--マズイ。
何だろう、何を食べてもすべてがマズイ。まったく、何で俺はこんなことをしてるんだろうか。俺たちが産まれたときから"こう"なのは"この世界"では周知の事実だと言うのに。
でも。
どうしても。
あの時食べた肉じゃがの味、あの時食べたハンバーグの味。それがどうしても忘れられない。
忘れられないから、こうして貰ったお小遣いで食べ物を買って、口に詰め込んでみる。
--うん、やっぱりマズイ。
口のなかに入れたパンが、唾液を吸って工作の油粘土みたいな臭いと味を発している。これは酷すぎる味だ。
「--ぺっ」
もう慣れた。
大体、こうして両親がお小遣いをくれるのも、人間の食べ物に慣れて、上手く吐き出せるようになりなさいと練習用にくれたものだ。
俺はそれを使って勝手に実験材料費にしているわけだし。慣れない方がおかしい。
公園のブランコに座って、渋い顔のまま俺は手にもっているパンをそこらのゴミ箱に放り投げた。
「あ」
結果は外れ。パンは中身を派手に撒き散らしてゴミ箱横の地面に激突した。
そういえば、自分がノーコンなのをすっかり忘れていた。これではピッチャーになったら大暴投してしまうことだろう。野球選手になる予定、無いけど。
めんどくさいな……俺はブランコから腰をあげて、そこらに散らばったパンの残骸をかき集める。かき集めたそれらを揃ってゴミ箱にぶちこみ、手をはたいて指先に付いた土を払った。
さて、これからどうしようか。
家に帰ってもあの胸くそ悪い食事が出てくるだけだろうし、かといって子供の俺に親しい知り合いなどいるはずもない。
遊んでいこうか。
幸いにもここは公園だ。ここで砂遊びでもしていれば、誰だって俺のことをただの子供だと思うだろう。そう思ってくれるだろう。
「…………」
そうと決まれば早速。俺は砂場に向かって歩いていき、砂の地面を踏み締めた。
靴に砂が入らないよう気を付けながら、砂場の中央にしゃがみこむ。そうして手を使って砂を堀り上げ、別の場所に捨てていった。
さて、何を作ろうか。
生憎と俺は想像力と創造力が貧困なので、さっきまで頭のなかを埋め尽くしていた食べ物の事を想像してしまう。
そうだな、砂のハンバーグ、なんて美味しそうじゃないか。おままごとで出てきそうな食べ物だ。
俺は砂を掘った場所を皿に見立て、そこに砂を盛っていく。完全な丸じゃなく、少し楕円形に盛るのがコツだ。そうしてその皿の上に付け合わせのニンジンとブロッコリーも添えつけて、これで立派なハンバーグの完成だ。
「……やば。余計腹減ってきた……」
空腹効果のせいか、目の前のハンバーグは予想以上に美味しそうに見えて、俺の記憶のなかの食欲をこれでもかと煽ってくる。
ご丁寧にソースや、その隣にパンまで添えつけてしまったのが余計に仇となっている。いや、なんだこれ、マジでうまそうなんだけど。あれ、おかしいなぁ、あはは。
--ダメだ。こんな危険分子は今すぐ排除するに限る。そう思って、足を振り上げたその瞬間。
「わぁ、美味しそう!」
後ろからそんな声が聴こえてきた。声の調子からして子供、しかも男子だろう。もう夕方だというのに、こんな時間に遊んでいる子供が居たのか。
俺は振り上げた足を元に戻し、後ろを振り向いて子供の姿を確認した。
俺より少し小さいくらいの、黒髪の平凡な少年だった。両手で抱えるようにして分厚い本を持ち、おおよそ元気に遊びに来たとは言えない手荷物を持って目の前に立っていた。
「それ"おねぇちゃん"が作ったの? 凄い完成度だね!」
「……ああ、うん。まぁね」
おねぇちゃん。
やっぱりか。やっぱりそう見えるのか。確かに間違ってはいない。この体は生物学上で言う女性に分類されるものだし、服装だって両親の意向でスカートを穿かされているし。
声だって同年代の男子と比べて高い。これはもう間違いなく俺の体は女であると言うことを証明しているのだろう。
非常に忌々しいことに。
「よし、僕も何か作ろうっと」
少年は本を砂場のへりに置いて、俺のハンバーグセット(いつのまにか昇格していた)の隣にしゃがみこんだ。
何を作るのかと観察していれば、少年は砂を細長く掘ったり、積み重ねて穴を開けたりしていた。その表情は少し楽しそうで、見ていると心が落ち着くような、そんな笑顔を見せる少年だった。
「できたっ」
「……上手だね。それは何なの?」
「えっとね、これが水路。トンネルに住んでる人たちがこの水を飲めるんだ。こっちが、僕とおかあさんの部屋で-」
--なんか、どこかで見たことがあるような台詞だ。そう思ったが、どこで見たのか思い出せなくて、頭に手を当てる。
何だったっけ。
こっちの世界に"転生"してから七年くらい経ってるからな……記憶が薄れるのも仕方無いか。いやそれにしても何だっけ、この台詞。どっかで見たんだけどな。
見たような台詞って表現もおかしいけどな。なんだ、前世の俺は言葉が文字にでも見えてたのか。どんだけ読書家だったんだ。
--ん? 読書家?
「……ねぇ、君の名前は?」
ふとある可能性に行き当たって、俺は少年に名前を尋ねた。
いや、そんな偶然あるはず無いけどな。これはその偶然が下らない想像だと証明するための行為な訳で。断じてそんなことがあると思ってる訳じゃない。
事実は小説より奇なりなんて言葉があるけど、それがこの状況に当てはまるはずもない。現実は所詮現実で、小説はページを出れない空想だ。
だから--
「僕の名前?僕は研、金木研だよ」
こんな偶然、あるはずがない。