迅悠一は父である   作:看取る人

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どうしていっちゃうの

 どうしていっちゃうの。

 それが、あの日親友が投げかけた最初の言葉だった。

 どうやって嗅ぎ付けたのか、親友はこの日のこの時間にわたしが過去に飛ぶことを知っていた。

 どこから情報が漏れたのか……なんて、考えるまでもないね。この話をしたのはどこまでも合理主義なあの人だけなのだから。驚きこそあれど、不可解ではない。

 みんなが寝静まった玉狛支部の屋上。

 夜風が吹き付けるそこで、この時代で見るであろう最後の景色を眺めていたら、突然後ろから声を掛けられたのだ。

 まだ寝てなかったの。明日からランク戦の筈じゃなかったの。なんて、そんな場違いな疑問がとっさに数十個浮かぶくらいはテンパっていたようで。

 わたしは親友の問い掛けにすぐさま反応することができなかった。

 

「……何の話?」

「とぼけないで! 遊真さんから聞いたよ。ふうちゃん、過去に行っちゃうんでしょ?」

 

 やっぱり、あの白い悪魔のしわざだった。妨害されまくりじゃん、わたしの計画。最後の最後で一番の難敵登場--こりゃキツいね。

 親友は闇に溶けそうな深い黒の髪を靡かせ、わたしの前に立っている。着ている服は今流行りの夏を意識した最先端の服らしい。わたしには、よくわからないのだけど。

 背丈も同じ、境遇も同じ、性格も同じ--なのにファッションだけは正反対。無頓着なわたしと、機敏な親友。お父さんの真似をして年中青ジャージなのはやっぱりマズイのかな。

 

「……そっか、聞いちゃったんだ」

「聞いちゃったよ。ねぇ、どうして私に言ってくれなかったの?」

「言ったらチトセは笑って送り出してくれた?」

「そんなこと絶対にしないよ!」

「でしょ? だから言わなかったの。分かってくれた?」

 

 チトセはぐっと下唇を噛んで、今にも目から涙がこぼれようとしているのを防いでいる。

 鹿目(かなめ)チトセ。

 わたしの同期……というか、チームメイトだった女の子だ。

 ポジションはパーフェクトオールラウンダー。荒船さんが独自に考案した理論に乗っ取って計画された、パーフェクトオールラウンダー大量育成計画。なんと、チトセはそのはじめての成功例なんだそうな。

 というか、適性があるのがチトセしかいなかったらしくて。結局は、その理論は初期案としてチトセを最後に廃棄されたらしい。

 荒船さんはその結果に頭を抱えていたが、それすらも次の理論に生かしてやるって張り切っていた。

 頑張ってほしいな。わたしは、その結果を見ることは出来ないけど。

 

「……いかないでよ、ふうちゃん」

「…………」

「私と、みんなと……一緒に居てよ……」

「……ごめんね、それはできないんだ」

 

 完全にわたしのわがままだけど。完全に自分勝手な行動だけど。

 それでも。

 どうしても。

 わたしは、もう一度お父さんに会いに行きたい。いや、行かなきゃいけない。

 

(……そう、わたしが行かなきゃいけないんだ)

 

 お父さんが言っていた高校の夏休み。実は、その正確な記録を林道さんが録っていたらしく、資料室に置かれていた当時の資料を調べてみたところ、高校二年生の夏休みだったことが判明したのだ。

 資料の出だしは『迅悠一・歴史二十八点』と書かれていて思わず吹き出したけれど。

 ちなみに、わたしは歴史はそこそこいい方だ。かわりに数学が壊滅的だけど……ほ、他の教科は平均点以上だよ!? 二次関数がちょっと……って、そんなことはどうでもいいの!

 

「…………」

「ふうちゃん?」

「……ん、ああ何でもない何でもない。ちょっとショック受けただけだから……はぁ」

「何に……?」

 

 不思議そうな顔をするチトセはやっぱり子供っぽいなと感じながら、それはわたしもかと勝手に自己反省する。

 チトセは背が低くて、顔が可愛くて、それでいて雰囲気がユルいという、いわゆるマスコットキャラみたいな存在だ。わたしと二人セットで、よくみんなに可愛がられている。

 その中でも特に黒江さんの可愛がり方は尋常じゃなくて、酷いときには数時間ずっと無心でチトセの頭を撫でていたこともあったらしい。

 かくいうわたしも、何故か木虎さんに数時間ずっと頭を撫でられていたこともあったけど。木虎さん曰く、『このふわっふわの髪がたまらなく気持ちいいのよ!』だそうだ。

 そんなにかな、この髪。お父さんからの遺伝らしいけど、嵐山さんや小南さんの方がよっぽどふわふわしてると思うけどなあ。

 

「わたしはさ、チトセのこと好きだったよ」

「……なに、急に」

「ランク戦ではどのポジション任せても完璧に仕事してくれるし、一緒に居ると楽しいし。だから、チトセが玉狛に来てくれた時はすごく嬉しかった」

 

 パーフェクトオールラウンダーには先駆者が居る。その名は木崎レイジ。玉狛が誇るパーフェクトオールラウンダー筋肉だ。

 チトセの技術は木崎さんのものを流用しているものも多い。というか、荒船さんの理論がそうだったから仕方のない事ではあるんだけど。

 それにしても、小柄なチトセにあのレイガストパンチを教えるのはどうかと思うけどね。いや、平然とやっちゃうチトセもチトセなんだけどさ。

 天才っていうのはこういう子のことを言うんだなって改めて実感したよ。

 あ、補足しておくと今現在のボーダーにはパーフェクトオールラウンダーは三人しか居ない。先に言った木崎さん、理論を発足した荒船さん、被検体であるチトセの計三人。

 それだけしか居ないのだ。

 まあ、そんな完璧超人みたいな人がゴロゴロいたらそれはそれで困ると思うけど。

 ちなみに、チトセは料理が壊滅的に下手でもある。あえて言うなら、そこら辺が木崎さんとの違いなのかもしれない。

 あれは味付けとか素材とか、それ以前の問題だったからね。死ぬかと思ったもん。

 

「って、違う違う。脱線しすぎだって」

「……さっきから何言ってるの?」

 

 ヤバイ、現実逃避しすぎてた。チトセに不審な顔されてるよ。

 とにかく。

 わたしはこれから過去に飛ぶ。それはもう決めたことで、誰に何を言われても絶対に変えたりしない。

 それがチトセを悲しませる結果になるって分かっていても--それでも--わたしはもう一度、お父さんに会いたい。会って、もう一度あの胸に飛び込んでみたいのだ。

 

「これから言うのは、わたしがチトセに言う初めてのわがままだよ。このまま……行かせてくれない?」

「……止めても行くんでしょ? ふうちゃんは悠一おじさんに似てるから、きっとどんな手を使ってでも行っちゃうんだよね」

「よく分かってるじゃん。流石はわたしの親友だね」

 

 わがまま。

 ろくでもない願いだとは自分でも思っている。お父さんを助けるという大義名分を掲げて、その裏では自分の欲望を叶えるためだけにブラックトリガーの力を使おうとしているだなんて。

 最低じゃん、わたし。

 --でも。

 こんな最低な奴でも、叶えたい願いくらいはある。だから、チトセの願いには答えられない。

 ずっと一緒に居たいって言ってくれたのはすごく嬉しかったし、その言葉には少し心を揺さぶられた。でも、わたしはやっぱり--

 

「わたしは、やっぱりお父さんと一緒に居たい」

 

 

 

 

 

 

 むしゃむしゃむしゃ。

 テーブルに残った料理を口に詰め込み、水で一気に飲み下す。

 お父さんがリビングから出ていってから、軽く一時間は経っている。林道さんは逃げないって言ってたけど、こうも帰りが遅いと少し心配になってくる。

 わたしが小さかった頃のお父さんと言えば、よくわたしを柿崎さんに預けて姿を眩ませていたらしいし。

 と言っても、わたしはその頃の事をほとんど覚えてないのだけど。食堂で柿崎さんが愚痴っているのを偶然聞いてしまったのだ(ちなみに話し相手は東さん)。苦労人ポジションだったんだなぁ、柿崎さん。

 

「お父さん帰ってきませんねー」

「まあ、迅もああ見えて多感な年頃だからな。考えが変わって逃げることもあるかもしれん」

「ちょっ、林道さん!?」

 

 あっさりと自分が言ったことを否定しないでくださいよ! それって戻ってこないかもしれないってことでしょ!?

 はぁ……この頃から林道さんはこんな感じなんだね。ホント、どうでもいいことに対してはとことん適当なんだから。

 いや、それもわたし達を信じているからこそなのかな。自分が動かなくても、わたし達が何とかしてくれるって信じてる--って感じで。

 

「あ、タバコ切れちまった。風花ちゃん持ってない? えーっとなんかほら、未来のタバコとか」

「生憎と持ってません。と言うか、未来ではタバコはほとんど残っていませんよ? 絶滅寸前の貴重品なんですから、わたしが持ってるわけないでしょうに」

「なん……だと……!?」

 

 あ、石化した。

 まあしょうがないよね。林道さんはヘビースモーカーだったし、未来ではタバコが貴重品なんて聞いたらそうなっちゃうのも仕方がない。

 

「バカな……未来の俺はどうやって生きているんだ……?」

「そこまでですか」

 

 がっくりと項垂れてテーブルに突っ伏す林道さんからはダメな大人の匂いがした。いや、やるときはやる人なんだけどね?

 第三次大規模侵攻の時だって、林道さんが敵の大将を足止めしてなかったらどれだけ被害が増えていたか。

 流石は風間さんの師匠だよね、そういうところは素直にカッコいいって思えるよ。

 

「ちょっと探してきて良いですか? 林道さんがあんなこと言うからちょっと不安になっちゃって」

「……やっぱりあれか……? いや、それよりも……」

「行ってきまーす」

 

 真剣な顔でブツブツ独り言を言い始めたので、もう無視してリビングの扉を開け放った。

 どっから探そっかなー。お父さんが行きそうな場所……屋上かな? いや、そう思わせて自分の部屋かもしれない。

 でもなー……わたしお父さんの部屋嫌いなんだよね。昔、ぼんち揚の袋に埋もれて遭難しかけたって事件があったからね。

 あの時は危なかったなー。木崎さんが助け出してくれなかったらどうなっていたことか。

 わたしはうろうろと玉狛支部の中を動き回る。変わってないなー、未来とまったく変わってない。あの柱の傷ってこの頃からあったんだ。新発見。

 そうやってそこかしこを懐かしみながら歩き回っていると、いつの間にか玄関ホールに出てしまっていた。

 ここにはお父さんは居ないみたいだね。

 と、踵を返して立ち去ろうとしたその時--

 

「ただいまー! あー涼しいー生き返るー!」

 

 バン、と大きな音を立てて制服を着た女子高生が入ってきた。

 髪型は茶髪のセミロング。そしてその頭のてっぺんには、いかにもふわっとしてそうなアホ毛がくっついている。

 よく見た顔だ。

 というか、忘れるなんてありえない。

 

「小南さん!」

「ん?」

 

 しまった、つい反射的に呼んでしまった。

 小南さんは驚き半分、不審さ半分といった感じの顔でわたしの方に振り向いた。わぁー、小南さんわかーい……って、そんなこと言ってる場合じゃないよね。

 

「あんた誰よ? なんで一般人が玉狛に居るの?」

「あ、えっとそれは……」

「それに、なんであたしの名前を知ってたのかしら。あたしの事はじゅ--嵐山隊と違って、知ってる人は少ないと思ってたんだけど」

「…………」

 

 やってしまった。

 初対面の人が嬉々として自分の名前を呼んだりしたら誰だって不審がるだろう。小南さんの言うとおり、ボーダーの内外に広く知られた嵐山隊の面々ならばともかく、一介の戦闘員(と呼んでいい人では決してないが)である小南さんがそんな対応を日常的にされている筈もない。

 結果はどうあれ、今の小南さんの目にはわたしは不審な人物として映っているに違いない。

 うーん……どうしよう。

 この状況を切り抜ける言い訳は百個ぐらい思い付いたのだけど、そのどれが効果的かが分からない。小南さんに不審感を与えず、かつこれからの展開に有利になりそうな言い訳(うそ)は--やっぱりこれかな。

 

「じ、実はわたし、迅悠一さんの彼女なんですっ!」

「えぇっ!? じ、迅の彼女!?」

 

 チョロい。

 

「彼から小南さんの事を聞いていて……聞いた姿とそっくりのかわいらしい姿だったので、思わず声を掛けちゃいました!」

「そ、そうだったの!? ま、まあそれなら仕方ないわね……か、かわいらしいって……」

 

 チョロい、チョロすぎる。

 

「今日は玉狛支部にお招き「おい」--あ」

「あ、迅」

 

 後ろから響く底冷えする声。

 マズイ……こ、これは怒ってらっしゃる! 

 

「……ど、どこから聞いてた?」

「小南さん、から」

「あ、あはは……」

「--ちょっとこっちこい」

 

 後ろからジャージの襟首を掴まれ、ズルズルと引き摺られる。

 ま、まって、わたしまだ死にたくなーい! 助けて小南さーん!

 

「迅をよろしくねー、彼女さん!」

 

 ダメだ、頼りにならない!

 あ、ちょ、引っ張る速度速くしないで! 謝るから、謝るからー!

 

「あああぁぁぁぁ……!」

 

 かくして、わたしは怒り心頭のお父さんに拉致されたのでした。

 ……生きて帰れるよね? これ。

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