「お客様の御来訪は何用でございましょうか?」
森の中、黒騎士が竜牙兵たちの前に立ち塞がった。
右手には黒き剣を持ち、左手には護拳付きの短剣を構え、たった一人で百体を威圧する。
「ククク。バーサーカーの真似は止めたのかねランサー」
「七体全てが確認できたのならば、侮りを受けてまで暴れる必要は無いでしょう。用件ならばこのランスロットが承りますが?」
アトラムの挑発を受け流し、ランスロットと名乗るランサーは超然と居直った。
元よりクラス名での名乗りなぞ、前哨戦での隠し銘に過ぎぬ。
四次聖杯戦争でランスロットがバーサーカーであったがゆえ、ランスロットでもある彼は、情報収集の間バーサーカーと偽っただけだ。
真にバーサーカーを操るアトラムからすれば笑いをこらえるほどに滑稽だったのであろうが、もはやその必要も無い。
「そう、君だよ君。旗下に加わらないかね? 受肉が目的なら人間の一生分くらいは問題無いし、現世利益であれば叶えられるが」
「有り難い申し出ですが、私めの目的はお嬢様の未来にこそあります。ゆえに相入れませんな」
ランサーは即座に否定した。
生前に置いてヨーロッパ随一と詠われた賢王妃に仕え、騎士、貴族、派閥の領袖として全てを叶えた彼にとって、いまさら名誉と栄華など不要。
いや、多くの英霊に取ってそんな物はオマケの様な物だ。
「モノ別れのようで。マスター、せっかくです。ここは暫く彼らの手並みを確認しては?」
「では、戦況が変わるまでは任せるとしようか」
聖ジョージの提案にアトラムは快く頷いた。
兵は浪費すべき財であって、惜しむべき騎士でも無い。
騎士として称えられるべき精鋭に至るならば、この戦いの勝敗よりも重要な手駒が手に入るのだから。
「ではランスロット卿、死して彼らの経験値になりたまえ。なに、魂の方は我々の聖杯で回収させてもらうがね」
言いながらアトラムは、竜牙兵のうち、スパルトイに新参のドラゴントゥ-スウォリアーを率らせる。
いいや、言葉の槍が交わされる間に、スパルトイ達は配下を布陣させていた。
『左翼前進。右翼は交戦と同時に押し包め』
『承知。行くぞお前達』
既に知恵を使い始めた上級の個体が、ナンバリングが下の個体のグループに指示を出す。
小隊長役のスパルトイが動き始めると、棒立ちだったドラゴントゥ-スウォリアーも戦闘であると自覚して動き出した。
「狼藉者であれば已む無し。有象無象の区別なく、切り捨てるのみです。参りますぞ!」
無造作に近寄った対象を、言葉通り、端からランサーは切り捨てた。
同時に攻めかかられようとも、僅かにサイドステップを効かせて残骸に替えてしまう。
「三つ、四つ!」
「速いっ。流石はランスロット…。だが、それはまさしく有象無象。宝石に成る価値を秘めているが、ただの石に過ぎん」
まずは統制を持たずに遮二無二な怒涛の攻め。
容易く倒されるだろうが仕方あるまい、この段階の竜牙兵などアトラムにとっても、有象無象の雑兵に過ぎないのだ。
たちまち四、いや五体が倒されようとも前衛は補充の効くドラゴントゥ-スウォリアー。
だが、生き残ればスパルトイに、やがては低くとも英霊級の勇士に成り果てるだろう。
対文明宝具、『聖・ジョージの名のもとに』
その真価は単に配下を強化するモノにあらず、試練を為し遂げたモノに栄誉を与え、更なる進歩を目指す文明をもたらすものなのだ。
為し遂げれば勇者と称えられる、ドラゴン退治のクエストのように。
兵士は騎士に、竜の新兵は地獄の古参兵に、いずれ英雄に並ぶモノも出るかもしれない。彼らスパルトイの祖が、あるいはミュルドーンの祖がそうであるように。
「
焦り、うろたえ、恐怖と言う感情を覚えることで、礼装としては退化するドラゴントゥ-スウォリアー達。
だが聖ジョージはそのことこそを言祝ぐのだ。
写真に収め、見るべき価値の無い道具から、味わいのある銘器に、いずれは人並の心を手に入れるだろう。
『らちが開かん。先に逝くぞ』
やがて十も朽ち果てた頃、左右の前衛を率いて居たスパルトイが覚悟を決めた。
剣を構え、盾で動きを抑えながら攻め寄ったのである。
だが…。
『ぬ!! 強い強過ぎる』
「お見事。とうてい竜牙兵とは思えませぬ」
精鋭であるスパルトイですら、英霊の中の英霊であるランサーには叶わない。
せいぜい、刃を合わせる事も出来ぬ状態から、一合か二合打ち合えるのが精々だろう。
一撃目で剣を流され、たちまち二撃目で盾を飛ばされ、三撃目では切り捨てられた。
だが、ここで竜牙兵達に変化が見え始める。
『お前の戦いは、後に続く兄弟たちに。我らの母に伝えよう』
『死ネイ、シネイ。ココガ死ニ場所ダ』
後衛や中央に位置するスパルトイ達は頷き、…それだけでなく、ドラゴントゥ-スウォリアーの中にも目に見えて動きを変えるモノが現われ始めた。
覚えたばかりの恐れを、遥かに越える勇気を示し始めたのだ。
「竜牙兵に心が…。なるほど、バーサーカーの代わりに出るだけはあって、一筋縄でいかぬが道理。しかし、忘れてもらっては困りますぞ」
ランサーは僅かに身を沈ませると、ここで初めて打って出た。
僅か一歩、だがしかし、初めて見せる踏み込みである。
そう、これまでは一歩も前に出ずに、その場で対処していたのだ。
「王侯貴族とは、もっとも強い山賊海賊の成れの果て。一騎当千など当たり前、万夫不当で当たり前と申します」
残像すら帯びた剣が、防御しようとした盾をすり抜ける。
ただそれだけで、正面に居た二体目のスパルトイが沈黙。
返す刀で振りあげると、その後方に居たドラゴントゥ-スウォリアーの体が剣圧だけで斬り割かれたのである。
「本気になったか。これでは勝てん、一度下げるか?」
「せっかく宿った意思が無駄になりますからね。…しかし、魔力消費量を上げたとも言えます」
ここでアトラムは無意味な消耗を惜しみ、聖ジョージはせっかくの機会こそを惜しんだ。
ボロ雑巾でも切って捨てるかのように倒されるが、最高レベルの騎士を相手にしているのだ、ただ睨み合うだけでも豊かな経験になるだろう。
知性を働かせる将や、身を捨てて挑む剣豪が現われるかもしれない。
そんな折に、再び虫たちの一部が集い始めた。
「それなんじゃがの。きゃつめ、ちと目が効き過ぎる。この老体めと同じ程度の判断をしておるぞ」
「英霊に管制官をつけてるのか…。アインツベルンは一周回って頭が悪いんじゃないかと思い始めたよ。まあいいゾォルケン、何とかできるか?」
虫が作り上げた老魔術師の陰に、アトラムは舌打ちで返しそうになった。
竜牙兵の陣に飛び込んでなお、無傷で走りまわるランサーの異様さ。
それは誰かがオペレートしているからであり、指示を打ち切らねば、後ろから切りかかる有利さすら生じえない。
ただでさえ強力なサーヴァントに、そこまでの援護を与えているとは思わなかったのだ。
「クカカカ、パスを邪魔する術と差はあまりないでな。可能ではあるが、その分だけ濃く仕上げる必要がある。監視が緩くなるぞ? それでも良いなら…というやつじゃ」
「チッ! いまいましい…。探査を捨てて遮断に注力、5分でいい」
アトラムは幾つかの選択肢を考慮して、攻勢に出る事にした。
ランサーは宝具こそ使って居ないものの、相当な力を使って戦闘を行っているようだ。
アーチャーやライダーなど独立行動するタイプではないのに、主人からの魔力補給なしにあれほどまでに戦っているのだ。仮に合流出来ても一朝一夕には回復すまい。
「5分だけ全力で戦闘し彼我戦力差を確かめる。バーサーカー、お前も出ろ」
「その言葉を待っていましたマスター。では、私も少し付き合う事にしますか」
アトラムは言うが早いか、竜牙兵の陣を広く展開させた。
自分達が移動する場所を開けさせると同時に、左右から後方に回し退路を塞ぐ為だ。
「フム、よかろう。しかし…なんとも滑稽な。これが聖人と呼ばれたゲオルギウスの末路か」
「いえいえ魔術師どの。彼らの忠勇の前には外見など考慮の外です、共に末世ではなく未来を掴もうではないですか」
マキリ・ゾォルケンが虫たちの密度を、外から中に変化させる。
その眼下を、竜牙兵が剣や槍を掲げて列を為しているのだ。
聖ジョージ達が交差する刃の下を潜る有様は、まるで王侯貴族、あるいは凱旋将軍の出陣。
だしかし、剣を捧げるのは竜牙兵、そして天を彩るのは天使でも蝶でもなく、醜い羽虫たちの天幕である。
(っ! あの野郎、判って居てアトラムを誘導してやがる。…賭けに勝てば、なんとかなるんだな!? 賭け、どっちを選んでも賭けか)
一瞬だけ隠れて居るこちらに目を移すのを、獅子劫は見逃さなかった。
アトラムは信じて居なかったが、自分達の成功は、世界の破滅に繋がる可能性がある。
よくよく考えれば判りそうな物だ、六つの小聖杯と大聖杯を合わせて、七つもの聖杯が存在する奇跡的な状況!
小聖杯の方は力を話半分に考えたとしても、大抵の願いは叶うだろう。
(判ったよ、やってやる。やってやるよ。サーヴァントは無理でも、ホムンクルスならお手の物さ)
獅子劫は声に出さずに呟くと、同じ様に森へ隠れ、援護のために様子を窺う戦闘用ホムンクルスに向かって行った。
確認されていた準サーヴァント級の個体は居ない、なんとかなるだろう。
そして主戦場では、いよいよ本格的な戦いが始まって居た。
先ほどまでの激戦は、所詮ドラゴントゥ-スウォリアーを中心としたオードブルだ。
既に損害は十どころか二十を超えているが、サーヴァント同士の戦いこそが真骨頂!
「行きますよ? 戦いは苦手なのですけどね」
「バーサーカー、そしてアトラム・ガリアスタ! お嬢様に成り代わりて、ここで討ちとらせていただきます」
打ち合わされ、鎬を削り合う刃と刃。
ギィンと甲高い音がした瞬間に、白剣は黒剣に流される。
聖ジョージが戦いが得意でないと言うのは、ある種の謙遜だろう。
だが、それ以上にランサーの技量が優れて居た。
「せいっ!」
白剣を流した瞬間に、ランサーは護拳で手元を殴り付け、同時に回り込み始める。
続く黒剣の二撃目は、残像を前後に描く不規則な速度で迫った。
「おおっと、見えて居ますよ」
だがしかし、聖ジョージは次々と捌いて、回り込んだランサーの正面に移動し直す。
その刃は剣速から言っても踏み込みから言っても、重く鋭くまともな騎士なら一刀両断か、受け止めた瞬間に腹か首を短剣で刺されたに違いない。
されど知るが良い、このバーサーカーは聖人の中でも守護者として詠われた存在だ。
王でも民衆でもなく、屈強なはずの騎士から守護騎士として崇められる存在、守りの戦いで有れば防戦におけるヘクトールにすら匹敵するだろう。
「怪我をするから無用な手出しは御無用…などと野暮は言いません。構わないので踊りたい者は共にダンスを踊りましょうか」
『我らが栄光は、聖・ジョージと共にあり!』
聖ジョージやスパルトイ達に一対一という概念は無い。
彼がゲオルギウスと呼ばれていた頃は、絶対多数を相手取る苦難か、魔物か山の主といった獣たちが相手。
ましてや創造された竜牙兵たちに、禁忌と言う論理があるはずもない。
「くっ…通信も封鎖されましたか、仕方ありません。こちらも全力で参りましょう」
「カカカ。あれで全力で無いとは…本当にランスロットかどうか疑いたくなるのう。ようやく正体がつかめて来おったわ」
冗談では無いと口走りそうになるアトラムの戦歴と違い、聖杯戦争をずっと見て来たゾォルケンの目は遥かに確かだ。
ランサーは強い、おそらくは本物のランスロットよりも、剣や槍の技量『だけなら』優れて居るのだろう。
四次聖杯戦争でランスロットを呼び出した雁野より、イリヤスフィールの方がずっと魔力が強大ということもあるだろう。余裕はある様に見える。
聖ジョージの剣を反らし、牽制の一撃を入れると同時に、援護の為に割って入った竜牙兵を両断しつつ大きく下がる。
だが、ここまでの技量は必要なのか? 追撃を避けるために下がる必要はあるのか?
本物のランスロットであれば、自分を傷つける刃だけを適当に防御しただろう。
あるいはバーサーカーをあしらいつつ、竜牙兵の殲滅を優先したかもしれない。昼間の間は無敵と呼ばれたガウェインの猛攻を夕刻まで凌いだように。
「絶対的な技量を持っておるが、戦場にそんな技は不要、化け物相手には押し切る為の力の方が必要。要するに、こやつは立派な騎士であっても、理不尽に立ち向かう勇者ではあるまい」
試合でなら、という前提で有れば円卓の騎士全てにも勝てるかもしれない。戦技の発展は後代の方が優れて居るからだ。
だが、円卓の騎士であれば誰も出来ることを、このランサーは出来ない。
何故ならば、世の中に化け物や問答無用の殺し合いがなくなった時代。騎士道が始まった時代の化身であるからだ。
「そうか…。ならば遠慮は不要だな。投げ撃つモノは私やバーサーカーごと狙え! 残り2分、その間くらいは何とでもなるだろう?」
「勿論。マスターに覚悟があるならば、
なんということだろう、アトラムは竜牙兵に指示して、槍や弓を一斉に放たせる!
単に狙うだけならば避けられるだろうが、こともあろうに聖ジョージは突入して足止めを、アトラムもまた至近で唱え始めた。
いや、聖ジョージに守らせるのであれば、至近であるほうがむしろ安全だからだ。
「これはっ…なんと無謀な! 先に倒せるか?」
「令呪を持ちて命ずる! 我が不破の盾と成れ」
「いかにも! 我こそは守護の騎士、ゲオルギウスなり!」
最後の逃げ口を、アトラムは閉じた。
矢弾が降り注ぐ地獄の中を、聖ジョージはランサーを封じつつ、アトラムを殺害するに足る攻撃だけを丹念に落とす。
誰も彼もが傷付く中で、一人だけが深く傷ついて行った。
常識ではありえない攻防に、さしものランサーも驚くほかなかった。
いや、相手がジークフリートやヘラクレスのように、竜の血や獣の皮で守ると言うことも想像できるだろう。
だが、単に防御に優れた逸話持つ英雄が、ここまでの暴挙に出るとは思わなかったのだ。
まして、戦い慣れぬ魔術士がそんな博打を打つとは思いもよらなかったに違いあるまい。
「これは抜かりました。お嬢様の御力抜きには危険ですが、こちらも博打に出る他ありますまい」
「何!? この状況で礼装や宝具を使うつもりか!」
主人からの供給を完全に断たれ、自らの霊器のみに頼らざるを得ない状況。
だがランサーは、不利を悟って賭けに出る事にした。
城や残ったホムンクルス達を任され、アインツベルン…いや主人の誉れこそを守る以上、ここで引くわけにはいかぬと判断したのだ。
神代の戦士であれば、名誉はともかく拠点など捨ててしまえと言うに違いないが、栄光と共にあっての騎士であるからか?
いいや、この城は主人が戻るべき場所、そして…主人に逢う為に若者が目指す場所なのだから!
ゆえに戦況は三度逆転する。
注釈:
対文明宝具:
対象はマスターを含む人間、知性を持つコンストラクトなどにも及ぶ。
信じる者の数、繰り返す試練の回数に制限はなく、バーサーカーが滅びても最後の一回は残る。
令呪のように不自然なことは不可能だが、待機している者がカウンターで臨機行動で割って入ったり、期待値以上の自分を出せる。
また進歩を促す力があり、クエストを達成したら、『次の』クエストではより効果は強くなっていく(サイコロ2個の期待値が7だとしたら、任意で7、8…最後は12まで上昇する)。ただし、不可能なことは不可能なので、教官役の古参兵が居なければ新兵は新兵のままであるし、技の習得や知性はともかく、能力の上限は強化魔術などが必要。
アトラムが色々と研究を成功させたり、博打を挑むように成って居るのは、この宝具の影響とバーサーカーの呪いじみたカリスマの影響でもある。
彼らはバーサーカーの誘導に従う限り、かなりの確率で博打に勝てると思いこんでおり、ここまで来ると麻薬の常習性となんの代わりも無い。
と言う訳で、アトラムの陣営とランサーがガップリ四つに組んで戦闘を開始です。
様子見で妨害を兼ねて出かけたはずのアトラムさんですが、意外に行けそうなので、押せ押せと暴走中。
戦況としてはまず広域遮断で礼装封じ、対人特化だからランサー有利、対軍能力がないと気が付いてアトラム陣営が逆転、仕方無いのでMP浪費だけど対軍用の礼装解放で再逆転となります。
真面目な話、イリヤが居るか、帰って来るまでランサーが逃げれば簡単なのですが、それが出来ない事情がある感じ。