(世界の滅亡が眉唾に聞こえないのは洒落にならんが…。確証がある訳でも無し、協力を申し出るにしても、手土産もねえから限界になるまではこのままだな)
どっち付かずは最悪だと自覚してなお、獅子劫界離はアトラム陣営を離れられないでいた。
あまりにも突拍子もない話だが、確かに筋は通って居る。
オルガマリー・アニムスフィアが知らないはずの情報を、推測してのけたからだ。
なにより、八枚舌と呼ばれる魔術士ならば、複数の勢力に亜種聖杯を作らせるというペテンはやってのけるだろう。
アインツベルンを焦らせる事も出来るし、亜種聖杯のどれかが成功しても良い…と。
それでも逡巡させるのは、アトラム陣営の方が彼の望みを叶えるには近いからだ。
(それはそれとして、セイバー…じゃなくてライダーが戻って来たのが厄介だな。こいつだけは油断だできねえ。一度引くか…)
獅子劫が上手く逃げようとする少女たちを出し抜けたのは、使い魔を潰されることを前提にしたからだ。
それでも獣じみたモードレットの直感を、いつまでも免れる自信は無かった。
何より、追跡調査を可能としたのは竜眼球と呼ばれる上級礼装のお陰、…竜化した子供の目玉だからだ。
これを失うことは、例え補充できるとしても、避けたかった。子供の犠牲を前提にした未来など願い下げだ。
そして、監視の目が離れたころには、少女達の会議は次の段階に移って居た。
「ようするに、今までとは違う聖杯戦争に成っていて、判るまでは様子見るとか言ってたな」
「さっきも聞いたけど。その話、本当に信用できるの?」
モードレットは呆れた様なというか、面倒くさそうな顔を浮かべた。
なんというかオルガマリーは心配性だ、まあ殺されそうなら仕方が無いのかもしれない。
だが、説明する方としては面倒くさい。
「オレを引き抜こうとしやがったからな。おととい来やがれと言いはしたが、そんな状況で嘘付くと思うか?」
「その状況でバレた瞬間に二度目の交渉はありえないね。嘘に真実を混ぜれば本当らしく聞こえるから、何分の一かは本当だろうさ」
「確かにそうだけど…」
モードレットの言葉を慎二が援護する。
その理論はオルガマリーも認めて居るのか、口ごもりながら、士郎の方に助け舟を求めた。
「ひとまず、交渉の可能性はある。で、良いんじゃないか? ただ、こっちが向こうの掌に載るかどうかは別だ」
「そうよね。向こうの思惑に乗ってホイホイいったら、逃げるに逃げられなくなるもの」
セイバーが居なくなっても、士郎が話題の中心に居るのは間違いないだろう。
オルガマリーは彼が助けてくれたことに感謝しつつ、アインツベルンにもそれなりの距離で居てくれることにホっとした。
「じゃあ距離込みで、まず学校で遠坂、教会で言峰、その後がアインツベルンの順に話を持ちかける。それまでに、情報を整理して、向こうの条件もできれば確認ってところでどうだ?」
「その辺かな。教会に行くのは逃げ込むみたいで癪に障るけどさ」
「協力が得られない場合や信じてもらえない時は、それこそ最後に逃げ込む事になりそうだけどね」
士郎の提案は、あくまでそれまでの総括だ。
納得できるかは別にして、他に方法が無い。
だが、オルガマリーがギョっとしたのは、そこで話が終わらなかったからだ。
「と言う訳でさ、情報は一つでも欲しい。嘘か本当かは別にして、アインツベルンはどう言って来たんだ?」
「ちょっ!? 迂闊にのったら何を言われるか判らないのよ? 本当かどうかだって…」
士郎の眼差しを覗きこんで、オルガマリーは黙るしかなかった。
眼を見ただけで判る。
これは絶対に引かない目だ。英雄王に立ち向かった時も、こんな表情をしていた。
捨拾選択が早く、決めたことは曲げそうにない。
「真偽は二の次だ。まずは確りと話を聞く。その上で、おかしいと思ったら遠慮なく注意してくれ」
「はい…。判りました、判ったわ! もう…」
ウジウジ悩まないのはありがたいが、危い話に首を突っ込むなんて…と思いつつ、同じ状況で助けられた自分が覆せるわけがない。
この覚悟を覆せるなら、自分も放り出されるくらいの容易い覚悟でしかないだろう。
今は見捨てられないと判るだけ、心強いと思うしかあるまい。
「んじゃ、簡単に説明すっぞ。最初は街で起きてる事故をアサシン陣営と思って調べてたんだが…」
「今回はアサシン居ないわよ? 私がデミサーバント用の材料として、特殊なのを呼んでるもの」
「空しい間違い探しってやつだね。あー馬鹿馬鹿しい」
結論が出た所で、モードレットが話し始めた。
オルガマリーが今更のように付け足すと、慎二が肩をすくめる。
慣れているのか、モードレットはイラっとすることもなく、飄々と話を続けた。
笑えない話だが、王の鶴の一声以外は、円卓も相当に酷かったらしいとか。
考えて見れば、三百の騎士と、それを束ねる十数名の上位騎士である。
慕い王の裁定を除けば、個性のぶつかり合いばかりというのも頷けるだろう。
なお、誰もが信じられないと思ったが、モードレットは文官あがりで、こういう場には慣れて居るという嘘の様な本当の話。
「ということは、新町の事故は本当に事故だったってことか?」
「アインツベルンを信じるなら、第八のサーヴァントまたは七騎以外のエクストラクラスの可能性だと。だが七の陣営は確認できた。と言う事は…」
「確かに消去法で八つ目のサーヴァントに成るけど…。嘘か、同じく新町に居た遠坂って線のほうがなくない?」
士郎が確認すると、モードレットが首を振る。
だが、にわかに信じられず、慎二ですら即座に否定の声を上げた。
「あの金ぴかが、さもしい真似して魂かき集めるとは思えねえな」
「それには同意する。遠坂が連れてるのはギルガメッシュだと思う。あいつは人を襲うなんて認めないし、やらせないだろう」
「ギルガメッシュ…最古の英雄王だなんて…」
モードレットと士郎は共通の認識に頷き合うが、オルガマリーは思わず驚愕しそうになるのを押しとどめるので精いっぱいだった。
それも仕方あるまい、神秘とは振るければ古いほど優れている。
最古参の一角、英雄王ギルガメッシュであれば、並大抵の英雄に勝る大英雄と言えるだろう。
「性格的にも遠坂はやらないだろうな。嘘も、アインツベルンが前評判的には一番強かったんだろ? なら無理して嘘付く事は無いと思う」
「八騎目のサーヴァントかあ。アサシンがイレギュラーだから可能になったと仮定しても、随分と丸裸にされちゃってるな。神秘は秘匿すべしとは、良く言ったもんだよ」
遠坂凛やイリヤスフィールという少女を知る二人は、やはりありえないという結論に辿り着く。
性格的に真っすぐで、なにより強大な魔術士としての才能を持っているのだ。
魂喰いなど、する必要が無いとも言えるだろう。
「朝一番に遠坂って思ったけど、今から教会がいいかもな。前に、事故の隠蔽に動いてるって聞いたらあいつ肯定したろ? あれに絡めて、八騎目の可能性を教えるついでに、円蔵山の事も伝えればいい」
「そういえばそんな事もあったな。監督役なんだし、せいぜい働いてもらおうじゃないか」
「えー? 今から出るの? どこかで待ち伏せとかされたら…」
「逆もありえるし、気にしてもしょーがないだろ。ここが探知されたら同じだ。むしろ逃げ場が無いだけ危険かもな」
四人はそんな事を言いながら、結局、地下水道を後にした。
彼女らは預かりしらぬことであるが…。
どっちつかずで迷よった獅子劫が、結局アトラムに教えて、竜牙兵を送り込んだのは数時間ほどしての事である。
「そういえばモードレット。つまらないこと聞くんだけど、なんでジャガイモなんて知ってたんだ? イギリスっていうか、欧州には無いのに」
「あん? ああ。単に戦利品だよ」
道中で適当な買い物をしつつ、士郎は気に成って居たことを尋ねる。
モードレットはフライドポテトを齧りつつ、色んな味付けを試し、最後は全部混ぜて行った。
それが落ち付いた所で、つまらなさそうに答えるのだ。
「アヴァロン探索隊が、ヴァイキングの冬季領土を見付けたんだ。まあ、てめえが言う様に、同じ物か保証はねーけどな。ただの木の根っこでもおかしくはないかな」
「そういえばそんな説があったな。当時は海が凍る率が多くて、渡る事も出来たって話」
「本当につまらないこと話してるわね。…剪定事項に含まれただけって方が判り易いわ」
モードレットと士郎が他愛ない会話を続けるのを、オルガマリーは適当な事を言って止めさせた。
「剪定事項?」
「タイムパラドックスみたいなものよ。平行世界が多いと困るから、可能性の少ない歴史は未来が閉ざされるって説があるの」
「それこそまさかだな。キャメロットの全てを誇れるわけじゃねーが、どうやっても潰えたとは思いたくねえ」
「そういう所はちゃんと円卓してるんだな。里心でも付いたっってワケ? …あいた! マスターに向かって何するんだ!」
だが藪蛇というべきか?
漫才じみたやりとりで、余計なことを言わなければ良かったと言う羽目に成る。
そして一同は紆余曲折を経て、目的地へ。
入り口にモードレットを残し、教会へと踏み入れた。
「ようこそ、救済の家へ。お前達が聖杯戦争を降りると言うのであれば、保護する事に成るが…。まさか三人まとめてということはあるまい?」
「いちいち皮肉を言わないと本題に入れないのか? とりあえず長くなるから、どこかで話せないか? 料理くらいは御礼に作らせてもらうけど」
ふっと言峰綺礼は笑うと、居住区画へ招き入れた。
そこは質素な作りで、成るほど聖職者の済む場所だと思える。
士郎が料理を作る間、変わって慎二が説明を代行。
モードレットの代わりに綺礼を入れたメンバーで、簡単な話を始めた。
「詳しくはボクの方で紙にまとめてるけど、今回の聖杯戦争はおかしいことだらけなんだ」
「フム。読ませてもらいはするが…にわかには信じられんな」
手際良い事に、先ほどまで話していた事を、紙片にまとめていたようだった。
トントントンと机を叩き、考え込む様な仕草をした後、綺礼おもむろに口を開く。
「居ると仮定して、第八のサーヴァントには注意しておこう。ただ、亜種聖杯や円蔵山に関しては権限の外だ。手の者を接触させはするが、期待されては困るぞ」
そもそも、戦いを降りて無いマスターの相談を受けることは、反則のようなものだ。
言外にそのことを含ませつつ、綺礼は監督役の権限の範囲で請け負うと説明した。
そこまでのやり取りが終わった所で、待ちかねたとばかりに、士郎が皿を何枚か並べた。
先ほど買った材料には合わないので、おそらくは弁当を作る方が本命なのかもしれない。
「取り合えず日持ちする物はタッパやシャトルに入れといた。礼って言うには粗末だけどな」
「気にする事は無い。賄賂を受け取る訳にはいかんが、施しであれば問題は無かろう」
士郎の差しだした料理に、綺礼は十字を切って感謝の言葉を述べ、一口だけ料理を形式的に頬ばった。
そして、即座に皿をオルガマリーの方に滑らせる。
「私は最初にいただいたし、温かい物をどうだね? 何、聖職者たるもの残り物で腹をふくらせるとしよう」
「食べた以上は毒味役ってわけじゃないわよね…。明日も動き回るし、遠慮なく」
綺礼にも士郎にも、気を使われているのだろう。
そもそも、士郎が料理を作りたかったのも、ファーストフードより温かいご飯をオルガマリーに食べさせたかったからだろう。
年下と扱われていることに不満を覚えないでもないが、歩き詰めで心労が重なっていた。
先ほどはストレスで胃が受け付けなかったり、臭いが酷い事もあって、思わず箸が進む。
そんな中で、士郎と慎二が相談し始めたあたりで、綺礼は厳かに呟いた。
「悦べ少女よ。ようやくお前の願いは叶う」
「え…?」
あまりにも場違いな状況で、いや、狙い澄ましたかのような状況で。
言峰綺礼は心の奥に踏み込んで来た。
温かな料理と、人らしい扱いをされ、無防備になった所へ土足で侵入したのだ。
「アトロポスの鋏と名付けた様だが…。お前には元より豊か過ぎる才能がある。そんなお前が満足するような成果…人類が剪定される様な大事でもなければ廻り合うことは無いだろう」
絶句した。
褒められたい、褒められるような事をしたい。
確かにそう喚き散らしはしたし、思い返すに赤面するしかない。
だが、この神父に言ったつもりは無い。
スパイでも放っていたのだろうか?
いや、それとも…。
考えるよりも先に、容易く心の疵は切り拓かれた。
「考えるまでも無い。仮にもロードの娘が聖杯戦争に? そんな必要は無い。物理的にな。ならば求めるのは心の充足だ…まあ私にも覚えがあるがね」
懐かしい思い出を振りかえる神父。
自分と重ねて居るのだろうか? そうだ、それよりももっと重要なことを、この神父は口にしなかったか?
「運命の女神アトロポスの鋏は、人の命運を定めるモノだ。決して遮断機程度では済まされない。…だが、心するが良い。剪定により燃え落ちるのを待つのが、ただ一人だけとは限らないのだから」
歴史の転換時期を、運命の遮断機と例える者も居る。
だが、神父の言葉はもっと辛辣だ。
世界を定め、燃え落ちる運命を決めてしまう人類史の剪定。
それを避ける事こそが、オルガマリーの役目であり、秘められた望みであると高らかに告げる。
暴かれた心の闇に、神父に合わせて強烈なはずの味付けが、砂を噛むように何の味けもか案じられなくなってしまった。
と言う訳で、ようやく黒豹と白獅子の話の時に使った伏線を回収。
八番目の陣営の存在示唆を共通化し、アインツベルンと話し合おうとする路線が決定します。
あと所長リリィが泣かされることに成りましたが、聖杯戦争を解体しないと、人類剪定されるという事態に気が付く感じで。
大聖杯と、亜種含めた六つの小聖杯…他に使いようがないっすよね。