Fate/promotion【完結】   作:ノイラーテム

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ネガイカナウヒカリ

「結界が解けたか。これなら間に合いそうだな」

 獅子劫・界離は道以外を塞ぐ気配が消えて行くのを魔術的に知覚した。

 そこで探索用の『竜の目』を起動させると、ちゃんと機能し始める。

 

 獅子劫は先ほどまでは出来なかったショートカットを行うことで、何とか間に合わせようと道を急いだ。

 だが、その途中で垣間見えた姿は、奇妙な光景だった。

「向こうも一応は無事な様だが…。しかし、魔術師が何やってんのかね。裏技披露してるってなら終盤なんだろうがよ」

 獅子劫が目を通して垣間見たのは、援護する様に依頼された遠坂・凛が闘っている姿だ。

 

 それは魔術師の常識からすれば奇妙であるが、魔術使いの獅子劫からすれば、なるほど終盤に差し掛かったなと納得できる者であった。

 魔術師に取って魔術戦が表芸であるとするならば、ソレは…まさに裏技と言えるものである。

 

 お互いが右拳を軽く握り、左手を牽制用に得物を持つと言う良く似た構え。

 綺礼は左手に軍用ナイフ、凛は小さな宝石を指と指と言うのが少し異なっている。

 いや、後見人であり兄弟子あった綺礼が、妹弟子へ拳法を教えたのだから当たり前なのかもしれない。

 

 猫の手のように緩く固めた右拳が、ひっかき、あるいは裏当てを繰り出して行く。

 対する相手も同じ右拳、違うのは重心の掛け方だ。

「ほう。鍛練は続けているようだな」

「ラジオ体操みたいなもんだけどね…。で、ソレは使わないの?」

 跳ね飛ばされるのは言峰・綺礼だが、余裕が無いのは凛の方だった。

 彼女は体重を預ける様に技を放っており、態勢が大きく崩されてしまう。

 

 対する綺礼の方は、飛ばされたと言えど即座に追い打ちできる態勢。

 いや、飛ばされたのがワザだとするならば、これは助走距離を開けただけだろう。

 左手に軍用ナイフを握ったまま、右拳を開き胸元目掛けて掌底を繰り出してきた。

「狙っては居るのだがな。効率を目指すと、つい使いそびれる。こんな風に邪魔も入るしな」

「あったりまえでしょ! 何考えてるか判んないのに、おいそれと油断しますか」

 綺礼の掌底を迎撃したのは、凛が左手の指に挟んだ小さな宝石の一つ。

 パリパリと小さく放電し、綺礼は掌に魔力を流して受け止めざるを得ない。

 そのまま食らえば痺れるのだろうが、受け止めた一瞬で凛はからくも態勢を戻していた。

 

 とはいえ凛が苦戦だというのは変わらない。

 虚数の鎖でつながれ格闘戦を強いられ、手技では師である綺礼に一日の長どころでは無い差が有る。

 魔術をからめれば何とかなると言っても、気は抜けないし、宝石の魔力が尽きたら終わりだ。

 その宝石にしても、先ほどは詠唱を交えてテンカウント並で放って居たのに、今は無詠唱ゆえに牽制用が精々である。

 

「姉さん、私も…。それともアレを私が…」

「桜、ここからはスピード上げてくから連携は無理よ。ありがたいけど見張りをお願い」

 勇気を出して姉と口に出した桜に対し、凛は配慮だけ受け取って爪先立ちになった。

 

 彼女が取ったのは、密着しての超至近戦を警戒してのことだ。

 そうなってしまえば、桜どころかギルガメッシュでも援護は難しい。

 それにアレ(・・)は切り札、トドメはともかく、削り合いで使うべきではない。

 

 お互いに切り札を隠し合った状況。

 ゆえに当然、綺礼は狙ってくる。

「お互いに知った者同士、流石に決着はつけ難いな。とはいえ、私の手の内全てを知っている訳でもないだろう?」

 まさしくそれこそ、綺礼が目論んだ戦法。

 自分が勝る分野に引きこみつつ、様子見とはいえ油断できないギルガメッシュを牽制するのに丁度良かったからだ。

 

 苦笑しながら綺礼は見抜かれていても戦法を変えることなく、スリ足で少しずつ歩み寄る。

「師は全てを弟子に教える訳でもない。…例えば私が十年前に見た、この短剣の持ち主がやった戦法だ」

「これってランサーがやったやつじゃない!?」

 綺礼は魔力を流して加速しつつ、その加速力を全速移動だけには使わなかった。

 経験の差で凛が構えるのを予測すると、僅か手前で急減速、速く走るから的確に歩くへ趣を変える。

 

 先ほどまでは加速により十歩の疾走だとするならば、今は三歩を三度繰り返す小刻みな歩み。

「くっ、スピードが違う!?」

「小回りの、だがな。やれるものなら真似してくれても構わんぞ? 所詮、私も他人の芸当を別の形で再現しているに過ぎん」

 冗談では無い。

 ランサーなら聞いただけで出来ることでも、専門外の凛がそんな事をして、ただで済むはずが無い。

 綺礼は密かに修練を積んで居たようだが、それでも加速と減速を繰り返すだけで、関節の各所に疲労がたまっているのだ。

 加速だけならまだしも、迂闊にやった瞬間に、転げ回るか鎖の可動範囲に抑えられて大変な目にあうだろう。

 

「ではどうするね? 防ぐ気が無いのならば死ぬが良い」

 綺礼の拳はゆっくりと、凛の拳を練り上げる様に反らし、そのままナイフを握ったままの手で殴りつける。

 それは警戒心を刺激する為のフェイント。凛の左手が動かされてしまった。

「反動でズタボロじゃない…。なら、こっちも無茶してやるわよ!」

「遅い」

 今度はありえないスピードで綺礼の半身が回転するのが見える。

 タイムアルターを使えない綺礼が、魔力に寄る加速だけで急減速をやっているのだ、ブチブチと筋肉が切れる音が聞こえる様ではないか。

 だが、トン。

 と綺礼の肩が凛の胸元に当たった瞬間に、血へどを吐いて少女は吹き飛んだ。

 虚数の鎖による限界距離まで達し、鎖に手繰られて地面に叩きつけられる。

 

 見るが良い、これぞ貼山靠。

 元より強大な技ではあるが、それを魔力による加速で強化するマジカル八極拳。

 ただの人がその身に受ければ、即死は免れまい。

 

「姉さん!?」

 どうみても絶体絶命のピンチ。

 だが、先に唸りを上げたのは仕掛けた綺礼の方だった。

震動剣(ショックブレード)? なるほど、これまで派手な力を使って来たのは、この為の布石か」

「そ。格闘用のはオマケのつもりだったけど、あんた相手じゃ仕方無いわよね」

 強烈な震動によって綺礼の体が、その場に縫い留められた。

 

 凛が左手の指に挟んで居た四つの宝石は、最初から使っている幻覚、牽制に使った雷撃、綺礼と同じ加速、今使用した足止めの震動である。

 宝石魔術の特性は、派手さに隠れて見えるが、呪符と同じ易い護符であることだ。

 緒戦のように長い詠唱することで威力を拡大する事もできるし、威力を殺して緊急発動させることも出来る。

 

 無論、威力を殺せば大して効かないが…。

「じゃ、悪いけど死んで」

「全てが防御封じの一手の為とはな…。仕方あるまい、ここで死ぬとしよう」

 凛が血を吐きながらもパチンと指を弾いて合図すると、幻覚を被せて足元に投げておいた十年級の宝石がようやく発動する。

 それは無色だが、凶悪な力を持つ重力の魔術だ。

 緒戦に囮として使った派手な攻撃魔術と違い、色彩で範囲も判断し難い。

 震動によって出足をくじかれた綺礼が、脱出できるはずも無かった。

 だが…。

 

 これこそが、綺礼が待ち続けた狙いでもある。

「一緒にお前の才能も連れて行くことにしよう。魔術師で無くなったお前が、どんな苦悩をするのか、それとも努力をするのか見れないのは…残念だが…ね」

「…? こんなタイミングでナイフ? 届くわけ……!? 魔力をカットし…っ」

 超重力に圧殺される綺礼は、最後に軍用ナイフを魔力の中枢に突き立てた。

 無駄としか思えないその行為に、凛は戦慄する。

 

『起源弾』

 魔術師殺したる、衛宮・切嗣の切り札である。

 十年前の戦いで埋まった銃弾を綺礼はそのままにしておいたのだが、衛宮・士郎の魔術特性を知って、摘出したのだ。

 切嗣の術をトレースして軍用ナイフとして加工。

 そして今まで、魔力が最大になる瞬間を狙って居たのである。

 

 この日の夕刻。

 誰かの才能が、切って、継がれた。

 努力が全て無駄になったのか? それともナニカの形に成るのかは後に語られる事もあるかもしれない。

 

 誰かのfateが終わり、始まりを告げた時。

 地下空洞で、最後の戦いが繰り広げられて居た。

 

『馬鹿な! そなたにこれほどの力が有る筈が無い!』

「無えよ! オレにはなあ!」

 意外なことに、卑王をモードレッドが押していた。

 2ランクほど下回るはずの筋力は、僅かに1ランクあるかないか。

 耐久力の差は激しいままだが、当たらなければどうと言う事は無い。

 

 更に魔力の差もそうは無く、消耗を覚悟して自らの力を振り絞ぼらなければ終始押されっ放しなのだ。

『そうか、令呪を使ったな! 今日の戦い…いや、私の戦いのみを選んだか』

「半分は正解だぜ! 皮肉だな父上、立ち場が逆転したぞ!」

 下位互換は下位互換。

 卑王に比べて、色々下回るライダーとしてのモードレッドだが、敏捷に置いては話が違う。

 言うほどの差が無くなったこの状態で、倍近い速度で押しまくれば有利に戦えるのも当然だ。

 

「父上はマスターを、デミとはいえ円卓の連中を遠避けた」

『黙れ! 私を父と呼ぶな! それにエクスカリバーの鞘は私と共にある。戦況は変わらない!』

 打ちつけられる刃を軽く受け止め、迸り始めた黒い魔力を他所へ逃がす。

 返す刀で斬撃を入れるが、腹に入れても傷はそれほど深くない。

 直前に肩へと入れた傷は、浅かったのか既に消え失せて居る。

 

「そんなに絶望したことが恥ずかしかったのか? オレは戦略も戦術も借りモンだが、ちっとも恥ずかしかねえ!」

『そなたが絆を育み、私は絆を否定した? だからか? だとしてもだ!』

 見れば、モードレッドは作業中の仲間…間桐・慎二とイリヤスフィールを庇いながら闘っている。

 士郎を救い出そうとあがく、足手まといを背にしているというのに、実に気負いが無い。

 信じられなかった。

 これが、あの、モードレッドだとでも言うのか?

 

 他者を利用する事しか知らず、自分以外は邪魔と言う面もあった。

 王に忠実に仕える自分、王の代行者…王の後継者である事を望むモードレッド。

 目的ばかりで足元が無い、何も背負わない彼女が、こんなにも…。

 こんなにも、取りこぼしたモノを拾い上げて居た。

 

 そう思うと。

 不思議と、モードレッドに味方する人々の姿が見えたような気がする。

 イリヤだけではない、この場に居ない凛やオルガマリー、バセットと言ったマスターたち。

 倒れたはずのキャスターや、ランサーの姿が見えたような…。

『そうか、そなた。…よもやマスターを替えたのか! それでこれほどの霊器の上昇を! 成り振り構わぬとはこのことだな!』

「その通りさ! ってことだ。バレたから頼むぜイリヤ!」

 思い込みで姿が見えるはずが無い。

 魔力の形質を追う内に、卑王の変質した瞳が、真実を見抜いていたのだ。

 

 慎二の令呪を使い切った後で、イリヤにマスターを変えた。

 さらに宝石やルーン、そして星の加護をその身に宿し、モードレッドはこの場に立つ!

 だからこそ、卑王に敏捷以外で下回るはずの彼女が、互角以上に打ち合っているのだ。

 

 そして、エクスカリバーの鞘があることは先刻承知。

 ならば、対抗手段があるに決まっているではないか。

「いくわよライダー! 令呪によって受け入れなさい、固有時制御(タイムアルター)二重加速(ダブルアクセル)!」

「きたきたきた! ヒャッホー! 御機嫌だぜ!」

 未調整ゆえに反動を抑えるために三重から二重へ。

 それでも十分な加速力が、モードレッドを包み込んだ。

 

 もともと敏捷性では二倍近いのである、その差は歴然としていた。

 数合交わして一撃ほどのが精々だった傷が、二か所、三か所と卑王を切り刻んで行く。

 黄金の剣の鞘は、それらを癒す為にフル稼働して、新たな傷に追いつかないではないか。

 それだけではない、数合に一撃の傷は、深い傷となって体に残り始めた。

 

『全てを掛けてここに来たか! ならば、もう何も無い状態で、コレをどうする!』

「距離を取った? まさか…させるか!」

 卑王は劣勢を悟ると、攻撃も防御も捨てて即座にバックダッシュ。

 恐るべき対応性だと言えるが、更に恐ろしいのはその決断、卑しいまでに勝利へしがみつくその姿勢だ。

 これがアーサー王の成れの果てとは、モードレッドが信じたくないのも判る気がする。

 

『そなたが我が子と言うならば、これを受けて乗り越えて見せよ! …極光は反転する』

「っ父上!?」

 卑しいまでの貪欲さが、モードレッドがあれほどの望んだ言葉を投げる。

 あまりにも強烈なその言葉に、一瞬だけ躊躇ってしまった。

 だから、その受けてはいけない技を正面から食らってしまう。

 

 もし、受けないつもりであれば。

 ここで剣を反らせ、技を斜めに反らさざるを得なかったはずだ。

 何故ならば、背中には士郎を救いだし、治療を始めている慎二とイリヤが居るのだから。

 だからこそ、卑王は、あれほどまでに認めなかった血がつながるだけの赤の他人(モードレッド)を、我が子と呼んだ。

 

「光を呑め! 卑王鉄槌『約束された勝利の剣』(エクスカリバー・モルガーン)

 聖なる剣より盗み出された、影の剣が躍動する。

 星が堕ちる時に生じる影、不吉の象徴が、ここに暴君としての刃を成立させた。

 これこそが星に託された願いの剣の暗黒面!

 

 対するは人の希望を借り集め、願いを託す祈りの剣。

 その名は『されど、燦然と輝く剣(儀礼剣クラレント)』紡がれた絆の分だけ、威力を増す代表者の刃!

「偉大な王には成れねえかもしれない。だけど、嵐の王くらいには成ってやるさ! 『我誇り高き(クラレント)アーサー王の血筋(ブラッドアーサー)』いけええ!」

 白銀の輝きが、黒き黄金の光を押し留める。

 いかな速度を持って居ても、こうなってしまえばおしまいだ。

 ジリジリと押され、力によって、魔力によって勝る卑王が勝利するのは当然の事。

 

 だが、今のモードレッドには絆を結んだ仲間達が居る。

 生前には居なかった、彼女の理解者たちだ。

 理解しあえるからこそ、最後のストッパーを躊躇わずに使用する事が出来る。

「最後の令呪を使うから願い! 必ず勝って! みんなで笑顔の夕御飯を食べるんだから!」

「あいよ!」

 みんなという言葉の中に、自分が含まれている。

 生前に独り、目的は王位の簒奪、望みもしていないことを母親によって強制される日々。

 共にある者とは友情どころか、成長速度から知られるわけにもいかない。反乱分子ゆえに知られるわけにもいかない。

 ゆえに、その言葉こそが何よりありがたかった。

 

(そうか、オレはこれが欲しかったんだ。父上との絆、そして共に笑えるみんな…)

「結局、どう運命が変わろうと、私独りでは同じような末路を迎えるということか」

 全ての力を振るい、全てのリソースを使いはたし、力なく佇むモードレッド。

 無事ではあるが、それだけ。もう一撃振るえるかどうか。

 

 押し返された卑王は霊器に疵が入った状態で、いっそ清々した表情で苦笑を浮かべた。

 もう一撃振るう力は残しているし、相手に令呪がなければ勝てはするだろう。

 現界できないのであれば、もはや意味などあるまい。望みともどもこれまでだと、笑って空を見上げた。

 

『フン。そなたらの頑張りすぎだ。キャスターの置き土産と、アトロポスの権能。なんとかして見せるが良い』

「え?」

「キャスターの? そう言えば何か夜まで保たせろって…」

 卑王の言葉に驚いた一同が、釣られて空を見上げた時。

 

 そこに大いなる災い…、いや、神の宣告が下っていた。

「空から星が堕ちて来る…。大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)?」

 先ほどのぶつかり合いで、地下空洞に生じた大きな亀裂。

 そこから巨大な流星が見えた。

 大気圏で燃えてもなお、この大聖杯を消し飛ばせるような威力。

 

「大聖杯を消し飛ばす…。そんな事象をミーミルを通じて書きこんだみたいだね。魔力で守られた大聖杯をだよ? 少し考えれば判らないかな」

「ギルガメッシュ…」

 裏手も終ったらしく子ギルが合流して来るのだが…。

 最悪なのは、凛も桜も気絶しているということだ。

 獅子劫が担いでいるが、彼も黒い血を流して体力の大半を…いや、旺盛であった魔力回路すら半分以上が失われていた。

 

 ここに因果は逆転する。

 大聖杯ごと、世界は一緒に燃え尽きるのだ。

 少なくとも、核の冬が来て人類は壊滅するに違いない。

 

「なんとかできないの!? このままじゃ人類が滅びちゃう! いいえ、もし無事でも…」

「無理に決まってるじゃないか! あんなの…どうしようもない…」

 オルガマリーは半狂乱に成って魔眼を閉じようとした。

 だが、成長した魔眼は、魔力を流さずとも世界の破滅を自覚し始める。

 いや、誰が考えてもあれほどの隕石を見れば判るだろう。

 あえて言うならば、これまでえの経緯を考えれば、オルガマリーが引き起こしたと思われても仕方あるまい。

 なにしろ星詠みの一族の元へ、星が堕ちて来るのである。

 

 そんな時、消えかけて居た卑王が剣を投げつけた。

「くっ!? こんな状況で、そんなにオレが難いのかアーサー!」

『何を呆けている。これは世界の窮地ではないか。最後の円卓として乗り越えてみせよ』

 投げつけられた剣を見て、モードレッドは混乱した。

 生前のアルトリアが見せた事もない、優しく、それでいて整然とした表情で自分を見つめている。

 

「オレを認めてくれるのか? オレにこの剣を託して…」

『それはそなたらが判断する事だ。消えゆく世代の私が判断する事ではない、嵐の王よ』

「もしかして、エクスカリバーならあの流星を砕ける?」

 騎士王の後継者にモードレッドは相応しくないのかもしれない。

 だが、世界に脅威を振るう嵐の王としてのアーサー王になら、後継者がいてもおかしくは無いのだろう。

 伝説の中には、アーサー王に娘が居るというモノもあるのだから。

 

「だけど…無理だ。オレだけじゃただの魔剣になっちまう。それじゃ星は砕けても世界は救えねえ」

「そんな…」

 モードレッドは混乱している。

 急に託されても、どうしたら良いのか判らない。

 いや、託されたと言うか、勝手に使えと言われて預けられたに近い。

 それに…オルガマリーの目が赤く輝いて世界を見据えて居る。

 ここまで流星が堕ちた段階で、世界は滅びに向かって、運命の剪定に入っているとも言えた。

 急に流星が堕ちるような世界である、何が次の滅びを確定させても仕方あるまい。

 

「だったら、エクスカリバーの真価とかは引き出せないのか? ここに来る前に言ってたろ」

「だから…オレには無理だ。リセットするにしても、オレの円卓を揃えるには時間が足りねえ。このまま引く継ぐとして…反逆の騎士の言葉を誰が聞くってんだ…」

 いつもの傲岸不遜差が消え失せて居た。

 アーサー王に成り変わると豪語していても、そのアーサーですら尻ごみするようなこの状況。

 目標に並ぶのではなく、それを遥かに超えて見せろと急に言われては、モードレッドらしくない焦りに襲われても仕方あるまい。

 

「なら…。俺が…用意してやる。そこで聞いてみろ…。それでも駄目な判らず屋なら、俺たちで説得すればいい」

「シロウ! 大丈夫なの!?」

「無茶よ、その体で! …こんな状態であのレベルの投影を使ったら…」

 振り返れば、士郎が倒れたまま手を伸ばしていた。

 その手は届かない明日へと延ばす、儚き望み。

 目標そのものは問題無い、先ほど卑王に強制させられたことを、今度は自分の意思でやるだけだ。

 

 既に滅びた彼の世界に比べれば、まだ届く世界ではないか。

「俺達は自分ひとりじゃない。此処に来るまでに、此処に来てから紡いだ絆がある。そんな信じろ。お前が信じないお前じゃない、皆が信じるお前を信じるんだ!」

「うるせー! そんな言葉は投影しきってから言いやがれ! 中途半端だったらオレの責任じゃねーからな!」

 投影…開始。

 火花が散るほどの魔力を生じさせ、魔力回路を断裂しながら大魔術が発現する。

 啼き笑うモードレッドの周囲に、十と一の枝が現われた。

 

 その枝は血と涙で育てられ、背中に笑顔や泣き顔を背負って剣として成立して行く。

『やあやあ。十三拘束に挑むのは、てっきりメローラ姫かリチャード王かと思ったけどね。まあいいや、これはこれで面白い。ジャッジメント、スタート!』

「マーリンてめえ、ずっと見て居たな!」

 どこからか、笑うような、それでいて吹き抜ける風の様な声が聞こえて来る。

 光は木々より花を咲かせ、この大空洞を花園に変えた。

 

 そして、不満だらけの会議が始まった。

「この一撃が誉れ高き戦いであることを。…うちの妹をお願いしますね」

「どう見ても、是は、生きるための戦いである。もっと素直になってくれたらねぇ…」

「是は、己より強大な者との戦いでしょう。頑張ってください」

「是れもまた、一対一の戦いであろう」

「是が、人道に背く戦いには見えまい」

「不本意だが…是は、精霊との戦いではないからな」

「是は世界の為、たとえ自分に正直になる為とは言え、ある意味で私欲なき戦いである」

 もしかしたら、その賑やかで、つまらなさそうな諍いこそが、円卓の日常であったのかもしれない。

 ガヤガヤとうるさそうに、不満を押し殺して苦笑を浮かべ、あるいは笑い転げて賑やかに。

 それら十一の剣は、光り輝いて七つ程が手元に残った。

 

「みんな、オレを認めてくれるのか? アーサー王に反逆した、円卓失格のこのオレを…。この期に及んで、卑王との戦いを、邪悪との戦いだと認められなかったオレを」

「だがそれこそが、お前の求め続ける真実の答えであったのだろう? ならば迷うな」

 最後に一振り、黒剣が加護では無く、言葉を投げた。

 それこそが、求めて居た言葉なのかもしれない。

 別に、モードレッドは無条件の肯定を求めて居たわけでは無いのだ。

 

「くそっ! おせっかいどもが! お陰で前が見えねえじゃないか。退いてろ、最大級の威力で、ぶっ放すぞ!」

 ここに来て、啼き出しそうな顔…ではなく。

 文字通り涙を流してモードレッドは黄金の剣を握った。

 

「それは…受け継がれる希望、確かな明日」

 右手にエクスカリバー、左手にクラレント。

 人々の願いと、人々の絆を力に変えて…。光の奔流が流星を包み込む。

「約束されるのは未来、そは願い叶う光!(エクスカリバー)!」

 砕け散る。

 世界への脅威を払う剣は、倒す為では無く、確かな明日を約束する為の力。

 人類が滅びるという、どうしようもない未来こそを、十文字に切り裂いたのである。

 

 流星が砕け、小さな塊が光と成って消えて行く。

 粉々に砕け、五月雨のように光が降り注ぐ。

 そんな中に、マスターが、生き残った二騎のサーヴァントが佇んでいた。

 

「で、この後はどうするんだ? アトラム陣営とかは特に気に成るんだけど」

「止せ止せ。戦う力なんて少しも残ってねーぞ。お前らが大聖杯の残りを解体すんのだけ見たら、後は勝手に消えるとするわ」

 慎二が尋ねると、獅子劫は笑って凛と桜を地面に降ろした。

 そうしてから、すっきりした表情で、体に流れる黒い血を拭いとって行く。

 エクスカリバーに巻き込まれて半分以下になった大聖杯を見ながら、肩をすくめた。

 

「それにだ。俺は自分の家系を呪う力を払おうとしたんだが、さっきおせっかいした直後に吹っ飛んでな。今回の報酬を当てにしなくても済むようになったってわけだ」

「その代償が魔力回路の半分以上って、割りに合わない気がするけどな。まあボクらも暇だし世界を歩いてもいいな」

 人生塞爺が馬というが、獅子劫はこれから世界を旅して失った魔力回路を復旧させる旅に出ると言う。

 慎二や…、いつまで居られるのか判らないが、モードレッドもそれに付きあって世界を股に掛けると言う。

 

「魔眼の方は私の方から修正報告をしておきます。できれば経過観察をして、問題無いと言う確定情報を望んではいますが」

「そうね。その辺の魔眼殺し…じゃ通用しないでしょうし、いっそ人形の体に意識を移した方が良さそう」

「人形の体って慎二みたいなのか? じゃあ、次はまともな人形師を探さなくちゃな。俺の体も大分ガタがきちまったし、お世話に成りそうな気がする」

「ちょっと! 人を勝手に巻き込むなよ。あつかましい。ボクはボクで…」

 バセットとオルガマリーの相談を、脇から拾った士郎と慎二がワイワイと騒ぎ立てる。

 正確にいえば騒いでいるのは一人だけだが、案外、照れ隠しなのかもしれない。

 

「それでお前の方はどうするんだ?」

「何もしないさ。ボクはボクでこの戦いは茶番として見守るだけの話。遺された聖杯たちをどうするかなんて君たちに任せるよ」

 繰り返された同じ意味の質問に、子ギルは笑って一同を見守る事にした。

 この国には天丼というジョークがあるらしい、道化の繰り返しギャグくらいは笑って許そう。

 

「とはいえ興味深い。満たされた聖杯をどう使うつもりなのか、それとも世の魔術師全てから隠し通すつもりなのか…」

 特に別世界からやって来た士郎が、元の世界を救えるだけの魔力だと知ったら、どうするつもりなのか興味深かった。

 だが、子ギルであろうとギルガメッシュであろうと、ソレを指摘するだけの殊勝さはない。

 

 あの世界に恩義ある訳でなし、むしろ利用された怒りだけだ。

 持って行くこと自体は今の彼らにも可能なのであるが、それを含めて黙っておくのが、子ギルなりの復讐なのかもしれない。

 あるいは…ソレを思いつくかどうかを眺めるのも、また楽しい茶番だと思っているのだろう。

 

「それじゃあ、解体作業を始めるわよ! みんな、準備は良い?」

「了解です」

「おっけー」

 やがて目を覚ました凛たちが音頭を取って、大聖杯の解体作業が始まる。

 そこに満ちて居た魔力や泥は殆どが霧散しており…、どうやら小聖杯たちに分散格納されて居る様であった。

 それは一つの事態の終わりであり、子ギルが期待する新しい事態の始まりである様にも思われる。

 

 いずれにせよ、冬木の戦いはここに終結を迎えたのである。

 




 と言う訳で、このお話も無事に終了いたしました。
ここまで読んでくださった方がおられましたら、誠にありがとうございます。

・最後に使ったペテン
1:慎二が、残った令呪でモードレッドを限定強化。内蔵する魔力・出力の強化。
2:マスター契約を解除して、イリヤが再契約。霊器全体の強化。
3:イリヤが令呪で、タイムアルターを限定的に受け入れさせる。もともとの速度差x二倍行動。
 これでエクスカリバーの治癒速度以上で戦う。
と言う感じになります。

 最後の最後に落ちて来る流星ですが、みんなを認めたギルガメッシュがエヌマ・エリシュ使おうかと思ったのですが、エクスカリバー全力版の方が面白そうだったので、モーさんに資格があるかどうかじゃなく、円卓陣の許可制らしいので、こっちに変更しました。

 繰り返しに成りますが、ここまで読んで下さった方に感謝を捧げたいと思います。

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