十香の瞳にははっきりと敵意、殺意が漏れ出していた。
殺気を向けられたコカビエルは一瞬、押されたが直後にある事に気がついた。
「ーーーーっ!? この全てを殺すかのような濃密な殺気…………あの女と同じーーっ!」
あの女ーージブリールと殺気が酷似していると感じたコカビエルは十香を睨みつける。
十香の殺気がジブリールと酷似している……それは当然だ。何と言っても十香はジブリールの娘。全勢力から殺戮天使と畏怖された存在の血縁者なのだから。
だからここでコカビエルは止めておくべきだった。例え一瞬だとしても、ジブリールに近い何かを感じたその瞬間から逃げるべきだった。
だが、彼の堕天使幹部としてのプライドと、腕を斬られた怒りで選択を誤ってしまった。
「奴と似た殺気といい俺の腕を斬り飛ばした事といい、貴様は余程俺に殺されたいようだな!」
翼が斬られたことで満足に飛ぶことが出来なくなったコカビエルは、地上に降りると、全ての膂力を駆使し迫り来る。光の剣を作り出したコカビエルが、腕が複数にぶれて見える速さで斬りかかってくる。
速さと腕力を乗せた重い一撃。それを十香は〈鏖殺公〉を振るだけで対処した。
光の剣と〈鏖殺公〉がぶつかり合った瞬間、コカビエルの剣は跡形もなく粉砕された。
「なにーー!?」
「その程度の剣、何本あろうが脅威に感じないわ」
「クソッ! ふざけるな!」
コカビエルは切断された左腕を十香に向けて振った。傷口から流れ出る血が、十香の視界を遮るように飛び散る。
「……汚い」
飛び散る血を見てそう呟いた十香は、後ろにバックして避ける。
避けている間に追撃してこなかったコカビエルを、十香は不審に思い見てみると、空に片腕を掲げていた奴の姿が見えた。
「ハハハ! あの剣が何本あっても脅威でないと言ったな。なら、それ以上のものが何百本も“一斉”に来たらどうだ?」
「少し強化されたところでなにも変わらない」
「ハハハハ! なら受けてみろ、小娘!」
コカビエルの高笑いと同時に、十香の頭上に大きな魔法陣が展開される。そしてそこから、無数の光の槍や剣が雨のように降り注ぐ。
いや、雨のようではない。これはまさしく剣と槍の雨だ。どこにも避ける空間も、隠れる場所すらない激しい雨。一本で上級悪魔ですら簡単に殺すことができるであろう強力な光の剣や槍が、豪雨のように十香を襲う。
その技を見て十香は思った。
(確かに、攻撃一つ一つの威力は上がっている)
だが、言わせて貰えばそれだけ。力技のゴリ押し。罠のような絡め手が一切ない。十香のことを知らないとはいえ、何と浅い考えか。
十香の纏う霊装は絶対の盾。堅牢な防御力を誇る霊装の前では、あらゆる攻撃はダメージを通さない。
(“こんな中途半端な威力の技”で、本当に私を倒せると思ってるの? ねぇ、コカビエル?)
そう、心の中で問いかける。無論、返事など返ってくるわけはない。
ーーもし、そう思っているなら、その認識を改めさせてあげる……。
「フッ!」
十香は〈鏖殺公〉を頭上へと振り上げる。
すると、降り注ぐ槍や剣、そしてそれを降らせている魔法陣を刃の軌跡が通り抜け、学園を覆っていた結界ごと粉砕した。
「結界が…………っ! ソーナ!」
壊われた結界を呆然と見ていたリアス・グレモリーが、急に焦った様子でそう叫ぶ。
十香はソーナという人物に心当たりがあった。恐らく、結界に入ろうとしたとき止めに入った悪魔のことだろう。
(そう言えば、その人には悪いことしかしてない、私。勝手に結界の一部を破って侵入しただけじゃなくて今度は結界そのものを破壊しちゃった。いつかまた謝らないとね)
「ソーナ……あの外にいた悪魔たちなら無事ですよ」
少し罪滅ぼしのつもりで、彼女の無事を伝える。
「え? …………そ、そう、なの?」
急に声をかけられたリアスは緊張した様子だったが、友の無事を聞くと恐る恐るといった風に確認してきた。
「はい。少し加減を間違えて結界を破壊してしまいましたけど、外の悪魔たちには何の影響もありません。あるとしたら、急に結界が壊されたことで驚いた、くらいのもののはずです」
「そ、そう……」
例え上級悪魔同士が本気で魔力を解き放っても壊れることはないであろう結界。それを少し加減を間違えただけで破ってしまう十香に、リアスは頬を引きつらせた。
「この俺との戦闘中に余所見とは、ずいぶん余裕だな!」
リアスと話している間に回り込んでいたのか、十香の背後からコカビエルが鬼の形相で現れた。
十香は即座に〈鏖殺公〉を背後に薙ぐ。
「そんな分かりきった攻撃など、俺は喰らわんぞぉ!」
十香の刃を飛んで避けるコカビエル。不安定ながらも空中で止まることくらいはできるようだ。
「いちいち煩いのよ」
耳障りな声にそう返しつつ、地を蹴り一気にコカビエルのいる上空へと向かう。満足に飛び回ることのできないコカビエルが空中にいるのは、こちらのチャンスだ。
「その翼、もう片方も同じように斬り揃えてあげる」
「ハッ! やれるものならやってみせろ」
「ならそうさせて貰うわ!」
十香は先ほどのように右腕ごと翼を切断しようと〈鏖殺公〉を構える。
それをみたコカビエルの、顔がニィと笑う。
「甘いわ! 同じ手が通用すると思うな!」
黒い翼が鋭い刃物と化し、四方八方から十香を猛撃する。これはリアスの眷属、搭城子猫が戦車の駒の特性である防御力を持ってしても防げず、切り刻まれたもの。威力は確かだ。
しかし、
「あなたの方が甘い!」
十香はその全ての翼をさばき、斬り裂いた。
「ガァァアアア! おのれ、おのれぇぇええ! 俺の翼を、よくもぉぉおおお!」
翼のなくなったコカビエルは、そう叫びながら落ちていく。落ちていくコカビエルを見ながら、〈鏖殺公〉を天を突くように掲げる。
すると〈鏖殺公〉が日中と勘違いしてしまうほど、強く輝きだす。
その神聖な輝きの中心にいる十香は、神秘的な美しさを放っていた。
極大の聖なるオーラは一誠たち悪魔には猛毒のはずなのだが、それでも全員がその美しさに目を奪われていた。
「コカビエル、あなたを絶対あの人に会わせない。あの人の視界にあなたが少しでも映ることを、私は絶対に許さない。だから、ここであなたをーーーー殺す」
十香がそう言った途端、〈鏖殺公〉の輝きが一層強く増す。
その輝きは世界を聖なるもので照らす極光。悪を完全に否定する光。人々の希望が集まったかのような輝き。
その光を近く見ているコカビエル含む悪魔全員が死を覚悟した。
……あの光に触れればたとえ魔王であろうと跡形もなく消滅する、と。
「……バ、バカな……。こ、この俺が……こんな小娘如きに……」
あり得ないと呟くコカビエル。まだ目の前の現実に理解が追いついていないようだ。だからと言って理解するまで待つつもりはない。十香は最後に言う。
「さようなら、聖書に記された堕天使の幹部、コカビエル」
そう、十香が口にしたと共に、極光を放つ刃が振り下ろされた。
それは斬撃とは呼べないものだった。それは天から与えられた罰だと主張するように、極光の柱となってコカビエルを飲み込んでいったーー。
☆☆☆☆☆
〈鏖殺公〉の極光の柱が少しずつ消える。完全に無くなると、コカビエルの姿も跡形もなく消失していた。
だが、十香は納得していなかった。
十香は一瞬の出来事だが見えていた。極光の柱がコカビエルを飲もうとした瞬間、一つの影が尋常ではない速度で過ぎっていたのを……。
「………………」
地上に降り十香は、ギリギリのところでコカビエルを助けた乱入者を無言で見上げた。
十香の視線の先。そこには白き全身鎧を纏い、背中から八枚の光る翼を広げた何者かが、コカビエルを肩に担いでこちらを見下ろしていた。
長い沈黙が流れる。
一誠たち悪魔全員は、先ほどの死を覚悟させられた輝きに動揺してか、空の乱入者を見ているだけだった。
先にこの長い沈黙を破ったのは……月をバックに飛んでいる乱入者だ。
「素晴らしい戦闘だった。あのコカビエルがこうも簡単に倒されるとは思ってもみなかったよ」
全身鎧のため表情はうかがえないが、十香を賞賛したその声に嘘はなかった。
それに対し十香は、〈鏖殺公〉の切っ先を相手に向け、言う。
「賞賛なんて要らないわ。私が欲しいのはあなたが肩に担いでるそいつの命よ。……置いて行って」
「それは出来ない。無理やりにでもコカビエルを連れて帰れってアザゼルから言われているんでね」
「………………」
アザゼル……堕天使のトップに位置する存在。コカビエル以上の大物の名前が出てきたことに、十香はどうしようかと悩んだ。
個人的には、今すぐにでも母親のためにコカビエルを消したい。しかし、ここであの乱入者から無理やりコカビエルを奪い、殺してしまった場合、下手するとアザゼル本人が動き、最悪の事態に陥ってしまうかもしれない。
ジブリールを思っての行動で、天界に、ジブリールに迷惑をかけてしまっては本末転倒もいいところだ。
ならここは引いた方が得策だろう。コカビエルを止めるという当初の目的は果たせたのだから。あの極光を直撃ではないとはいえ、間近で受けたのだ。コカビエルのいたるところから焼かれた煙が舞い上がり、翼に至っては根元から完全に消えていた。もう、コカビエルが戦うことは不可能だろう。それに、コカビエルのレベルは今回の戦闘で理解した。もし、また襲ってきたとしても、この程度ならばいつ出てきても消せる。
十香としては直ぐにでも消したかったのだが……今回ばかりは仕方がない。
そこまで考えて、漸く十香は〈鏖殺公〉を下ろした。
「わかってくれたようで何よりだ。後はそこで寝ているフリードを回収して、俺は去るとしよう」
空から地まで降りた乱入者は、倒れている神父を担ぐと言った通り去ろうとした。
しかし、
『無視か、白いの?』
何処からか聞こえてきたその声により、動きが止まった。
『起きていたのか、赤いの』
またも、何処からか声が聞こえてくる。
誰が話しているのか、十香は探るように見て、気付く。
悪魔の中の一人、一誠の左手にある赤い籠手と、乱入者である白い全身鎧からだった。
『せっかく出会ったのにこの状態ではな』
『いいさ、いずれ戦う運命だ。こういうこともある。また会おう、ドライグ』
『またな、アルビオン』
「おい! お前は何なんだ!」
一誠が聞く。
聞かれた方は、一度、一誠を一瞥すると飛び上がり、またも月をバックに見下ろす。
「我が名は白龍皇『アルビオン』。全てを知るには力が必要だ。強くなれよ、俺の宿敵君」
アルビオンは、一誠にそう言うと、最後に十香を見た。
「いずれ君とも戦ってみたいな」
それだけ告げると、今度こそ白龍皇は光の閃光と化し、高速で消えていった。
(ドライグにアルビオン……それってもしかしなくても二天龍……!? ……という事は、あの男の子が赤龍帝?)
チラッと、一誠を見る。今代の赤龍帝を少し観察するために見たつもりだったが、悪魔全員の視線が十香に向いていたため、目があった瞬間、戦闘態勢に入っていた。
十香の目的はコカビエルを止めるだけ。悪魔と事を構えるつもりはない。だがそれは、十香の都合であり、本来、敵関係のある相手がいれば警戒するのは当然のこと。
そこは理解している十香なので、向こうが一方的に警戒していようが気にしない。
(コカビエルにも勝てない相手なら警戒する必要はないしね。……あるとすれば赤龍帝の彼だけ)
赤龍帝と白龍皇は、『覇龍』を使えば一時的に神をも殺せる力を発揮する。故に、十香は彼だけを警戒して、観察していた……のだが。
(何でだろう。あの子からは何故かお母さんと同じ気配がする……)
勿論、彼にジブリールを感じるわけではない。だが、彼からは母親との気配がすごく似ている。
そう、いつも十香に変態行為を行うジブリールと同じ気配が……。
見れば、彼の顔がだらしないほど緩み、その視線は十香の顔や、胸へと向けられていた。
それを悟った瞬間、体温が瞬時に上昇し、十香は耳まで顔を真っ赤にした。
胸を腕で隠し、か細い声で言う。
「……そ、そんな、よ、邪な目で見ないで、ください……」
邪な眼差しなど、普段からジブリールに向けられているが、それは母親であるから大丈夫なだけ。同い年くらいの異性からそのような目で見られたことのない十香は、恥ずかし過ぎて涙目になってしまう。
『………………』
その様子に、一誠たち全員は固まった。
コカビエルを倒した時の雰囲気からかけ離れ過ぎていて理解が追いつかない、という理由もある。だが、それ以上に彼らが釘付けになったのは、その美しさにある。
言わずとも、十香の容姿は完璧だ。学園では二大お姉様と呼ばれているリアスや、姫島朱野も霞む程に。
美の女神すら裸足で逃げ出すと言われるくらいなのだから、それは当然ではあるが。
そんな十香が、胸を隠しながら顔を赤らめ、恥じらっている姿を見せているのだ。それも涙目付きで……。
あまりの可愛さに故に、彼らは固まってしまったのだ。
一誠はブッ! と、豪快に鼻血を出して倒れた。
「イッセー!」
一誠が倒れたことで、やっと彼らが動き出した。リアスが一誠を抱きかかえる。
「ぶ、部長……俺、あの子のおっぱい……触って死にたかった……」
「何を言っているの! おっぱいならいくらでも私のを触らせてあげるわよ! 吸わせてあげてもいいわ。だから気をしっかり持ちなさい!」
「いくらでも触らせてあげる……吸わせてあげてもいい……そんな素晴らしい日本語があったのかー!」
(な、なに……あのやりとり)
まだ顔の熱が冷めない十香は、意味不明な出来事に混乱していた。
ーーむ、胸って、そんな簡単に異性に触らせるものなの……? わ、私には絶対無理!
頭をブンブンも振って否定する。
堕天使の幹部を軽く倒す十香は、目の前で広がる未知の領域に、恐怖を覚えたーー。
アンケートに答えてくれた方々、ありがとうございます!
アンケートはまだまだ実施中ですので、どしどし要望をお送りください。