堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

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 お待たせして申し訳ありません。
 先月中に書き上げようとしたのですがプチスランプにでもなったのか書いては消し書いては消しを繰り返していました。
 前話の前書きで書いた通り今回なんとしても序盤の戦闘シーンまで入れようとした結果、こんな有り様になりました。
 また、今話の冒頭にカイムの魔法に関する作者の自己解釈と捏造がありますのでお気をつけ下さい。


第一章六節 開戦 (編集中)

 

 

 広場に着くまでの間ハリガンとナーガは魔法講義に花を咲かせていた。

 

「へぇ、だがカイムは服や鎧を着たまま火の玉を出したよな?今のあんたの話とは食い違ってないか?」

 

「確かにそうだな。だがあやつもそなたと同じく異世界から来たのだ。昨夜に少しその話をしたのだがどうやら吾等の魔法とは根本から異なる様でな。もしかしたら名称や使い方が似ているだけでまったくの別物の可能性もある。吾としてもその辺を詳しく聞きたいのだが…」

 

 二人してこちらへ視線を寄越してくるが無視する。正直「知るか」と言ってやりたいが知識欲を刺激されているこいつ等にそんなことを言っても無駄だろう。さらにしつこく追究してくるに違いない。

 

「なぁカイム、これから一緒に戦うんだ少しくらい手の内を教えてくれてもいいだろ?」

 

 などと思っていると痺れを切らしたナーガがこちらへ踏み込んできた。もう何か答えなければ広場に着くまで延々と問われ続けるかもしれない。

 

(適度にはぐらかすか)

 

 そう方針を決め頭の中で開示する情報の取捨選択をする。何故戦う前にこんな気疲れをしなくてはならないのか。この鬱憤はカサンドラの奴等に晴らすとしよう。

 

「…先に言っておくが魔法に関して俺は半人前に毛が生えた程度だ。知識にしても基礎と簡単な応用しか知らない」

 

「半人前?ユウキとレラの魔法を防いでおいてか?その言い草はあやつ等だけでなくそなた自身をも貶めることになるぞ」

 

 俺を責めると言うよりは卑下するなと嗜める口調でハリガンが口を挟む。

 

「事実だ。魔法を【使える】事と魔法を【使いこなせる】事は違う。俺は前者、お前等は後者だ」

 

「………」

 

「あいつ等の炎や風を防いだ時も魔力を鎧の様に纏って被害を軽減しただけだ。俺がいた世界では魔法防御の基礎であり身を守るための最終手段でしかない。…使った火球とて射ち出すことしか出来ない」

 

 更に厳密に言うならブレイジングウィングは俺の魔法ではない。あれは“この剣の魔法“だ。

 俺の使える魔法は大まかに二つ。対象に魔力を付加させる【エンチャント】。そして付加させた魔力を放出する【バースト】。どちらも魔法と言うよりは魔力操作の意味合いが強い。

 

「魔力とやらを鎧にか……。それって弓矢にも効果があるのか?」

 

 ナーガが疑問を口にする。

 

「込める魔力の密度にもよるが気休め程度だ。精々刺さる矢尻が浅くなるぐらいか」

 

 答えを聞いたナーガは何か考える様に黙りこむ。

 一方ハリガンは、

 

「やはり魔法の……その発想が…ならば………」

 

 既に顎に手を当て完全に己の思考に埋没していた。昨夜も思ったがこの女はどこか学者気質な所がある。

 

「…お喋りはここまでだ。広場に着くぞ」

 

 広場が見えたので話を切る。俺の言葉に二人は思考を切り替え広場へと足を進めた。

 

 

 

 ハリガン、カイムとの会話を終え広場に着くと昨日顔合わせした魔女達の殆どが集まっていた。

 

「………数人顔が見えぬが集まっておるな。まだ戻っていない娘達にはこの砦に詰めていてもらう。今回はここにいる吾等と一の砦に詰めている娘等でカサンドラ軍を迎え撃つ。アイス、ケイ、すまぬがこやつ等の剣を倉庫から取ってきてくれ」

 

 ハリガンの指示に魔女達が頷き、頼まれたアイスとケイと呼ばれた魔女は倉庫へ向かう。

 

「あ、あの、姉様……今回のカサンドラ軍は二百人の部隊なんですよね?私達だけで大丈夫でしょうか?他の砦に詰めているイクシーヌ達も呼び戻した方が良いのではないですか?」

 

 まるで栗鼠のようにおどおどした魔女がおずおずと意見を出してた。

 

「いや、坂や砦を突破された場合を考えると被害を抑えるために後詰は必要だ。少々厳しいが吾等だけで向かう」

 

 ハリガン達がそんな話をしている間、何と無しに辺りを見回すと端の方に十にも満たない幼子が三人。やはりと言うか幼くとも魔女だからか際どい衣装を身に付けており年齢も相俟って危険な感じがする。

 

「なぁ、あの子等も戦場に出すのか?」

 

 まさかとは思うが念のため確認をとる。

 

「流石にあやつ等は留守番だ」

 

 ハリガンはそう答えると幼子達に近づき、

 

「数日で戻る。ランジュ達が戻って来たら言うことを聞いて大人しく留守番しておれ。それとあやつ等に言伝てを━━━」

 

 留守番を言い聞かせ始めた。年齢差もあって姉妹と言うより母娘にしか見えない。幼子達も馴れているのか素直に頷いている。

 

(………?)

 

 その内の一人がこちらにチラチラと視線を寄越してくる。正確にはカイムにか。視線を向けられている当人は気付いていないのかぼんやりと景色を眺めている。俺達が森に行っている間にでも顔合わせをしたのかと思っていると。

 

「リュリューシュ!ちゃんと話を聞いておるのか!」

 

 流石に気付かれハリガンの雷が落ちた。

 そんなやり取りを見ているとアイスとケイが戻って来た。

 

「お待たせしました。はい、ナーガさん」

 

 アイスから剣を渡され軽く状態を確認した後、腰の帯に差す。その瞬間安心感と安定感が胸の内に湧く。

 

「やっぱりこの剣が無いと落ち着かないな。……剣?…いや違う、剣は剣でもこれは確か…」

 

 頭の中の靄がほんの僅に晴れて行くような感覚と共にこの武器の名が浮かび上がってきた。

 

「…刀。そう刀だ!」

 

「その剣はカタナという名前なんですか?」

 

 目の前で聞いていたアイスが疑問を口にする。

 

「名前と言うか剣の分類と言うか……まぁこんな形をした剣を刀と言うんだ」

 

「そうなんですか?……もしかして記憶が戻りましたか?」

 

「ん?………駄目だなこの刀の事しか思い出せない」

 

 刀の事を機に記憶が戻るかと思ったが相変わらず記憶の中は靄に包まれていた。その事実に少し落胆してしまう。

 

「そんなに気を落とさないで下さい。そのカタナの事も思い出せたのですから時間ときっかけさえあれば全て思い出せますよ」

 

 そう言ってこちらを気遣うようにアイスが微笑む。

 

「あぁ、ありがとなアイス」

 

 礼を言い気持ちを切り替える。うじうじしていたら勝てる戦も勝てない。まして今回はこちらが劣勢だ。アイスの言う通り思い出すまで気長に待とう。

 

「よし準備は出来たな。一の砦に向かうぞ!」

 

 ハリガンの方も幼子との話が済んだらしく全員に号令を発し、魔女達もハリガンに返事を返して広場から一斉に走り出した。

 

「走って行くのかよ!馬に乗らねぇのか!?」

 

 俺とカイムもハリガン達に続いて走り出す。てっきり馬か馬車で向かうものだと思っていたのだが。

 

「昔は砦にもいたのだが飼育に手間が掛かるし、野性は飼い慣らすのにも時間がいる。今の吾等にそんな余裕はない」

 

 ハリガンがそう返してきた。確かに一理あるがこれじゃ戦う前に疲ちまう。

 先程まで森の中を散策していたがこの森はかなり深い。走り続けても目的の砦まで一刻二刻は掛かるんじゃないだろうか。

 

「一の砦とやらに着くのにどれだけ時間が掛かるか知らねぇがカサンドラってのはもう来てるんだろ?到着したはいいが陥とされてたじゃ笑い話にもならねぇぞ」

 

「そこは安心しろ。奴等も吾等相手に何度も痛い目に遭っているから砦を攻めるときはことさら慎重になるのだ。それに自分達から仕掛けなければこちらも手を出してこない事も知っておるしな」

 

 例え倍の数で来ようと今日は砦と周辺の偵察程度で本格的に攻勢に出るのは明日だとハリガンは説明する。それならばこちらも色々と準備が出来るか。

 

「今回はそなたや病み上がりのカイムに会わせて走る。しっかりついてまいれ」

 

 気遣いと試すような言い種に対抗心が湧く。いくら魔女達が健脚だろうと女に負けるつもりはない。

 だがハリガンの次の言葉に、

 

「まぁ、この速度なら砦に着くのは……半日後か」

 

 俺は耳を疑った。

 

 

 

 予想通り吾等が砦に着いたのは半日後の深夜過ぎだった。

 初夏の為夜の気温もそれほど低くなく夜風が火照った体には心地良い。

 森を抜けると大断崖と森の間に僅に開けた土地があり、一の砦はその場所に造られている。その砦の門前で吾等は門が開くのを待っていた。

 

「ぜぃ…はぁ……カサン、ドラ…の……奴等、に…はぁ、勝ったら……絶対に、馬を…ぜぃ…奪ってやる……」

 

 額にうっすらと浮いた汗を拭っていると後の方でナーガが手を膝に突き息も絶え絶えに大粒の汗を地面に落としていた。

 

「これしきで音をあげるとは。ユウキではないが惰弱ではないか?カイムを見よ、まだ余力があるぞ」

 

 途中何度か小休止しながら砦までやって来たが休む度に息を切らしているナーガをユウキはここぞとばかりに罵っていた。

 

「俺が…惰弱なのは…はぁ…百歩譲って、そうだとしよう。だが、カイムは…おかしいだろ!ぜぃ……あいつ、は死にかけだった…はずだぞ!?」

 

 そういえばと、ナーガと違い何も言わず淡々黙々と走っていたためあやつが怪我人であることを忘れていた。

 あらためてカイムを見る。疲労具合は吾等とナーガの間くらいといったところか。流れる汗や僅に乱れた息遣い以外特に変わった所は見当たらない。傷の痛みを感じていないのか、それすら無視しているのか判断がつかないが何も言ってこない辺り大丈夫なのだろう。

 

「ならば尚の事、己を鍛えるのだな。次は置いて行くぞ?」

 

 そう言い終わると同時に砦に詰めていた双子の魔女リンネとリンナが門の閂を外して門を開けた。吾を先頭に中へ入って行く。

 

「ふぅ……最前線の砦という割には簡素だな」

 

 入って来たナーガが中を見回しぽつりと感想を口にした。それはそうだろう。吾等がいた三の砦よりも二回りも小さく、最低限の物しかないのだから。

 人間達の砦のように石造りの城壁ではなく背が高めの木柵で回りを囲み、内側には木造の居館が一つと倉庫が幾つか、後は崖を見下ろす為の望楼があるだけだ。木偶人形を出し入れするために前後の門だけは不釣り合いに大きいが。

 

「カサンドラ軍はどうしている?」

 

 現状をリンネ、リンナに聞く。

 

「斜面の下で夜営しています。登ってくるのは夜明けだと思います」

 

「いまクゥが望楼で見張っています」

 

 それぞれ報告をするがいつも通りか。

 

「あの、姉様」

 

「男の人は一人じゃなかったんですか?」

 

 二人の視線がナーガとカイムに向く。そういえば伝書鳩で知らせたのはナーガだけだったと思い出す。

 

「あの後もう一人増えたのだ。色々あって連絡を寄越す時間が無くてな。こやつがナーガ、後にいるのはカイム・カールレオンと言う」

 

「初めましてリンネです」

 

「リンナです」

 

「俺はナーガ、よろしくな」

 

「…カイムだ」

 

 挨拶を交えた後、二人は物珍しそうにナーガとカイムを見ている。そもそも男をこんな近くで見ること事態稀有であり、それが異世界から来たとなれば二人の好奇心をくすぐるには十分だろう。

 

「なぁハリガン。あれに登ってもいいか?」

 

 そうこうしている内にナーガが望楼に指を指し聞いてくる。先程まで息を切らして疲れていたのが嘘のようだ。

 

「かまわんよ、後からついてまいれ。…アイス達は“あれ“を出して置いてくれ。終わったら各々日の出まで体を休めておれ」

 

 アイス達に指示を出して望楼へ向かう。

 向かう途中でユウキの姿が見えないことに気づいたがおそらく着いたと同時に居館か倉庫にでも隠れたのだろう。

 困った娘だと思いつつもそうなったのも半ば自分のせいでもあり強く言えない。

 レラとリンネ、リンナ、ナーガとカイムを連れて備え付けの梯子を登る。途中で「おぉ!」とナーガの声が聞こえたが何か見えたのだろうか。

 上部の見張り台に着くとクゥがいる最前の手摺まで移動した。

 

「姉様」

 

「遅くなった。どうだ?」

 

「あそこに」

 

 クゥが指し示した先にはカサンドラ軍の夜営の明かりが見えた。

 

(やはり多い。あれだけの数となると…木偶人形を一体使い潰さねばならんか?)

 

 数に限りがある木偶人形を使い潰すのは痛いがあの数ではそうも言っていられない。

 

「へぇ、あんな深い森だからてっきり低地か盆地だと思っていたが、こんな高所だったのか」

 

 いつの間にかクゥの隣に立ち驚きを含んだ声でナーガ大断崖を見回していた。更にその隣にはカイムがカサンドラ軍を観察するように眺めている。

 

「驚いたか?吾等魔女が少人数で人間共を押し返せていたのはこの地形のおかげでもある」

 

 ほぼ垂直に約150ヤルド(約400メートル)もの高低差のある断崖絶壁。唯一ここまで登れる場所は砦の正面にある小山を半分崖に押し付けたような樹木すら生えていない斜面だけ。それ以外は左右に数リーガ(数キロメートル)もある岩壁が連なっている正に自然の城壁である。

 

「月明かりしかないから細部は分からんがこの立地は……成る程成る程、確かに【これ】なら軍隊なんぞ半分しか機能しないな。これといった遮蔽物も無いし上を取っているから迎撃面でもこちらに利がある…と」

 

 腕を組みナーガが納得したように見下ろす。その目には何時ものおどけた様な雰囲気はなくどこか冷酷な鋭利さが宿っていた。

 

(こやつ…)

 

 カイムもそうだがこの男も内側に何かしら持っているのかも知れない。それが吾等にとって吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが。

 

「貴方が、ナーガ?」

 

 そんなことを考えているとクゥが隣にいるナーガに声を掛けた。

 

「ん?…あぁ俺がナーガだ。でこっちが━━━」

 

 先程と似たような挨拶が交わされる。クゥに声を掛けられた瞬間ナーガの目は何時ものおどけたものに戻っていた。

 

「ちょっと、待ってて」

 

 そう言ってクゥが手摺から離れ、部屋の中へ入って行く。おそらく体に掛けるための布を取りに行ったのだろう。

 それを見送った後、ナーガとカイムを編成したカサンドラ軍の迎撃計画を練る。

 

(一番安全なのは木偶人形で蹴散らしてからあやつ等に討ち漏らしを狩らせる事だが、それではあまり戦功にはならんな。誇張して御婆様方に報告するか?いや、最初は良いが必ずどこかでボロが出てしまう。木偶人形と一緒に仕掛けさせるか?駄目だ、危険が大き過ぎる。ならば他の娘も同伴させて━━━)

 

 何とかあやつ等に功績を取らせようと頭を捻るが妙案が出てこない。これでは昨夜の二の舞になってしまうとあれこれ考えていると、

 

「そこは、違う、困る」

 

 何時ものクゥとは違う声色に嫌な予感が過り、ゆっくりと声のした方へ視線を向けるとナーガがクゥの胸を揉みし抱いている。ソレを認識した瞬間、頭の中で糸の切れた音を幻聴した。

 

「オ・ノ・レ・はぁ………何をやっとるかー!」

 

 最速で髪の拳を作り容赦なくナーガの脳天へと打ち下ろした。

 

「ー!…!………ー!」

 

 殴られた所を抑えてのたうち回るナーガへ言葉を紡ぐ。

 

「今、吾等は、生き残りの、存・亡を賭けて、此所へ来ているのだ。それなのに、そなたは、何をしている?」

 

 分かりやすいように句切りながら言ってやると、こやつは待ったと手を前に出し弁明してきた。

 

「ま、待て!こいつが体に巻き付けている革帯が温かいから確めてみろと言うから確めていただけだ!」

 

「ほぅ、吾からは乳を揉んでるようにしか見えなかったが?」

 

 それも下から掬い上げるように。

 

「気のせいだ。気のせい」

 

「こやつは……カイム!そなたも何故止めない!」

 

 止めもせず傍観、と言うより無視していたカイムも非難するが当の本人は視線だけをこちらに向けたまま返答を返してきた。

 

「…お前との約定は“お前等の敵と戦う“事だけだ。そいつのお守りまで入っていない」

 

 ええい、使えん奴め。額に手を当て溜め息を一つ吐く。こやつ等の為に悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「姉様どうかしました、か」

 

 騒ぎを聞き付けて望楼にいる娘達が集まって来た。

 

「ナーガよ、あまり悪戯が過ぎるならそこの崖から突き落とすぞ」

 

「あぁ、分かった。もうしないし反省もしている。少し浮かれてたわ」

 

 そう言って両手を上げて謝罪してくる。誠意が全く見えないが。

 

「まったく、娘達もあまりこやつに気を許してはならん。このすけべえは隙あらば人の乳を掴んで揉むような奴だからな」

 

 そう言って集まってきた娘達に注意を促す。

 

「もしかして、姉様も、揉まれ、ましたか?」

 

 クゥが呟くように疑問を口にした。すると他の娘達も吾に視線を送り聞き耳を立ててくる。

 

「………おほん!今の話は忘れろ。各自さっさと持ち場に戻れ」

 

 その居心地の悪さからわざとらしく咳をして娘達を追い払う。出来ることならその察したような顔も止めてくれ。

 

「おい」

 

 そんなやり取りをしているとカイムが声を掛けてきた。

 

「………なんだカイム?」

 

 何故だろう、こやつもこやつで嫌な予感しかしない。

 

「奴等を潰してくる」

 

「………は?」

 

 あまりにも唐突な言い様に思考が僅に停止する。こちらが呆気に取られているのも無視してカイムは言い終わるなり返事も聞かず望楼を降りて行く。

 

「ま、まて!カイム!」

 

 慌てて追いかけ制止を掛けるが止まらず、前門の前まで来てしまった。

 

「待てと言っておろうが!勝手な真似はするなと昨夜取り決めたのを忘れたか!?」

 

「必要ならば独自に動かせてもらうとも言ったがな」

 

「子どもの様な屁理屈を言うな!だいたい相手は二百もいるのだ。そなた一人では死に行く様なものだ!」

 

「“たかが“二百だろ?問題ない。それに今後戦う奴等の実力を計っておきたい」

 

 そう言って鞘から剣を引き抜いた。

 

(たかが、だと?こやつ本物のもの狂いか?)

 

 どうする。力ずくにでも引き留めるか。否、弱りきっているあの時ならまだ出来なくもないが今のカイムにそれが通じるか分からない。それに万が一にもこちらに被害が出たらカサンドラと戦うどころではない。

 では切り捨ててこのまま敵中に放り込むか。これも否、ある程度奴等を削ってくれるかもしれないがおそらく二十、三十が限度だろう。奴等も混乱するだろうが変に調子づかれるのも困るし、こちらの士気にも影響が出る可能性もある。

 結局、どちらを選択しようとも吾等の都合が悪くなるだけだ。

 

(どうすれば良いのだ………)

 

 いったい吾が何をしたというのだ。だが嘆いている暇はない。最早、吾に残されている最善は言葉で引き留めることのみだった。

 

「カイム……たの「ハリガン」っ、…なんだ?」

 

 言葉を遮りカイムがこちらに視線を向けてきた。そういえば、お互い名乗りはしたがこやつが吾の名を呼んだのはこれが初めてかと、どうでもいいことが頭の隅に流れた。

 

「俺を戦わせろ」

 

 命令口調ではあったがその響きにはそれとは真逆の懇願の色が混じっている。

 向けられる瞳にはあの時の狂気の気配は無く、薄汚れた光だけがあるような気がした。

 馬鹿な話だ。生きようと抗おうとしているのに向かう先は死地なのだ。だが、その矛盾を当たり前のようにこの男は己の中で完結させている。そう思えてしまう。またはそれにすがり付いているようにさえも。

 その有り様はまるで、

 

「………………危うくなったら必ず退け。どんなにみっともなくても良い、生きて帰って来よ」

 

 言い終わってから自分が何を言っているのか理解した。

 

「………あぁ」

 

 それだけ言うとカイムは剣を地面に突き立て門の閂を外しに掛かった。

 

「いいのか行かせちまって?」

 

 後から着いてきたナーガが問うてきた。その後ろには娘達の姿もある。

 

「良くはない。だが言っても聞かぬ。ならば最悪に備えるのみだ」

 

 そう言い終わると思わず大きな溜め息が漏れた。

 

「まぁ、そうだわな。だが、ああいう手合いはある程度好きにさせた方が良い結果を生む」

 

 まるでこれこそが最善だとでも言うようにナーガは語る。

 

「知っているかのような口振りだな。また記憶が戻ったか?」

 

 そう返すとナーガは片手で頭を掻きながら、

 

「いや、そうじゃなくて何て言うか、経験?勘?みたいな感じかね。漠然としてるんだが忘れちまってるナニかが俺に訴えてくるみたいな?」

 

 自分で言っておいてなんとも腑に落ちない様な顔で答えた。

 そうこう話しているうちにカイムが閂をはずし終え、人一人通れる分だけ門を開く。

 

「すぐにアイス達を援軍として送る。それまで持ちこたえよ」

 

 地面から剣を引き抜き門を出ようとするカイムの背にそう言葉を掛ける。

 

「必要ない。邪魔なだけだ」

 

「そうは行かぬ。そなたの本当の実力も知らぬし、そなたの全てを信用も信頼もしたわけではない。それに言った筈だぞ、“吾の指示には従え“と。行くことを譲歩しただけでも有難いと思え」

 

 鬱陶しそうに肩越しにこちらを睨んでくるが吾も負けじと睨み返す。

 十秒にも満たない時間が経ち、

 

「……好きにしろ」

 

 折れたのはカイムだった。舌打ちを一つ、そう吐き捨てると暗闇の中へ駆け出した。

 それを見送り数瞬目を瞑る。思考を戦時のものへ切り替え娘達に指示を出す。

 

「リンネとリンナは休んでいる娘達を起こしてまいれ」

 

『はい!』

 

「クゥは望楼にて遠眼鏡でカイムを監視せよ。何かあったら鐘を鳴らせ」

 

「はい、姉様」

 

「レラ、あれの準備をする。ナーガもついて来よ」

 

「分かりま、した」

 

「あいよ」

 

 指示を出し終わりレラ、ナーガを連れて木偶人形が置いてある場所へ足を向けた。

 

「まったく………本来なら夜明けの開戦時にでもカイム共々そなたにも戦働きをして貰いたかったがあやつのせいで御破算だ」

 

 移動中、思わず愚痴がこぼれてしまった。

 

「そう荒れるなよ。さっきも言ったが【ああいう】暴れ馬はこちらに被害が出ない限り自由にやらせるのが吉だ。手綱の加減はこれから覚えていけばいい」

 

「それでは困るのだ」

 

「?、まるで俺が戦働き出来ないと不味いような言い草だな?」

 

 しまった。失言だったか。

 

「…魔女にも【いろいろ】あるのだ」

 

 言外に聞くなと言い含める。

 

「【いろいろ】……ねぇ」

 

 ナーガも僅に訝しむだけでそれ以上は追及してこなかった。

 木偶人形の前に着くとナーガが「何だこりゃ?」と疑問を口にした。確かにこれだけなら革を幾重にも巻き付けた大小の丸太が並べられている様にしか見えぬだろう。

 

「時間が惜しい。レラ。出来るだけ早く仕上げるぞ」

 

「は、い」

 

 レラと最低限の言葉だけ交わし木偶人形の準備へ取り掛かった。

 

 

 

 月明かりしかない暗闇の中、男は斜面を駆け降り敵へと足を走らせていた。暗いその下り坂は大きな遮蔽物が無いとはいえ決して平坦でも舗装されているわけでもない。

 だが男の走りに戸惑いも躊躇も感じられない。むしろ更に加速している。

 

(まだだ、まだ抑えろ)

 

 まるで子どもを前にしたあの女エルフ(アリオーシュ)の様に口端がつり上がりそうになるのを男は必死に抑える。

 戦える。それだけが男の中を全て満たしていた。

 敵を殺せる喜び。胸の内に巣くう苛立ち。それらの捌け口が目の前にある。何もかも忘れて酔い痴れられる。男にとってそれはあまりにも甘美な誘惑であった。

 

「……!」

 

 敵を視認できる距離まで近づく。

 おそらく警備兵であろう四人組が談笑しており、駆け降りてくる男に気付かず油断しきっていた。

 警備の役目を怠っている男達を咎める者はこの部隊にはいない。何故なら今は【安全な休息時間】だからだ。

 こちらから手を出さない限り魔女は襲ってはこないし、そもそも夜襲などこれまで一度も無かった。

 本番は夜明け、それまでは遠征の疲れを癒すための休息でしかない。見方を変えればある意味正々堂々している魔女を信用しているとも取れる。それが仇となった。

 不運にも今、自分達を強襲しようとしている男は元いた世界で敵味方から単騎突撃と殲滅戦の名手として知られ、恐れられていた。

 

「…ん?」

 

 警備兵の一人が男に気付いたがもう遅い。地面が陥没するほどの踏み込みにより男は一気に間合いを詰めると剣を袈裟斬りに降り下ろした。

 

「ぉが!」

 

 まず一人。鎧ごと警備の一人を切り捨て、剣を振り切った“捻り“を使い、右にいた兵士の胴を払う。

 

「…ぇ?」

 

 二人目。体の上下を生き別れにし、今度は左にいる兵士へ刺突を繰り出す。

 

「ぶぇ!」

 

 三人目。胴体を貫かれ痙攣する体を蹴り飛ばし剣を抜く。

 

「っ!このぉ!」

 

 最後に残った兵士が剣を抜き側面から男に斬り掛かる。男は視界の端だけで相手の剣筋を読み、最低限の動きでそれを躱す。剣を躱され死に体なった四人目の頭部を男は下から斬り飛ばした。斜めに斬り飛ばされた頭部から色鮮やかな脳漿が零れ地面にぶちまけられる。

 斬り伏せた四人の警備兵を見て男の口元に笑みが浮かぶ。

 

「うるせぇぞ!何があった?…っ!?なんだてめぇ!?」

 

 近場のテントから兵士たちがのろのろと出て来るが次の瞬間、目の前の味方の惨状を見て狼狽えた。

 男はその兵士達に掌を向けるとそこから火球を射ち出す。

 

「ぎゃぁァァぁぁああアア!」

「アづい!あヅいー!」

「な、なんだ!?火、火がぁぁぁ!」

 

 テントごと兵士達を焼き付くし、ついでとばかりに周囲にあるテントや物資も焼き払う。

 

「敵襲!敵襲ー!」

 

 騒ぎに気付き奥から武装した兵士達が次々と現れる。

 男はそれに対して身構えたり身を隠すわけでもなく、佇んだまま敵が集まるのを眺めていた。いや、酔い痴しれていると表現した方が正しいのかもしれない。

 燃え上がる炎。血と臓腑の異臭。悲鳴と怒号。鎧や武器の擦れる音。あぁ、これだ。慣れ親しんだ戦いの、

 

 

 

━━━殺戮の歌が聞こえる。

 

 

 

(準備はいいかカサンドラ?)

 

 さぁ、

 

「かかってこい」

 

 夜襲を敢行した男。カイムはぽつりと呟くと何時ものように剣を構え、敵へと突撃した。

 

 後に味方から【戦神】と称えられ、敵からは【殺戮者】【魔剣士】【黒い森の死神】など様々な渾名で恐れられる竜騎士カイム・カールレオンのこの世界での初陣の幕が開がった。




 えぇ、戦闘シーンまで書いたらご覧の有り様です。無茶なことを言うものではありませんね。
 前書きにも書いたカイムの魔法の関してはDODオープニング、ゲーム中のフィニッシュブロウ、DOD2のカイムの登場シーン及び戦闘から考察いたしました。
 色々な意見があると思いますが今作のカイムは武器魔法との相性が良く、その他の魔法は不器用で苦手と言った感じです。
 次話は作者の苦手な戦闘シーンがメインです。自身にも読者の方々にも満足出来るよう頑張ります。

 では、また次回お会いしましょう。

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