ソードアート・オンライン-Phantom pain 作:轟th
こちらに関しては私が四月から始める新しい仕事の関係により、三ヶ月ほどまともにパソコンに触れられない状況になるからです。一応はノートか何かに書き溜めしていく方向ではありますが、いつ頃に戻って来れるか分かりません。
ですが、必ずや舞い戻ってきます。
では、本編をどうぞ。
「んっ……あ…」
窓から差し込む陽光と、鼻腔を擽ぐる朝食の香りで目が覚める。
暫くベッドに転がったままぼんやりと見覚えのない天井を見上げながら、意識がはっきりしていくに連れてここが何処だったかを思い出す。一度大きく伸びをしてからベッドを降り、寝巻き代わりのワイシャツから落ち着いた色合いのロングスカートに麻のシャツへと着替える。ボタン一つで切り替えられるので楽チンである。
部屋を出て一階へと降り、階段下に位置する洗面所にて顔を洗う。それからリビングへと入ると縦に続いているキッチンでは、朝食の準備をしていた人物が気が付いて振り返った。
「あっ、おはようございます」
「うん、おはよう」
「もう少し掛かるので、椅子に座って待っていて下さい」
言われるがまま、テーブルに着く。
テーブルの端に置かれたブックスタンドに立てられた、新聞という名のスクラップブックへと手を伸ばす。これは情報を生業とするプレイヤーが適当な与太話などを集めて新聞と称して売っている物であり、定期購読しているプレイヤーはあまり多くはない。これも気になったから購入した数日前の新聞である。
新聞のトップを飾っていたのは、先日行われた『神聖剣』のヒースクリフ対『二刀流』のキリトのデュエルの様子が書かれていた。内容によればキリトはヒースクリフとの勝負にあっさりと敗北してしまい、彼の不敗神話に新たな一頁を加える手伝いをしたようだ。
後気になる記事と云えば……。
「白亜の少女の幽霊ね……はぁ」
よりにもよって、仮想現実で幽霊とは。
与太話にも程があると思いながら新聞を戻せば、することがなく手持ち無沙汰になる。朝食ができるまでの間、暇だったのでキッチンの方へと視線を向ける。そこでは愛用のエプロンを身に付け楽しげに料理を作る、“
「どう見ても……女の子にしか見えない」
ふたりの同棲生活が始まってから五日が過ぎた。
攫われたミナを連れて教会へと戻った二人はそのまま血盟騎士団の本部へと向かった。そして団長であるヒースクリフに今回の顛末と、一時退団する旨を伝えた。彼も最初は渋っていたが、組織が信じられないと伝えると何とか承諾してくれた。その日の翌日には住み慣れた城塞都市のセルムブルグから、下層にあるフリーベンへと引っ越してきた。最初はまるで都会から田舎に引っ越したような戸惑いこそあったが、流石に数日も経てば大分慣れてきて、こんな穏やかな日常も悪くないと思えるようになってきていた。
「はい? 何か言いましたか?」
「気にしないで。独り言だから」
「そうですか? あっ、出来上がりましたよ」
出来上がった料理がテーブルに並べられていく。
デジタルな世界とは云え、朝から随分と手の込んだ献立だ。椎茸のような見た目のキノコと玉ねぎに似た食感のする物体のオムレツに、何種類かの葉物が入ったチョレギサラダ。それからツナに似た風味のホットサンド。
「「いただきます」」
手を合わせてから、食事を始める。
おそらくは他所では決して味わえない、料理レベルがカンストしているからこそ出せる味に舌鼓しながら向かいの席を見る。ナイフとフォークを使って食べる姿はとても様になっていて、何処かの社長令嬢を思わせる。そうして食事を済ませても出かけることはなく、そのままリビングにてお茶を飲んでゆったりとしていた。
とそこで思い出したように、アスナは訊ねた。
「ねぇ、前から気になっていたんだけど……」
「はい……んっ、何がですか?」
「髪、随分と長いね。顔立ちは生れ付きだし、キリト君も同じだからこの際置いておいても動作の一つ一つから気品みたいなものを感じるのよ。ねぇ……エール君、本当に男の子なんだよね?」
「アスナさん、前に私の裸を見ているじゃないですか」
「あー、うん。そうなんだけどね……」
今まで一人で暮らしていたのが、同居人が急に増えるとなれば色々とトラブルは付き物だ。それが例えラブコメ的なお約束展開だったとしても、起きる時には起きうるものなのだ。例えばエールの入浴中にアスナが気付かずに脱衣所でばったり出会ったり、アスナの着替え中に謝ってエールが部屋に入ってきたりと。いや、そういう経験をしてなお、エールはそんじょそこらの女性よりも女らしく見えてしまうのだ。
「まぁ、髪が長いとは思いますが……」
「エールくらいの年代の男の子なら、もっと短いものじゃない?」
「これは仕事の都合上、伸ばす必要がありまりして……妹も褒めてくれましたし」
後半は聞き取れなかったが、彼にも事情があるようだ。
とそこで、年若いながらも既にエールが仕事をしていると聞いたのを思い出した。
「そういえば、何の仕事をしていたの?」
「叔母の手伝いですが……その、モデルを少々」
「モデルって凄いじゃない! 何処の雑誌?」
「………“Center”という雑誌です」
「ぶっ、く、けほっ!」
聞き覚えのある雑誌名に、危うく紅茶を吹き掛けるのを堪える。
「嘘、でしょ。それって十代の女の子に大人気のファッション誌じゃない!」
「はい。叔母が、デザイナーを務めていまして」
「あっ! 考えてみればエール君の顔見覚えあるって思ってたけど……もしかして」
「何度かトップを飾ったこともあります」
今度こそ、アスナの思考は停止してしまた。
人とは例え目の前に著名人や芸能人が居たとしても、“まさか”と考えるのでそれが本人だと気付くことは多くはない。アスナもエールの顔を見ても似ていると思った程度で、同一人物だとは夢にも思わなかったのだ。
「正直、驚いたわ。でも、どうしてモデルを? それも少女向けのを」
「……そもそもは、私たちの両親が事故で亡くなったのが切っ掛けでした」
思いがけない切り出しに、アスナは唖然とした。
しかしエールは気付いていないのか、手元のカップを見詰めながら話を続けた。
「親を亡くした私たちを引き取ってくれたのは、唯一の肉親だった叔母でした。当時、私はこの容姿もあって小学校では友達は殆ど居らず、放課後の過ごし方なんて妹の病室に行くか家で勉強するかの二択だけ。そんな私を見かねて叔母が私を職場へと連れて行ってくれました。とは云っても何をするでもなく、部屋の片隅に置かれたパイプ椅子に腰掛けながら眺めていただけでしたが、その日に限ってモデル役の女の子が急遽来れなくなってしまい、私が代役に選ばれました」
この話が何年前のことかは分からない。
しかし確実に云えるのは、今以上に愛らしかったに違いない。しかし幾ら女顔だったからとてモデルを引き受けるとは、やはり心の何処かで女装した自分が可愛いと思っているのではないかと考えずにはいられない。いや、アスナとしてもその頃のエールの姿を見てみたいと思ったが、口にすることはなかった。
「お世話になっている叔母に恩返しがしたくて、今回だけという条件で引き受けました。ですがアスナさんならご存知かもしれませんが、私の写真が掲載された雑誌は大きな反響を呼ぶことになってしまいました」
その話ならアスナも聞いたことがある。
女の子の格好をしたエールの姿はネット上で話題となり、誰だ誰だと噂されていた。しかも名前を明かさずに一度だけの掲載だったのも、注目を集める要因となっていたようだ。出版社にも電話が掛かってきた程だとか。
「何故か話題になってしまい、私はモデルとして活動することになりました。最初こそ戸惑いや不安などがありましたが、次第と周囲と打ち解けて学校に居るよりもスタジオに居る方が楽しいと思えるようになりました」
「……その、学校で何か言われたりしなかったの?」
「顔は兎も角、名前は明かしてませんでしたので。それに購入者は中高生以上でしたので」
「成程ね」
お洒落を心がける小学生はそう多くはあるまい。
子供のファッションを決めているのは、大体が母親だと相場が決まっている。
「話はこれまでです。さあ、出掛けるとしましょう」
「そうね。今日は何処に行こうかしら?」
特に目的地は決めてはいない。
他の階層になるが、これまでに山に上ってみたり草原に行ってみたりした。デスゲームと化したからとて全プレイヤーが攻略に命を賭けている訳ではなく、むしろ大多数のプレイヤーが最初のフロアか気に入った別のフロアを拠点として思い思いに生活を送っている。人によってはリアルよりも快適な暮らしを送っている者さえいる。
例えば階層の殆どが海で占められた四十三層などは、通常モンスターの出現率が極端に低いので丸一日潜っていても片手で数える程度しか出遭うことがない。比較的に安全なエリアということでボスが討伐された後、海水浴場と化してしまった。海の前の浜辺には「海の家」の看板を掲げた店が何件も軒を並べており、不動産仲介プレイヤーの中にはコテージ付きのプライベートビーチを売っている者もいるとか。
「そういえば、キリトさんが引っ越してもう一週間ですね」
「……サチさんも一緒なのよね」
「ええ。確か二十二層に家を購入したとか……遊びに来てくれと連絡がありましたよ」
「折角だから、今日はお邪魔させてもらおうかしら?」
目的地を定め、二人はホームを後にした。
第二十二層は、アインクラッドにおいて最も人口の少ないフロアだ。低層故に広い面積の殆どは常緑樹に覆われており、残りも無数に点在する湖により占められている。モンスターが一切出現しないと云う意味では安全性では申し分ないが、主街区であるコラルの村はとても小さいので住もうと考えるプレイヤーは多くはない。また迷宮区の難易度も低かったので、僅か三日で攻略されて忘れ去られた階層だ。
そんな階層の南西、南よりの外周近くにキリトとサチは新居としてログハウスを購入した。都会の喧騒から離れたかったのも理由の一つだが、やはりフィールドにモンスターが出ないことが決め手となっていた。しかし幾ら人の少ないエリアで売られている小さなログハウスとは云え、それなりのお値段をしているのも人が少ない要因の一つだろう。
キリトたちも物件の金額を見て愕然とした。何しろ現在ホームにしているアルゲードの軽く五倍以上のコルが必要になるからだ。エールやアスナがお金を貸すと申し出てくれたが、流石にそこまでしてもらうのは悪いのでキリトとサチは手持ちのレアアイテムをエギルの手を借りて、何とか全て売り捌くことで資金を集めた。
「夢の新婚生活……の筈だったんだけどなぁ」
思わず、キリトはため息をこぼした。
エールの一件の後、キリトは意を決してサチに告白をした。フラれてしまうかもしれないと云う一抹の不安はあったが、サチはキリトの想いに応えてくれた。二人の夢のような新生活がここから始まる予定だったのだ。
「パパ、どうかしましたか?」
向かいの席に座る幼子が、首を傾げる。
この場に男性はキリト以外には居らず、必然的に“パパ”はキリトになる。
「何でもないよ、ユイ」
腕を伸ばし、頭を撫でれば幼子は笑顔を浮かべた。
この幼子の名前はユイ、キリトのことをパパと呼んでいるが本当の娘ではない。彼女は三日ほど前にキリトとサチが散歩の最中に見付けた迷子だ。それも自分の名前以外覚えていない、記憶喪失の状態であった。家まで運べたことからNPCではないと予想がついたが、結局はそれ以上のことは分からなかった。しかしキリトの知る“
結局、引き取り手のないユイはキリトたちが面倒をみることとなった。
(サチは喜んでくれてたけど……)
キリトが攻略に戻れば、彼女は一人でここで待つ事になる。だから誰か他に、一緒になって待ってくれる人を望んでいたのだ。それが分かっていたからこそ、キリトも急いでユイの保護者を探し出そうとは考えなかった。
しかしながら、不満が何一つない訳ではない。
これまでキリトは攻略一筋で生きてきたし、何より限りなくリアルに近いゲームの中で“そういったこと”が可能だとは微塵も考えてこなかった。それがサチと結婚してから毎日、連日連夜若さに物を言わせてきた。快楽とは厄介なもので、一度でも味わってしまうと抜け出すのは並大抵のことではない。
つまり、何が言いたいのかと云うと。
「――性欲を持て余す」
欲求不満なのである。
流石に暴走するほど溜まっている訳ではないが、出来ることなら発散したい。しかしサチはユイの面倒やらでフラストレーションを発散しているのか、一緒のベッドで寝ていても誘ってくることはない。流石にユイの目のあるところで行為に移るのは、情操教育上宜しくないのは両者ともの見解である。
「パパ?」
「……おいでユイ」
ちょいちょいと手招きをし、椅子に座ったまま膝の上に抱き上げる。
最初は不思議そうに小首を傾げていたが、直ぐに満面の笑みを浮かべてキリトに抱きつく。
「パパ、大好き!」
「ああ、俺もだよ」
ギュッと、小柄な身体を抱きしめ返す。
ドサッ、と物音がしたのはそんな時だった。
「ん?」
音のした方――部屋の戸口へと視線を向ける。
とそこに立っていたのは、扉を開けた大勢のまま固まったアスナであった。
「……………」
「……………」
パタンと、アスナは扉を閉めた。
『エール君! 今すぐにエギルやクラインを呼んで!』
『えっ、何かありましたか?』
『キリト君が、HENTAIさんになっちゃったの!』
『はい?』
扉越しに、錯乱するアスナの叫び声が響いてくる。
そういえば遊びに来ると連絡があったな、と思いながらキリトは天井を見上げた。
今回はエールのリアルでの日常が明らかになりました。
主人公を周囲とは少し変わっている立場にしたくて、そう考えながらテレビを見ていたら読者モデルの話が流れていました。その瞬間、「エールの美貌を生かさない手はないな」と考えてこうなりました。
エールの美貌に関しては、某ゲームの理性の蒸発した英雄とでも思いください。
クリック? クラック! また来週!