ソードアート・オンライン-Phantom pain   作:轟th

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人生は線香花火――と云ったのは誰だったか。

人の一生は一世紀にも満たない、まるで咲いて散る花のように。

もっと長く生きたいと思っても、現実はそうはいかない。

だからこそ、人はその短い人生を懸命に生きるのだ。

その燃焼は、代え難い程に美しい。


では、本編をどうぞ。


第拾壱幕-妹の想い

「ここに来るのも、随分と久しぶりだな」

 

 そこは二十層の一角にある森の開けた場所。

 モンスターの出現しない安全地帯なので警戒もろくにしていないが、もうじきレベルが90の大台に乗る彼のステータスを鑑みれば当然のことだ。寧ろこの階層にいるモンスターよりも、彼の方が驚異の存在といっても過言ではない。

 だが二万近くもあるエールのHPは目に見えて減っており、現在は注意域(イエロー)に達している。これは道中で遭遇したモンスターに不覚を取ったからではなく、状態異常の一つである毒の効果によるものと主張しているアイコンがHPバーの隣に表示されている。しかしエールは毒消しポーションを飲む素振りはなく、そもそもこのフロアには毒を使うモンスターはいない。ならば彼の状態異常は如何なる理由による物なのか。

 答えは一つ――彼が自らの意思で毒を服したからだ。

 一歩踏み出す事に、毒はエールの肉体を蝕んでいく。

 

「遅くなってすまない」

 

 そう言って彼が膝をついたのは、小さな石碑の前だった。

 事情を知らぬプレイヤーが訪れたのなら、何かのイベントの石碑と思うところだろうが、これは何をしたところで変化は訪れない。ただの石にしか見えないそれは、確かにエールが最愛の妹の為に用意した墓標なのだ。

 

「本当ならもっと早くに来るつもりだったのに……少し時間が掛かった。色々と後片付けをするのにこんなに手間取るとは思わなかった。けど、もう私のやるべきことは全て果たしたから、胸を張ってお前の元に逝ける」

 

 もう思い残すことはない。

 まだゲームもクリアされておらず、この地獄のような世界にキリトたちを残していくことは気掛かりであったが、キリトならば必ずや百層にいるとされるラスボスを倒して皆を解放できると信頼もしていた。

 だからこそ、彼は旅立つのだ。

 

「いや、こんな殺人鬼(わたし)じゃ同じ場所にはいけないか」

 

 仮初の肉体だとしても、この手は血に塗れ過ぎている。

 もし天国と地獄が本当に実在するのなら、間違いなく地獄逝き確定だろう。とてもじゃないが両親や妹のいる天国には往けない。そうだとしても、ここで怖気づいて死ぬのを止めるなら、最初から人殺しなんてやっていない。

 

「そろそろだな」

 

 毒の効果は既に時間経過で切れている。

 残りのHP残量からして、首を掻っ切れば全損は出来るだろう。

 

「さようなら―――っ!」

 

 そうして

 青々と生い茂った緑の蘆を破り、鋭利なナイフがエールへと飛来してきた。もし本当に死ぬ気でいたのなら甘んじて受け止めれば良かったのだ。しかしこれまでの戦いで鍛えられた感覚がそれを許さなかった。

 気が付けば、反射的に剣で弾き落としていた。

 こんな人気のない森に、誰が――。

 

「ふぅ、何とか間に合ったな」

「……キリト、さん」

 

 現れたのはキリト、その後ろにはアスナの姿もある。

 どうやら先ほどのナイフは、キリトが投げたもののようだ。

 

「どうして……」

 

 ここに、と問いかけようとして。

 いつだったか、キリトに妹の墓が別にあることを話したことを思い出した。場所までは教えた覚えはないが、おそらくはアルゴ辺りにでも事情を聴いて、ここにたどり着いたのだろうとエールは状況を理解していた。

 などと考えていれば、更にエギルとサチまでも駆け付けてきた。この様子ではクラインやリズベットも来るのではないだろうか、と思いながら努めて平静を装いながらナイフを投擲してきたキリトへと声をかけた。

 

「いきなりナイフを投げるなんて、危ないですよ。キリトさん」

「悪かったな。何分、急いでたからよ」

「皆さんも、そんなに血相変えてどうかしましたか?」

「お前を止めに来たんだ」

「私を? もうPKを襲うことはしませんよ?」

「ああ、そうだろうよ。死神の次の狙いは、お前なんだからな」

 

 事情を知らないのか、エギルたちは驚く。

 そんな彼らを尻目にエールは、クスクスと愛らしい笑みを浮かべる。

 

「私が、自殺? どうして私がそんなことを?」

「妹を守れなかった自分を、誰よりも憎んでいるからだ」

「―――」

 

 スッ、と笑顔が消える。

 誤魔化しきれないと悟ったのか、小さく息を吐いた。

 

「……その様子からだと、私のことはアルゴさんから聞きましたか」

「ああ。全部教えてもらったよ。お前の妹がPKのせいで死んだことも、その行いを止める為に死神として暗躍したことも……そして最後には、全ての元凶である自分に始末(ケリ)をつけることで終わらせようとした」

 

 そうだろう、とは訊ねなかった。

 エールは肯定も否定もしなかったが、それが正しさを証明していた。

 

「どういうことだよ、キリト!」

「そのまんまの意味さ。エールは妹を死なせたPKを憎んだが、それ以上に家族を守れなかった自分のことを憎悪したんだ。けど、ただ自殺するだけは許されないから、妹への贖罪を兼ねて死神としてPKたちを手にかけて行った」

「厳密には、私と同じような境遇のプレイヤーを作りたくなかっただけ。けど何時からか、私が分からなくなってしまった。PKを止めたいと豪語しながら、私自身がPKに手を染めていることに気付いてしまった」

 

 それは矛盾であった。PKによる被害者を出したくないと願った自分が、PKとして加害者の側になって力を振るっている。これは必要悪だと割り切ってしまえば良かったのだが、エールにはそれが出来なかった。自分が残っている限り、PKという悪が消えることは決してない。

 ならば、どうするか。

 

「だから自分を殺すのか?」

「ええ。何より、誓いを破った私にはもう、生きる意味はない」

 

 だから――。

 静かに手にした長剣の剣先をキリトたちへと向ける。

 

「邪魔しないで下さい」

「はい、分かりました――なんて、言うと思ってんのか」

 

 応えるように、キリトも双剣を抜き放つ。

 

「俺が止めてやる」

「キリトくん」

「大丈夫だ。仲間はもう、二度と死なせない」

 

 墓前での火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

「はあああああああああっ!!」

「ぐ――ッ!」

 

 裂帛の気合が込められた一撃を、何とか凌ぐ。

 ソードスキルも使っていないというのに、その剣速はキリトがこれまで相手にしてきたどのモンスターよりも凄まじかった。反応速度としてはキリトの方が上回っているだろうが、エールの斬撃はまるで機械さながらの正確さで隙を突いてくる。これにはキリトも防戦一方となったが、理由はそれだけではなかった。

 既にエールのHPバーは三割を切っており、下手に攻撃しようものなら残り少ない命が削りきられてしまう危険性があった。かといって手を抜こうにも相手のレベルは自分よりも上、STR(筋力)AGI(敏捷性)も向こうの方が高い。下手に手加減をすれば、命を落とすのはキリトの方になってしまう不利なことこの上ない状況だ。

 しかし、そんな状態でも。

 

「………はっ」

 

 キリトは笑っていた。

 別に勝つことを諦めてしまった訳ではない。

 ただエールという自分よりも格上の相手を前にして、どうしようもなく楽しいのだ。キリトがこれまでにプレイしたゲームの中には常識的に考えてクリア不可能に思える理不尽な難易度のものも混じっており、それをクリアした時の達成感は堪らないものがあった。つまりゲーマーとして攻略したいと考えているのだ。

 

「早く、降参して下さい!」

「そんなに……そんなに死にたいのかよ!」

「私は、死ななければならない!」

 

 激昂しながら、斬撃を振るう。

 その華奢な見た目に反し、重い斬撃に徐々に受け止める手が痺れてくる。

 

「死んで何になるってんだ!」

「貴方に、私の何が分かると言うんだ! 私にとって、あの子は全てだったんだ! あの子が笑っていてさえくれれば、どんなに辛くて大変なことがあっても耐えられた! それ以外には何もいらなかった!」

「妹の死は、お前のせいじゃないだろう!」

「違う! 私が弱かったから、私に力がなかったから……あの子を守れなかった! 無菌室の病室から出ることも許されず、世界を知らなかった彼女に一度でいいから外を見て欲しかった。生きることは素晴らしいって信じて欲しかった!! そんなわたしの我が儘が、あの子を死に追いやってしまった!」

 

 本人は気付いていないのか。

 喚き叫びながら、エールは涙を流していた。

 徐々に斬撃からも精密さが失われ、我武者羅なものに変わってきた。

 

「違う、違う違う違う! 私は――あの子を苦しめる為にこの世界に連れてきた訳じゃない!」

「―――っ!」

 

 エールの剣に合わせるように、キリトは双剣を振り抜いた。

 弾かれた長剣はエールの手を放れると、そのまま近くの大樹に突き刺さった。

 

「もう自分を責めるのは止めろよ。お前の妹だって、そんなこと望んじゃいない」

「貴方に、何がわかるって言うんですか」

「少なくとも、君はこれを聞く義務があるわ」

 

 決闘が終わると、アスナが近付いて来た。

 そうして彼女が差し出したのは、アルゴから受け取ったメッセージ録音クリスタルだ。

 

「これは……?」

「アルゴから預かったの。貴方の、妹さんのものだって」

「アルヒの?」

「再生ボタンをおして」

 

 促されるまま、エールはボタンを押した。

 暫くして、懐かしい妹の声が聞こえてきた。

 

 

 

 これ、ちゃんと録音できてるのかな?

 録音出来てなかったら、恥ずかしいなぁ……その時は諦めて録り直そう。

 こほん。

 お兄ちゃんがこれを聞いている頃には、多分わたしはもう死んでいると思います。それがモンスターに襲われたからなのか、あるいはリアルに残してある肉体(わたし)が限界を迎えちゃったからなのかは分かりません。もしそうなった時の為に、お兄ちゃんにわたしの気持ちを伝えたくてこのメッセージを残しておきます。

 

 実を言うとね、わたしは自分が長くないのを知ってたの。

 前にお兄ちゃんと先生が話しているのを内緒で聞いちゃったからだけど、自分のことだから何となく寿命のことは察してた。だから悲しくはなくて、むしろ嬉しかった。ようやく楽になれる(・・・・・)って思えたから。

 わたしね、本当はずっと生きるのが辛かった。お兄ちゃんや叔母さんに沢山迷惑かけて、こんな苦しい思いをしながら何で生きているんだろうって何度も考えてた。でも勘違いしないで欲しいのは、別に“死にたい”って思った訳じゃないよ。けど、悩んでいることは決してお兄ちゃんには伝えられなかった。

 だって、知ってたから。

 お兄ちゃんが毎日、友達と一緒に遊ぶこともせずにわたしの為にお仕事して、時間が空いたら病室に顔を見せに来てくれた。お兄ちゃんだって本当はお外に出て遊びたかっただろうに、わたしを気遣って弱音を一度も吐かなかった。そんなお兄ちゃんだからこそ、わたしも精一杯生きようって思えたの。

 

 秋口から、身体の調子が悪くなってきた。

 残された時間がいよいよ少なくなってきたと感じた頃、お兄ちゃんが「ソードアート・オンライン」を持ってきてくれた。ゲームのことはネットで知っていたけど、現実と酷似した仮想現実なんて信じてなかったの。けど半信半疑で入った世界は、わたしのちっぽけな予想なんかを遥かに上回ったものだった。

 目の前に広がったのは、わたしが欲しくて堪らない世界だった。

 お日様の温もりと風の匂い、どちらも望んだもの。

 

 お兄ちゃんは、わたしをこの世界に連れてきたことを後悔していると思う。

 けど、わたしは嬉しかったんだよ。何時死ぬかも分からぬ身だけど、他の人みたいに外に出て身体を動かすことができた。それにお兄ちゃんは、色々と勉強して現実にある料理をいくつも再現して食べさせてくれた。

 束の間の、閉ざされた箱庭の中でも、わたしは生きることが出来た。

 わたしは後悔してない。むしろ満足しているの。

 だからどうか、自分を責めないで。

 

 お兄ちゃんはわたしとって、世界で一番の自慢できるお兄ちゃんです!

 向こうに行っても、お兄ちゃんの幸せを祈っています。

 バイバイ。

 

「―――初音」

 

 エールは静かに、涙した。

 

 

 

 




 エールの妹である初音。
 モデルとなったのは、「Angel Beats!」に登場する主人公の音無結弦の妹の音無初音です。病弱で早くに亡くなったこと以外は分からないので色々と脚色しました。とは云っても最初から決めていた訳ではなく、設定云々を考えてから最後に名前を「初音」と決めたところ、似ていることに気付きました。
 名前の由来としては、兄と似た響きにしたかったからです。
 初音のプレイヤー名である「アルヒ」は、ギリシャ語の「始まり」を意味するアルケーから来ています。アルケーはローマ字転写した読み方であり、現代ギリシャ語ではアルヒと発音するそうです。ただし、これらは私が調べたものなので微妙に違っているかもしれないのでご注意を。

クリック? クラック! また来週!
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