The music of mind for twintail . 作:紅鮭
駒の形は司教冠をかたどっている。
この駒は他の国では意味が異なる場合がある。
ロシアやアラビア方面では「象」、インドでは「ラクダ」、ドイツでは「走者」、イタリアでは「副官」、フランスでは「道化」の意味合いである。
セレーネとヘリオス、
チェックメイトファイブ・クィーンであるテナーの使命は異世界を巡回し、その世界の秩序を保つ事である。
そしてキャッスルドランの天守閣にある特殊な電話はキャッスルドランが次元の狭間にいる時、セレーネのファンガイアと通話する事が可能である。
主な内容はセレーネからの緊急事態、ヘリオスの異常事態とそれらの調査報告。
「私が…音也の
今テナーは、セレーネからの電話相手の言葉に感情をむき出しにし、本気で激昂していた。
「クククッ、おやおやぁ?本気でムカついちゃったのぉ?やだぁテナーちゃんったら、こぉんな軽口に本気で噛みついちゃってぇ…かわいい、な♫うふっ♡」
テナーのクソ真面目な反応が余程面白かったのか電話の相手、ファンガイア・チェックメイトファイブの一人──ビショップであり、赤銅のキバの所持者──デュレット・オルゲンはクスクス笑いを零しながらテナーをからかい続ける。
「アルティメギルであろうと何であろうと。我が恩人の地を…ツインテールを…踏み荒らす者は誰であろうと潰す。ファンガイアクィーンとして…紅音也の娘として…」
「ま、音也さんはアタシ達にとって親でもあり、大恩人だからねぇ。でも一人で大丈夫ぅ?よかったら、アタシかナイトがそっちに行って力を貸そうかしらん?」
「いい。ルークはともかく、貴様は好かんし、ナイトは一緒にいると調子が狂う。私と次狼達だけで十分だ!」
「うっははははは!ええ、ええ、こっちとしてもそれを期待しているのだね。でもぉ、わかってるのぉ?テナー」
「……何だ?」
「───もう君以外の他のキバは本来の色を取り戻しているんだよ?」
くだらない軽口に焚き付けられたテナーだったが、そのデュレットの言葉に冷静さを取り戻し、口を閉ざす。
「テナーがクィーンの紋章に選ばれてから何年経つかな~?♪……早くテナーの鎧が黄金に輝く様を見たいなぁ~♪」
期待しているとは言いつつもデュレットは痛いところばかりクリティカルに攻めて来る。この女はいつもこの調子だ。
だが、この言葉は事実。
チェックメイトファイブでキバの鎧の輝きを取り戻せていないのはテナーだけだった。
まだまだ自分は未熟。
自分の不甲斐なさ、デュレットからの屈辱に歯噛みしていると電話の向こうで何やら デュレットと誰かが揉めている。
『コラ、デュレット!折角テナちゃんに繋がったのに怒らせてどうする。私にも貸してくれ!』
『ちょ、ちょっと待って!メゾンヌ!ちょっ…』
『……もしもし、テナちゃんか!?そうデュレット相手に目くじら立てないでくれ!』
「ナイト──メゾンヌか…!」
続いて電話に出たのは同じくチェックメイトファイブのナイト・白銀のキバの所持者──メゾンヌ・リチュカーレ。
彼女もデュレットと同じテナーの幼馴染であるも、蠱惑的なデュレットとは打って変わり体育会系を髣髴させる溌剌とした元気の良い喋りをするハスキーな声が電話に出た。
『いやぁ、テナちゃん!ひと月ぶり──長い付き合いだからわかるだろう?デュレットはな、テナちゃんが可愛いからついつい苛めてしまうんだ。私やデュレットにとって君は妹みたいなモノだ。デュレットの言い分が気に入らなかったら注意させるからさ、ね?ね?テナちゃんのキバの鎧だってきっといつか輝きを取り戻せる日がくる。だからまた……──』
「……メゾンヌ、デュレットに伝えておけ」
メゾンヌの話を聞いてか聞かずか、話の途中で冷え切ったテナーの声が割り込む。
『何かな?』
「もう、……絶交だっ!!」
ガチャリとテナーは電話を切った。
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「テナちゃん、怒らせてしまったではないか!デュレット」
「あっはははははははははははっ!うっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!テナーの奴ぷりぷり怒って切っちゃった!これって一体何度目の絶交宣言!?あっはははははははははははっ!」
抱腹絶倒。
こらえ切れんばかりの大爆笑にデュレットは床を転げ回る。
メゾンヌはそんなデュレットを困った風に見ていた。
しばらくして笑いから立ち直るとテナーから送られたこのひと月の報告書をペラペラと手にとって、冷静に眺める。
「さて、報告書によると……ヘリオスで協力者になる
あまりにもワザとらしい一人芝居を見てメゾンヌは一言。
「口実をつくるためにワザと忘れたのではないか?」
「………………さぁね?」
「テナちゃんの嫌がる事を大喜びするのがデュレットだからな」
はぁ~やれやれと頭痛を感じ、溜息交じりに心配そうな顔になるメゾンヌだった。
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通話を終えたテナーは左手の紋章を見るテナー。
「クィーンの紋章に選ばれ、キバの鎧も授かった。今や私に勝てるファンガイアはチェックメイトフォー以外に存在しない──なのに、何故我が鎧は光り輝かぬ」
こみ上げる悔しさにテナーは歯噛みするしかなかった。
●○●○●○●○●○●○●○●○
そんなことも露も知らぬ、春の連休に入る直前のとある朝。ある一つの噂が校内を駆け巡っていた。
「転校生が来るんだってよ」
「英語ペラペラらしいぜ」
「外人らしいって話よ」
いつもはツインテイルズの話題でもちきりのクラスも今日だけは違った。
教室中にそんな噂が飛び交っている。
「総二君、今日転入してくる外国人って……」
「ああ、お前もよく知ってるヤツだよ」
総二も学校が始まったばかりだというのに、疲れたように机に突っ伏していた。
チャイムが鳴り、HRの時間が始まると担任気だるげな声でいつも通り淡々とHRは進んで話題が変わる。
「え~と、今日は~転校生を紹介します~」
噂の転校生、そしてそれが自分のクラスに来る。
クラスの全員がザワザワと騒ぎ出す中、一人の女子生徒が入ってくる。
一歩一歩教室を進むその生徒に思わず、皆が見惚れた。
白みがかった銀髪に抜群のスタイル。
しゃなりしゃなりと淑やかに教卓の隣に歩いてくると、チョークを持って、カリカリと自分の名前を黒板に達筆で書いた。
『観束トゥアール』
「「「「「え!?」」」」」
当然、皆の視線は一斉に同じ苗字を持つ総二へと向けられる。
そして転校生――トゥアールはウンザリとする総ニを他所にそんな光景を凄く嬉しそうな表情で見ていた。
うへっ、と嬉しすぎて口から涎が垂れて、危ない顔になっている。
その表情は年頃の女子高生が人前では決してしてはならないモノである。
響輔のみジッとトゥアールに集中していた。
「(あれだけ淫らな感情をさらけ出しているのに──彼女の心の音楽が一切聴こえないなんて、おかしい」
響輔はトゥアールを取り巻く五線譜は視認できる。しかし、音とそれに音符が見えない。
「トゥアールさんは~、観束君の親戚で~、海外から引っ越して今は一緒に住んでいるそうです~。…では、次の要件に移りま~す」
転校生の紹介を必要最小限程度で終わると、トゥアールは驚いて担任に訴えた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私の自己紹介ここで終わりですか!?まだ総二様との関係性も皆さんから問われていませんのに!?」
「ですから~、さっき私が言ったじゃないですか~、総二君とは親戚同士だって~」
「それだけじゃ何も始まらないんですよ!!『一緒に住んでいます』の所から話を大きく広げて盛り上げさせた後、色々と誤解を招くような爆弾発言を2、3個投下する予定だったのに、何なんですかあの詫び寂もない説明は!?」
「え~と、実はもうおひと方紹介する人がいるので~、トゥアールさんばかりに時間を割けないんですよ~」
「え!?」
さっきまでの優等生っぷりはどこへやら。
響輔は初対面ではないからさほど気にしなかったが、トゥアールさんの美人としての評価がどんどん下がっていく。
担任は全く悪びれず、HRは進行する。
『もう少し取り繕え。メッキがボロボロと剥がれかけているどころか、企みまでも公言するとは──…』
「“残念美人”って彼女のためにある言葉だと思うよ」
テナーと響輔も呆れた様子で言い放つ。
と、トゥアールがまだ往生際悪く担任に抗議していると教室のドアが再び開き、今度は一人のメイドが堂々とした足取りで入室してきた。
「本日から陽月学園の体育教師として赴任した、桜川尊先生です~」
「うむ、よろしく!」
その声と共にメイド服のスカートがフワリと舞い、彼女の髪型であるツインテールも揺れる。
「「……」」
教卓に立っているツインテールのメイドさんを見ながら、全員が口をポカンと開け、静まり返った。
この人はどうしてメイド服着ているんだとか、神聖な職場を何だと思っているんだとか、ツッコミどころを探せばキリがなかった。
「あの~、先生…。これは一体…」
「私は知りません、何にも知りませんから~」
これはどういうことなんだと聞きたげな女子生徒を笑顔で完全無視する担任。
空気を読まない上に事なかれ主義、担任の本性が少しだけ見えた気がする。
「ちょ、ええ!?何なんですかこれは、どうすればいいんですか私!?こんなはずじゃなかったのに!?」
そして尊の登場で、完全に霞んでしまった転校生のトゥアールは激しく狼狽していた。
さっきまで圧倒的な実力差で勝っていたが、慢心していたせいで逆転されてしまった小悪党のテンプレのように慌てふためいていた。
「あの人って会長の隣にいつもいるメイドさん?」
『毎日手入れは欠かしてないな。いいツインテールだ……』
響輔もそのメイドには見覚えがあった。
慧理那の側近と思しきメイド。
テナーはツインテールの方にしか目がいっていなかったみたいだが。
「皆も見たことがあると思うが、私はこの学園の生徒会長である神堂慧理那様のメイド兼護衛を担当している者だ。しかし、ただ護衛として校内にいるだけではお嬢様が気を遣われるのでな。理事長と相談して非常勤の体育教師を担当することになった。ちゃんと、教員免許は所持している」
メイド服姿の教師など前代未聞である。
この学校の理事長は何を考えているのだろうか。
そしてこの学園はいったいどこへ向かうのだろうか。
子供だけでなく、大人も毒されていっている事態に頭を抱えたくなってきた。
「それにしても、君たちは大人しいな。普通、美人の先生が赴任してきたら騒ぎ立て、スリーサイズがどうだとか彼氏はいるのかどうだとかあれこれ質問するところだろう? 今そういった体験をしっかりこなさなければ将来苦労することになるぞ?」
「ちょっと待って下さい!後から来て何を仕切っているんですか!?ここはまだ私のステージですよ!?」
「まあそう言うな、君はまだ若い。質問される機会なんてこれから先まだまだあるだろう。ここからは私のステージだ、君は譲りたまえ」
「いえ、それは譲れません!この『転校生の質問』というステージは、今日が唯一無二の戦場なんです!」
「…ほう、そうか! その意気込みやよし! 君のような肉食系の女子は嫌いじゃないぞ! ではここは公平に、交互で質問タイムをしようではないか!さあ生徒諸君、誰か質問はないか!?」
そう促されても、なお無言の状態が続く。
『おい響輔、このコントはいつまで続く?』
「知らないし、早く終わって欲しいよ」
『全く、ここは学問を培う場だぞ。
テナーはこの戦場の場にいないからそんな他人行儀な態度が取れるのだ。
表になっている響輔は代われるものなら代わって欲しいと胃がキリキリ痛むのを感じる。
それにこのメイド、いやトゥアールさんにもできれば関わりたくない一心で目を合わせないようにする。
「む…? おお、誰かと思えば、君はツインテール部部長の観束君ではないか!」
「え!?」
そして憐れにも一人目の犠牲者が決まった。
どうせツインテールをガン見していたんだろう。と、そう考える響輔。
「どうしたんだ、私のことを熱い視線で見つめて! あれか、君はあの時、部室で『ツインテールを愛するのに理由はない』といったな。つまりそれは、私の髪型であるツインテールも愛してくれると受け取っていいのかな?」
「(総二君、僕が知らない間に何があったんだ!?)」
友人が知らない間に言い放っていた恥ずかしいセリフを公衆の面前で言い放つ尊。
総二が羞恥で顔を真っ赤にし泣きそうだ。
一方、愛香は爆発数秒前の爆弾のような状態で尊を睨みつけている。
心の音楽からして、愛香さんは僅かな理性でなんとか感情を抑えているみたいだっだが、それも時間の問題だ。
これは心臓と胃に悪すぎる。
「そうかそうか!遠慮する必要なんかないのに、奥手な少年だなぁ君は!ならば君にこれをあげよう!私からのささやかなプレゼントだ」
総二君の席まで歩いて、尊先生は何やら封筒を総二に手渡した。
季節はずれのサンタではあるまいに総ニ君はガサガサと開けると、折り畳まれた紙が出てきた。
「どうだ、嬉しいか?」
「いや…これ、婚姻届って書いていますけど、気のせいですか」
「気のせいではないぞ。君は高校生にもなってその程度の漢字も読めないのか?」
「…既に妻の欄に先生の名前が書いてあるんですけれど、それは?」
「当たり前だろう、夫と妻の名前が書かれて婚姻届は初めて成立するんだ、白紙のままでは渡さんよ。相手に失礼だからな」
「相手って!?」
「君に決まっているだろうっ!!」
おかしい。何か凄くおかしい。言葉のキャッチボールはうまくできているのだろうか?
尊先生は何の迷いもないまま教壇に戻ってジッと構えている。
「君はツインテールが好きなのだろう?ならば私と婚約しても何の問題もないはずだ!君は私のツインテールを好き勝手できる、私は君と結婚したい! 何の問題がある」
自分のツインテールを摘み、尊先生は超理論を熱弁する。
そんな先生――いや、彼の場合ツインテールに総二君はときめいてしまっているが、待て待て総二君。ここで流されてしまってはいけない踏みとどまれ!そこにハッピーエンドはない!!あるのは終焉と悔恨だけだ。
「成立する訳ないでしょうこの年増!総二様は既に売約済みなんです!」
ここでトゥアールさんが乱入してくる。
…もう彼女からは教室に入ってきた時に見せた優等生の空気は微塵も感じられなくなっていた。
「総二様、そんなものさっさと破り捨ててください!誰の許可を取って求婚しているんですかこの年増!総二様と私はねぇ、前世からの婚約者なんですよぉ!!」
そう言ってトゥアールさんは得意げにクラス全体を見渡すが…皆、全くのノーリアクションだ。
「な、何で反応してくれないんですかぁ…普通はもっと騒いだり、黄色い声を出したりするじゃないですか…漫画やラノベではお約束じゃないですか…私の夢見てた学園ラブコメと違うううう。」
ヒックヒックと涙目になるトゥアール。…だって、皆この異種格闘戦の空気とペースに巻き込まれたくないんだよ。だから反応しないんだよ。
「若いな…転校生君。君が若いのは大変羨ましく憎ましいが、それよりも考えが古い! 前世がどうだろうと今恋人がいようと、それは求婚するには何の関係もないんだ!! なぜなら…結婚というゴールは恋人がいようといまいが、全ての人に平等にあるからだ!!」
バーン! という効果音がその言葉と共に聞こえてくるような錯覚がする。
「こ、これが婚期を逃した女の思考回路なんですか…?」
トゥアールさんの動揺で、周りの女子がザワザワとざわめきだす。私もああなってしまうのか、と心配になっているのかもしれない。
そして尊先生は更に語りだした。
「…かつて私もそうだった。恋人がいて、人よりも上だと自負していた時期があった。結婚なんてできて当たり前、そう思っていた…。だがな、恋人に振られ、私には仕事しかないのだと仕事に打ち込み…あっという間に時が過ぎた。私ももう気がつくともう28だ。30という大台まであと2年しか残っていないんだ!いいのか君たちは? こんな三十路射程内にまで結婚できない女、売れ残りの女になってしまっていいのか!?」
「「いやー!!」」
「どうしよう、私彼氏なんていないのに!?」
「い、今いる彼氏と結婚しなきゃ…あ、でも半年もまだある…」
女子たちの悲鳴が響き渡る。
いやいや、君たちまだ社会人にもなってないのに結婚とか短絡的すぎるでしょ。その前に卒業や就活があるんじゃないの?
どうしてこんな結婚観についての話を聞かなきゃならないんだろうか…?
『結婚か……私もそろそろ考えねばならんのかな?』
「えっ!テナーも?」
内にいるテナーも結婚という単語に反応した。
響輔は少しドキリとした。
『
「お、お姉さん?テナー、お姉さんなんていたんだ」
「義理のな──チェックメイトファイブ、歴代唯一の女のキングだ。クィーンの私は彼女と血縁を結んでいる」
テナーのまた新たな真実が明るみになった。
ちなみにテナーのファミリーネームの『オランジュス』はキングの家名であるそうな。
「(でも結婚か……)」
響輔はちょっと想像した。
もしテナーと夫婦になったら……。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
朝、仕事の際見送る時──
「ふははっ!響輔、今日は早く帰れそうだぞ。そんな捨てられた子犬の様な眼差しを向けてくれるな」
休日、どこ行こうか?と提案すると──
「案ずる事はない。貴様は黙って私について来い!」
服、何着るか悩んでいると──
「ならば、私とペアルックだ!なに、恥ずかしがる必要など皆無!お前ならばにあう」
このままでは男として立つ瀬がないので押し倒そうとしたら──
「くっくっくっ…、がめつい奴め。私の方からキスしてやろうか?──人生は短い、だが夜は長い。今宵は寝かさぬぞ♡」
逆にひねり倒されて、唇を──
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
『どうした?突然黙って…。何を想像している』
「──な、なんでもないよ!」
何か、淑やかな主婦や、色っぽい人妻というより、頼れる旦那さんって感じかな?
「────そうだ、私を反面に君たちにも結婚という問題に真剣に考えて欲しかったのだ!!」
そして側から聞いていたが、なんて嫌な教育なんだ。
ここに居る女子の大多数が先生に賛同している。
尊のターゲットが再び、総二へと戻った。
「さて観束君! もう婚姻届は書き終ったかな!?書き終ったのなら私の前に持ってきてくれ!!大丈夫だ安心してくれ、君がこの学園を卒業し、結婚できる年齢になるまでしっかりと私が責任を持って保管しておくから!!!」
何一つ安心できない!
この飢えた婚活メイドは本気だ。
狂気すら感じる尊の行動にいよいよ逃げ出したくなる。
「させるかあああああああああ!」
ついに愛香が我慢の限界と言わんばかりに尊に拳を放つ。
しかし、それを尊は両腕をクロスすることで防御した。
「うおっ!あの愛香さんの攻撃を防いだ!」
「先生!流石にこれはジョークの域を超えています!」
臨戦体勢を崩さず、愛香は抗議する。
だが、そんな抗議、このメイド飢婚者教師には届かない。
「何が冗談か! 私がこれまで配ってきた婚姻届五二六枚、全て本気だ! ただ相手の都合がちょっと悪かっただけなんだ!」
「(いやいや、色々だめでしょうが……)」
というか、会って数分しか経っていないというのにいきなり婚姻届を出される女を結婚したいと思う男がはたしてこの世に存在しうるかどうか……。いたとしたら相当な変わり者か、結婚詐欺を目論む輩だろう。
響輔やテナーの目から見ても目の前の教師の異常な婚活には呆れを感じずにはいられない。
「…さて、男子諸君? 観束君のように婚姻届が欲しいものはいないか? なあに遠慮はいらない、この学校の男子生徒全員分の婚姻届を私は持ち歩いているからな、枚数の心配はしなくてもいいぞ!」
男子生徒全員、受験当日かと言わんばかりに教科書と筆記用具を机に広げ、真面目に授業を聞く体制に入る。
自分は結婚なんかには興味ありませんと猛烈にアピールしている…勿論響輔もその一人だ。
「ふむ…真面目だな。教師として嬉しいが…女としては少し悲しいな」
どうでもいいから早く帰ってくれ!
クラス男子全員の願いが一つになった瞬間であろう。
しかし、そんな時トゥアールが申し出た。
「だったらこのクラスにもう一人ツインテール部に所属している男子ならどうでしょうか?」
ん?何か嫌な予感が…。
響輔は背中に冷や汗が伝わるのを感じ取る。
「紅響輔くんという部員でしてね。その男子なら別にOKですよ」
「(トゥアールさんめ!僕を生贄にしやがったな!!)」
「…おおそうだ、確かこのクラスにはもう一人ツインテール部に所属している男子生徒がいたな!」
尊のその発言が聞こえた瞬間、響輔の心臓が跳ね上がった。
爆弾がこっちに回ってきた!
クラス全員の視線が一斉に響輔の方へ向いた。
響輔は熊に遭遇したみたいに、机の上にうつ伏せとなって狸寝入りをはじめた。
「紅 響輔の席はここです」
生徒の一人がチクリやがった。
どこのどいつだ!こんちきしょう!
コツコツと、あのメイドの足音が聞こえる。
そしてすぐ真上から声が掛けられた。
響輔は死神に肩を叩かれた気分だった。
「やあ紅君、先日ツインテール部に顔を出した際、君だけはまだ挨拶が済んでいないんだ。そう畏まらなくてもよい、頭を上げてくれ、私はただ君に婚姻届を渡したいだけなんだから!」
皆の視線が早く顔を上げろよ!と訴えて来ていると思うが、響輔は全力でうつ伏せとなりシカトを決め込んだ。
ここで気負けしてはいけない。
響輔はあと少しで終わるHRを逃げ切るつもりだった。
尊は中々顔を上げてこない響輔に少しだけ寂しそうに呟く。
「ふむ…シャイなのか。いまどき流行りの草食系男子なのか、紅君は…」
「(あんたから見れば誰だって草食系だ!)」
『いや、この女は肉食というより雑食だ。見境がない』
と、丁度その時、チャイムが鳴り響きHRの終わりを告げた。
「おお、HRが終わってしまったな…」
「終わってしまったな、じゃないですよ!どーしてくれるんですか、年増メイドぉぉ!!」
トゥアールがこの世の終わりのような声色で絶叫していた。
きっとそれは転校生らしく新天地でやるべきことが滅茶苦茶にされての絶叫なんだろう。。
「ふむ…まあいいだろう…また会ったときにでも渡せばいいからな。…ではさらばだ、観束君、紅君!!」
そう言うと、かっこ良く教室を後にしていった。
『嵐の様に現れて、嵐の様に去っていった。何というメイドだ』
「テナー、どうしよう。僕、完全に目をつけられたよ」
『ふははっ、考えてみてはどうだ?それも殿御の甲斐性というものだぞ?』
不安がる響輔をテナーはクックックッ……と笑って楽しんでいた。
□■□■□■□■□■□■
「ああ……!!」
スパロウギルディは冷や汗をダラダラと流しながら、並行世界の移動に使われる艇が置かれているデッキに立ち尽くしていた。
側近として連れてきた白鳥型の怪人、スワンギルディも同じような顔をしており、先日ドラグギルディが倒されたことによってすっかり覇気を失い、救援のリヴァイアギルディが来ることによって彼の心に再び炎を灯してくれるのをスパロウギルディは密かに期待していた。
が、目の前の移動艇の着艦した搬入口は、猛烈な殺気に包まれていた。
既に二軍は到着するやいなや真っ向からにらみ合い、火花をちらしていた。
大将たるの二体はその最もたるモノだった。
「(ス、スパロウギルディ様…これは、止めた方がいいのでは?)」
「(ま、待てもう少し様子を見よう。ともかくあのお二人が手を取り合ってくだされば、鬼に金棒なのだ)」
ヒソヒソと話し合いながら、スワンギルディとスパロウギルディは危険物を取り扱うかのような目で、目の前で繰り広げられている事態を静観する。
片や海竜の戦士が率いる軍団、もう一つは海洋の戦士が率いる軍団。
後ろに控えている部下たちも同じように睨み合っている。
それがデッキ全体を支配しており、スパロウギルディとスワンギルディはどうすればいいのか分からずに、ただ立ち尽くしているのが精一杯だった。
互いの軍の大将がその最たるものだ。今にも戦いが始まりそうなほど、緊迫した状況が展開されている。
細身な身体つきで精悍な顔つきとは裏腹に、全身から無数の触手を生やしているのは
対するはまるで人魚みたいに股間から巨大な一本の触手を生やし、身体は筋肉質で顔が厳つい海竜型の怪人──リヴァイアギルディ。彼は
巨乳と貧乳、水と油のように相反するこの2人。
流石にこれ以上静観するのはマズイと感じたのか、スパロウギルディが火中に飛び込むような覚悟で、二人の間に入る。
「クラーケギルディ様にリヴァイアギルディ様!双方の部隊がこの世界に来てくれるとは…大変光栄であります!!」
これ以上ないという程、美しい敬礼で歓迎するスパロウギルディであったが、両の大将の反応は薄い。辛うじて 反応したのはリヴァイアギルディであったが、不機嫌そうに顔を滲ませる。
「…首領様の命令は絶対だからな。まあ、この増援にかこつけて、どこぞの能なしな軍団がいるらしいが…まあ、やり遂げてみせようさ」
誰がとは言わないがな、とクラーケギルディをチラリと見るリヴァイアギルディ。
言葉こそ交わしてはいないが、その発言は誰に向けて言い放ったかは言うまでもないだろう。
「言ってくれるな、それはこちらの台詞だ!侵略する世界では何度も情けをかけ、
「お前こそ時代錯誤の騎士かぶれが一段と増したみたいだな。部下にマントをはおらせるそのセンスがもう古くさいぞ」
「お言葉ですがリヴァイアギルディ様!このマントは我々が──……」
リヴァイアギルディの挑発に、クラーケギルディ側の部下が反論しようとするも。
その部下を手で制し、クラーケギルディはぎろりとリヴァイアギルディを睨みつけた。
「…とにかくだ。私の部下達が妙な影響を受けぬようでしゃばりは慎んでもらいたいものだ…
「何を!?」
今度はリヴァイアギルディが怒鳴り声をあげる部下を黙らせた。
「時代遅れとはまさにこのことだな。ツインテールに似合う胸囲は既に貧乳ではない…巨乳だ! 石器時代のような刷り込みに支配されている貴様らこそ、憐れとしか言いようがないな!」
「「…!」」
海竜と海洋の戦士は互いに目を見開き、叫ぶ。
「
「
ビリビリビリィィィッ!!!
互いの叫びはぶつかり合い、強烈な炸裂音と衝撃が走る。
その激突で大気は震え、周囲の壁が軋みを上げる。
そしてデッキの上にある照明がパリンと割れた。
「…ふん、実力は衰えてはいないようだな」
「…ああ、貴様こそな」
今の一瞬の間で、二人にしか分からない激突があったらしい。
「まあいい、下品な貴様らがどれだけできるのか…この目で見定めてやる」
「…ぬかすなよ、クラーケギルディ。俺たちの部下はそう弱くはないぞ?」
その光景にスパロウギルディは震えた。
これはいけるかもしれない、と。
打倒、ツインテイルズも不可能ではないかもしれない、と。
今、胸を愛する者たちによる、新たな侵略が始まろうとしていた。
□■□■□■□■□■□■
「ハッハッハッ!やっぱりか、やっぱり衝突しちゃったか!」
『わ、笑い事ではありません。死ぬかと思いました』
「部隊長のいざこざを傍観した程度で死なれちゃったら、アンタは
出迎えが終わったあと、スパロウギルディは非常回線を使い、サキュバギルディに今日の一報を伝えていた。
サキュバギルディは面白おかしく笑っていた。
「でも、私も見たかったわね~。あの両軍が睨み合う様を──そしたらもっと焚きつけたのに……」
『バカを言わないでください!』
サキュバギルディが言うと冗談には聞こえない。
このエレメリアンは煙のない、火のない所を爆破して山火事にして楽しむタイプだからだ。
「さて、もう歯止めは効かないわね。ドラグギルディ、タイガギルディの部下達も、もう自由に挑んでいいわよ」
『な、何を言っているのですか!?消耗戦になってしまいますよ』
特に気にする様子もなく、サキュバギルディは戦わせる事を促す。
ドラグギルディとデュラハンギルディが倒されたことに覇気を失っている今、二人をを倒したツインテイルズに無闇に挑むなど自殺行為に等しいとスパロウギルディは言う。
「逆に考えればツインテイルズはいい『フィルター』だからぁ。いくら奴らが相手でも怖気付いたり、そう簡単にあしらわれるようじゃあ困るしぃ、正直そういう部下は──」
そしてひと呼吸おくと、血の通わない冷酷な低い声で答える。
「要らないな──せめて善戦くらいしてくれないと」
スパロウギルディはサキュバギルディのこの声を聞くと、心臓が止まりそうになる。
──マジだ。
役に立たない部下が目の前にいたらこのエレメリアンは容赦なく、顔色一つ変えることなく殺すだろう。
ゴクリッと飲み込む唾が石ころと錯覚するほどの緊張が全身に走る。
「ま、吉報を待つことにするわ。報告ご苦労様、スパロウギルディ隊長殿」
それだけ言って、電話を切ると自室のソファーに寝転がる。
「ま、デュラハンギルディは
三獄将──