ソードアート・オンライン-Phantom pain 作:轟th
それも、一つの選択ミスで命を落とすことになる。
その状況になったのなら、貴方はどうするだろうか?
現実に戻る方法を模索するか、あるいは諦めて世界を満喫するか。
誰だって死ぬのは恐ろしく、どちらも間違いではないだろう。
ただ一つだけ知っておいて欲しい。
人間だけが――恐怖を克服する勇気を持っていることを。
では、本編をどうぞ
キリトたちは順調に迷宮を進んだ。
エールは迷宮に積極的に挑む方ではないが、実力としては前線でも引けを取らない。キリトとアスナに至っては攻略組の一級戦力として数えられる程の猛者だ。例え未踏破の七十四層だとしてもボスまでの道中において、悪意による罠にでも掛けられない限りはこの三人が遅れを取ることは先ずないだろう。
そして現在は安全エリアにて休息を取っていた。
「ふー、御馳走様でした!」
「お粗末さまでした」
「直ぐに横になるのは行儀が悪いよ」
昼食を食べ終え、キリトは仰向けに倒れる。
アスナの作ったサンドウィッチと、エールのデザートでお腹がパンパンだ。これがデスゲームではない現実世界の、何処か景色の良い公園の芝生の上だったのなら文句なしだったのにとキリトは夢見心地で考えていた。
「それより! ほら、ボス攻略について考えるわよ」
「あー……分かったよ」
よっと身体を起こし、三人は議論を始めた。
ボスモンスター、『The Gleameyes』はキリスト教に登場する
「んー、
「そうね。硬い人を前衛にして、どんどん『スイッチ』するしかないわね」
スイッチとは、MMOによく登場する用語だ。
この世界においてはソードスキルを放った直後には身体が硬直する設定があり、大きな技ほど硬直する時間は長くなる。その間は完全に無防備になってしまうので、他の仲間などにモンスターを攻撃してもらう。そうすることで敵のヘイトを自分から外す――攻撃を交代して連携していく技術として知られている。
「……ねぇ、気になったんだけど」
「何かありましたか?」
「キリトくんは盾を使わないわよね? 片手剣のメリットは盾を装備できることだけど、君が持っている所を私は見たことないわ。私は細剣のスピードが落ちるからだし、エールくんもスタイル優先だから装備をしていない。けどキリトくんは、そのどちらでもない。普通に考えてみても何か隠しているとしか思えないんだけど……」
「それは……」
アスナの問いに、キリトは口篭った。
どうやら彼もまた何らかの秘密を隠し持っているようだが。
「アスナさん、詮索は止めておきましょうよ」
「……確かにマナー違反だったわね」
答えてもらえるとは思ってなかったのか、アスナも直ぐに引き下がる。
明らかにホッとしているキリトを尻目に、今度はエールがアスナに問うた。
「アスナさん、先ほどの料理……マヨネーズの味がしてましたね」
「ええ。他にも醤油を再現してみたわ」
「それは! 実は私もこういったものを再現しまして……」
アイテムスロットから小さな壺を取り出す。
開け放たれた中身を覗いてみれば、そこには何とも形容しがたい黄緑色の液体が並々と満たされている。エールの反応からして調味料だとは思うのだが、ハッキリ云って直前の会話を聞いてなかったら毒だとしか思えないだろう。いや理解していてもキリトとしては気が引けるが、アスナの方は乗り気だった。
差し出された小壺に指を入れ、それを舐めとる。
「これは――味噌だわ!」
「え! 本当か!」
キリトも慌てて一舐めする。
確かに口の中に広がったのは、芳醇な味噌の風味だった。
「す、すごい! 本物の味噌だ!」
「見た目はアレですが、これで味噌汁が作れるようになりましたよ。釣りのおかげで日本食が作れるようになったので大きいですね。残念ながら鰹節は手に入らないので、こればかりは仕方のないことですが」
「アスナとエールで料亭でもやれば繁盛するぞ!」
もし実現したら確実に常連になる、とキリトは確信した。
サチがこの考えを知ったら、きっと拗ねてしまうだろうなと思ってしまう。
「そういや、エールは何で毎日石碑に祈ってるんだ?」
「……別に、ここで祈る意味はないんですよ」
真剣な表情で交換した味噌入りの小瓶を眺めているアスナを尻目に、エールは何処かぼんやりとした表情を浮かべながらそう返す。
「名前が刻まれているだけで、あの子の魂はもうここにはいない」
あの子、それがエールの大切な人のことか。
その表情はとても哀しく、今にも泣き出しそうにも見える。
「それに、本当のお墓は別にあるんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。あの子が死んだ場所に用意しましたので」
「だったら、何でそっちで祈らないんだ?」
「今はまだ……顔向けが出来ませんので」
そう言って、苦笑いを浮かべた。
そこへ迷宮区の入り口の方からプレイヤーの一団が近付いて来るのが見え、三人はそれぞれいつでも対応できるよう気を引き締める。と、六人パーティーの先頭にいるリーダーの顔が知り合いのものだと気付き、キリトは二人に手振りで合図する。
「おおっ! キリト、暫くぶりだな」
「そっちこそ! 相変わらずの髭面だな」
近寄ってきたバンダナの刀使いが挨拶する。
キリトも口悪く返事するが、何処か嬉しそうなのが分かる。
「うっせぇよ。おっ、珍しく連れがいるの……か」
刀使いはエールたちを見て、文字通り固まった。
「あー、ボス攻略で顔合わせはしていると思うけど……こっちの趣味の悪いバンダナを付けたのがギルド『風林火山』のクライン。こっちは『血盟騎士団』のアスナで、もう一人は俺と同じソロとして活躍中のエールだ」
キリトの紹介に、エールたちは頭を下げる。
しかしクラインの方は未だに呆然としており、反応を返す気配がない。
「おいっ、どうしたんだよ」
「は、初めまして! くく、クラインと申します。二十四歳独身!」
そう言うなり、頭を下げて手を差し出してきた。
何事かと思いきや、残りの『風林火山』のメンバーも同じように挨拶してくる。何をしているんだと思っているとキリトが考えていると、近寄ってきたクラインに首を掴まれ少し離れた場所へと連れてかれ小声で耳打ちしてくる。
「キリト、てンめェ……どういうことだよ?」
「あー、訳合って二人と暫くパーティーを組むことになったんだ」
「なにっ!? こンの、サチさんともあろう者がいながら……」
「別に……サチとは付き合っている訳じゃない」
そうキリトとサチは交際はしていない。
同居までしておきながら付き合ってないのなら、二人の関係は何なのだと問われたらキリトはこう答えるだろう。「ただの依存」だと。同じベッドで寝たことはあっても、互いに触れ合ったり愛を囁きあったりしたことはない。ましてや見つめ合うことすらなく、正に互いの傷を舐めあう野良猫のような間柄だった。
サチは戦いから離れ、キリトの世話をすることでデスゲームの事実を忘れた。
キリトはサチを守ることで、自らの行いの正当性を証明するようになった。
「キリト君! 『軍』よ!」
アスナの言葉に、キリトたちの意識は入口の方へと向けられた。
安全エリアに現れたのは十二人の重装備兵士は鎧の触れ合う金属音と重そうなブーツの足音を響かせながら、一糸乱れぬ行進で近付いて来る。クラインは無用な衝突を避ける為に、五人の仲間を壁際へと下がらせる。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐!」
キリトたちの前に進み出た男は、ヘルメットを外してそう名乗った。
明らかにこちらを見下したような態度に辟易しながらも、キリトが代表して応対する。
「君らはもうこの先の攻略しているのか?」
「……ああ。ボス手前までマッピングしてある」
「それならマップデータを提供してもらおうか」
当たり前のように、男は要求してくる。
未踏破のマップのデータがどれだけ貴重かは攻略に携わる誰もが知っている事柄であり、一部の店では高値で取り引きされる代物でもある。あまりの横暴さに誰もが眉をひそめる中、クラインが代表して食ってかかった。
「提供しろだと!? マッピングの苦労が解って言ってンのか!」
「我々は一般プレイヤー解放の為に戦っている! 諸君が協力するのは当たり前のことだ!」
傲岸不遜とはこのことか。
これまでろくに攻略に携わってこなかったのに、よく言えたものだ。
「ちょっと、貴方ねぇ……」
「テメェこの野郎……」
アスナとクラインが爆発寸前となる。
一番後ろにいるエールは静かに剣の柄に手をかけていた。
「落ち着けよ皆。どうせ街に戻ったら公開する予定だったんだ」
「おいおい、本当に良いのか?」
「これで商売する気はないよ」
他の誰かが何かを言い出す前に、キリトは迷宮区のデータをコーバッツ中佐と名乗った男に向けて送信する。それを受け取った男は、「協力感謝する」と感謝の気持ちなど全く篭ってない言葉で返して背を向ける。
どうやら中佐殿は随分と気合が入っている様子だが、彼の部下たちも全く同じなのかと云えばその限りではない様子だ。ここまでの道中で疲れたのか部下は床に座り込んでおり、頭上にある命の残量であるHPは満タンであっても精神まで同じではない。どうやら上官と違って、彼らは迷宮区攻略に慣れていないようだ。
「貴様ら! さっさと立たんか!」
上官の号令と共に、のろのろと立ち上がる。二列縦隊を作ると、コーバッツを先頭に盾を構えたまま前進していく。あれではレベル的に余裕があったとしても、ボス攻略など到底出来そうにないのは誰の目にも明らかだった。
「……大丈夫かよ、アイツ等」
「まさかぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」
普通なら誰もがそうする。
しかし、あのコーバッツの様子を見ていると不安しか覚えない。
「あー、念の為に様子見に行くか?」
キリトの問いに、満場一致で同意される。
ここで関係ないと迷宮を脱出し、後で彼らが未帰還と聞かされては寝覚めが悪い。
軍の連中を追う道中は、何とも平穏なものだった。
危険な迷宮区だと云うのにクラインはエールとアスナに、ここぞとばかりに色々と質問攻めにしていたのだ。キリトは興味がないのか先頭を走り、最後尾にいる風林火山の面々は追従しながら聞き耳を立てている。
「いやぁ、お二人のような美しい方と知り合えてこのクライン、感激ですよ!」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞なんてとんでもない! 本心ですよ!」
何ともナンパ地味た台詞である。
「エールさんはソロでありながら、お強いんですね!」
「……独りが、長かったもので」
「そうですか……そのお、おふ、お二人はお付き合いしている相手はいますか?」
満を持してクラインは訊ねた。
「付き合っている人はいないわ。ただ、気になる人なら居るけど……」
「私はそのどちらもありません」
「よっしゃっ! で、でしたら俺と……付き合ってくれませんか!」
そう言って頭を下げるクライン。
この状況下で交際を申し込むとは、やはりというか何と云うのか。
「ごめんなさい」
「そ……そっすよね! 俺みたいなムサイ奴じゃダメですよね!」
「いや、クラインさんが駄目なんじゃないんです。問題は私の方で」
「へ?」
「あのですね―――」
そのタイミングで、リザードマンの群れが通路の向こうから現れた。
先頭を走っていたキリトは直ぐに剣を引き抜き、後ろにいる仲間へと振り返った。
「ほら、モンスターだ。お喋りはそこまでだ」
「……………」
「おい、クライン。何黙り込んでるんだ?」
「――う、おおおおおおおおおおっ!」
突然、雄叫びを上げてクラインはモンスターの群れに突っ込む。
そして鬼気迫る勢いで次々とリザードマンをナマス切りにしていき、仲間である風林火山のメンバーも同様に続いていく。あまりの凄まじさにキリトも呆然としてしまい、同じく突っ立ってるだけのエールに訊ねる。
「エール……一体何を言ったんだ?」
「んー、真実という名の現実?」
よく分からない。
しかしクラインたちがあれ程の反応を示すのだ、余程のことなのだろう。
暫くして全てのモンスターを狩り尽くしたクラインは意気揚々――ではなく、酷く消沈した様子で戻ってきた。続いていった彼の仲間も同様であり、傍からは大切な仲間が一人欠けてしまったように見えなくもない。
「ど、どうした? クライン」
「……キリト、現実って残酷だよな」
本当に、何を言ったのやら。
キリトとしても気になるところだが、聞かない方が身の為な気がする。
「進むか」
「……応よ」
一行は再び前へと進んでいく。
今度は朗らかではなく、沈痛の雰囲気のまま。
今回でストックは以上です。
今後の更新は相変わらずの不定期になりますが、なるはやで頑張ります。
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