かみさまなんていない。
お父さんの葬式でわたしが発した最初の言葉はそれだった。
だって、おかしいじゃない。
もし本当に神様が居て、お父さんの頑張っている姿を見ていたなら、こんな仕打ちをするはずがない。
お父さんよりも死ぬべき人はいっぱい居るはずだ。間違ってる。こんなの、間違ってる。
誰よりも皆のために戦って、誰よりも皆の無事を画策して、そうやって今までこの街を一番守ってきたのに。
「……風花ちゃん」
顔を押さえて泣きじゃくるわたしに、声をかけてくる人がいた。
三雲修さん。
今回の第三次大規模進行で特級戦功を上げた、玉狛第二を率いる隊長さんだ。
いつもの隊服と違う真っ黒い喪服を着ているその姿を見ると、否応なくお父さんが死んだってことを見せつけられているようで。
「……何しに来たんですか」
驚くほどに低い声が出た。
自分の声じゃないみたい。
「--お父さんの近くにいたのに。お父さんの風刃には、ベイルアウトが付いてないって知ってたのに--どうして……どうして、お父さんを一人で戦わせたんですかっ!」
喉がいたい。胸がいたい。やめて、そんなことを言わないで。
三雲さんは悪くない。
あの場面では、誰かがアイツを止めてなきゃならなかったんだ。
それがたまたま、お父さんだっただけで。お父さんじゃなきゃ、止められなかっただけで。
「……ごめん」
違う。三雲さんは悪くない。悪いのはわたしだ。あの時、お父さんの隣に立つ資格すら無かったわたしのせいなんだ。
わたしは腕に填められた黒いバングルをギュッと握りしめ、その場にうずくまった。
わたしにも力があったら。そんなことはいくらでも思ったことがある。
でも、それはお父さんを守りたかったからで。こんな力なんていらなかった。
大切な人を失ってから手に入れる力なんて、虚しいだけだ。
「……お……とう……さん……」
お父さんは見えていたんだろうか、この未来が。
自分が死んで、わたしや周りの人が悲しむ姿が見えていたんだろうか。
だとしたら、どうしてこの未来を選んだの?
こんな未来は見たくなかった。皆泣いてるよ、お父さん。
千佳さん、小南さん、陽太郎さん、レイジさん、とりまるさん、そして遊真さん。皆お父さんが死んで悲しいって泣いてる。
「いやですよ……こんなの……」
「迅、あんた……こんな未来ぐらい回避しなさいよ、バカ……!」
「おいじん……! こんど、稽古つけてくれるって言ってたではないか……!」
「…………」
「迅さん……」
「……あの時の嘘はこう言うことか、迅さん……あいつの事は任せてくれ。それが、おれの罪滅ぼしだ」
いやだ。いやだ。いやだ。そんな言葉だけがわたしの中で反響する。
他にも多くの人たちがお父さんの棺の前で別れや後悔の言葉を捧げている。
緑川さん、太刀川さん、嵐山さん、柿崎さん、生駒さん、そして上層部の人たち。
「ううぅ……迅さん……! おれ、まだ迅さんに勝ち越してないんだよ……なのに、なのに……!」
「……おいおい何寝てんだよ。今季こそ俺に勝って、アタッカーランク一位になるんじゃなかったのかよ……バカ野郎……」
「……迅。最期まで、お前らしかったな」
「バカ野郎……お前が居なくなったら、風花ちゃんはどうするんだよ、このダメ親父……!」
「カッコつけてブラックトリガーなんか使うからや、アホ……! 普通にスコーピオン使っとけ言うたやんか、このアホ……!」
もうダメだ。ここにいたら泣き過ぎが祟って吐きそうになる。
わたしは勢いよく立ち上がって式場から全速力で退出した。その勢いで建物の外まで走り、草原のような場所で立ち止まる。
誰も追いかけてくる人は居なかった。
今は、それが有り難かった。
「う……うああぁぁぁぁーん……!」
暑い夏の日だった。
どこまでも清み渡る青い空に、わたしの泣き声が消えるように吸い込まれていったのを覚えている。
▼
強くなった、と思う。
少なくとも、お父さんの代わりにS級隊員として活躍できる位には--と言っても、未だに遊真さんには負け越してるんだけど。
でも、今は多分、いつも以上に戦える。
「は……? お父さんって、え? 俺のこと?」
だって今、わたしの目の前には若かりし日のお父さんが居るんだもん!
うわー、お父さんそっくり……って当たり前か。本人だし。
今までは実感沸かなかったけど、こうして対面してみると一気に現実感が沸いてくる。困惑しているお父さんの顔なんて、すごく新鮮で可愛いとすら思えてくる。すごいレアだよ、こんな顔。
「あ、やっぱり困惑する? だよねー。わたしもこっちに来たとき困惑したもん」
わたしが知ってるボーダー本部と形が違うし、街もほとんど壊れてない。一目見て平和だと分かる三門市の光景に、初めての頃はすごく戸惑ったものだ。
わたしが居た時間は、二年前に第三次大規模侵攻が起きた直後だったから。
あの時は大変だったなー。
本部は半壊、市街地はほぼ廃墟同然。民間人にも数万人の被害が出た。
なにしろ攻めてきた国は全部で三つ。その全部が同盟を組んでこちらを襲ってきたのだから、この程度の被害で済んだのが奇跡みたいなものだと思う。
下手したら全滅してたかもしれないもん。
「いや、困惑って言うか……」
「違うの? ってことは、わたしの未来が視えた? どんな運命を辿るか、視えたんでしょ?」
「ッ……!」
わたしは、自分がこれからどうなるのかを知ってる。
死ぬのだ。それも、お父さんの目の前で。
昔、酔っ払ったお父さんの昔話を聞いたことがあるから知ってる。高校生の夏休み、ものすごく強いネイバーと戦った。その時、一緒に居た大切な少女が死んだんだ--と。
お父さんは泣きながら言っていた。記憶の奥底にこびりついて、今でも洗い流せない--大切でいとおしい記憶だって。
「お父さんに隠し事しても意味無いから正直に話すけど、わたしは一ヶ月後にお父さんの代わりに死にます。これは確定事項ね」
「なっ……!?」
「あと、今のわたしは風刃使ってるお父さんになんて負けないから、そのつもりで」
風刃。
目の届く範囲すべてに、自身の斬撃を伝播させることができる超攻撃的なブラックトリガーだ。お父さんの師匠、最上さんの形見だと散々聞かされて育ってきたのだから、忘れるはずもない。
風刃を使いこなすお父さんはカッコよくて、わたしの憧れで、そして--お父さんを死に追いやったトリガーだったから。
多少の私怨が含まれてしまうのは仕方ないことだろう。何でベイルアウト付いてないの--って、それはわたしのやつも同じか。
わたしは腕に填めた黒いバングルを強く握りしめた。
「……付き合ってらんない」
「あっ」
お父さんは屋根から降りて、そのまま道路を走っていってしまった。
ふっふっふ。未来を視たなら知ってるでしょうに。わたしは、絶対にお父さんの側から離れないってさ。
どう未来を調整しても、もう無駄だよ。
わたしと出会った時点で、もうお父さんは死なない。わたしが、そうさせないから。
わたしは腕に填めた
「--トリガー、
▲
お父さんの死から一年。お父さんの形見をやっと使いこなせるようになった頃、わたしは玉狛支部のリビングにて遊真さんに自分の目的を話していた。
人払いは完璧で、今この建物にはわたしと遊真さんしか居ない。皆は揃ってクリスマスの買い物だ。
だから、心置きなく話ができる。
「本気か?」
「うん、本気です」
遊真さんは普段と同じ無表情のまま、わたしの対面に座っている。
わたしと同じくらいか、下手すればそれよりも小さいわたしの指導係(ブラックトリガー関連だけだけど)は白い頭をわしわしと掻いて少しだけ眉をひそめた。
「……死ぬぞ?」
「それでも良いんです。お父さんを、助けられるなら」
わたしがそう言った瞬間、遊真さんの目が妖しく光った。
わたしはこれを知っている。嘘を見抜いたときの目だ。
バレてる。わたしが、お父さんを助けたいんじゃなくて、ただお父さんに会いたがっているだけだってことが。
いや、遊真さんのサイドエフェクトは嘘かどうか分かるだけで、内容までは分かんないんだっけ? まあそれでも、わたしが子供の頃からの付き合いだし。バレてるって思った方がいいよね。
「……はぁ。こういうとこ迅さんに似てるよな、お前」
「お父さんと?」
「自己犠牲が過ぎるとことか、あれでいて我が儘なとことか」
「我が儘? お父さんが?」
暗躍好きとか、実力派エリートとか呼ばれてたのは聞いたことあるけど、我が儘なんて呼び方を聞いたのは初めてだ。
むしろ、お父さんは我が儘なんて言葉とは対極にいる人だと思ってたから。
街の人や、ボーダーの人達の未来を誰よりも願っていて、その未来へ導くためにずっと暗躍してきたのだと聞いている。
そんなの、我が儘な人じゃ絶対にできる筈ない。
「我が儘だったよ。だって、みんな死んでほしくないって思ってたんだからな」
「…………!」
「他人の生を願う。そんなの、究極の我が儘だろ」
そういう……こと。
でも、それは良いことのはずだ。誰だって、人が死んでいい顔をする人はいない。それがどんな悪くて、嫌な人だったとしても、死というものはどうしても後味が悪くなるものだ。
だから、お父さんが人に生きていてほしいと願うのは間違ってない。
その……はずだ。
「まあ、百歩譲ってお前が良いとしても……カナメはどうするんだ。あいつ、お前のチームメイトだろ」
「……もう、チームじゃありませんから」
一年前から。
お父さんが死んだ、あの日から。
「……お前はそうかもしれないけど、あいつはそう思ってないと思うぞ。昨日だって--いや、何でもない」
「--ぁ……」
大丈夫ですよ遊真さん。あの子、ああ見えて強い子だから--そんな言葉を言おうとしたけど、喉に詰まって出てこなかった。
知ってるから。
わたしとチームを解消したあの子が、いつも寝床で泣いているのを。
泣き声は聞こえないけど、泣いてる顔を何度も見たことがあったから。
「……ひっぐ……! そ、そんなの……言わなくてもわがってます……!」
「……だよな。お前のブラックトリガーを使えば、簡単に分かることだ」
大丈夫。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。だから、大丈夫だから、止まれ--涙。
オペレーターの桜子さんも居るし、きっと大丈夫。あの人なら、チトセを元気づけてくれると思うから、きっと。
敏腕実況オペレーターの称号は伊達じゃないと信じてる、うん。
「泣くぐらいなら、過去になんか行かなきゃいい。ここに居て、ずっと皆と一緒に暮らせばいいんだ」
「ぐすっ……そうできたら、良かったんですけどね……」
そう思ったことも一度や二度じゃない。玉狛の人は皆いい人だし、本部には
ここでの日々は、すごく楽しい。それは疑いようもない事実なんだけど。
でもやっぱり、わたしはお父さんが居ない世界を受け入れられなくて。お父さんが居ない世界に、生きていたいと思えなくて。
そんな言葉にできないような感情がない混ぜになったまま、わたしは腕に填めた黒いバングルを握りしめた。
「わたしが行かないと、またお父さんが死んじゃうんですよ? わたしはそんなの、耐えられません」
「お前が見るわけじゃない」
「そんなこと関係ありません。お父さんが死んだっていう事実は、一回だけで充分なんです」
「お前が死ぬんだぞ」
「それでもいいって、言ってるじゃないですか。お父さんが無事なら--」
「死ぬんだぞ。お前が--迅さんの目の前でな。お前は、また迅さんを泣かせる気か?」
「ッ……!」
分かってる。分かってた、そんなの。誰かが死んだ後に残される人の気持ちは、一年前のあの時に嫌と言うほど味わった。
それをお父さんに味あわせようとしていると言うことは、充分理解しているつもりだった。
でも、こうして目の前で言葉にされると、どうにも決心が揺らぎそうだった。
わたしはそれを振り払うように頭の中で尤もらしい言い訳を考える。
今ここにいるわたしは、昔に一度わたしに助けられたお父さんが結婚して、わたしを産んだ世界だ。だから、わたしがお父さんを助けないと、今のわたしは消えてしまうかもしれない。
だから--だから。わたしは自分の都合でお父さんを助けに行くんだ。
そうだ。そうじゃないと……ダメなんだ。
「……遊真さんが何と言おうと、わたしは自分の考えを変えるつもりはありません。この話をしたのは、わたしが居なくなった後の後始末をお願いしたいと思ったからです。それ以上のことを、遊真さんに望むつもりはありません」
「……そうか。やっぱり、面倒事を押し付けるとこも迅さんに似てるよ、お前」
その言葉を最後に、遊真さんは椅子から立ち上がって出口の方へ歩いていく。これで会話はもう終わりだと言うことだろうか。
もう話したいことは全部話した。それを読み取ったわけじゃ無いだろうけど、遊真さんはいつもタイミングがいい。
戦闘においても、会話においても、人付き合いにおいても。
まあ、あれは狙ってるんじゃなくて天然でやってるんだろうけど。
「さて、忙しくなりそうだな」
『ああ、そうだな』
隣に浮かぶ、黒い炊飯器にそう笑いかけながら、遊真さんはリビングを後にしたのだった。