あなたの命イタダキマス   作:影橋真海

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第3話

「離してよ!もう帰る!」

 死神はそう(わめ)きながら副閻魔長の手から逃れようともがく。

 

「何を言ってるのですか全くあなたと言う人は、死神としての責務をしっかりと果たそうと言う気はないのですか?」

 

 副閻魔長は(あき)れを含んだ声でそう言いながら、死神の腕を引っ張って副閻魔の部屋に連れて行こうとする。死神は散歩を嫌がる犬のように全体重を足にかけ、身体をくの字にして抵抗する。が、それも無駄に終わり、副閻魔の部屋に連れて行かれてしまった。

 

 副閻魔長が片手でドアを開けた瞬間、ずっと死神を引っ張っていた方の手をの力をふっと抜いた。その反動で後ろに倒れそうになる死神。副閻魔長はそれを見計らって再びぐっと力を入れて自身の方へと引き寄せ、部屋の中に死神を押し込んだ。

 

え、急な展開で何が起こったのかわからないのだけれど。私捕まった?

 

「取り敢えず座ってください。あなたには話したいことが沢山あります」

 

 混乱している死神をよそに副閻魔長は落ち着いた様子でそう言った。そして部屋の真ん中に置かれたソファに腰を掛けると、死神もその前に座るようにと促す。

 はあ、とため息をついてがっくりと肩を落とし、言われた通りにする。ここまで来て逃げる気はなかった。逃げたところでいことなど1つもない。むしろ面倒が増えるだけだ。

 

「もう、何なのよ一体。何であなたがここにいるのよ」

 

「先程も言ったでしょう、要請(ようせい)があったのですよあなたの友人である青の副閻魔から。どうしても私に来てほしいというのであなたの様子見も兼ねて来てみましたが、全くあなたは幼少の頃から何にも成長していないじゃありませんか」

 

「大きなお世話よ、あなたに心配される覚えはないわ」

 副閻魔長に即座に反論する死神。口を尖らせてそっぽを向く。

 

 この副閻魔長と言う男は死神の幼少の時から死神の教育係としてほぼ、毎日一緒にいた。それゆえこの男は死神の事をよく知っている。常識とは外れていることも、それを注意する人が自分以外にはいない事も。正確に言えば注意する人がいないのではない、出来ないのだ。

 死神が閻魔の一人娘だと、この世界のものならば誰もが知っている事実。しかしそれゆえに閻魔に処分されたくないと言う理由で、死神には誰も口出しはしない。

 

だからこそ副閻魔長である自分が、この死神という少女を閻魔の娘として恥ずかしくないように、正しい事を教えてやらねば。

 

「昨日ここに大鎌を忘れていきましたね。自分が死神だと言う自覚はあるのですか?」

 

「あるわよ、で、でも昨日だけよ、忘れたのは。いつもはちゃんと肌身離さず持っているわ」

 副閻魔長は死神をじーっと見る。どうやらその言葉を疑っているようだ。だから死神はこう付け足した。

 

「お父様から支給されたものだもの、大切にしているわ」

 それを聞いて頷き、右手の中指で眼鏡をクイッと押し上げる。眼鏡がキラリと光った。そして死神にとって恐ろしい事を言った。

 

「じゃあ、その大切なものを手放した罰として、これからトウキョウに行って来て魂を回収して来てください。そうですね、袋十枚分で良いでしょう。勿論(もちろん)今日中に」

 

 死神は一時呆気(あっけ)にとられた顔で副閻魔長を見た。思考が停止した。

 

え、こいつ今なんて言った?

 

「何をしているんですか早く行ってきなさい。私は忙しいのです、ここの仕事を片付けなければならないのでね。さあさあ邪魔になるのでさっさと行ってください」

 

 固まっている死神を無理やり立たせ、大鎌を持ってドアの方まで背中を押して運ぶ。そこでようやく死神はとてつもなくやばい状況にいることがわかったのだった。慌てて振り返り抗議する。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!袋十枚分!?しかもトウキョウ!?そんなの無理よ、今からじゃ間に合わないわ。大体そんな大荷物どうやって運ぶのよ!」

 

「無理じゃありません。私は明日もここにいるので明日までにと言うことです。それと荷物ですが、彼方(あちら)にはテレポートボックスがあるでしょう。そこに入れてくれれば此方(こちら)に届きます」

 さあ、と再び死神の背中を押して部屋から追い出した。

 

「ちなみに、回収するまで帰らせませんので覚悟してくださいね」

 不敵な笑みを浮かべてドアを閉めてしまった。そこに取り残された死神はがっくりと肩を落とした。何回目かわからない溜息が自然と漏れる。

 

 こうなったらさっさと終わらすしかない。副閻魔長が言った事は死神にとって絶対で、言う事を聞かないと倍以上のことをやらされる。

 だけど、ここからトウキョウまで行くのに五時間以上かかる。そうなるとトウキョウに着く頃にはもう日は暮れているだろうから、仕事は明日に持ち越しということになる。

 

 まあ、夜でも仕事ができないわけではないのだが、死神としては夕方までには終わらせておきたかった。夜は魂を集めているところといないところがすぐにわかるので、むしろ仕事はしやすい。が、夜になると異常に眠くなってしまい、仕事がやりにくくなってしまうのだった。

 

 死神は館を出て、自分が出せるだけのスピードを出しトウキョウに向かった。

 

 

******

 

 

 死神がトウキョウに着いたのは、予想よりも早かった。あたりはまだほんのりと明るい。 これなら仕事が出来そうだ。

 ぐっと背伸びをして、深呼吸をする。

 

 死神が降り立ったのはクウコウと呼ばれる場所。人間達が移動する手段として使っている場所である。飛行機が多く立ち並びんでいる。その中の一つの飛行機の中から光が漏れていた。そこに向かって歩き出す。

 

 側まで来てみるとわかるが、どうやらこれはここニホンからガイコクに行く飛行機のようだ。そのため、結構な大きさがある。ここには多くの人間が乗っているはずだ。これなら仕事がすぐに終わるかもしれない。

 

 飛行機の先端部分まで上がり、その上に乗る。窓から中を覗くと、二つの人形が椅子に座っている。二つの顔には、男と書かれている。

 大鎌を振ってガラスを割る。破片が辺りに散らばり、内側にある人形にも突き刺さる。身をかがめて中に入ると、人形達の後ろに行き、後部座席と一緒に頭を吹き飛ばした。赤黒い液体が飛び散り、死神の服にも染み込む。前に回り込み、大鎌の柄を一体の人形の胸に突き刺す。

 

 その瞬間、景色が変わる。操縦室(そうじゅうしつ)が揺れ、少しよろめいた。

 前にいる男は死神の向こうをじっと見ている。窓の向こうをを見ているようだ。それもそのはず、人間達には死神の姿は見えていないからだ。

 

 死神は大鎌の柄をゆっくりとその男の胸の上に置き、力を入れて底に着くまで押し込む。それと同時に男はだんだんと呼吸が荒くなっていく。それに気づいた横の男が自動運転に切り替えて、近くの空港の通信等に連絡を取っている。その間に大鎌を引き抜き、魂を取り出す。男はぐったりとしていて動く気配はもうない。あったら怖いのだが。

 続いて横の男にも胸に大鎌を置き、先程よりも力を入れ、そこに着いた瞬間に一気に引き抜く。魂が出てきたところを捕まえ、もう一個の魂も捕まえる。

 

 また景色が変わる。操縦室が赤黒く染まり、電気も赤く光っている。魂たちを袋の中に入れ、客室へと移動する。

 

「な、なに!?」

 客室へと続くドアを開けて中に入ると何かにぶつかった。思わず大鎌を構える。が、それは人形だった。顔には、女と書かれている。おそらくは客室乗務員(きゃくしつじょうむいん)だろう。

 

「もう、驚かせないでよ…」

 安堵(あんど)の溜息がもれた。大鎌を回し首をはねる。赤黒い液体が顔にかかった。どうやら距離が近すぎたようだ。

 死神は軽く舌打ちをして手の甲で顔を拭いた。

 

 そしてまた、同じ行為を繰り返す。何度やってもこの行為には飽きない。醜い人間たちから綺麗な魂を取るのは楽しい。それにこの液体が自分を染めていくのも堪らない!!

 

 後ろを振り返り、客席を見渡す。ざっと百席ぐらいだろうか。これだけの数をちまちまとやって行くのは面倒だ。

 深呼吸をして目を閉じる。次に目を開けた時には、死神の目は赤くなっていた。

 

 客席に向けて大鎌を振った。その時、全ての首と椅子の頭部が吹っ飛んだ。客室に赤黒い雨が降る。

 そしてもう一度、今度は柄の方を客席に向けて降る。するとおよそ百個もの魂が人間たちの中から出てきた。それはまるで、海の中で珊瑚が産卵しているようにも見えた。

 

「疲れたぁ…」

 

 目を閉じながら壁に寄りかかる。死神は今の数秒で体力を消耗(しょうもう)しきっていた。白の死神だけが持つ〈狩人(ハンター)〉という能力を使ったからである。〈狩人〉は死神が把握している範囲にいる人形の首を飛ばし、人間の魂を取り出せるという大変に便利な能力だ。しかしこれには死神の体力を大きく奪うため、頻繁には使用できない。

 

 死神がしばらく休んでいると、急に体が浮遊感に包まれた。最後尾の方に体が引き寄せられる。なんとか座席にしがみつき後方に行かないように粘る。

 

「何が起きてるのよ…!」

 どうやら飛行機が急降下し始めているようだった。先程操縦士が自動運転に切り替えていたはずなのだが、何かの弾みでそれが解除されたらしい。おそらく操縦桿(そうじゅうかん)に操縦士の体が寄りかかっているのだ。

 

 このままではまずい。地上に着くまであとどれくらいなのだろうか。地上に着く前に魂たちを回収して元の場所に戻らねば、例え死神であっても無傷では済まない。

 

 魂たちはすでに後方にある。仕方がない、死神は手を離した。

 背中が壁に激突して痛い。

 ポケットから袋を取り出し、袋の口を開けて端の方から魂たちを入れて行く。袋が四袋目に達した時、死神の背中を悪寒が走り抜けた。

 

 死神は一つの魂を掴んだ。それと同時に浮遊感がなくなり、反動で床に倒れこんだ。

「あ、危なかった…」

 心臓は激しい動きを繰り返している。もう絶対飛行機で仕事なんかしない、そう思った死神であった。

 

 起き上がって周りに転がっている袋を両手に持つ。所々赤くなった飛行機から、ドアを蹴り破って外に出る。もうすっかり日は落ちていた。眠気に襲われ、ふらふらしながらもなんとか袋を運ぶ。

 

 テレポートボックスに袋を投げ入れ、倒れこむようにその場で横たわる。

もう限界だった。体力も、眠気も。

 

「もう、無理よぉ…」

 死神は届くはずもない副閻魔長に向けて言ったあと、深い眠りに落ちて行った。

 

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