迅悠一は父である   作:看取る人

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いや、おかしいよね?

 タイムトラベル。

 そう聞くと、皆は何を思い浮かべるだろうか。

 ドラ○もんのタイムマシン? それともピック・○・オーバーの時空の旅?

 それとも……まあ、これはいいか。今の状況に当てはまる例なんかいくらでもある。

 でも、それはフィクションの中だからいくらでもある訳であって、現実にこうしてそんなこと(・ ・ ・ ・ ・)を言う人間が居るなんて事は思わない訳で。

 フィクションって言ったら、俺達が置かれている状況もだいぶフィクション染みたものではあるけれど。

 それでもまだ、異なる次元からやってくる侵略者、なんてものの方がまだ受け入れられる。

 そう、だから--

 

「やっと会えたね、お父さんっ!」

 

 これ以上、俺の世界にフィクションを混ぜこまないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 人口約二十八万人、三門市。

 二年半前までごく平和だったこの街に、突如として異世界のゲートが開いた。

 そこから現れたのは、異世界の存在である近界民(ネイバー)。そして、その使いである無人兵器トリオン兵。

 そいつらはゲート付近の地区を蹂躙。後に第一次大規模侵攻と呼ばれるその事件では、多数の行方不明者と、数えるのも億劫になるような死体の山が築かれていたのだ。

 しかし、それでも三門市は壊滅しなかった。

 それは何故かと言われれば--俺達、界境防衛機関ボーダーのお陰だろう。

 数年前からネイバー達のテクノロジーを独自に研究し、あの日のために備えてきた。

 だからあのくらいの被害で済んだのだと自負している。

 ……そうしないと、押し潰されそうだったから。

 

「あ”~~……」

 

 頭を抱え、机に突っ伏す。

 またこれだ。考えなくてもいいことまで余計に考えて、巡りめぐって自己嫌悪。嫌になる。

 --切り替え。

 ボーダーが公の機関になったことで、まだ子供の俺たちは学校に行くことが出来るようになった。

 と言っても、本業は時折やってくるネイバー……もといトリオン兵の退治だから、そこまで学業に力を入れている訳でもない。

 そうだ。

 そうなのだ。

 だから別にどうってことない。

 歴史が壊滅的だったからって、わけないのだ。その他はキチンと平均点以上を取っているのだから。

 

「やあ、どうしたんだ迅」

「また寝てんのか?」

 

 ふいに、肩を叩かれる。

 声のトーンや口調から、いつものメンバーだろうと当たりをつけて机に突っ伏したままくぐもった言葉を返す。

 

「……おやおや、これは学年首席の嵐山くんと特に特徴もない点数を取っている柿崎くんじゃありませんかぁ……」

「殴るぞ」

「駄目だぞ柿崎。暴力はよくない」

「真面目に返すなって。冗談だよ、冗談」

 

 二人はそう言って、いつものように俺の周りに椅子を持ってきて腰掛ける。

 いつも思うが、二人とも違うクラスの筈だよな? なんでそんな風に気軽にこっちに来れんの? そしてなんでごくごくフツーに俺の周りに集まんの?

 俺なんかより別の人の所に行けば良いのに--ホント、こいつらの行動パターンはよく分からん。

 

「明日から夏休みだな、迅」

「あー……」

「お前はどっか旅行とか行かないのか?」

「んー……」

「俺の家は小南の家と一緒に海に行くらしいぞ」

「ほー……」

「……って、ちょっとは会話に混ざれ! 嵐山ばっか喋ってるじゃねぇか!」

 

 そう言われてもなぁ……夏休みって言っても、ぶっちゃけ何をしたら良いのか思い付かない。

 二年前まではただひたすらに訓練とネイバー駆除をしてばっかだったし、休む暇がそもそも無かった。

 家族や親戚も居ないし、唯一家族っぽかった最上さんは既に過去の人だ。

 林道さんに甘えるのもなんか違うし、忍田さんは仕事がいっぱい溜まっている。城戸さん? 論外だよそんなもん。

 

「じゃあこれを期に彼女でもつくって一緒に遊びに行ってこい! そしたらちょっとは前向きになれるだろ!」

「えー……嵐山は?」

「ん?」

「彼女」

「ああ。今のところは作るつもりはないな。ボーダーでの活動が疎かになってしまいそうだからな」

 

 相変わらずなこって。お前、夏までに五十通ぐらいラブレター貰ってたんだから一回ぐらい首を縦に振ってやれよ……切にそう思う。いやホントに。

 嵐山准(あらしやまじゅん)

 顔はイケメンで、性格もイケメン。更には成績優秀で物腰柔らかと、およそ非の打ち所が無いくらいの完璧な男だ。

 ただ、弟と妹に対しては過剰なくらいの愛情を注ぐブラコンシスコン兄貴であるという残念な側面がひとつあるが。

 それでも、それを抜きにしても、こいつは凄いやつだと思う。

 

「……柿崎はつくんないの、彼女」

「俺は彼女なんてつくるガラじゃ無いだろ。それに、今はあいつらの隊長でいるので手一杯だしな。そんな暇ねぇよ」

 

 そっか……確か柿崎隊のランク戦参加は今期からだったか。最近顔だしてなかったから気づかなかった。

 柿崎国治(かきざきくにはる)

 責任感が強くて、戦い方が堅実で、とにかく手堅い男。自称凡人と言ってはいるが、ただの凡人なら隊長になんてなれやしない。人を纏め上げる手腕と人徳を持っている男だ。

 それだけで、柿崎は凄いやつだと思える。

 

「そういう迅はどうなんだ?」

「……戦士に恋は不要でござる」

「あっはっは、何時代の人だお前は」

 

 さあ。

 いっそ戦国時代にでも生まれればよかったんじゃないかな。そうすれば歴史のテストも楽勝だっただろうに。

 もっとも、戦国時代に歴史のテストなんて無さそうだけど。

 俺は机の横に掛けた鞄を引っ掴んで、勢いよく立ち上がった。

 

「帰る」

「午後から終業式だぞ?」

「サボる。じゃあな」

 

 そう言って窓から飛び降り、腰のホルダーに収まっている最上さん(・ ・ ・ ・)を抜き取り、起動させた。

 

「トリガー、起動(オン)

 

 少しの浮遊感と、その直後に体が軽くなった感覚がやってきた。

 そのまま校舎の壁を軽く蹴って、空中を翔けていく。そのまま二、三件ずつ民家の屋根を飛び越えながら、目的の場所へと文字通りに跳んでいく。

 ぶっちゃけ、今日は林道さんに言われてテスト受け取りに来ただけだったし、わざわざこのまま午後まで居る意味もない。昼までで充分だ。

 

「国語、七十三点。数学、八十八点」

 

 鞄に突っ込み忘れた答案をペラペラと捲って、再び点数の確認をしてみる。

 相変わらずというか、結構いい点数だとは思っているんだけれど。

 

「科学、八十七点。れき……」

 

 捲りたくない。

 思わず足を止めて、石像のように固まってしまう。

 ああ、いい天気だ。そりゃあ夏休み前なのだから当たり前か。梅雨なんかとっくに過ぎて、ギラギラとうっとおしいくらいの陽射しがそこら中に惜しみ無く降り注いでいる。

 そう言えば、生駒っちは熱中症で一昨日からダウンしてるって言ってたっけ。

 だから注意してたのに……俺の忠告聞かないから。後で見舞いにでも行ってやるか。

 --現実逃避、終了。

 

「れ、れき……し……」

 

 ぷるぷると震える手で答案用紙を捲り、そこにある数字を目に映す。

 

「……二十……八……点……」

 

 ヤバイ、声に出したことで余計に破壊力が増した。もう無理。なんか立ってらんないわ。

 膝をついて項垂れる。

 いやね? 別に林道さんは怒ったりしないんだよ。むしろよく頑張ったなって褒めてくれると思う。

 けどさ、思春期の男子にそんな気ぃ使われても困るじゃん!

 そういうのはもっとこう、学業に打ち込んでいるやつが掛けて貰える言葉だろうが!

 なんか怒るポイントが違う気もするけど!

 

「いいんだ……俺にはこの街を守るって仕事があるんだから……だから、別にこの程度の事でショックを受けたりはしないんだ……うん」

 

 俺は少し持ち直して、体を起こして歩き始めた。流石に走る気分にはなれない。

 民家の屋根をゆっくりと歩きながら、再び移動を再開する。

 ちなみに、俺はテスト期間近くになったら各教科の先生を全く見ないようにしている。

 授業の時間は机に突っ伏し、廊下では遠目で視認することすらしない。もちろん職員室に入るなんてもっての他だ。

 ん、なんでそんなことしてるかって?

 そうしないと、全くもって平等じゃないからだよ--あいつらと。

 

「……未来、ねぇ」

 

 サイドエフェクト。

 人間の体に存在する見えない器官、トリオン器官。そこで生成される未だに謎が多いエネルギー、トリオン。

 サイドエフェクトとは、そんなトリオンが体の一部に影響を与えて、人間の持つ能力を強化する現象のことだ。

 トリオン器官で作られるトリオンの量には個人差があり、作られるトリオン量が多い人ほどサイドエフェクトが発現しやすいらしい。

 と言っても、発現する人間なんてごく僅か。ボーダーの中でも両手で数えられるほどしか存在していない。

 だから。

 俺はその両手の中に入ることが出来るやつだって訳だ。

 

「S級サイドエフェクト、未来視……欲しいかって言われたら、微妙な能力だと思うけどねー」

 

 相対した人間の未来が見える。簡潔に言えば、そんな能力を俺は持っていると言うわけで。

 それを知った人達からは、いいなーとか、自分もほしいなー、なんて言われたりもするけど--譲渡できるものなら、俺は全力でこんな能力あげてしまいたい。

 それに、そんなことを言うのは付き合いが浅い連中ばかりだ。

 俺を深く知っている人ほど、そんなことは言わない。

 知っているから。

 未来は変えられるなんて、妄言も甚だしいってことを。

 

「……いやー、今日もいい天気だ」

 

 いや、さっきは妄言なんて言ったが、未来は結構簡単に変えられる。むしろ、変えられる未来が殆どだ。

 だが、そんな変えられる未来に紛れて、どうにもならない未来ってのがある。

 何人もの未来を--それこそ気が狂うくらい--見てみても、何一つ変わっていない未来というものが、あるのだ。

 まるでそうなることが決まっていたかのような。

 まるでそれ以外に進む道が無かったかのような。

 そんな未来を、俺は二つだけ知っている。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、どうにもならなかった。そんな未来を、俺は二つだけ目の当たりにした事がある。

 

「……母さん……最上さん……」

 

 真上に浮かんでいる憎らしい太陽を見上げ、空に浮かんだ雲が風に流れる様を見送る。

 時間の流れってものは、あの雲みたいなもので。

 そんで、変えられない未来ってのはあの太陽みたいなもので。

 変わらずそこにある、そんなものだ。

 

「--そう。変えられない未来ってのはそういうもの。お父さんはいつもそう言ってた」

「え?」

 

 空を仰いでいた顔を咄嗟に後ろに向け、声が聞こえてきた方向に視線を向けた。後ろから聞こえてきた--声質からして女の子であろう--声の出所へと。

 

「どんなことをしても太陽に勝てないように、どんなことをしてもその未来は変えられない。俺はそんな未来を三回見たことがある--って」

 

 声の出所に居たのは、青くてラフなジャージを着ている少女であった。ジャージの前を開けており、服装の割には小柄な体躯をしている。

 ショートに流した茶髪と、腕に填められた黒いバングル。そして首に掛かっている大きめのふち無しサングラス(俺が持っているものと似ている)が印象に残る少女だった。あと身長の割に胸がおおき……いや、これはいいや。

 とにかく、格好といい言動といい、どこか不思議に感じる少女だった。

 ……顔は可愛いと思うけど。美人じゃなくて、可愛い系。

 

「お父さんはね、凄い人だったんだ。わたしが産まれるずっと前から、輝く一振りの刀を振るって色んな敵と戦ってたんだって聞いてる」

「……へー」

 

 いきなり何を語ってるんだろうか、この少女は。

 自分の父親のことを赤の他人であろう俺に話してくるなんて。

 いや、そもそも。

 

「……ここ、屋根の上なんだけど」

「それが?」

「それがって……はぁ、まあいいや」

 

 直感だが、この少女には細かいことをツっこんでも無駄な気がした。

 能天気というか、天然というか。

 なんだかマイペースな空気が漂ってくるのが分かる。そうか、これはあれだ。嵐山に似てるんだ。

 まあ、あくまで似てるってだけだけど。嵐山よりは鈍感じゃなさそうだし。

 少女は俺の横をするりと抜けていくと、緑色の屋根のふちに腰を降ろした。ぷらぷらとゆれる二本の足が、子供っぽさを演出していて可愛い。

 

「それでね、お父さんは二年前に死んじゃってね。一年前からかな、わたしがこっちに来ようって決めてたのは。んで、今こうしてあたしはここに来たの」

 

 上京、ってやつか? ここ東京じゃないけど。

 まあ、言葉のニュアンス的には一緒だろう。そんなに気にすることでもない。

 

「--お父さんを助けるために、ね」

 

 ……はい?

 いや、おかしいよね? さっき父親は死んだばっかりだって言ってたじゃん。それなのに、ここに来たのはその父親を助けるため? 本格的に何を言ってるんだろうか、この少女は。

 頭の中が疑問で埋まっていく中で、少女は座ったまま顔だけをこちらに向けてニコリと笑顔を作った。

 何に向けた笑顔なのかは分からない。だがその瞬間、何故か心臓の鼓動が大きくなった気がした。

 なんだ、今のは。

 そんな初めての感覚に戸惑っていると、少女は立ち上がって俺の目の前に移動してきた。

 するりと、まるで無駄のない動きで近付いてきて。

 

「わたしの名前は、迅風花(じんふうか)。やっと会えたね、お父さん」

 

 俺の目の前で、唐突にそんな自己紹介をしたのだった。

 --ああ、めんどくさいことが始まりそうだ。俺のサイドエフェクトが、そう言ってる。

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