量殺人の犯人よりも、事件の首謀者の用心棒のような立場の方が、まだ「まし」だろうという判断だ。

 

事件の犯人としてなら、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるもう一人の方が、事件関与の比率が重いのだから、多少の融通を得られるだろう。

 

よって、この事件のクレマンティーヌの立ち位置は、犯人の一人であっても主犯格ではない、というものだ。

 

クレマンティーヌに魔法の才能は無いので、アンデッドを操っていたもう一人が騒動の直接の原因となる。

クレマンティーヌを使える駒にするためには、事件の「共犯」としておく必要があった。

クレマンティーヌが必要以上に警戒されないように、強さを「英雄級」ではなく、せいぜい「腕が立つ」程度に誤認させておかなくてはならない。

 

だが、「元漆黒聖典のクレマンティーヌ」という存在を知る者には隠す意味がない。

「風花聖典」という情報収集の集団が法国にはいるという。

まがりなりにも「聖典」に所属する人間なのだ。

おそらくだが、そこらの冒険者よりは使えると期待していいだろう。

わざわざ探し回るより、クレマンティーヌという「餌」に食いつくのを待った方が効率的というものだ。

 

「網は大きく細かく張るのが一番ですからね」

 

当然、エ・ランテルの墓地から帝国へ向かった冒険者たちにも、隠密性に長けた者を周囲につけている。

 

これで、帝国でも使える駒の探索とこの世界の情報を収集する予定だ。

 

次はどんな獲物が網にかかるのか。

デミウルゴスは楽しみにしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 




◆擬死

WEBより


◆憑依による強化

イビルアイが単純な肉体能力ならガガーランより強い、とあります。
つまり体格の差は、レベルの差で覆ると考えます。
「亡国の吸血姫」では、装備品は地面に置いてある状態(未装備)と、身に着けている状態(装備)では耐久に差が生じるとあります。
なので、憑依ではレベルの高い方に状態が維持されるとしています。
独自設定です。


◆冒険者帝国へ行く

十二巻で「もとは同じ国なので、いろいろと似ている」とあるので、冒険者は王国に近い環境の帝国を選びました。
デミウルゴスとしては、他国に行っても怪しまれない憑依先の確保です。
八巻でも、村娘(エンリ)が一人でエ・ランテルに行くだけで怪しまれるようなので。


◆大いなる力に接触

「亡国の吸血姫」で「自分と世界がかみ合うような感覚」「魔法が使えるようになった瞬間と似て非なる何か」として「何か大きなものに接触した感じ」とあるので、魔法を使うための大きな力が存在するらしいと考えました。


◆森の中

陽光聖典に憑依した悪魔は「転移」が使えるので、エ・ランテルとの行き来が可能です。
クレマンティーヌに憑依した悪魔がいることを説明(手段は悪魔任せ)するために、人のいない場所を選びました。

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