「マキリの聖杯が動いたか、いよいよ大詰めという訳だ」
少女が動くのを確認して、監視者は自分の胸元と比較した。
そこには残り三分の一になった弁当箱。
捨てるにも惜しく適当に味わっていると、パタパタと言う足音を聞こえて来る。
「人の目を気にするのにも飽いた。…気に入らない養父とはいえ、任された仕事くらいはこなしておくとしよう」
駆け付ける足音は規則的で、良く鍛えられた物だ。
歩調に乱れは無く、年若いにしては鍛え上げた肉体が窺える。
監視者の居るこんな所まで、律義に来る性格から、ここのところ何度も会っている人物だろうと当たりが付いた。
「イッセイ、前から言って居ることを寺の皆にも伝達しろ。足下の大空洞は危険な状態やもしれぬ」
「それは本当ですか花蓮さん!?」
言峰花蓮という監視者は、駆け付けて来た柳堂一成と言う少年に厳かに告げた。
そして、最後の一口を面倒そうに押しつける。
思わず口にしてから顔を赤らめる少年であったが、はて? と首を傾げた。
「これは衛宮の手か? そういえば学校で何やら…。あ、衛宮士郎という名前に御存じは?」
「エミヤ? ああ、一応は。エミヤ…シロウ。……まあいい、専門家を呼び寄せるので避難は今日中にやっておけ」
面白くなりそうだと、監視者はアッシュブロンドを靡かせながら立ち上がった。
マキリの聖杯こと、間桐桜が助けに向かった少年のことを想像しながら…。
そして、血相を変えた桜は、教会に飛び込むなり居住区画に飛び込んで来た。
「先輩は! 先輩は大丈夫なんですか!? ああぁ…なんでこんな事に」
「落ち付け桜。電話で話した通りだけど、施術を確実にこなすためには、お前の力が必要なんだ」
桜はベットに横たわる士郎を見付けると、枕元に駆けつける。
説明しようとした慎二に向かって、キっと睨みつけようとするのだが…。
良く知る姿ではなく、女の姿を見て、戸惑いを覚えた様だ。
「人形の体を経由して、サーヴァントと契約した…んですよね? 安全策で…」
「簡単に言うとその通りさ。まあ失敗も大きかったけど、その責任はボクだけのものだ。…でさ、この通り虚数魔術の使い手を呼んだけど、大丈夫なんだろうな?」
人形と言うには生々し過ぎる、人形で済ませたと言うにしては、荷が笑いに含まれた悔恨が強過ぎる。
清々と言い切る姿に、ある種の諦観を見た桜は、どう言っていいか判らなくなった。
元より彼女の魔術知識はそう高い物ではないし、そもそも目の前で死に掛けているのは士郎なのだ。
戸惑う彼女の元に、赤い瞳と銀の髪を持つ少女が近づいてきた。
「物理領域マテリアル、精神領域アストラル、そして魂であるイド。この3つに分割管理することで、術式としては問題なくなったの。良い? 貴女の役目は、『核』を誰にも渡さないように仕舞うだけ」
オルガマリーは間の仮定や採算性を、全てすっとばして桜に説明した。
事細かに説明しても判らないだろうし、やり遂げる為の苦労や、反動によるマイナスを引き受けるのは巻き込む形である彼女自身の責任だ。
ゆえに批判を素直に受け入れて、務めて冷静に桜の担当部分だけを説明していく。
「単にそれを管理する礼装を、誰の手にも渡したくないだけなの。私に管理しろと言われても、他人の自由意思なんか欲しい訳でもないしね」
「当たり前です! 先輩は先輩の意思で貴女たちに協力したんでしょ? それなのに…」
オルガマリーは胸元に掴みかかる桜の指を引き剥がすと、士郎のポケットから目当ての物を取り出した。
ここ数日の途中で、なんど見たことのある礼装だった。
ただし、そこに書かれていた絵は何も無く、真っ黒に染まって機能していない。
「このカードが何のかはともかく、今は何処とも繋がっていない、他所から影響を受けないというだけで十分よ。貴女の役目は、このカードに繋いだラインを維持したまま虚数空間に保存する事」
「何度も言われなくとも判って居ます! 虚数空間の中でも、先輩に付属したエリアを思い浮かべるんですね?」
オルガマリーは自分でも判らないと言う意味で伝えたのだが、桜は自分に説明する必要が無いと受け取ったのだろうか?
僅かに怒りを窺わせながらも、士郎の為に今は耐える。
このカードがあれば士郎を操れるのだとしても、自分が固定化に専念すれば当面の問題は無くなるのだから。
「最後に一つ、虚数魔術に一番重要なのは、方向性と繊細さよ。その特殊性から魔力の強さや抵抗力は関係ないの。『i』を解く苦労はあるけどね」
虚数魔術はマテリアルともアストラルとも因果関係が無いため、素通しになる。
だが、虚数から精神領域・物理領域への変換を行うと、ルートを解く二乗の二乗ほどのエネルギーが必要なのだ。
管理できれば容易く防壁を踏破する力であるが、出来なければ普通の魔術の何倍も力が掛る。
レアな性質の上、学習に掛る徒労が大きく、マキリ・ゾォルケンが活かさずに間桐の性質に変えようとしたのも仕方あるまい。
「サクラ…だっけ? 私はシロウの義理の姉のイリヤスフィール。どれだけ掛っても魔力は私が用意するから、方程式だと思っていいわ。一緒にシロウを助けましょ」
「アインツベルンの…? 御爺様の資料で見たことはあるけど…」
イリヤが姉だと言う事を、半信半疑ながらも桜は受け入れた。
マキリ・ゾォルケンが用意した資料の中に、衛宮切嗣とアイリスフィールの写真があったからだ。
前回は適当な参加だったというものの、そんな資料が残っている事を考えると相当な手並みと言えなくもない。
「納得したなら配置について。施術全体の統制と、領域変換は私がやるわ。降霊と支配魔術に関してはマキリの二人で。全体的な魔力管理をアインツベルンがこなすと言う流れでお願いね」
「小娘が仕切るってのは気に食わないけどね」
オルガマリーが位置と施術内容を簡単に説明すると、慎二たちはそれぞれの覚悟を決めた。
息(意気)を呑んで心を落ち着かせると、改めて術式を開始する。
「カードへの降霊と、肉体支配を確認。『
真ハサンが遺した宝具を起動し、オルガマリーはトランス状態を維持しながら施術し始めた。
窓やベットを空白の線として認識し、全てを虚空に見つめるかのように俯瞰して眺める。
肉体面の反動は、士郎の体であって士郎の体ではなくなった事で解決される。
続いて精神面を表に出しつつ、肉体面を浸食し過ぎない様に、カードを中心にコントロールを掛けて行った。
マテリアルとアストラルの転換という大魔術を、複数の魔術を組み合わせることで代用した。
そして、宝具を使って変動した肉体そのものにメスを入れれば、まるで粘土に手を入れたかのように心霊手術を行っていく。
その中で、オルガマリーは奇妙な事に気が付いた。
これは、士郎の精神に深く結び付き始めた彼女だから判ることなのかもしれない。
術式を通して、イリヤから士郎に流れ込む力の本流。
その奥に何か奇妙な物が…、そして、重なる二つの陰に気が付いた。
(何? シエロさんが二人いる? それに奥で光ってる、あの黄金の光って何なの?)
そう思って意識を向けると、グングンと引き吊られていく自分を観測する。
まるで沖合に流される潮流の様に、太樹のようなイメージを越えて、どこか遠い丘に辿りつく。
そこには降りしきる雪と無数の剣が立ち並んでいた…。
(イドの中に内面領域? まさか固有結界なの? でも、そう考えるとあの規格外の投影魔術にも説明が付くわ)
オルガマリーが見渡すと、そこには雪が溶けて作り上げる沼。
そして、沼鉄と呼ばれる自然現象での錬鉄が行われていた。
朽ちて行く無数の剣が、溶けて、再び無数の剣に仕上がって行く。
それを打ち直し、鋭い剣に替える男が独り、丘に立つ。
(誰…? シエロさん?)
「(こんな所まで来たのか? 凄いなマリーは。でもお帰り、ここはあまり体に良くない)」
士郎に良く似た誰かが、周囲の精気を吸って育つ一本の枝を示した。
見ればシロウに良く似た男も、徐々に溶けだして、枝に吸い込まれていくではないか。
そして、その根元には、黄金の輝きに包まれたナニカが…。
そこでオルガマリーの意識は途絶える。
だが、意識の向こう側で、見つめる影もまた、彼女達の企みに気が付いて居た。
「おっ。向こうでも何かおっぱじめやがったな…」
「何か変化があったのですかクーフーリン?」
見上げる女にクーフーリンは何でもないと首を振る。
だが、その嬉しそうな表情に、バセットが気が付かないはずもない。
「何もない筈は無いでしょう…。ですが何故、アトラムの申し出を受けたのです? 貴方が条件を呑む理由は無い」
「単に小僧どもが、予定居通り俺の影響を振り解き始めただけだから気にすんなって事さ。ただな…あいつの条件を受けたのは俺なりの理由があるからだ」
察しの悪いバセットが直ぐに気が付いたのも道理だ。
数日以内後に自害するが、ライダー陣営を倒せば解除される。
そんな理不尽極まりない契約を結んだ後であり、クーフーリンが何らかの探査術を使用していたからだ。
「あの子たちとの共闘を止め、アトラム陣営に付くという、ケジメの為ですか?」
「はっ! んなことは毛ほども考えちゃいねえよ。敵になったら殺し合うのはいつものこった。ゲッシュを破って時間稼ぎした事で、最低限の義理は果たしたしな」
ただまあ、と嬉しそうに男は女に理解できぬことを口にする。
それは笑って死地に向かう漢の美学。
強くなった少年たちと相対し、同時に女の境遇を守るのならば自分の命を的にするだけならば安いだろう。何しろ勝てば良いだけ。
それにゲッシュを破る羽目になったのも、破った結果で霊器が傷付き、痛んだ霊基で戦うなど大した負担でも無い。
「あとはまあ、なんだ。あいつとの誓約で、最後の条件が外れそうだったからな」
「条件…まさか、大神刻印のですか?」
クーフーリンは楽しそうに頷いた。
『大神刻印』は高位ルーンを扱える者ならば知っている大魔術だが、使いたくても使えない封印が掛っている事でも知られている。
いわく、神代のルーンが使えなくてはならない。
いわく、全てのルーンを決まった順番・配列で組み合わせねばらない。
いわく、扱うのは死して蘇る、狂える詩人でなければならない。
「最後にいわく。それは
神以外が神代のルーンを使えば死に、それを代用手段で回避しても死ぬ。
常人であれば対象を設定する事も、実行する事も叶わない。
そして仕えたとしても、大神宣託を全力で使う者は、遅かれ早かれ死ぬのである。
だが、クーフーリンに化された誓約は、それを前倒しで可能にさせた。
勿論、実行されるのは二日後であるが、この際、何の意味も無い。
意味があるとしたら、それこそが世界の選択である。
「嬢ちゃん達のことを探った獅子劫の野郎が伝えた、世界の破滅。俺は結構マジなんじゃないかと思うぜ? だからここで一切合財消し飛ばす」
「…敵とする相手をそこまで信じるのですか? ならいっそ全てを捨てて味方しても良いでしょうに。…いえ、それこそがクーフーリンと言うべきですね」
クーフーリンに留められてでも、バセットも最後まで付き合う事にした。
そこが死地だとしても、共に戦うのが呼びだしたマスターとしての務めだろう。
付いてくるなと言う男の我儘を、無視してフォローするのが女の美学である。
・人物紹介
・間桐桜
虚数魔術の使い手であり、慎二の義理の妹。
マキリ・ゾォルケンによって、蟲を使った亜種聖杯に加工されている。
今回の聖杯戦争には関わらず、彼女の子孫が本命として疎開させられていた筈だが、士郎のピンチと聞いて駆け付けて来た。
・言峰花蓮
冬木教会の言峰綺礼の義理の娘であり、アッシュブロンドをしてゴシックロリータをまとう監視者。口汚く、罵りあるいは食べ散らかす、あまりよろしくない行儀作法の使い手。多分、養父のせいでS。
大魔術:『
ランク:?
種別:?
デミサーバント化したエミヤシロウの固有結界であり、もともとは英霊エミヤの宝具。
通常の無限の剣製は1~2ランク落ちで済むが、この結界では3~4ランク落ちである。
ただし、段々と成長して行くことで補うことが可能であり、また継ぎ木することで相性の良い・由来の近い武装を融合発動させる事も可能。
大魔術:『
ランク:A
種別:対城宝具
封印されし大魔術であり、使用条件には何種類かのパターンがある。
何れも神代のルーンが大前提であり、まともに使うと使用者が確実に死亡。また対象設定そのものがまともな人格では設定不可能。
これはオーディンが首を吊って、疑似的な死亡体験をしてまで得たルーンを、横から盗む事に対する忌避であるとも言える。
ここでは育つルーンである、ブランクルーンを使用する事で回避し、対象設定には誓約を使用してアカシックレコード的な方法で実行を命令している。
古代の芸術家は、脳の片方だけを酷使する為、片目が見えなくなるとも、鍛冶に関わるから目が悪くなるだけども言うが…。
と言う訳で、デミサーバント化と攻めて来る気配をクーフーリンが悟った状況になります。
また士郎はアインツベルンの小聖杯・蟲の聖杯・キメラの聖杯など…と大半を揃えたので、リーチしてる感じ。
このことから、捏造大神刻印がアップし始め、最後の関連人物が登場しました。
あとは無辜ったりデミ化が20%→浸食とかで変化とかはありますが、これ以上はNPCは増えない・減って行くことになります。