「何かひっかかるんだよなー。根本的な勘違いをしてねえか?」
一人の少女が空の器をチンチーン。
浮かない顔で考え込んで居た。
「アサシンの気配なんか欠片も感じやしねえ。凄腕なのか、よっぽどチキンなのか、それとも…」
敵の増援を待っている司令官の表情。
蟹のスープスパゲッティに蟹のジャンバラヤと容易く片つけ、いまは四種チーズのピザを待つばかりだ。
立ち上る火の薫りを伴いようやく訪れたピザに、目の前から日に焼けた手が伸びる。
「やっほー。何か奢ってよライダー」
「今日は早ええな。つーか勝手に食うな。これはオレんだぞ」
えーいいじゃんと言う闖入者に、ライダーと呼ばれた少女は満更でも無い様子で笑って見せる。
「しっかし日本ってのはいー国だなカエデ。望めばどんな国の食いもんでも何でも手に入りやがる。サクソンにピクトの料理もあるんじゃねえか?」
「程度にも寄るけどねー。あっ、このカタツムリいってみない?」
カエデと呼ばれた少女に促され、もう一方のライダーという少女はウエイターを呼んだ。
以前に呼んでも来ない事にブチ切れた彼女が、ボタンで押せばいいと怒られたのはもう笑い話だ。
今では順応してピンポンピンポンと連射している。
「次に会ったら古美術でも紹介してくれるって言ったっけ?」
「あーゴメン。先生たちに買い食い留められちゃってね。暫くは暗くなる前に帰れってさ」
オリーブとニンニクの強烈な臭いを、匂いとして愉しみながら二人の少女は笑いあう。
「評判の店じゃなきゃ大丈夫っぽいぞ? 暫くこの辺で食ってみたが、隠れた名店とか人が居ない場所は被害がゼロだ」
「ほへー。でもそれなら駄目かな? 隣に御茶とか茶菓子が美味しい店があるんだよね。せっかく奢ってもらおうと思ったのに」
まだ食うのか? とはライダーと呼ばれた少女も言いはしない。
物見遊山を愉しむのはアリだと思うし、『今回の敵』だとするなら、調査の一環で寄っても良いだろう。
そんな顔で冷静に考えて居たようだが、恐るべき変化が目の前で起こった。
カエデと呼ばれた少女の表情が、華開く様な笑顔に成ったのだ。
直観的に表面上と気が付いたが、それだけにショックも大きい。
「あちらの老紳士の方に御用向きがおありの様子です。察するに御家の事情などではございませんか?」
「あ、ああ。ちょっと行って来るわ(こいつ、化けやがった。変身…いや、ここまで来ると変態だな)」
まるで蝶が羽化するかのように、先ほどまでとは別の人物像。
素人に出来る芸当とは思えない、最初から金でも狙って接近した?
騙された、最初にそう思った。
でも佳い女だな、次にそう思った。
どう見ても見事な営業スマイル、所作も完全に変化し、非の打ち所の無い礼儀作法すら漂わせている。
あまりの変化に、ニンニクの臭いが、ミントか何かに感じられるほどだ。
(あの女の立場だったとしても、疲れたりはしないんだろうな。対外的にもバッチリだし、あの不貞野郎みたいなことにはなりゃしねえだろ)
ライダーが良く知る女とは、大きく違う個性。
表面上完全でありながら、内面的には飾る事も無い…。
自分が王であり、偽の王妃を選ばないといけないなら、アレみたいのが愉しいかもしれない。と馬鹿馬鹿しい思いに耽る。
そんな他愛ない思いを抱きつつも、ライダーは油断せぬように自身を招く老人の元へ。
何故ならば、数日前の夜に出会った気配がするからだ!
「何の用だランサー、マスターから聞いちゃいるが…演技はもう止めたのか?」
「本日は御嬢様の件でお願いがありまして、姿かたちを偽る訳にも、侮られる訳にもまいりませぬ」
ライダーに呼ばれた老人は、あっさりと自分がランサーであることを認めた。
姿を偽ることは作戦のうちだろうに、もっと重要なことがあると真摯な目を向ける。
とはいえ、ライダーの方がそれを評価するかは別だ。
彼女自身名前を偽っており、作戦上の意味を認めれば名乗る事もある。その原則からすると老人の態度は褒めることはできない。
「まあ言ってみろよ。頷くかどうかは別にして、聞くだけは聞いてやるぜ?」
「ありがとうございます。用件は二つ、ヘッドハンティングを申し出て見よと、申されました」
情報収集もあり、ライダーは顎をしゃくって見せた。
聞く気の無い話であっても、相手の譲歩で裏が見える事もあるし、マスター同士のように敵の敵は味方と言う事もあるだろう。
それに対し、老人が口にしたスカウトは直裁過ぎる。
そもそも聞いてもらえるつもりのない提案を、まさにするだけはしてみようと言うレベルだ。
礼儀にかなった言い方出ないのも、お嬢様と呼ばれる対象の言葉をそのまま伝えているのであろう。
「まさか応じると思ってるわけじゃねえよな? それに、他の連中には声をかけねえのか?」
「町での調査を拝見させていただきましたが、こちらの方面で、『不自然さ』に気が付いた方のみを対象にせよと仰せです。問題の重要性を御理解いただく必要がありますので」
チッ。とライダーは舌打ちをした。
やはり自分の直感は正しかったと理解すると同時に、監視されており、更に相手から補足されたことが面白くは無い。
まるで『馬鹿じゃないから声を掛けた』とでも言わんばかりの、上から目線に感じられたのだ。
「うちのマスター達は盗人を警戒してはいるがな。…それとは別ってことか」
「そも、お嬢様は聖杯戦争の論理から外れた存在を疑っておいでです。それがハッキリするまでは、アインツベルンでもあっても迂闊に動くべきではないと」
可能性だけなら色々考えられる。
いわく、魔術師の集団。
いわく、エクストラクラス。
いわく、七騎以外のサーヴァント。
もちろん、魔術師なぞ百人居ても一笑に付して終わりだが…。
仮に、八騎目のサーヴァントが居て、さらに全陣営が疲弊したところで投入してきたらどうだろう。
まさにトンビに油揚げ、西洋だろうがアラビアだろうが強奪し放題である。
「まあ、そっちに関しては考えてやっても良い。アサシンの代わりってだけなら知らねえがな。んで、もう一つは?」
あくまで慮外のサーヴァントが居れば、そして協調路線までなら、という前提で頷いた。
鞍替えするような尻の軽い奴だと思われているなら論外だが、もともと期待しているとは思えない。
だから一応の試みなのだろうし、本命はこちらなのだろう。
「可能であれば、お嬢様が士郎様とお話になる時間を頂きたいと…。勿論、こういった町中でも、公の席でも構いませぬ」
「…」
好きにしろよと表情だけで答え、ライダーは返事をしなかった。
そこまで面倒は見切れないし、確約する気も無い。
必要だと思えば話し合いの最中に殴り込むのも辞さないし、不要ならば無駄な事はやる気も無い。
それがライダーが持つ独自の戦略だとか政略の感覚、綺麗事で済ませる気は最初からないのだ。
アサシン以外の可能性にしても、話を聞く為の仮定に過ぎず、譲歩ですらない。
酷薄な表情を浮かべる少女に、老紳士は頭を下げた。
「私ども全ての願いでございます。どうか、お嬢様を…」
「馬鹿じゃねえのか? 一端こじれた縁が簡単に治るわきゃねえだろ。時間を作るだけ無駄だ。そのくらい判ってんだろうに…」
完全に否定しながら、ライダーの表情は優れなかった。
否定すれば否定するほど、何故か自分で自分を追い詰めている様な気がする。
あるいは…こじれた仲が修復することを彼女自身が望んでいるのかもしれなかった。
そして、自分自身を追い詰めたライダーは、譲歩として利益を求めた。
その情報を開示する条件としてなら、自分も要求を呑まざるを得ないと、自らを偽ったのである。
「…だいたいお前は誰だ? ランスロットじゃねえことだけは判る。オレはてめえをキャメロットで見た覚えがねえ」
真名ほどの秘密を答えるのであればと、ライダーは譲歩した。
通常であれば、決してこの程度の条件で、相手が答える筈は無い。
そう信じて、断ることを心のどこかで祈る。
彼女に信じる神は居ないので、あえて言うなら、ア・ドライグ・ゴッホになろうか?
それは決して答えるはずの無い回答。
サーヴァント戦に置いて情報隠蔽は必須。まして、迂闊に宝具を使ってしまった訳でもないのだから…。
だが、何事にも例外は存在する。
「私めが残した礼装や、弟子たちに託した物を所持しておられましたな。後代の騎士かと思いましたが、円卓の方でしたか…」
例えばライダーが自分の秘密を口走ってしまったように、そして、この老紳士のように。
彼は言ってはならないことを平然と口にした。
例えこの身が果てるとも。
女主人の失われた絆を癒すことこそが、彼の望みなのだから。
「わたくしめは、ウィリアムと申します。僭越ながら、イングランドとダキテーヌに置いて執事の真似ごとをしておりました」
かくしてライダーは打ちのめされる。
思えば最初から彼女に勝ち目はなかったのだ。
嫌だと言うなら、話をそうそうに打ち切る以外になかったであろう。
「おっかえりー。あ、ご飯かたずけちゃったよ? デザート食べる?」
すっかり元に戻ったカエデと言う少女は、意気消沈したライダーを見て。
何も考えずに欲望を口にした。
それこそを望んで居ると直感的に判断したのだが、こういう時に彼女がカンを外したことが無い。
「…なあ? ウィリアムって言う名前の騎士で、すっごく強くて有名な奴って居るか?」
「ふふーん。穂群の黒豹と呼ばれたあたしじゃなきゃ、通じない問題だよ? ま、朝飯じゃないやデザート前のクエスチョン!」
メニューを開いて勝手にキャラメルのミルクレープを頼んでしまう。
自信があるならいっかとライダーは放置し、正体を聞くことにした。
戦技に置いて、ランスロット以上なのは良い。技術は未来に向かって疾走するからだ。
だが何故、ランスロットと同じ様な宝具が使えたのか?
魔術めいた力は、過去に向かって疾走する。後代の騎士がランスロットと見まごう力を振るえる訳は無い。
なのにあの老騎士は何故…。その答えは、とても単純なものだった。
漫画やアニメに伝説的な人斬りと呼ばれた侍や、爆撃機のエースが居るとしよう。
この侍やパイロットだと名前を偽ることの出来る者とは誰だ?
人斬りと飛ばれた侍の、あるいはパイロットの、元になった人物なら偽装も容易いだろう。
「天才とアーパー以外は居ないと言われたプランタジネット朝のトップで、フランスとイギリス最強の騎士というか無敵って言われた、ウィリアム・マーシャルが第一候補かな」
ようするに、老人の逸話がランスロットの伝承の中に流れたのである。
生涯にわたり五百を越える一騎打ちに勝利し、一度の敗北も無く。
イギリス王とフランス王に自分以上の騎士として称賛された、当時の欧州最強騎士。
いわゆるナイトマスターの一人が、彼、ウィリアム・マーシャルである。
/人物紹介
・ライダー
・真名?
バレバレだけど、円卓の騎士と言うことが判明しました。
・クラス:ランサー
・真名:ウィリアム・マーシャル
彼の後に、マーシャルという名前の意味すら変わったとされるほどの騎士で、一騎打ちでなら生涯にわたって無敵。多額の身代金を稼ぎ、一財産を築く。
さらには当時の最高の貴婦人と呼ばれ、フランス王よりも裕福であったダキテーヌ女公アリノエールに仕え、彼女が嫁いだイギリス王や、その息子リチャード獅子心王など何代にも渡って後見人や相談役を務める。
・ランスロットの伝承(独自解釈)
ランスロットは欧州におけるナイトマスター達の逸話をふんだんに盛り込んだとされており、王妃との不倫疑惑に一騎打ちで無敵など、ウィリアムとランスロット、あるいは他の伝承におけるナイトマスター的立ち位置に当たる人物の逸話が随所にみられる。
アーサー王伝説が広まったころに活躍した人物だから、まあ当然と言えば当然と言えるかもしれない。
ようするにナイトマスター達はお互いにモデルであり、ディムットとランスロット、ランスロットとオルランドウに共通する部分があるのもそのためである。
・蒔寺楓こと穂群の黒豹
信じられない事だがwikiを読むと、蒔寺楓は歴史だけには詳しいという事になっている。
日本メインな気もするけど、この際は西洋史もOKということで。
ついでに折り紙が得意で、料理に鑑定にお茶の作法に裁縫と、完全無欠の猫を瞬時に被れると、スーパー女子力を有する。
と言う訳で、このお話におけるアインツベルンは情報戦とか、参謀とか優秀なので色々な事に気が回って居ます。
よって第八のサーバントが居る疑惑と、謎の黒幕が居るんじゃね? という本家の裏話がサクっと回収。
バーサーカー戦が数話掛けて終わったら、黒幕との前哨戦として、警戒してるイリヤのお話になるんじゃないかな? という予定。
なお、マキジが出てるのは単純に背後の趣味と、wiki呼んだ時の思い付きです。
ランスロットの皮を被ったウィリアム御爺さんですが、事実を書くだけで嘘くさくなるスコアを持つという意味で、ルーデルやシモヘイヘと良い勝負と言えるので、ランスロット(原典)扱いで引っ張って来ました。
一対一だけならランスロットよりも強く、戦術戦略政略全てをイリヤに教えることが出来る後見人・相談役で、裏切った経歴が無いというチートキャラとして設定してあります。