灰色の雲の下、少女は信号が異常な程に多く並んだ道路を歩く。そのすぐ横には高層ビルが信号と同じくらい立ち並んでいる。人の気配はない。ここは闇の世界だからだ。
少女の姿は異常だった。背中からは墨のように黒い翼が生えていて、その手には少女の身長を優に超える鎌が握られている。太陽の光に反射して、ギラリと光る。
翼と同じ色の髪に、整った顔立ちをしていて、おそらく人間界で言えば女子高生くらいだろう。少女は真っ白な膝上の長さのワンピースに、同じく真っ白のニーハイだけを履いて、平然と道を歩いている。
「さて、そろそろ仕事はじめましょうか」
少女は短く息を吐いて言った。ぐーっと背伸びをすると少女は翼をはばたかせて、ビルとビルの間を飛ぶ。電線が多くて飛びにくいが、少女には造作もない。
あたりを見回すと明かりがついている部屋が目に入った。その瞬間急激にスピード落として止まったが、行き過ぎてしまった。少し戻って部屋の窓を大鎌で割った。破片に触れないように慎重に中へと入る。
そこはシンプルな部屋だった。あるのは布団と長机だけで、その長机にも携帯電話が置いてあるだけだった。
布団には灰色の人形が寝かされていた。その体はぷよぷよで袋に液体が入っている感じと言ったらいいだろうか。そして顔を見ると、男と書いてある。
その人形の側による。そしてその人形の首を、大鎌で切り裂いた。
中から赤黒い液体が飛び散り、部屋の中を染めた。私にもその液体がべっとりと付いた。
切り裂く力が強かったのか人形の頭が部屋の隅の方まで吹っ飛ぶ。それを気にすることなく鎌の柄の部分でまだ膨らみがある人形の胸を突いた。
その瞬間景色がばっと変わった。人形が人に変わる。頭もちゃんとついていて、部屋も赤黒くない。
窓からは光が差し込んでいる。どうやら人間界は天気がいいようで、雲一つない青空が広がっていた。眩しいのでカーテンを引いて光を遮る。
布団にいる男は眠ていて起きる気配がない。男の胸に鎌の柄を置き、ぐっと力を入れた。ゆっくりと柄が男の体の中に入り込み、やがて底をついた。
一気に引き抜くと、透明な___いや、ほんのりと青い球体が出てきた。これが魂というやつだ。
それを掴み取るとまた、景色がばっと変わった。戻ってきたのだ。 しかし少し様子が違う。そこは先程の部屋には変わりないのだが、部屋全体が赤黒くなっていた。電気も赤く光っている。
「よーし、これで仕事おわりー」
魂を掴んだまま、窓から再び外に出る。そして部屋の方を向き、少女は言った。とびっきりの笑顔で。
「あなたの命イタダキマス」
彼女は_____死神。
******
仕事が一段落した死神は、ある場所に向かっていた。右手には鎌を、左手には魂を入れた袋を持って。あの後最初に見つけた部屋からすぐ近くにあった四箇所で仕事をした。
向かっている場所はここからおよそ五分程度でたどり着ける。今日は近場での仕事だったので行き来が楽でいい。昨日は六十五kmも離れているところで、ここに来るまで一時間ほどかかった。人間界で言うとオオサカからシガくらいだろう。
「着いた」
大きな門をくぐると、目の前には死神の2倍位の高さの家が建っていた。右半分は白く、左半分は黒い。扉を中心として対称的で、対照的な建物だ。
扉を開けて中に入る。内装も外装と同じで白と黒を基調としているが、床に敷かれた絨毯は青く、モノクロなこの家の中では浮いているように見える。これはここに住む男の好みの色だ。身の回りには白と黒のものしかないため、少しはほかの色を取り入れたいのだと奴が言っていた。
扉から真っ直ぐ進んだところにある階段を上る。これが結構長くて、三百段ほどある。ほかの奴らは大変だろうな、と思いながら死神は飛んで一気に上りきる。
そこにはまたドアがあり、その向こうの十畳ほどの部屋を男は仕事スペースにしている。
「入るわよー」
ガチャリと音を立ててドアを開けた。せめてノックでもすればよかったと思ったがまあいいだろう。
「おい、死神また仕事持ってきたのか?」
男は開口一番にそう言った。というのも、ここに来るのは二回目なのである。それも三十分ほど前に。
「勘弁してくれよ。また仕事が増えちまった。あーあー、面倒くせぇ。ちょっとは休憩させてくれ。」
「別にいいじゃない。いつも仕事やらないからだんだん溜まっていくのよ。あなたの私情で私が仕事をしないなんておかしいでしょ?」
男が座る椅子の横には魂が入った袋が五、六個はある。これでも少しは減って様だが、仕事は終わりそうにない。なぜなら死神が終わらないように仕事を持ってくるからだ。
男は重いため息をつき、仕事に戻った。男の名は、副閻魔。その名から分かるように閻魔の補佐役だ。
副閻魔は黒の無地のパーカーにジーンズというシンプルなな格好をしている。仕事をしながらコーヒーを飲む姿は大人びている。しかし顔は童顔で大人というよりは子供という印象が強い。
そんな副閻魔の仕事は死神たちの持ってきた魂を天国行きか、地獄行きかに分けることだ。
魂を天秤に乗せて決めるのだが、これが変わった物で普通の天秤の真ん中にもう一つ台がある。そこに乗せてよい行いをした者か、悪い行いをした者かを判別する。悪と書かれた錘がある左の台が下がればすなわち地獄行きを意味し、良と書かれた錘がある右の台が下がればすなわち天国行きを意味する。しかしこれがどちらかわからない時は閻魔行きとなる。
「何してんだ死神。それこっちに持って来いよ。」
副閻魔は机の上の天秤越しに死神を見ながら、右手を差し出した。
死神はこの部屋に入ってから今まで、一度もドアの前から動いていなかったため副閻魔は不思議に思ったのだ。
副閻魔に言われてはっとした死神は副閻魔の方に待っていた魂の袋を投げた。
「投げんなよあぶねぇな」
投げることを予想していなかった副閻魔だが何とかそれを受け取ると、死神にそう言った。
天秤に乗せていた魂を、天秤の隣に置かれた閻魔行きと書かれた木製の箱に入れる。箱にはすでに溢れんばかりの魂が入れられている。見ると、天国行きの箱も地獄行きの箱も同じようになっている。
それを見た死神は近くの壁に大鎌を立てかけ、副閻魔の机に近づいた。箱に手を伸ばす。
「あ!し、死神!やめろよお前!その手で触るな!」
死神が箱に触れようとした瞬間、副閻魔が声を荒らげて言った。死神は自分の手に目を落とす。死神の手は床に垂れてはいないものの、 赤黒く染まっていた。魂を取るため、人形を切り裂いた時についたのだ。
副閻魔の青ざめた顔がみるみるうちに赤くなっていく。死神を指差して再び言った。
「死神、いつも言ってるだろ。魂渡したらすぐ出て行くか、風呂入れって。その格好もどうにかしろ!」
死神はため息をつく。
「わかったわよ。じゃあお風呂借りる。」
死神は口を尖らせ、踵を返して部屋から出て行った。再び階段を下りると、右へ曲がり長い廊下を歩く。液体が絨毯に付かないように、ゆっくりと。しかし死神も液体が染み込んだ服をずっと着ているのは不愉快だったため、少しばかり一歩が大きくなる。
風呂場に近づくにつれて石鹸の香りが強くなる。副閻魔が気を利かせて沸かしてくれていたのだろうか。それとも自分が入るために沸かしただけか。
そこまで考えてやめた。
おそらくは前者だろう。死神が血まみれの格好で館内をうろつくのが嫌だったのだ。もしこの青い絨毯が汚れようものなら、副閻魔は石膏像のようになるのだ。何日間も、一生そうしているんじゃないかと思うくらい。そして副閻魔の代わりに派遣された奴が、仕事をする。もちろん副閻魔が戻ってくる間、ずっと。
そう考えるとぞっとした。さっさとお風呂に入ってしまおう。
******
「ふー、気持ちよかった。やっぱりいいわね、ここのお風呂は。」
死神は副閻魔が用意してくれたであろう、さっきと同じデザインのワンピースを着ていた。髪も綺麗にとかれていた。ニーハイも用意してくれていたらしい。
風呂場から出た死神はキッチンに向かっていた。喉が渇いたというのもあったが、珍しく仕事をがんばっている副閻魔にコーヒーを淹れてあげようと思ったのだ。
キッチンの扉を開けると、曇りのないタイルが目を引いた。窓から差し込む光に反射して眩しい。死神は思わず目を細める。
「あれ、インスタントコーヒーどこにあるのかしら…。いつもはここにあるのに」
いつも置いてあるはずのところにコーヒーのパックがない。もう飲み終わってしまったのだろうか。ないものは仕方がない。
死神は別の棚の中から新しいパックを取り出す。ポットに水を入れて沸かし、その間に食器棚から白のコーヒーカップを机の上に置いた。
お湯が沸くまでに時間がかかるので、冷蔵庫からブラットオレンジジュースと書かれたペットボトルを取り出してグラスに注いだ。まるで血のように赤いそれを、死神は一気に飲み干す。オレンジの甘みとブラットオレンジ特有の苦味がちょうど良いハーモニーをかもし出している。
もう一杯分のオレンジジュースを入れたところでお湯が沸いた。カップにお湯を注ぐ。死神はそれを木製のトレーに乗せてキッチンを出た。
副閻魔も働き詰めで疲れているだろうと、少しでも気遣った私が馬鹿だった。
死神がドアを開けた時、副閻魔はソファに寝転がっていた。腕を頭の後ろに組み、アイマスクをつけている。
「ちょっと副閻魔?あなた寝てるの?」
死神がそう呼びかけると副閻魔はぱっと起き上がり、アイマスクを外した。そして死神の持っているものを見ると目を輝かせて言った。
「おお、それコーヒーか?コーヒーだよな!?」
ありがとよ、と笑顔でそれを飲む副閻魔。死神もソファに座ってブラックオレンジジュースを飲む。
「はぁ、美味しいー。やっぱりこれが一番」
二人の声が揃う。死神たちにとって唯一の栄養源であるこれらは、主に閻魔からの支給品だ。閻魔や悪魔はコーヒー、死神たちはブラックオレンジジュースが主流である。だが宴会などの特別な時には肉や骨が振る舞われる。これがまた美味しくて病みつきになる味だ。
そういえば、と死神が副閻魔の方を向く。
「さっき仕事サボってたわよね?」
ビクッと肩を震わせて副閻魔はそっぽを向いた。
「ちょっと休憩だよ休憩!俺だって疲れてるんだよ!ずっと仕事してたんだからよ」
自分がサボっていたことを棚に上げて、開き直る副閻魔。そんな副閻魔に死神はため息をつき、言った。
「別に怒ってないわよ、呆れてるだけ。あなたが疲れていることくらい私だってわかるわよ。だからコーヒー淹れてきてあげたんじゃない」
それを聞くと驚いた様子だった副閻魔だが、口の端をあげて笑った。
「へぇー、優しいじゃん。明日は槍でも降るかなー」
「あなた私の気持ちをなんだと思ってるの?もういい!もっと仕事増やしてやるんだから!」
そう言ってコップを机の上に置くと、踵を返して部屋から出た。が、すぐに部屋に入った。大鎌を部屋に置きっぱなしだったのだ。
死神は階段を駆け下りて玄関を抜け、門から出た。そこで後ろから副閻魔の 悲痛な叫び声が聞こえてきた。それを無視して死神は飛んでいった。
最後に小声で呟いた。
「副閻魔の馬鹿」