堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

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 何故か思ったより早く書き上げられました。
 既にキャラ崩壊してる感じですが御容赦を。一巻分書き終えたら全体的に追記修正するかもしれません。


第一章二節 迎撃

 

 

 

 周りが全て黒に塗り潰されたと思ったら、今度はいきなり水面に叩きつけられ鼻と口に水が流し込まれる。

 水面に出ようともがくと、(あさ)()だったのか意外にもすぐに顔を出すことができた。

 数度咳き込んだ後、何が起こったのか確認するため周囲を見回し、数瞬思考が止まる。

 小高い丘。

 木造の簡素な屋根と柱ある素通しの建物。

 緩やかな(けい)(しゃ)地形の開けた空き地。

 その周りを囲む青々と(しげ)った深い森が見えた。

 最初は血が流れすぎていて分からなかったが、水だと思っていたソレは温かく、微かに()(おう)の臭いが香る。

 ここは(とう)()場なのか。

 いや、それよりも、

 

()()()()

 

 それだ、あの血のような赤ではない。

 フリアエ、【封印の女神】であった妹が死ぬ前の色だ。新たに女神を探し出せたのか。否、ドラゴンの襲来でそれどころではなかったはずだ。それにここは()()だ。(てん)()したのだとしても自分にそのような能力は無い。唯一可能性がありそうなのは神官長(ヴェルドレ)くらいだが、あの自己保身の塊が己を置いて他者にその様なことをするはずがない。

 

「…っ」

 

 湯が傷に()み、思考の底へ落ちていた精神が引き戻された。

 体を引き()りながら()うように板張りの床へ上がり、座り込む。

 大きく呼吸を一つ、二つ、三つ。

 現状は分らない事だらけだが危機を脱し命を(つな)いだ。

 ならば傷の応急処置をしようとした時、人の気配を感じてそちらに視線を送る。

 その先には四、五人ほどの若い男女がこちらへ向かって来るのが見えた。

 まず、目に入ったのが女共の格好だ。

 踊り子にしては(せん)(じょう)的過ぎるし、娼婦にしては小綺麗過ぎるそれは民族衣装か何かだろうか。

 次に男。こちらは額に呪符のような物を貼り付け、見たこともない衣装を着ていた。

 おそらくは女共と同じ民族衣装なのだろうが、見比べると何処と無く場違いな印象がある。

 念のため剣を持ち、警戒しながら立ち上がる。

 

「¢£、%#&*?」

 

「………§∃∬∇∋∝∠∑¢¥§◎⊂∧⊥」

 

「∋⇔≡℃@%☆〒∧⊂⊇▲」

 

「☆§@*&#%£¢$¥℃⊇∋∩⊆、∨」

 

「≦¢§∝∵‡Å◆$&¥℃*!∈¬∀∂¢@△§§¢!」

 

 こちらに問いかけたり話し合ったりしているが内容が分からない。

 連合の共通言語ではないし、帝国のダニ共を殺すために各地を転々としていた時に聞いた原住民の言語とも響きが(こと)なる。

 眉を(ひそ)めて相手の出方を見ていると馴れたな気配が一つ、金髪の女から自分の方へ明確に向けられていた。

 

(ああ…そうか………()()()()()()()()

 

 それを認識した瞬間、意識が、思考が、一色(ソレ)に染まってゆく。

 元々ごちゃごちゃ考えるのは好きではない。

 ならば単純な方を選ぶ。

 (わず)か数十秒ではあるが、体を休めることが出来たので気休め程度には手足に力が戻っている。

 全快にはほど遠いものの、ほぼ()()のこいつ等を殺すには充分だ。

 両手で剣を握り、何時ものように構える。

 こいつ等が俺に害を成そうとするのなら、殺し終えてから傷の治療をするとしよう。

 

 

━━━生き残る為に(殺し尽くす為に)

 

 

 

 奴等()に向かって一歩、踏み出した。

 

 

 

 

 

 両者にとってこの時は本当に()()()()()()としか言い様がなかった。

 カイム側は相手との意志疎通が出来ない上、つい先程までドラゴンと己の生存を賭けた【殺し合い】をしていた。

 (ゆえ)に、その時の思考と興奮が()めきってはおらず、傷の手当てが終わった頃か最悪カイムに()()()()()()を向けなければ小娘一人の()(せつ)なソレを(うっ)(とう)しそうに無視していたはずである。

 ハリガン側、もといユウキ側も(つね)(づね)男を見ると「殺す」や「追い出す」と叫び敵意や殺気を隠そうともしないが、こちらも普段ならこれ程()()()()()に向けはしない。

 その脳裏に(よぎ)るのは最初に落ちてきた【男】。

 出会い頭に敬愛しているハリガンの胸を揉みし抱き、自分の触れられたくない部分にズカズカと踏み込んできたナーガという【男】。

 さっさと殺すか森の外へ追い出したかったが、何を思ったのかハリガンはこの男を(やしな)うと言い出した。

 先の集まりでも真っ先に、そして最後まで反対していたのだが結局はハリガンに押しきられてしまい失意の底へと落とされてしまう。

 そして出会った時から胸の内に溜まり続けているナーガ()への(うっ)(ぷん)もそれに比例して大きくなっていった。

 その直後にまた男(コレ)である。

 (いく)ら魔女と言えど、感性豊かな十代の少女が無意識とはいえ明確な敵意と殺気(八つ当たり)をカイムへ向けてしまったのは仕方ないことだった。

 (かさ)ねて述べるが、カイムもユウキもお互いの状況下で当然の反応と態度をしただけで、それらが悪い方向に噛み合ってしまっただけの事である。

 この時は本当に、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

(ふむ………とりあえず、レラに通訳の呪符を作ってもらうか)

 

 そう判断を下し、あらためて男を見る。

 ナーガの同郷の者かと思っていたが、()殿(どの)に現れた異世界の男は顔つきも身に付けている物もこちらの世界の男に近い。

 年の頃は吾と同じか少し上くらいで鎧も衣服もボロボロ、体の至るところに裂傷と火傷を負っていた。

 試しに話しかけてみたが反応が無いところを見るに通じてはおらんのだろう。

 仕方なくレラに指示を出そうと思い視線を男から外そうとした時。

 

(ん?…今、笑った?)

 

 男の口が一瞬、弧を(えが)いたように見え再度注視する。

 すると男は剣を両手に持ち右脇へと構えた。

 

「まて、妙な真似をするな」

 

 警告とともに手で制止をかけるが止まらず、男が一歩を踏み出した瞬間。

 

 

 

━━━身が(すく)んだ

 

 

 

 後ろから娘達のか細い悲鳴があがり、ナーガも「おいおい…」と平静を(よそお)う様に軽口を叩いているが、その声色から()や汗を流しているのが手に取るように分かる。

 

(無理もない)

 

 頭の片隅でまるで他人事のように思考する。

 吾自身も十年近く前線でカサンドラ軍や教会の討伐隊と戦い続けており、奴等から敵意や殺意、(おん)()等は嫌というほど向けられてきた。

 慣れきっているはずの悪意(ソレ)は初陣した時に感じたそれの比ではない。

 ここまで純粋に、ここまで真っ直ぐに、殺意を向けられたのは初めてだった。

 体が竦み、内側から恐怖が全身に(めぐ)るのとは逆に男の目に釘付けにされる。

 前髪の隙間から見える青い瞳は、その色彩とは真逆に泥沼のように(にご)り狂気に()れてはいるが、その奥には確固たる光を(ない)(ほう)していた。

 決してナーガの瞳にあるような(まばゆ)いものではない。むしろ地べたを這うように薄汚れてすらいる。

 だが、確かにその光は、

 

(…しまった!)

 

 意識を()いてしまったせいで男に自分の間合いまで入り込まれ、先制を許してしまった。

 降り下ろしてきた剣に対し、瞬時に髪の一束に魔力を通して【鞭】のように振るい、(はじ)き飛ばそうとしたが。

 

(なに!?)

 

 弾くどころか、当たらない様に()()()事しかできず、髪の束も半分ほど切断された。

 吾の髪は魔力を通せば一本でも鉄並みの強度となり、質の悪い剣ならば今の攻防でへし折ることも容易である。

 余程良い素材を使っているのか、それともこの男の技量か、あるいはその両方か。

 男が舌打ちをしながら流れた剣を斬り返そうとした瞬間、

 

「姉様!」

 

 (こう)(ちょく)が解けたアイスが横から不意打ちに蹴りを見舞う。

 男も斬り返すのを止め剣の腹で蹴りを受け止め、きれず(よこ)(ざま)に吹き飛んだ。

 この娘の魔法は肉体の劇的な【強化】。

 魔力で強化されたアイスの肉体はもはや人外に(ひと)しい怪力を発揮する。

 男は2ヤルド(約5.4メートル)程飛ばされ()()()を踏みながら着地する。

 アイスの怪力を見れば恐怖の内に()(しゅく)して逃げ出すのが普通だが、男は(いま)(いま)しそうに顔を(しか)めるだけで恐怖が()(じん)も浮かんでいない。

 

「…っ!」

 

「やめよアイス!(ふか)()いをするな!」

 

 剣を構え直した男に言い様の無い危機感が()もり制止を掛けるが、アイスはそれを振り切り追撃のために距離を詰める。

 首を断とうと男が剣を薙ぐが、アイスは身を屈めて剣を掻い潜った。

 

「ぁが!?」

 

 だが、避けた先で待っていたのは膝蹴りの強襲だった。

 肉体の()()()()()()()()この娘でなければ顎を砕かれ、そのまま首をへし折られていただろう一切の(ちゅう)(ちょ)の無いそれはアイスの顎を体ごとかち上げる。

 そして、死に体となり無防備になった腹へ先の仕返しとばかりに蹴りが打ち込まれた。

 先程とは逆にアイスが吹き飛ばされる。

 受け身をとり咳き込みながら立ち上がろうとするが、頭を揺らされ酔ってしまったのか蹴られた所を押さえながら膝立ちになった。

 

「アイス!」

 

「アイス!この、死ねぇ!」

 

「加勢しま、す!」

 

 ユウキが【風刃】で、レラが【呪符の炎】で攻撃を加える。

 男は剣を盾に直撃を防ぐも、防ぎきれなかった肩や脚は切り裂かれ焼け焦げた。

 

(…?)

 

 妙だ、直撃ではないにせよ二人の魔法を受けたにしては傷や被害が()()()()

 何故と、それを見極めようとした直後、男の片膝が落ち地面に手をつく。

 殺意に気圧されていて忘れていた。吾等がここに着いた時には男はすでに満身創痍だった。

 元の傷に加え、新しくできた傷からも血が(したた)り落ちて足下には幾つもの血痕ができている。

 荒くなっている呼吸からも男に限界が来ているのが見てとれた。

 

「これで!」

 

 止めとばかりにユウキが風刃を放つ。男の方も最後の悪あがきをするかのように掌を前へ突き出した。

 何を、と訝しむのもつかの間、掌から【魔力】が漏れ出し火が灯る。

 それは瞬く間に歪な【火球】となり射ち出した瞬間、風刃を相殺した。

 

『………』

 

 ここにいる全員が絶句していた。

 なぜ男が。魔力を有するのも魔法を行使出来るのも、血を継ぎ、力に目覚めた吾等(魔女)にしか出来ぬはずだ。

 

(……いや、この男もナーガと同じく異世界から来たのならこちらの常識など(あて)にはならんか)

 

 まだ混乱している頭を無理矢理納得させ男に近寄る。

 至近距離で相殺したせいで剣を離し後ろに倒れてはいるが意識はあるらしく、頭だけを(わず)かに起こしこちらを睨み付けている。

 こんな(ざま)になろうとも瞳に光を宿したまま(諦めも絶望も恐怖も無く)、まだ(あらが)おうとしている。

 

(こやつは…)

 

 そんな男に呆れを通り越して、(かん)(たん)を覚えてしまう。

 

「本来なら殺しているところだが……お主には聞きたいことがある。寝ておれ」

 

 そう呟き、歯を食い縛り体を動かそうとしている男の側頭部を拳程の大きさに束ねた髪で強打する。

 今度こそ意識を失った男を尻目にアイスに問いかけた。

 

「アイス、立てるか?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 無事を確認し、次の言葉を告げるより早くユウキが口を開いた。

 

「ハリ姉!はやくこいつを殺さないと!」

 

「その事なのだがな………このままこやつを捕縛する」

 

 それを告げた瞬間、娘達から()(なん)の視線が殺到した。

 

「なに…言ってるの?わたし達こいつに殺されそうになったんだよ!?」

 

「今回はユウキが正しいで、す!」

 

 感情をせき止められなくなったのかユウキは怒鳴り散らすように反論し、レラもそれに同意する。

 アイスは何も告げはしなかったが眉間に皺を寄せて睨むようにこちらを見つめてきた。

 

「そなた達の気持ちは分かる。しかし吾もこやつに幾つか聞く事ができた」

 

「目を覚ましてまた襲ってきたらどうするのよ!?」

 

「その時は吾が責任を持って殺す」

 

「だからって…」

 

 そう言って(うつむ)くユウキの頬に触れる。

 

「すまない、だが「…らない」ユウキ?」

 

 言葉を遮り、ユウキが顔を上げた。

 目尻に涙を浮かべ、怒りと悲しみが()()ぜになった顔をこちらに向けて言い放ってきた。

 

「もうしらない!ハリ姉のことも!そいつ等のことも!全部どうなってもしらない!」

 

 そう言うと吾の手を払い、砦に向かって走り出す。

 

「わたしも失礼しま、す」

 

 レラも短く拒絶の言葉を残すとユウキの後に続いて去って行った。

 

「追わなくていいのか?」

 

「…今の吾にあの娘等を追う資格は有りはせんよ。それより、そうやって石を持っているのなら加勢くらいしてくれても良かったのではないか?」

 

 そう問いかけると、ナーガは手の中で(もてあそ)んでいる石を地面へ放った。

 

「ヤバくなりそうなら使ってたさ。お前さん等に取り上げられた得物でもあれば話しは別だが、下手に首突っ込んで標的にされたくなかったしな」

 

「なるほど。…アイス、これは吾の(わが)(まま)だ。そなたも異が有るのなら先に戻っていてくれて構わん」

 

 最後に残ったアイスにそう問いかける。

 今回の件は全て吾に非がある。魔女としても、一族の長としても。

 それでも勘が(ささや)きかける。「この二人は必要だ」と。

 一人は吾等の存在をありのまま受け入れ。もう一人は吾等に最後の最後まで諦めず抗い続けた。

 そして、何より両者とも魔女を欠片も恐れてはいない。

 この男等をこちらに引き込めたのなら、ただ緩やかに滅んでゆくだけだった今の現状を打破し、魔女の未来を掴む切っ掛けになるやもしれないと直感したからだ。

 

(それも叶わず、こやつ等が吾等の害となるのなら………)

 

 殺す。どんな手を使ってでも。

 そう覚悟を決め、改めてアイスを見る。

 未だ(けわ)しい表情を崩さず、こちらを見つめていたアイスはやや間を置いてこう切り出した。

 

「姉様、正直に答えてください」

 

 嘘も誤魔化しも許さないと、その声色は伝えてくる。

 

「彼等は【必要】なのですね?」

 

「そうだ、とははっきり言えぬ。強いて言うなら【勘】だ。こやつ等が吾等魔女の何かしらの切っ掛けになるやもしれない。ただ、そう思っただけだ」

 

 こちらも目を()らさず本音を伝える。

 見つめ合い、先程よりも間を置いて、

 

「………分かりました。とりあえず空き部屋に彼を運んで傷の治療をしましょう。姉様は剣をお願いします」

 

 折れたのはアイスだった。

 目を伏せ息を吐き出し、気持ちを切り替えて男を担ぎ運び出した。

 

「すまぬ」

 

 一度だけそう謝り、落ちている男の剣を拾おうとして、手が止まる。

 こうやって近くでまじまじと観察してみるとその(まが)(まが)しい気配がよく分かる。

 

(これは……呪いか?)

 

 もしくはそれに準ずる【ナニか】が憑いているのだろうか。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようで。

 

(まさかな…)

 

 小さく(かぶり)を振り両手で剣を持つ。大きさに比例して重いそれに少し顔が引きつる。

 あちらこちらに血糊がつき(いた)んでいる剣は持ち主にそっくりだった。

 

「ハリガンまだか?アイスが行っちまうぞ」

 

「あぁ、いま行く」

 

 ナーガに()かされ砦へと戻る。

 その後は空き部屋に男を放り込んで治療を施すと目が覚めるのを待った。

 そして、次に男が目を覚ましたのは日が落ちた夜更け前の事だった。




 カイムがあっさり負けた事には話の都合上仕方なしと思って下さい。
 次話は恐らく来月になると思います。

 また次回お会いしましょう。

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