幼馴染みは死亡フラグ   作:看取る人

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小さい肉

「……どうしてこうなった」

 

 俺は自分の腕の中で寝息を立てる小さな命を覗き込んだ。白い清潔そうな毛布に包まれたそれは、寝息と共にとくんとくん、と全身を使って脈動している。

 生きている。

 そんな分かりきった事実に、俺はうんざりして頭を垂れた。

 

「……二人目って、あの両親のバカップルっぷりはまだ健在だったのかよ……」

 

 簡潔に言えば、赤ちゃん。それも、俺のきょうだいと呼べる赤ん坊だ。

 俺、もう十歳なんだけど。もうすぐ十一歳になりそうなんだけど。そんな年の離れたきょうだいって居るか? 少なくとも俺は知らない。

 普通は夫婦仲が冷めるか、一人目の子供に手こずってもう産まないか、歳を取って子供を作れる体じゃなくなるか……そのどれかしらの要因で年の離れたきょうだいは産まれにくい。

 だというのに。

 我が家の家庭環境は見事そのすべてを克服していたのだ。

 夫婦仲は今でもアツアツ。一人目の子供(俺のこと)はすごくいい子(を演じてきた。実際にはそんなことない)。俺を産んだのは母親が二十歳の時。

 とまあ、見事も見事。うんざりするくらい二人目ができてもおかしくない状況だ。

 

「……もっと我が儘を言えばよかったのか」

 

 過去を変えろ!

 って、出来るわけねぇ。タイムスリップは空想の中だけにしてほしい。いや、できれば転生も空想の中だけにしてほしいな。

 死んだ魂ひっつかまえて別の体に放り込むって事だろ? 転生って。つまりそれって、体が乗っ取られるって事だと思うんだが。

 そんなことしていいのか? 少なくとも、俺は死者の魂が入ったせいで自分の魂が消えるとか、そんなオカルティックな事象を経験するのは嫌なんだが。

 まあ、今の俺は消えるんじゃなくて消えさせる側なんだけど。

 

「……お前は、いいのかよ。こんなワケわかんない男に体使われて。もっと、こう、自分らしく生きてみたくなかったのかよ」

 

 赤ん坊を抱えたまま、目の前の鏡を直視する。身だしなみを整える用に(両親が)買った姿鏡。そこに映っていたのは、不機嫌そうな顔をした少女の姿だった。

 朝起きて、顔を洗ったらいつも真正面にあるその顔が、今はどうしても他人にしか見えなかった。

 十年間も一緒だって言うのに、この辛気臭い顔は一度も笑顔を見せたことがない。俺が笑わないのだから当然と言えば当然か。

 ちっちゃくて、柔らかくて、愚かな少女の図。

 周りには敵だらけ。

 誰も自分のことを理解してくれない。

 金木くんも、篝も、両親も。そいつらが見ているものは全部作り物の俺だ。この世界で生きる、立花丹那(たちばなにな)という喰種の皮を被った仮初めの俺だ。

 --孤独。

 周りには人がいっぱいいるのに、心には常に孤独感が満ち溢れている。

 

「--死ね」

 

 唐突に、口から声が出た。

 それは目の前の鏡の中から発せられているかのような錯覚を伴って、俺の脳を揺さぶる。

 まさか、嘘だろ?

 本当に俺の問い掛けに答えたのか? 意識はあるのに、体の方が勝手に? そんなことってあるものなのか?

 だとしたら。聞こえてくるのは俺の声じゃなくて、この体の声。こいつ本人の声だと言うことになる。

 

「--死ね。死んじゃえ。あたしをころしたあんたも、あたしがいなくても笑ってるぱぱとままも、あたしをころしたこのせかいも。みんなみんな、むざんに死んじゃえ--」

 

 鏡の中の口から吐き出されるのは、年端もいかぬ少女の怨嗟の声。

 その声はすべてを公平に怨んで、すべてを均等に殺したくて、すべてへと平等に死を願っている、とてつもない怨みの声だった。

 聞こえる。

 間違いなく聞こえている。幻聴じゃ、ない。いや、もしかしたら幻聴かも。背中には冷や汗が流れ、頭は割れるように痛い。耳鳴りまでしてきた。

 絶不調。

 そんな言葉が、耳の内側をかき混ぜる。

 

「--死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね--」

「ぐ……ぁっ……!?」

 

 ほんとに死にそうだった。

 今まであいわったことのないふらいのあじはアジのフライで。

 あれ、なにいってんだおれ。

 あたまがいたい。

 ひきにくのここちは非常に非情で、いとしいかのちはひとととと。

 目からなにかながれてる。

 赤いちが。おいしろうなあかい血がながれてる。あたしはぐーるで、あれ、おれはにんけんで。

 喰べた。

 食べた。

 肉を食べる。かたまった内蔵をかきだしてしょくたくの皿のうえに乗せて。

 あたしあ食べた。

 おれはたべない。

 たべたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ---

 

「おぎゃあ!」

 

 目が、覚めた。

 赤ん坊の泣き声に引っ張られ、意識が一瞬で浮上する。貧血時の立ち眩みにも似た感覚。心臓の鼓動が異常に早く聞こえ、呼吸は乱れまくり。

 額は汗でびっしょりだし、手足はなぜか分からないが軽く痺れている。

 

「はぁっ……! はぁっ……! ゆ、夢……?」

 

 くたりとその場にへたりこみ、耳元で聞こえる赤ん坊の泣き声をに耳を澄ます。

 生命の息吹を感じさせるその泣き声は、別に騒音でもなんでもなく。ただただ、俺の胸に心地よい旋律として響き渡っていった。

 ああ、落ち着く。

 俺は今まで何をしてたんだ。腕に伝わる命の温もりが、今俺がここにいるのだということを証明してくれている。

 それでいい。

 それでいいんだ。

 それが分かれば何でもいい。俺が俺で、ここにいるというのは紛れもない事実なのだと、肯定してもらっている気分になる。

 安堵、した。

 

「……ありがとう、加那(かな)

 

 腕の中でまだ泣き続けている妹に向けて、乱れた息のままお礼を言う。

 両親が居ないときでよかった。こんなに泣いてたら、あの二人なら超速で駆け付けてくる事だろうし。俺の時もそうだったし。

 

「……ふぅ。もう、大丈夫」

 

 完全に落ち着いた。少なくとも、くだらない想い出を思い出せるくらいには落ち着いた。

 俺は加那の体を揺すり、泣き止ませるよう優しく背中を叩いた。

 子守唄も歌った方が良いのかとも思ったが、いくら落ち着いたとはいえ、今は歌なんて歌える気分じゃない。

 しばらく揺すり続けていると、加那は徐々に泣きやみ、そのまま眠ってしまった。泣き疲れたのか、さっきまでの睡眠の続きなのかは分からない。涙とよだれでびしょびしょになった加那の顔を拭いて、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「…………え?」

 

 目の前の鏡を見て、喉の奥から変な声が出た。上擦ったような、衝撃を受けたかのような、よく分からない声だった。

 鏡に映っているのはさっきも見ていた俺の顔。そして、後ろに映る部屋の景色。

 俺の部屋。

 女の子らしくない、殺風景な部屋。

 俺は慌てて後ろを振り向き、その目に映った光景が鏡に映った虚像では無いのだと証明した。

 して、しまった。

 

「……なん……だ……これ……」

 

 ズタズタに引き裂かれたタンスとベッド。所々抉れるように破壊されている壁や天井。そして、何かが噛みついたかのようにそこかしこに刻まれた歯形。

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。

 何がどうしてこうなった。

 思考停止。

 考えたくない。

 両親に叱られるとか、新しい家具を買わなくちゃとか、そんな心配事が時折頭をよぎる。ああ、そんな目先の問題に溺れていたい。没頭していたい。

 

「……どうなってんだ、これ」

 

 部屋の傷に歩み寄り、それを手でなぞる。

 加那を抱いているせいで触りづらいが、それでも壁の跡ぐらいは触れる。

 そうやってなぞっている内に、腰の辺りに妙な違和感を覚えた。

 肌寒いと言うか、これは……服が破れてる?

 加那をズタボロのベッドに置いて、腰に手を回す。すると触れたのは自分の肌であり、服の布地じゃなかった。

 腰まわり、破けた服、そしてズタズタになった部屋。これらが示すところの回答を、俺は知ってる。

 

「……赫子?」

 

 それが、俺の中であいつ(・ ・ ・)が目覚めた日の出来事だった。

 

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