走って、走って、息が切れるまで走ったら。
そうしたら、きっと目的の場所に着けるだろうと思い込んでいた。でも本当は、そこからがコースのスタートだったらしくて。
未来はいつも、俺の手からすり抜けていく。
そうして残った最後の一つが、俺の歩む道。いくつもの未来が並列で見えてるってことはそう言うことだ。
最善、最悪、平凡、その他色々。
その中から、俺は最善の未来を目指して走っていく。時に曲がったり、時に引き返したり、時に立ち止まったりして。それでも、未来は否応なしに俺の目の前に迫ってくるものだ--って。
「……分かってるつもりだったんだけど」
「おーい、何してるの? こっちおいでよー」
間延びした声で俺を呼ぶのは、茶髪でラフな青ジャージを着た少女。
呼ぶだけならまだいい。
しかし、その呼んでいる場所とは、俺が住まわせてもらっている玉狛支部のリビングなのだ。
「お昼まだなんでしょー? 一緒に食べようよー」
「そうだぞー、迅。このスープとか結構旨いぞ」
どうしてこうなった。どこで読み逃した。何でアイツはごく普通に食卓についているんだ。俺は今帰ってきた所なんだぞ、早すぎるだろ。
あと林道さん、勝手に食べないでよ、俺も食いたい。
というわけで着席。
小南は学校だし、レイジさんは防衛任務。陽太郎は昼寝の時間だし、昼時の支部には俺と林道さんしか動ける人は居ない--
『ギャーッ!? と、トリガーホルダーから火がー!?』
『ああもうっ! 何やってるんですか! 急いで消火です! 消火!』
--訳でもなかった。
そっか、あの二人も居たんだっけ。今は食事どころじゃないみたいだけど。
っていうか二人とも、あの悲惨な声を聞いて何事もなかったかのように食事するのはどうかと思うな。
レイジさんのトリガーホルダー拡張に手を焼いてるみたいだし、少しは手伝ってあげれば良いのに--いや、この二人が行ったら邪魔になる未来しか見えなかった。言うのはやめておこう、うん。
「……一つ訊きたいんだけど」
「ん、ほふあふっ。ひふあはふぇふぁ」
「……あー、やっぱり食べてからでいいや」
少しは落ち着いて食えば良いのに。なんか詰め込みすぎてリスみたいになってる。ヘンな顔。
でも、悪い気はしてこない。
言動はちょっと……いやかなりアレだけど、悪い奴では無いみたいだ。かなりアレだけど。
いきなり俺の事をお父さんだとか、一ヶ月後に自分が死ぬとか、意味不明な事を言っていたアイツだったけど、俺が視た--視てしまった--未来では、確かにアイツは腹に大穴を開けて今にも息絶えそうな姿になっていた。
そこから大量の血が流れ出して、俺の手を赤く染めている光景が視えたのは確かだ。
「…………」
いやに明確で、ハッキリとした光景。
警戒区域の端っこ。北東側の廃墟の中に、俺とアイツは居て。俺の腕の中で、笑顔のまま息を引き取るアイツの未来が視えた。
いつもなら、その人物に関係する色んなパターンの未来がテレビのチャンネルを切り替えるように映るものなのに、あの時はそれがなかった。
全部のラストが同じで、出来の良い映画のワンシーンでも見せられているような、そんな光景だった。
「……嘘、だよね」
二人に聴こえないようにぽそりと呟く。
幸いと言うべきか、二人は波長が合ったらしくてラーメンやお酒の話題で大いに盛り上がっている。
って、どう贔屓目に見てもこいつ成人してないよな。どうして林道さんとお酒の談義が出来るんだよ。おかしくない?
気になって聞き耳を立ててみたところ、未来ではお酒が十八歳からOKになってるんだそうな。
「--って、林道さんこいつの話信じるの!?」
「んお、どうした急に」
いや、ビックリしてるのはこっちだよ! あんまりナチュラルに会話してるから全然気付かなかった!
いや、こうして既に意気投合してる時点で気付けって話だけど。
ともかく。
会話の中で
「ああ、お前が帰ってくる前に全部聞いたよ。この子、お前の娘なんだってな」
「は?」
「よく見てみりゃあ、どことなくにてるよな。目元とか特にさ」
「----」
なんで、そんなあっさり。
大人だから? 林道さんだから? いやいや、それでもきちんとした根拠が無いと信じては貰えないだろう--いくら林道さんであっても。
そうやって俺が絶句していると、あいつは机の上に黒いバングルをコトリと置いた。
唐突に、置いた。
外して良いものなの、それ。度々握り締めてるから、すごく大事なものだと思ってたんだけど。
「根拠が欲しい? わたしが、未来から来たって根拠が」
「…………」
「だよね。じゃあ教えてあげる。わたしはこれを使ってこの時代に来たの。この、
「っ……!」
まあ、そんな気はしていたけど。
よりにもよって俺なのか……ちょっと複雑な気分だな、自分のなれの果てを眺めるなんて。
「このブラックトリガーはね、時間を自由に操れるトリガーなんだ」
「……それはまた」
「すごいでしょ? お父さんらしいよね、時間を操れる……なんて」
俺(未来)のブラックトリガーを優しく撫でながら、こいつは顔に翳りを落とした。
こんな顔も出来るんだ、こいつ。出会ったときからずっと笑顔しか見てこなかったから、なんか珍しいものでも見たような気分になってくる。
「ちなみに、時間を止めることができます。ザ・ワールドごっことかできるよ?」
「無敵じゃないか」
「そうでもないよ。アレと違って時間を止めてる間はこっちの攻撃も相手に効かないし、もっぱら移動用だね」
「移動用……あ」
俺が帰ってきた時には既に食卓にこいつが居たのはそういうことか。ブラックトリガーの力を移動のためだけに使うなんて、贅沢な。
まあ、それは置いておくとしても今の説明だけじゃこいつがここに居る根拠になっていない。これ以外にも別の力があるのかな?
「ふふ、その顔。納得してない顔だね。もちろん他にもあるよ、能力。お父さんのブラックトリガーがこの程度のスペックなわけないじゃん」
いやいや、時間を止めたりできるなんて充分オーバースペックだと思うんだけど。
っていうか、何でお前が誇らしそうな顔するんだか。凄いのはブラックトリガーだろうに。
まあ、今までの言動から察すると相当なお父さんっ子だったみたいだし、それも仕方ないことなのかもしれないけど。
しかし、ドヤ顔がここまでウザく見えるのは一種の才能じゃないのかな。笑顔はあんなにかわいいのに。
--うわ、なんか殴りたくなってきた。
くそ、我慢だ我慢。今はこいつから話を聞くことが先決なん--
「ああもう、うざいっ!」
「きゃうん!?」
考えるより先に手が出ていた。
仕方ない、それだけウザかったのだから。うん、仕方ない。不可抗力だよ不可抗力。
「ちょっとお父さん何するの!? いとしい愛娘に手を上げるだなんて正気でうさ!?」
「うるさい、普段は温厚な俺でも手を上げるレベルなんだから、他の人の前では絶対にやらないこと! あとなんだ、うさって! 狙ってんのか、アホか!」
「えー、かわいいじゃん--うさ」
「もう一発殴ろうかな」
「キャー! 助けて林道さーんっ!」
「はっはっは。楽しそうだな、お前ら」
どこが! こんなの全然楽しくないよ! ただ騒がしいだけでしょうが!
まったく……こんなに声出したのは久し振りかもしれない。いつもなら相手がどんな行動をしても大抵の事なら受け流せる(むしろ俺が変な行動をする)のに、こいつの前だとどうも調子が狂ってしまう。
血筋、と言うことなんだろうか。認めたくないけど。
ああ、これは秀次の気持ちが少しだけ分かる気がする。これからはもうちょっと優しめにちょっかいかけてあげよう。
「話を戻すけどね」
「誰のせいで逸れたと思ってんの」
「まあまあ、気にしない気にしない。そんなこといちいち気にしてたら禿げちゃうよ? わたし禿げたお父さんなんて嫌だからもっと心に余裕をもっ--はうっ!?」
本日二発目のパンチ。
今度はゲームとかでよく目にする昇龍拳みたいに綺麗なアッパーが決まった。
「無言はやめてお父さん! せめてなんか言ってから殴って!?」
「その綺麗な歯を粉々にして--」
「すいません、やっぱ喋んなくていいです!」
注文の多いやつだな--って、また脱線してるよ。とっととその根拠ってやつを聞きたいんだけどな。
あと林道さん。
俺たちをほっといて一人黙々とご飯を食べてるのはちょっと放任主義が過ぎるんじゃないかな。こういう時こそこいつの変な行動や発言を諌めるべきでしょうに。
まあ……そういうところも林道さんらしいというか、なんというか。
「じゃあ言うよ? 言っちゃうよ?」
「早く言え」
「お、お父さんこわーい……」
そう思うのならそれは全面的にお前が悪い。
俺も出来るだけいつも通りに接しようと思っているのだけど、調子が軽いこいつと話しているとどうにもイライラが表面に表れてしまうのだ。
口調が自然と風間さんみたいな感じになっちゃってるしね。どんだけイラついてるの、俺。
「えーっとね……このブラックトリガーはね、使用者を一回だけ過去か未来に飛ばせる力を持ってるんだ。わたしは、その力を使ってこの時代にやって来たの」
「……へー」
信じたくないなー……信じたら更にめんどくさいことになりそうだから信じたくないなー。
「あっ、『信じたくないなー。信じたら更にめんどくさいことになりそうだから信じたくないなー』って顔してるー!」
「エスパーかな?」
いや、まあ、信じない訳じゃないよ? でもさ、信じたらこいつが俺の娘だって認めた事になっちゃうし、ここで俺が信じるか信じないかで未来が結構大きく変わるんだもん。
--それでも、ラストは全然変わらないんだよね。ホント、気分が悪くなってくる。
何度も見たいものじゃないのに、あいつが視界に入ると時折ふっと見えることがあるから--くそっ。
「……わかった、信じる。信じるよ」
「ホントっ!?」
「……ただし。なんで
最初から疑問だったんだ。なんでこいつは、わざわざ自分が死ぬと分かってるような時代に来たのか。
俺に会うためなら、もっと別の時間でも良かった筈だ。それこそ、こいつが産まれた直後とかでも。
なのにそれをしなかったって事は、俺に会いたかった事の他にも、何か理由があるってことだろう。
それが何なのか、本人の口から聞いてみないといけないからね。
「……言わなきゃダメ?」
「ダメ」
「うー……性格悪いよお父さん……」
「よく言われるよ」
こいつは困ったように眉をひそめて、茶色く染まった髪をくりくりと指の先で弄りまわす。
その仕草がまるで小動物のように見えて、少し心が和むのを感じた。さっきまでのドヤ顔とは雲泥の差だ。どうやったらここまで豹変できるのか--なんて、俺には一生分かりそうになかった。
「……お父さんが」
「うん?」
「……お父さんが、死ぬの……イヤだったから」
「っ……!」
目を潤ませて伏し目がちに俺を見上げるその姿は、正に小動物そのもので。なんというか、守ってあげたくなるような、そんな気分になるような表情だった。
可愛いとはまた違うというか。敢えてこれに名前を付けるとするなら……いとおしい、かな?
「こんな理由じゃ、ダメ?」
「…………」
「わたし、お父さんには生きていてほしいの。お父さんは、わたしの生きる希望なの。だから……生きていて、ほしいなって……そう思ったの」
--ああ。
「……いいよ。認める」
「ホントに!? やったー!」
「--認めるからさ」
「ん?」
「そういう恥ずかしいこと、もう言わないでね」
「恥ずかしい……?」
こてんと小首をかしげる風花。
ああもう、清々しいくらい完璧に理解していない。生きる希望とか、そんな冗談みたいなセリフはじめて言われたんだよ? なんか体が熱くなってくるし、心臓の鼓動も速くなってる。絶対に風花のせいでしょ、これ。
ちょっと風に当たりたい。
顔まで熱くなってきて、思考が正常に働かない気がする。これはマズイ。これからもっと風花の事情とか聞いておかなきゃいけないのに、こんな精神状態じゃ絶対に話が耳に入ってこない。
屋上がいいか。あそこなら、誰の邪魔も入らずにクールダウンできそうだ。
俺は食べかけの食事をそのままにして、席から立ち上がる。
「あれ、お父さんどこいくの?」
「……どこでもいいでしょ」
「むー……」
「行かせてやりな、風花ちゃん。大丈夫。迅はどこにも逃げたりしないさ」
「……うん」
ありがとう林道さん。
ほっといたら絶対に付いてきただろうし、説得してくれて助かったよ。普段もそれだけ気回しができてるとありがたいんだけど。
--まあいいや、林道さんだし。
そうして、俺は特に何の問題もなく、二人を残してリビングを後にするのだった。
……これからの問題は山積みだけどね。