ソードアート・オンライン-Phantom pain 作:轟th
より良い方を選び取ったつもりでも、本当に正解かどうかは解らない。
何故なら、もう一つの選択の行く末など誰にも知る由もないからだ。
ならば選択を後悔することに意味はないのかもしれない。
失敗したと思っても、次の選択へと活かせばいいのだ。
↑何を言っているのだろう、私は?
………うん、深く考えない方がいいかもしれない。
では、本編をどうぞ。
ラフィン・コフィンの本拠は攻略済みの低層エリアにあった。
それも上層へと繋がる正解のタワーではなく、制作時にデザイナーが配置だけして忘れ去られたような小洞窟の安全地帯に潜伏していたのだ。基本的に攻略組プレイヤーは上へと通ずる迷宮区しか攻略せず、中級のプレイヤーも人の多いダンジョンにしか潜らない。希に運良く――いや運悪く洞窟を見付けて踏み込んだプレイヤーが居たとしても、彼らが例外なく口封じの為に殺されてしまったことは想像に難くない。
「エギル、落ち込んでたな……」
「……無理もありません。顔見知りだったのですから」
今回、ラフコフの犠牲者はエギルの知り合いだった。
正に昨日、彼が会う約束をしていたギルドが襲われてしまったのだ。その知らせを聞いたエギルは酷く落ち込んでしまい、今回の討伐には参加させないようキリトたちが説得した。精神的不和が死を招くと考えたからだ。
「アイツの分も頑張らないとな」
「はい」
時刻を確認すれば、午前二時五十五分。
今回のラフコフ討伐における作戦は至ってシンプルなものだ。奴らの拠点となっている安全地帯の入口と出口を封鎖し、キリトたちを含めた討伐隊がアジトに強襲をかける。事前通達で知り得た情報から向こうの構成員は34名、討伐隊は有志により集った50名。人数的にも、総合的なレベルから観ても討伐隊の方が有利だ。
ただ問題は、これがラフコフの捕縛が目的なことだ。向こうが本気で殺しに来るなら、最悪の場合は相手を殺さなければならない可能性も出てくる。レッドプレイヤーを殺してもグリーンから変化することはないが、人を殺めてしまったという精神的ショックは相当のものだ。出来ることなら無欠投降して欲しいと考えているが。
「キリトさん」
「ん? どうした?」
「躊躇わないで下さい」
突然のエールの言葉に、キリトは困惑した。
いや、何を言おうと予想は出来たが、思わず聞き返した。
「……何を、だ」
「相手を殺すことを。迷ってしまえば、命を落とすのは貴方です。敵と刃を交えたのなら、殺すことを前提にして戦ってください。例え相手のHPが残り一撃のところになったとしても、決して油断しないで下さい」
それは事前に話し合った内容だった。
そこで敵のHP全損もやむ無しと、今回の作戦に参加する誰もが了承したことだ。
「……分かってるさ。俺もここで死ぬ訳にはいかない」
「くれぐれもお願いします」
「そういうエールこそ、ビビったりするなよ?」
「そんなもの、もう私の中にはありません」
「それは――」
どういう意味かと訊ねようとして、出発の時間になってしまった。
もしこの時、きちんと話を聞くことが出来ていれば、ああはならなかったのかもしれない。
極秘任務において、情報漏洩を防ぐのは何より大事だ。
どれだけ入念に準備していたとしても、情報が外部へと漏れてしまえば意味はない。だからこそ伝えるのは極小数、それも決して口を割らないと信頼のおける仲間にのみ限られる。そういった意味では今回の作戦は、最初から失敗していたのかもしれない。
誰かがラフコフの情報を外へと密告したように、討伐隊の情報もまた敵側へと伝わってしまっていたのだ。人の口に戸は立てられぬとは云うが、おそらくは血盟騎士団辺りに内通者が潜んでいたと考えるのが普通だ。でなければ幾度となく繰り返されてきた調査で、中小オレンジギルドの拠点しか見付からない筈だ。
討伐隊が安全地帯の大部屋へと突入するも、そこには人影は一つとしてなかった。
事前に得た情報から逃亡したのか――否である。
奴らは事前にダンジョンの枝道へと身を潜め、討伐隊が大部屋に突入するのを待って背後からの強襲を逆に仕掛けてきたのだ。人を殺す為なら手段を選ばない連中――罠、毒、目晦ましとありとあらゆる準備を整えた上での不意打ち。
討伐隊は混乱に見舞われ、戦場は泥沼と化してしまった。
エールもまたキリトと離れ離れになったが、逆にそちらの方が都合が良かった。
「―――いた」
標的を見付け、エールは静かに歩き出す。
普段の軽装の鎧の上から少し裾のよれた灰色のローブを目深く羽織り、右半面は笑っていて左半面は泣いている奇妙な左右非対称の絵柄が書かれた仮面を付ける。それと同時に、まるでブレーカーを起こしたようにエールの中で何かが切り替わる。それまであった感情に蓋がされ、ただ冷徹さのみが心を支配する。
途中、斬り掛かってきた相手は視線を向けることすらなく斬り捨てる。襲いかかって来たレッドプレイヤーは呆気なくHPを全損するとポリゴン状となって飛散したが、それにすら目もくれずにエールは歩き続ける。
どうやら向こうも同じらしく、嬉々とした表情を浮かべる短剣使い。
「さあ……さあ、さあさあ! 来いよ!」
頭陀袋を思わせる黒いマスクの内で、レッドプレイヤーは笑う。
そして両者の間合いが三メートルを切るのと同時に、二人はまるで示し合わしたかのように武器を片手に駆け出した。距離がゼロになれば、互いの得物がぶつかり合い火花を散らせる。
「お前を殺す! ジョニー・ブラック!」
「さあ愉しもうぜ、死神ッ!!」
こうして殺し合いは開幕した。
二人の実力差は明白であったが、エールは決定打を決められずにいた。その理由としてはジョニーの攻撃を全て律儀なまでに剣で受け止めるか、躱していたからだ。エールのレベルを鑑みれば敵の攻撃など多少受けたところで、HPが赤い危険域に達することはない。にも関わらず回避を優先しているのは、単にジョニーが“毒使い”だからだ。
奴が装備しているナイフはレア度は高くはないが、刀身には見るからに毒と分かる紫色の液体が付着している。それがHPに継続的にダメージを与える猛毒か、肉体の自由を一時的に奪う麻痺毒なのかはエールにも判断つかない。前者ならいざ知らず、後者だった場合には万が一にも当たれば命はないのは確実だ。
「ほらほら! どうしたんだよ、ビビってちゃつまらないだろう!」
「っ!」
間隙を縫い、ジョニーが何か小瓶を放る。
エールは反射的に空いている方の手で叩き落するが、その一瞬の内にジョニーの姿が視界から消え失せてしまう。拙い、と思うのと同時に背筋に悪寒が走るのを感じたエールは咄嗟に前へと跳ぶことを選択した。無様にも転がることとなったが、その行動が命拾いとなった。
背後には、いつの間にか回り込んでいたジョニーが立っていたのだ。
「ざーんねん! 躱されちゃったよ!」
今のは間違いなく、『忍び足スニーキング』のスキルだ。
ジョニーが真正面からの斬り合いではなく、暗殺者さながらの強襲を得意なのを知らなければ殺られていた。事前打ち合わせに説明されていた内容に、きちんと耳を傾けていて良かったとエールは心の中で思った。
「おー、おー! みんな、派手に楽しんでるねぇ!」
周囲を見渡しながら、ジョニーはほくそ笑む。
顔を向けずとも、周囲から断続的にガラスが砕けるような音が響いていた。プレイヤーのHPが全損したことを意味するのは分かったが、それがラフコフの物なのか討伐隊のものかは確認することは出来ない。エールが助けに行くことは出来ない。願わくば、キリトたちが窮地を切り抜けていることを祈るばかりだ。
「それよりさぁ、死神……そろそろ本気出してよ」
「………何のことだ」
「知ってるんだぜ。『魔法剣』って言うんだろう?」
流石に知れ渡っているようだ。
ならば、もはや隠し通しておく意味はない。
「お望み通り、見せてやる。ただし――」
一瞬だ、と声に出さず続ける。
アイテムスロットからクリスタルを取り出し、それを愛剣でもって砕く。
「エンチャント――雷切」
剣身から迸ったのは紫電だった。
魔法剣はその名の通り、魔法の力を剣に宿すことのできるスキル。炎の力を宿す『焔月』、氷の力を宿す『氷雨』、雷の力を宿す『雷切』の三つである。それぞれ攻撃、防御、敏捷に一定の補正が掛かるようになっている。
「さぁ、終わらせてやる」
そして始まったのは、余りに一方的な蹂躙だった。
直撃こそ回避しているものの、全身には無数のダメージエフェクトが浮かんでいる。現実の世界だったら全身から血を流していることだろう。痛みだって相当なものだろうに、ジョニーは追い詰められながら笑みを絶やさない。
正に狂人の域である。
「これで終いだ」
遂に決着がついた。
ジョニーは仰向けに倒れ、毒ナイフも弾かれて手元にはない。普通なら死を前にすれば泣き叫んで命乞いするか、恐怖のあまり震えているかの二択だ。しかし仮にもラフィン・コフィンの三巨頭の一角がそんな恥ずかしい真似をする筈もなく、むしろ早くトドメを刺せと云わんばかりの瞳をして待ち構えている。
言葉にせずとも伝わっているのか、エールは静かに剣を振り上げた。
そして――。
「――っと、そこまでだ」
振り下ろした斬撃は、横から伸びた剣に阻まれた。
二人が顔を向ければ直ぐ傍にはキリトの姿があり、剣を止めたのは彼の黒き魔剣だ。
「何の、つもりだ……黒の剣士!」
「戦いは終わりだ」
見てみろ、と言われて辺りを見渡せば確かに戦いは終わっていた。
死にきれず生き残ったラフコフの残党は次々と捕縛され、黒鉄宮に送られている。戦後処理が行われる中に、ジョニーの相棒であるザザの姿も見受けられた。どうやら泥沼とかしていた戦場もいつの間にか終わっていたらしい。
「そんなの関係あるか! ほら、さあ! 止めを!」
あくまで死に固執するジョニー。
だが、エールは身体から力を抜くと静かに剣を引いた。
「なっ!」
「もういい。お前も監獄に行くといい」
「ふざけんなよ! 死神! まだ決着はついてないぞ!」
喚くジョニーを、聖竜連合の面々が連れて行く。
騒がしいのが居なくなったところで、キリトは改めて死神エールを見た。
「お前……だったのか」
「……今まで黙っていてすみません」
フードと仮面を外し、エールは頭を下げた。
「そんなに、PKが憎かったのか?」
「最初は確かに憎かった。けど、今はただPKが許せなかったんです」
「エール……」
「けど安心してください! ラフコフを打倒したことでオレンジギルドはほぼ壊滅、もう心残りもありませんから死神が出てくることはありません」
一瞬、キリトは違和感を覚えた。
しかしエールがこれ以上の罪を犯さないという言葉に安堵した。
「キリトくーん!」
そこへ向こうからアスナが走ってきた。
彼女はキリトの前で立ち止まると、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「良かった。無事だったんだね」
「おいおい。俺を誰だと思ってるんだ?」
「そうだったね。あれ、エールくんは?」
「何言ってんだ」
後ろにいるだろう、と振り返るも。
先程まで背後にいた筈のエールの姿は何処にもなかった。
「………」
「キリトくん、どうかしたの?」
「アスナ。悪いけど、ちょっと付き合ってくれ」
妙な胸騒ぎがする。
キリトはアスナを伴い、ある人物の元へと急いだ。
「何だイ? こんな日も昇りきってない時間帯ニ。オネーサンはお眠だヨ」
キリトが会いに行ったのは、情報屋のアルゴだった。
ホームで眠っていた彼女をメッセージで叩き起こし、話を聞くために呼び出したのだ。
「悪い。けどこっちも急いでるんだ」
「んー? 今朝はラフコフの討伐があったんだろゥ? 何かあったのかイ?」
アイテムスロットから取り出したお茶を啜りながら訊ねる。
「エールが死神なのか」
「―――その様子だと、本人から聞いたみたいだネ」
「ああ。けど、分からない。俺にはアイツが、簡単に人を殺せるようには見えなかった」
付き合いは決して長くはない。
交わした言葉だって少ないけれど、エールがどういう為人かは分かっているつもりだ。
「だから教えてくれ! エールの過去に何があったのか」
アルゴなら何かを知っている。
何故なら、キリトにエール死神を紹介したのは彼女自身なのだから。
「……そんなに知りたいかい?」
「ああ」
「はぁ……しょーがない、カ。いいよ、話してあげル」
はぁ、と息を吐いてアルゴは力なく笑った。
「これから話すのはオイラの罪であり、エールの贖罪の物語」
そうしてアルゴは静かに話を始めた。
日がな一日、パソコンの前にいる自分がいる。
偶に外出することがあっても、自室にいる割合が圧倒的に多い。
別に自宅警備員という訳ではないが、何故かそういう状態になっている。
これは単に仕事で精神的に疲れているからなのか、ある種の習慣病なのか。
どちらにせよ、健康的とは云えないな。
ああ……二次元に行きたい。
クリック? クラック! また来週!