ソードアート・オンライン-Phantom pain 作:轟th
どうして優しかったエールが、死神に至ったのかが明かされます。
では、本編をどうぞ。
木洩れ陽の差し込む森の小道を、エールは一人歩く。
懐かしく、けれど忘れてしまいたい思い出の道をただ奥へと進んでいく。目的地までの道程をのんびりと歩いていると、つい昔のことが思い出される。もう二年も前のことなのに、まるで昨日のように鮮明に蘇る。
『これが誕生日プレゼントなの?』
そう言って、彼女は流線型のヘッドギアを抱える。
期待に胸を膨らませながら箱を開けてみれば、中身がそれでは誰もが首を傾げる。
『それはナーヴギアだよ。■■』
『へぇ、これがそうなんだ……けど、何で?』
世事に疎くとも、ネットの情報ぐらいなら把握している。
ナーヴギアが民生用NERDLESマシンの第一号機であり、如何せんこのシステムの性能を十全に発揮できるソフトが未だ発売されていない。売られているソフトも、こじんまりとしたパズルや知育環境系のタイトルばかりだ。正に宝の持ち腐れ状態であり、
『ふっふふ……じゃーん!』
『えっ、それって!?』
紙袋から取り出されたソフトのパッケージに驚く。
何しろ昨日発売、それも限定一万本しか出荷されなかった世界初のVRMMORPGだ。
『ど、どうしたの?』
『幸運なことに、一本買うことが出来たんだ!』
手にしたソフトを、少女は爛々と輝く瞳で見詰める。
しかし、何かに気が付いたのか直ぐに表情が暗いものに変わってしまう。
『けど、一つだと一緒にプレイ出来ないね』
『この私に抜かりはないよ。ほら、ここにもう一本あるんだ』
『嘘っ!? どうやって二本も手に入れたの? まさか………』
『仕事のツテは使ったけど、違法なことはしてないよ』
『……ならいいけど』
答えつつ、やはりゲームが気になるのか意識は直ぐにそちらに移る。
ゲームの正式リリースまで後数日あるので、二人は手続きを済ませることにした。
『ねぇ、お兄ちゃん』
『ん? 何だい?』
『楽しみだね♪』
『そうだね』
この時は、少なくとも幸福な未来を思い描いていた。
まさか待望の世界が、死のゲームに変わるなど思いもしなかったからだ。
「もうすぐだ。もうすぐ、お前に会える……アルヒ」
エールはただ歩き続ける。
「キー坊も知っての通り、オレっちもまた運のいいβ版をプレイした人間ダ。そして正式版がリリースされたあの日、見るからに初心者らしい二人の男女に声を掛けたんダ。別に先輩風を吹かせようと考えていた訳じゃなくて、ただ本の気紛れから二人にこのゲームの遊び方についてレクチャーすることにしタ」
キリトは、ふと既知感を覚えた。
そして直ぐに、初心者だったクラインに自分が教えていたことを思い出した。ただキリトの場合は少し図々しく思える程に堂々とした様子でクラインが頼み込んできたから講師したのだ。おそらくアルゴの場合は、困り果てていた二人を見かねた親切心から声をかけたのだろう。
「本当に仲が良かったから、もしかしたら恋人かと思って訊ねてみたんダ。そしたら、リアルでは実の兄妹なんだって嬉しそうに話してくれたヨ。オレッちは一人っ子だったけど、そんなオレっちからしても互いに大切に想い合ってると感じれた」
兄妹と聞いて、キリトとアスナはリアルの家族を思い出した。
例え家庭内環境が如何なるものだったとしても、二年も顔を合わせていないとなれば会いたいと思うものである。それと同時に、どんなことがあっても現実に戻りたいと再認識した。
「そして、デスゲームの宣言がされて……オレっちは情報屋のパイオニアになった。けど実際には違うんだヨ。情報を必死になって掻き集めたのだって、本当はリアルに帰れる方法があるんじゃないかって躍起になってただけデ。オレっちは手を差し伸べるべき二人を見捨てて逃げた臆病者でしかない!」
泣くようにして、アルゴは叫ぶ。
その姿を見て、キリトは本当に自分とよく似ていると思った。あの日、キリトはクラインを連れて行かずに独りで前へと進んだ。そうしたのはクラインが参加している以前からの友人たちを見捨てる訳にはいかないと告げたからだが、それでも彼を見捨ててしまったことを、キリトは今でも後悔している。
「けど、アルゴさんの情報のお陰で本当に多くのプレイヤーが助けられたわ。もし貴女がいてくれてなかったら、犠牲者の数だってもっと多かったもの。だから、そんなに自分を責めるようなことをしないで」
慰めるように、アスナが言葉をかける。
それにアルゴは礼を述べながらも、首を横に振った。
「ありがとう、アーちゃん。でも、オレっちは臆病者なんだ。もしあの時、逃げ出してなかったら死神は誕生していなかったかもしれないんダ」
「どういう意味だ?」
「オレっちが死神の噂を聞きつけた時、真っ先にその真偽を確かめようとした。八方手を尽くして調べた末に見付けたのは、変わり果てたエールの姿だったんダ。オレっちだって最初は信じられなかったよ。キー坊の言う通り、簡単に人を傷付けられる奴じゃないのを知っていたから。だからオレっちは直接確認を取った」
間違いであって欲しいと願いながら。
しかし、真実とはいつだって残酷でしかない。
「けど、エールは認めたヨ。『自分こそが死神です』って」
悲痛に満ちた表情で、アルゴは告げる。
今でもその情景を覚えているのか、歯を食いしばってさえいる。
「オレっちは放心したまま宿へと戻った。正直言って、どうやって戻ってきたのかは自分でも覚えてない。ただただショックだった。本人の口から直接聞いたこととは云え、キー坊と同じようにオレっちも信じられなかった。それから色々と調べてわかったことだけど、彼が大切にしていた妹はPKが原因で死んでしまったらしイ」
「殺された、ってことか?」
「違ウ。妹は生れ付きに心臓を患っていたらしくて、医者からも長くは生きられないだろうって言われたみたいなんダ。胸に爆弾を抱えているような状態の彼女は、目の前に迫った死が切っ掛けで発作を起こした」
仮想の中でのゲームオーバーが、現実の死と直結するように。
現実で死を迎えれば、当然のようにゲームの中のプレイヤーも命を落とす。
「エールの方は偶々通りかかったギルドに命を救われたみたいだけど、心には消えない疵を抱えることになってしみたイ。それから死に物狂いでレベルを上げて、間接的とはいえ妹を死なせたPKたちを殺したことを風の噂で聞いた」
「ちょっと待て? 復讐を果たしたなら、何で死神になるんだ?」
「分からない。もしかしたらPKそのものが憎くなったのかもしれない」
それはおかしい。
エールの言を信じるのなら、彼はPKが許せないだけであって憎んではいなかったはずだ。ならば死神が憎んでいたのは誰に対してだったのか? 自分たちを見捨てたアルゴ? それともデスゲームを宣言した茅場晶彦だろうか?
「――いや、違う」
何故忘れいたのか。
答えはエール自身が答えていたじゃないか。
「だとすると……拙い!」
キリトの想像通りなら、事態は拙い方向に向かっている。
「アルゴ! エールが何処にいるか検討はないか!?」
「そんなに慌てて、どうしたんダ?」
「急いで見付けないと、手遅れになる!」
キリトの慌てた様子に、アルゴもアスナも困惑した。
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
「俺の予想が正しければ、エールは自殺を考えている筈だ」
「ど、どういうことなの!」
「エールは前に、自分自身のことが殺したい程憎いって話していた。ここからはあくまで俺の推測でしかないんだが、エールは妹を間接的に殺したPKたちを憎んだ。けど、それと同時に妹を守れなかった自分のことも赦せなかったんだ」
だからこそ、今でも自分を憎悪する。
けれど、それは仕方のなかったことじゃないのか。
おそらく当時のエールはゲームの攻略を目指さず、ただ妹との生活がそれなりに維持できる程度にしかレベルを上げてなかったに違いない。まともに戦うことも出来ない人間を連れているなら尚の事、無理はできない。ともすれば彼のレベルは相応に低く、そんな状態で複数人に襲われてば一溜まりもないだろう。
ヘビーゲーマーであるキリトとて、最初はクラインを守るのがやっとだったのだ。それが初心者のエールともなれば、出来なくたって仕方のないことだ。普通の人ならそうして妥協して受け入れたことだろう。
けど、エールは自分を責めた。
「ラフコフも壊滅し、PKをするプレイヤーも殆ど残っちゃいない。自分のような被害者を出なくなったのなら、後はもう残った死神《自分》を始末さえすれば終わりなんだ。それこそが妹に対する贖罪であり自分への罰なんだ」
「そんな……」
「やっぱりオレっちのせいで……」
アスナとアルゴがショックを受けた表情を浮かべる。
説明を終えたキリトは、エールの所在に心当たりはないかと彼のことを知っているフレンドに片っ端からメッセージを送った。その内の誰か一人でも当たりが混じっていてくれと願いながら待っていると。
返って来たメッセージは二つ。
『エールなら十分前に店に色々と売りに来たぞ』
『朝から大量にクリスタル置いてったけど?』
メッセージはエギルとリズの二人からだった。
どうやら事態はキリトが考えている以上に進んでいるようだ。二人の店にわざわざアイテムを置いていったと云うことは、身の回りの整理を始めたということだ。こうなっては悠長に待っていることは出来ない。
「くそっ! 何処にいるんだ!」
「そうだわ! マップのフレンド追跡をすれば……」
「駄目だ。隠蔽能力のある装備をしているのか見付からない」
対策までするなんて、徹底している。
どうあっても自殺を邪魔されたくないようだ。
「何か、何か手がかりは……」
――別に、ここで祈る意味はないんですよ。
いつだったか。
毎日祈りを捧げるエールに、訊ねたことがあった。
――名前が刻まれているだけで、あの子の魂はここにはない。
そう哀しげに、微笑んでいた。
最後に何か重大なことを付け足していたはず……。
――だって、本当のお墓は……。
「アルゴ! エールの妹が死んだのは何処だ!?」
「えっ、二十層の森の中だけど……」
「前に聞いたんだ。妹の墓を作ったって。おそらくそこだ!」
エールが自害するのなら、そこしかない。
キリトは立ち上がると一目散に転移門へと向かって走り、アスナもそれに続こうと立ち上がった所でアルゴに呼び止められた。彼女は一緒には行かないのかベンチから動こうとはせず顔だけ向けている。
「何をしているのアルゴ、一緒に……」
「ごめン、やっぱりオレっちはいけなイ」
エールを説得するなら、アルゴも行くべきだ。
だが、今はまだどんな顔をして会えばいいのか分からないのだ。
「アルゴ……」
「アーちゃん……オレっちの代わりに、これを」
アルゴが差し出したのは、何らかのクリスダルだった。
アスナの記憶が正しければ音声を記録するタイプの代物のはずだ。
「これは……?」
「あの子の、エールの妹のメッセージがそこに入ってル。本当ならもっと早くに手渡しておくべきだったンだけど……お願いだ。オレっちに代わってそれをエールに届けて欲しいんダ」
「分かったわ」
クリスタルを握り締め、アスナは走り出した。
その後ろ姿を見つめながら、アルゴは小さく頭を下げた。
「遅いぞ!」
「ごめんなさい!」
二人は転移門まで来ると、そのまま二十層へと移動する。
どうやらキリトは待っている間に、メッセージを飛ばしたようだ。
「お願い、間に合って!」
エールが居るであろう森を目指し、アスナたちは駆け出した。
おそらく予想していた方も多いとは思いますが、エールは男です。
ええ、いわゆる男の娘と云う奴になりますね。当初は女性として話を書いていこうかとも考えてはいたのですが、キリトとは交際しないこと、サチに幸せになって欲しい、の二点を考えていたら男性になっていました。
因みに男の娘にしたのは理由がありますが、それはまた後ほど。
クリック? クラック! また来週!