――そうして、目を覚ます。
「……って、なんでマップス!」
そんな、極めて漫画的な叫びと共に、青年、
寝巻代わりにスウェットを着たその姿は、高校生か、大学生か……その年の頃は、十代後半から、どう高く見積もっても二十の半ばには届くまい。眠たげに眇めた目で華奢な中背を猫背に屈め、伸びかけの柔らかそうな髪にガリガリと爪を立てると、はぁと欠伸とも溜息ともつかぬ息を吐く。
「しかも、俺がアマニかよ。まさか名前か?名前なのか?」
そんな彼、アマニ・オーダックならざるアマネ・オータキが見ていた夢の舞台は、長編SF漫画“マップス”。
謎の宇宙民族“さまよえる星人”が地球に残した宝の、争奪戦に巻き込まれた主人公“十鬼島ゲン”が、その過程で手に入れた宇宙船“リプミラ・グウァイス”で地球を旅立ち、やがて銀河を飛び出す迄の物語。
夢の中の主人公、そして、彼でもあったアマニ・オーダックとはその登場人物で、物語中盤の山に登場する敵の中ボス――主人公の敵である“伝承族”の反乱分子の一人で、ゲンの仲間達と真の力を初お目見えする伝承族反乱軍の最高戦力“リプラドウ”の引き立て役と言う役回り。マップスにおける彼は、仲間だった筈の反乱軍に裏切られ、主人公達諸共生贄にされかかった所を、その計略を切り抜けたゲンの仲間達に粉砕されて死んでいる。
それが実は、伝承族とその反乱軍、ゲンの率いる銀河統一軍、それらの全てを騙す為の欺瞞であり、最後の最後、一番良い所で、嘗て伝承族に挑んだ敗残兵達の軍勢を率い、横っ面を引っ叩きに行くと言うのが、今の今まで少年の見ていた夢……。
「あー、なんかスゲェ疲れた」
それは、長い、長い、とても長い――大長編どころではなく、文字通り五十億を超える歳月を重ねた永過ぎる夢だった。
伝承族が、今はもうない別の宇宙に居た頃から始まり、故郷の宇宙を滅ぼされ、その身を改造されたアマニが、しかし消された記憶を取り戻して復讐を誓い、狂ったふりをしながら、反伝承族の敗残兵たちを拾い集め、自らの敵を打破しうる戦力を創り上げる。
そうして挑んだ最後の戦いの中、アマニは伝承族の行動目的にしてその保有する最大の宝である“情報化した宇宙”を、僅かでも回収せんと、原作では小物の脇役であった宇宙船“ゼルルゼ・リップ”をお供に、専用に創り上げた電子戦闘艦で敵首魁の懐深くに飛び込み……。
「……それからどうなったんだっけ?」
それまでは、
「アクセスに成功して、
ゼルルゼのサポートで、掌握部分を切り離し歪曲空間に突っ込んでって、それで……」
因みにお供のゼルルゼさんは、勇者の船リプミラや反乱軍のリプラドウを含むリープタイプ宇宙船の規格外品で、自分も含む周囲一帯のあらゆる稼働中のコンピュータのデータを消去すると言う一種の特攻兵器なのだが、周の夢の中ではその機能をまっとうに強化され、強力な電子戦闘艦へと生まれ変わっている。
尤も、物理攻撃能力が乏しいのは相変わらずで、だから、ある意味一番危険なハッキングのお供に駆り出されたわけなのだが……。
「んー、ブゥアーの自爆対策はきっちりしてあるし、ゼルルゼもいる。ファイアーウォールに引っかかったとかでも銀河の外に飛ばされるくらいで済むと思うけど、んん?」
隔靴掻痒。何かがおかしい……けれど、それが何なのかがわからない。
「あー、まぁいいか、どうせ夢だ」
周はそう呟いて、今は何時だと、傍らの時計へと念を飛ばした。
寝起きがあまり良くない彼が、寝ぼけて消さないようにと机の上に置いた目覚ましが宙を飛び、延ばした手の中へ音も無く納まる。
「んー、まだ五時か」
そう呟いて机に戻し、ああ、別に取らずとも
「遠隔視でいいじゃねぇだろ、そんな事出来るかって、できたよ!?」
出来ないではなく、出来る筈がない。自分と言う存在が削れてそこに他のナニカが差し込んだような、誰かが自分の墓場を歩いている様な、そんな奇妙な心持ち。敢えて念動を避け他の選択を選んだ周の頭に、視覚で捕えたものとは明らかに異なる、三百六十度全方位の光景が同時に知覚された。
「………ッ」
圧倒的なその光景に、息をのむ。いやむしろ、見えたその光景に圧倒されなかったからこそ息を飲んだのか?
ただ視界外を知覚できただけではない。情報量が違った。モノの輪郭を捉える事も難しい近眼乱視の人間が、生まれて初めて健常域まで視覚を補正する眼鏡を手に入れたような、2Dドット絵表示のゲームが、突然現実と遜色ないレベルのVRに切り替わったような……。そんな極端な譬えですら遠く追いつかぬ色づいた現実が、目の前どころではなく三百六十度全方向に広がっている。
世界が広さと、その厚みを増やす。色彩はより細やかに、距離はより正確に、空気の流れが、その振動が、伝わる化学物質の流路が、五感全ての感覚が、本来知覚されぬはずの存在が、総てバラバラに、統合されて目の前にあると言うこの矛盾。無くしてしまった小物の位置が分かる。本棚の奥にしまい込んだ小説と、その中で動く細菌による紙質の劣化進行が手に取れた。棚の上のポータブルプレイヤーの、バッテリー内の化学変化とそれによる逐電量の変化を感じ取り、その充電はおろか、劣化を回復すらできた。心の手さえ延ばせば、どんな事でも漏れなく解り、操れる――そんな確信。
そしてそれらが、自己の存在の理解を裏打ちとして得て、世界は異なる物に変化する。
人間の脳ではとても扱いきれないと思える情報の渦、それを理解し、操り……自分が、世界という巨大な流体に溶けて行く気がした。
同時に、自分が個であると痛いほどに強く理解していた。異常な感覚に、これが解脱か、梵我一如とはこういう事かと、ふとそんな風に思う。そして、梵我一如とはなんだと、それを思い出す自分に違和を感じ、それとほぼ同時に小学生の頃学校の課外授業で出かけた寺で、住職の部屋に置かれていた本の一ページが、有り得ない程の精緻さで脳裏に像を結んだ。
妄想か、あるいは現実か? 文字通り人知を超えたそれを体感していると言う異常――けれど、何より恐ろしいのは、周にとって、いや、伝承族アマニ・オーダックにとって、それは同時に有触れた、ごく普通の感覚だと言う事実だ。。
宇宙最強の進化者、伝承族の感じる宇宙。世界の全てを捉え、演繹し、未来を計算してそれに合わせて動く彼らにとっての、日常。
なるほど、彼等が通常の知的生命体の個を無視するようになるはずだと、そう感じながら、周は再び“目”を、“耳”を閉じた。
“目”を開く前より明らかに色を増し、厚みを帯びて、しかし、開いていた時と比べれば、全ての感覚を同時に失ったに等しいその光景に、重い溜息を吐く。
「なんでだ、コレ」
頭が眩つく。なぜ今迄、これ程の差を無視していられたのか? 断絶の眩暈に、額を抑えた。
心の芯に沈み込む、強い全能感――いや、実際に物質的には全能と言って良い状態だったのだろう。
サイボーグ化による補助・強化を受けたアマニ・オーダックの超能力制御は、通常の伝承族のそれを超えている。流石に、銀河一つをそこに棲む全ての生物毎、エネルギーから生成してのけた伝承族の支配者“神帝ブゥアー”には及ばないだろうが、
「……って、まさかそっちもか?」
……と、その気付きに、再び“目”を、“耳”を、内側に限定して開いた。
アマニの五十億を数える歳月の記憶と、その情報を問題なく保持できている以上、見た目は人間であっても、この体は伝承族――最低でも、その遺伝子に侵食された生命が完全なそれに至る中途にある、一齢か二齢の幼生体と呼ばれる存在に近いものなのだろう。
だが、それだけと言うには、この身に宿る知覚力、それを操る制御力は、余りに高すぎるようにも思えた。
最強の種族と謳われた伝承族の成体が、更に数十億の時を掛け自己改造を続けた果てにある異端の、その記憶の中の光景と目の前の光景との間に、ギャップが無さ過ぎるのだ。
「そうかもとは思ってたけどさ……」
そして予想通りと言うべきか、やはりこの体は、伝承族由来の細胞組織で構成されている。しかもその構造は、通常の伝承族やその派生形ではなく、擬態以外の全てがアマニの中核部分そのもの。岩石型惑星大の巨大さを持つ伝承族の成体は、絶大な力と引き換えにした活動サイクルの遅さと致命的に隠密行動に向かないと言う二つの欠陥を抱えているが、本来それを補うはずの力がアドバンテージにはならない同族達を敵とした夢の中の彼が、それを克服すべく創り上げた、数名の側近を除けば誰も知らない筈の、それ。
最終的にアマニは、原作に登場した伝承族評議会議員ギツアートや、メインコンピュータを船体から独立して構築するビメイダーシップ、リプラドウ、続編のネクストシートに登場したブゥアーの後継者等を参考に、自己の一部を切り離しサイボーグ化、そちらに自我を移動して意思決定機関とし、残る大部分を生体コンピュータとして改造、外付け増設機器として運用すると言う手段でこの問題を克服。原作のアマニが死んだ銀河統一軍戦も、中核部のみが脱出する事で死を偽装し生き延びている。
そして今、外見、服装こそ変わり、オプション兼バックアップの本体?や、コレクション、仲間達と言ったアマニの力の大多数こそ伴ってはいないものの、そんな超存在の中枢の全てと記憶の最後で保持していた内在する歪空間が、機能十全な状態で今、人間、大滝周としてここにあった。
「しかし、こりゃ一体どういう事だ?」
この体はアマニ、SF漫画マップスの
加えて、その疑問に掘り起こされたアマニの過去にも、明らかな違和がある。この体、アマニ・オーダックの頭脳体は、ギツアートや、ブゥアーの後継者の構造を参考に作られていた。だが、伝承族評議会議員のギツアート、ましてや、ブゥアーが有事に備え残したバックアップ要員に、ドロップアウト組の彼が親交を持てる筈も無く、実際、それらを目にした記憶など全く残ってはいない。
それがあるのは周の記憶の中だけ、そして、それ以前の話として、どうして夢の中のアマニは、物語のアマニと分岐したのか?
アマニの中に【周の記憶】の記憶はないのに、その理由もまた、周の頭の中の【アマニの記憶】には見当たらない。
――不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
ふと、周の頭の中をそんな一節が過った。果たして私は、周なのかアマニなのか、それとも、そのどちらでもないのか、両方か?
かつて、宋の思想家荘周は、胡蝶の夢を語り、自分が胡蝶であっても、胡蝶が自分であっても、どちらでも同じ自分だと、在るがままに生きれば良いのだと説いたと言う。小さな知恵に囚われ、振り回される事こそ愚かであると。けれど、けれども、卵が先か、鶏が先か、周がアマニなのか、アマニが周なのか?――賢人ならざる彼の胸の奥には、そんな答えの無い疑問がべっとりとへばりついて離れない。
がりと、人間・大滝周と寸分変わらぬ、或は、狂い、アマニの体と思い込んでいる周の身体の、奥歯を軋らせ頭を掻きむしる。それから彼は、長く、長く、重い息を吐き出した。既に呼吸を必要としないアマニの体だったが、変わりなくあるその身体感覚は、彼の心に相応の効果を齎したらしい。一瞬ぎゅっと目を瞑ると、ベッドの上から立ち上がる。
「……一つ一つ、可能性を潰して行こう」
そう呟くと、彼は自室の扉に手を掛けた。
勢いよくそれを開いてまだ暗い廊下へと足を踏み出し――暗転。
「ッ!?」
ぬるりとした感触と圧力。一瞬、何か暗くて狭い所を押し出されたような、そんな感触があった。
怪訝に眉を顰めるが、目の前にあるのはいつも通りの自宅の廊下で、背後もまた、先の通りの彼の部屋である。
しかし、何かが違う。確たるものはないが、何か、ボタンを掛け違えたかのような、違和感。
『……立て続けに何だってんだ』
まず彼は、その気持ち悪さに口元を抑えて、直ぐに、力で確認すればいいと思い至った。
『身体を動かしたりなんかは、自然にやってるんだがなぁ』
人とは異なる組成のこの体。主な用途が全知に近しい同族に対する隠密活動だけに、単体行動時の動きは、暗順応やらなにやら、刺激に対する反応迄もが完璧にエミュレートされている。通常アマニは、そう言った肉体からのフィードバック以外にも、センサーやら超能力やらによる情報を重ね合わせて俯瞰的に外界を観測しており、そう言った無駄にも思える凝った偽装も全く問題にはならないのだが、今その主体となっている大滝周はと言えば、持てる力を十全に使いこなせるようではあっても、その判断基準自体は普通の人間のそれに準じている。
だからだろうか? 確かに自分のそれの様に使えるのにもかかわらず、意識せずに行使できるのは、体の制御を除けばごく単純な物に限られ、且つ、そもそも咄嗟には、能力を使ってどうこうしようと言った判断を取りにくい。
起き抜けには今よりも自然に力が使えていたようだが、さて?――そんな疑問を弄びつつ、彼は再び異なる感覚を開いた。目の前で、たちまちその色彩を、重厚さを増してく世界……。
「なっ……」
それらの情報が忽ち明らかにした違和の根源に、周は上げかけた叫びごと息を飲み込む。
彼の目に映る景色、同じような建売が連なる住宅街の何の変哲もないその一角、見慣れた自宅の二階の廊下、その構造、材質、配置……それらは見た目ほぼ同一に見えた。見た目だけは。貼り付けられた壁紙の、合板の上のプリントの、色柄が同じで、そこで過ごした人々が刻み付けた生活の痕跡が近似。けれども、ただそれだけ。材質が違う。構造が違う。形は似ていても、その細部に宿る洗練が違う。そして……。
「……なんだ、これ?」
そしてなにより、背にした部屋を覗きこめば、一目でわかる違いの数々があった。“オタク趣味に片足を突っ込む大学生”、少なくとも彼の記憶ではそうであった大滝周の、所持する本やゲーム、それから、教科書、家電類、携帯……そう言った持ち物が、記憶の中のそれとは全く違っている。
少なくとも、先に“目”を開いた際部屋にあった物は、大滝周の記憶と同一だったのにもかかわらず、だ。
『……ッ!』
無言、感知をパッシブからアクティブへ。開いた“目”を、“耳”を、その力を更に強めた。素粒子の振動から空間構造迄、この世の全てを知覚し万年単位の未来予知すら可能とする伝承族の“超”感覚が、この家を、都市を、列島を、惑星を、瞬時に通り過ぎ、月軌道を通過した辺りでそれを停止。累て、過去視。二つの観測結果を重ね合わせて現れたその結果に、彼は口中、罵りの声を上げた。
『糞っ、気付いたその時、どうして
どうやら彼は、あの奇妙な感触を受けたその瞬間に、この場所へと放り出されたらしい。しかも、その痕跡と現状を重ね合わせるに……。
「……並行世界移動、か」
……溜息を吐き、頭を抱える。神に擬えられる程の知識と力を誇る伝承族だが、主に思想的な理由から、時間・並行世界移動関連技術を禁忌としており、その嫌悪は、影響範囲内における技術の萌芽を徹底した情報操作で完全に摘み取るほどであった。それにより、全てをありのままに記憶する神帝ブゥアーその人を除いて、伝承族自身もそれら技術には疎く、反逆者であるアマニその人とて例外ではない。
尤も、アマニの場合、それは神帝ブゥアーに植え付けられた、
ともあれ、現時点でわかるのは、この世界が故郷とは異なる歴史を歩んだ地球の、未来に当たる時代である事、そして、周はこの世界の自分と入れ替わる形で、今この場所に移動してきた事の二つと、空間に残された並行世界移動の痕跡と思われるもの。そして……。
「異世界の自分だと――馬鹿馬鹿しい、まさか、アマニもそうだったとでも?
その上、
新西暦181年、アイドネウス島、メテオ3、EOTI機関、アラビア半島のサイコバリア、世界中に散在する超能力駆動の生体機械群、南極の古代遺跡、月地中の巨大戦艦、etcetc――そんな、現状には全く関係はないが、オマケと言うには余りにアレな情報の数々に、この世界ではアマネ・オオタキと言うらしい彼は、げんなりとした表情を作った。
「マップスの次は、スパロボOGってか、ふざけんな!」
スパロボOG、スーパーロボット大戦OriginalGenerations。自己評価ではライトなオタである彼が、ディープな部類に入る“マップス”を知る切っ掛けになったタイトルの、シリーズの一つ。アニメやマンガ、ゲームに登場したロボットがクロスオーバーするお祭りゲームのオリジナル要素のみを抽出・統合したシミュレーションRPG。今はまだ、物語が始まっておらず比較的平穏だが、今後この世界には、幾つものゲームで語られた世界の危機が、毎年のように波状攻撃を掛けてくる事になる。
「……WCOPとか冗談じゃねぇよ。どうせ入れ替わるなら、日常系か競技系の世界にせぇっつーの」
因みに、この世界のアマネはと言えば、162年生まれの何の変哲もない大学生であるらしい。仕事で父がエルピスに赴任し、母がそれに同行した為に、現在は北関東の実家に独り暮らしをしているようだ。まぁ、これからはなにかと厳しい時代がやってくるが、ここは特に物語中に取り上げられた場所ではない。物語通りに話が進むのであれば、だが、大人しく身を潜めていれば何とかやり過ごせ……。
「……まてよ? 親父がエルピスに赴任中?」
人類初の密閉型スペースコロニー“エルピス”。彼の記憶通りであれば、その場所の名は今後幾度か、この世界の歴史に刻まれる事になるが、中でも最初に発生する重大事件が、コロニー独立反対派に使嗾されたテロリストが184年に起こす、毒ガス散布による大量殺人――通称エルピス事件。
これは、単純に重要事件と言うだけではなく、今後この世界の歴史に大きくかかわる人物の複数に、無視できない影響を齎す事になるのだが、ざっと予知してみた結果、やはりこの世界でも、彼が何もしなければエルピス事件は発生し、どうやらアマネの両親も、それに巻き込れて死ぬようだった。
「……まいったね、これは」
一通りの演算を終えて、周は目を閉じる。事件を阻止する事自体は容易だ。エルピスに限らず、事件の芽自体を潰して廻って、より生き易い時代に変える程度であれば、それほど難しくもないだろう。限定された能力しか持たない幼生体の時点でさえ、惑星一つの全ての存在の全ての
その三者の中でも、少なくとも破滅の王については、その侵入口に念動力で干渉出来る事が判っており、創造主についても、こちらは恒星破壊規模艦を幾らでも量産できる身だ。OGシリーズ登場機体で対処可能なのであれば、どうとでもなるだろうと言う楽観がある。だから今一番の問題は、残るアンノウン、特にその隠密性だった。通常の観測でも過去視でも、アマネが消失し、周が出現した現象とその際起きた空間の変動こそ観測できたものの、その現象を齎した存在やその干渉の実際は全く観測できていない。つまり、現状ではどんなに巧く事を廻していも、突然別世界に移送されてそれでご破算になってしまう可能性が否めないのだ。
この世界の宇宙は複数の恒星間文明圏と、それ以上の破滅要因が蠢いている……どころか、隣接世界からホイホイやってきたり、異世界同位体の記憶が流入したりと非常に忙しい。その為、下手に甘やかして弱体化させるとその時点で詰む可能性が高く、しかもこの世界の地球は一応統一府らしきものが存在するが、一つにまとまっているとはとても言いがたい上、現時点でも割と潜在敵に懐に入られてる。
なので、技術だけ渡して自分で何とかしてねともできない状況だった。出来る力があって、拾い上げられる命がある。そして、それに大した労力を使わないのなら、助けたいと考えるのが人情だ。その気になれば、地球の生命全てを残らず幸せにできる能力を持たされ、否応にもなく救う命を選択しなければならない状況に陥った青年は、その重さと軽さとに蹲って重い息を吐く。
「……感覚は今迄よりずっと
周はそう呟いて、ふと、もうあれらの続編は見られない、遊べないのだなと、そんな事を思った。しかし、それはすぐに否定、頭の中に絡み着くナニか、それを振り払う様に激しくその首を横に振る。そんな取捨選択糞喰らえだと、胸の奥から湧き上がるモノを吐き出した。
一体何がどうしてこんな状態になったのかはわからない。だが、力を持たされたからと言って、それで他人の為に滅私奉公しなければならない義務などなければ、全く無関係の人間まで救ってやるような義理も無い。
「アマニだか周だかなんだか判んなくとも、俺が俺なのは変わりねぇだろがよッ。俺は親でも神様でもねぇッ!
俺は絶対帰るぞ! そして、誰がやったか知らねぇが、絶対一発殴ってやる、絶対にだ」
帰るべきは何処なのか、何故帰るのか、そんな事は彼自身にも判らなかったが、少なくともそれで方針は決まった。周は宣じて立ち上がり、目先の優先事項をリストアップする。やるべきことは変わらない。アマニの時と同じ事、ディバインクルセイダーと同じ事だ。
周の手により世界が幸せになったなら、それで減った逆境の分、本来それを乗り越える者達が弱くなってしまう。ならば、その分自分が逆境になればよい。自分がいなくなった時の事を考えて、そのギャップを埋める組織を作ればよいのだ。幸い、その人員の当てもあった。
そもそもアマニは、ビメイダーと呼ばれる人間をはるかに超えた能力を持つバイオドロイドを、文字通り幾らでも生産できる能力を持っている。それに加えて……。
『マッド共に乗っ取られた地球連邦政府の
スクール――主に、孤児を生徒とした、ロボット兵器のエリート搭乗員養成施設に、何故かマッド共が群がって人体実験の宴を催す胸糞悪い事件が、もうすぐ起こるのだ。その脱落者達を回収治療し、連邦機の改良発展型に乗せてやれば、関係者達がさぞや想像を逞しくしてくれる事だろう。
尤も、マッド共に弄繰り回され死にかけた子等を、治療の上とは言え戦争に引きずり出す真似はしたくはないし、実際に矢面に立つのは外見を似せた遠隔制御の生き人形になるのだろうが……。
『……ホントはそれすらしたくはないんだがな』
とは言え、目的不明のアンノウンを考慮に入れれば、現地人の構成員はリスク減少の為には絶対必要になる。どういう訳か、人型兵器が絶対のアドバンテージを持つこの世界で、未だ生まれたばかりのそれを十全に扱える人材となれば、余り手段を選んでられないのが正直なところだ。
『集めた人員入れる基地と使わせる装備――は、なんとでもなるが、問題なのは、俺がいなくなってもやってけるだけの経済基盤だな。
それから、現地勢力だけで強化・運用可能な決戦戦力、と……』
ロボットアニメモチーフのシミュレーションゲームだけあって、彼我共に決戦兵器と言うか、特記戦力と言うか、そう言った規格外品がふんだんに存在し、それらは一般戦力では倒しきるのが難しいバランスになっている為、一般機以外にもそれらに対抗する戦力が必要になるだろう。
こちらは、その勢力の技術や思想、能力を反映したものになる事が多い為、適当にありものを改造と言う訳にもいかないのが難だ。隔絶しすぎず、運用可能で、組織のカラーにあったモノを採用する必要がある。
『地球の組織を装うと、パチれるほど特機の数が無い上に一点ものが多すぎる。
妖機人は辺りは、古くから知られてはいるから、技術をパチって鋼機人ベースの特機でもでっち上げるのが無難かねぇ。
パイロットの方も、作ろうと思えば作れるし――いっそ四凶でも盗んできて調教するか?』
連想――この世界の地球に存在する、怪しい中華風超能力兵器群を思い出し、周はそんな言葉を吐き出した。それで、中国の伝説の怪物、四凶の内、饕餮と窮奇をモチーフとした悪趣味な超能力生体?兵器が、解き放たれ連邦兵を食い散らかす、あの“みんなのトラウマ”グロイベントが回避できるなら、チャレンジする甲斐もあるかもしれない……と、独り言ち、逸れ掛けていた思考を軌道修正。
『ま、そっちについてはまだ時間もある。取り敢えずはまずハコ……あ、ハコと言えばあの問題もあったか』
状況に流されすっかり念頭から外していたが、よく考えれば一番の大問題が残っていたと頭を抱え、重い溜息を吐き出した。
「取り敢えず、ハコ作って出しちゃうか」
それから、取り敢えず機能優先、シンプルに、そう彼は決めて、力を行使する。そのまま床を擦り抜けて、落下。どうせ一人暮らしだ、だからいいやと無精した。天井、床、土、基礎、そしてまた土……それらをまるで、幻かなにかのように透過して、真直ぐ突き抜ける。それから、基礎の下に埋まった大岩、その下に隠れたハッチと抜けて、入り込んだ先の巨大な縦穴の中、彼は空中で制止した。
分厚いエアロックに封じられたそこは、幽かな光すら届かない真闇。しかし、超常の目を備える周には、光の有無など大きな問題ではない。自らの作の出来栄えを、確かめるべく周囲を見渡し、うむと一つ、頷いた。
彼の目に映ったモノ、それは、直系100mは有ろうかと言う巨大な金属の円筒。その内周には、巨大な八本の金属柱が等間隔に立ち並び、それを繋ぐ円弧と渡された八角の骨が等間隔に連なって、空間を無数の階層に区切っていた。
だがその特筆すべきはその構造の巨大さよりむしろ、それらの繋がりに、一つの継ぎ目も見当たらない事だろう。余りに巨大なそれは、未だ微小な物ですらこの世界の人類には作り得ない、原子の配列から設計され創造された、巨大な合金一体成形……。
「……ヤベェな、俺。つぅか、これがスゲェと感じられねぇのが一番ヤベェ」
目の前に広がるその光景は、周にとって驚嘆すべき域。それを成した力の評価は、もはや言うまでもないだろう。だがしかし、彼の中のアマニにとって、目の前のそれはとるに足りず、成したことも大したことには思えず、凄まじい、空恐ろしいと判ずる周の理性に、実感なく脅威に慣れ切っていたその情動は応えない。それは、ただの人間の意識が、その力を十全に扱える副作用だろうか? 内面で軋みを上げる、思考と情動の不協和――彼は、気持ち悪げに顔を歪めると、直ぐに続けて力を念じた。バリアと身体強化、そして、念動。支えを外し、更に、動力降下(パワーダイヴ)。高さ数十キロを数えるその立坑を、超音速で下り行き、最早今の彼の目では届かぬ穴底の先へと意識を向けた。
『……ちゃんとできてる、と良いんだがな。流石にあそこまで複雑だとな』
しかしそんな中途半端も、数えればたったの二分足らず。ほぼ間をおかずに底へと降り立つと、周は目前に聳える分厚い巨大な門を見上げた。
その全高、実に六十メートル強。様々な可能性を考慮し、今後この世界に登場する特機と呼ばれる大型機動兵器が通れるサイズで創造したそれは、その先に蔵するモノが決して奪われぬようにと設えた、文字通りの巨人の城門だ。実の所、二十一世紀人にとっては豪壮が過ぎるこの建築物だが、伝承族としては有触れたもので、欲を言えばもっと大きな、そう、中型の宇宙船が通れるスケールに作りたいところなのだが、流石にその規模となると恒常的にその存在を誤魔化し続ける為に掛かるコストが割に合わず、彼はこのサイズで妥協している。
とまれ、OGシリーズに登場するバラルと呼ばれる超能力者集団を警戒した対超能力防御機構を備えるこれを、無理に力で通り抜けるのはアマニにとて簡単ではなく、だから周は、今度は普通に城門脇の通用門へと歩みより、それを開いた。二枚の巨大な隔壁、その狭間の短い通路と両端のエアロックとを、余計な“力”は使わず二本の足通り抜け、その先に辿り着いた場所は、巨大と言う評ではまだ生温い規模の空虚。それは、マントル上層部に設えた即席の秘密基地。今はまだ、
「……うわぁ」
そして、続けてその口から漏れだした感嘆が、呆れと恐れが複雑に組み上がったものであったのもまた、無理からぬ話であった。
探知疎外の壁を乗り越え、周が見渡し設計通りと確認したそれの、外径は直径にして百m余。しかし内径の直径は、大凡地球二個分に及ぶ。
無論、これは伝承族的には大した技術ではなく、その気になれば同じサイズの内側に最大級の恒星を飲み込ませる事すら可能であったが、そんな伝承族の常識も、流石にこの異常に対する地球人の驚嘆を押し込められる程のものではなかったらしい。
だが、そんな人間には過剰過ぎるサイズの空間ですら、アレを吐き出すにはギリギリのサイズであった。それどころか……。
「……これしか救い出せなかったんだな」
……それですら、本来救おうとしたものと比べれば欠片でしかない。周は再び溜息を吐くと、目の前の空間を吐き出したそれで満たした。
神帝ブゥアー、その欠片。手乗りサイズで一つの文明圏の全ての情報を宿すに足るそれが、幾多の宇宙を飲み込み肥大した果ての、ほんの一滴。
先の戦いのドサクサで掠め取ったそれが、何故か収納された歪曲空間ごと保持されていたのは、果たして幸運なのか、それとも? 判然とせぬままにそれを吐き出し、目の前に現れたそれを周は見上げる。それは、人間の目には巨大な肉質の塊としか見えなかっただろう。惑星大の脳味噌ですら、その総体にとっては小さな小さな増設メモリでしかない、伝承族の祖にして本体たる宇宙を喰らう怪物。
この小さな欠片の中に入っている情報はどれ程のモノだろう? 宇宙一つか、十かあるいはそれ以上か? とまれ、周はこれをどうにかしなければならず、そして、そのまま保存する、と言う手段をとれない理由があった。と言うのも、神帝ブゥアーはその莫大な記憶能力、演算力を維持し、且つ、外界の全てから内包する全ての宇宙を守る為に、多量のエネルギーを消費し続けており、ほんの一滴でしかないこれですら、支えるのは尋常な事ではない。尤もそれは、宇宙全ての情報を生きたデータとして、その演算能力でいつでもシミュレートして未来を紡ぎ出せる状況に置いているからであり、記録された情報を圧縮して刻み込む事で、必要な容積や維持するのに必要なエネルギー量を大きく減らす事が出来た。
これから周は、それを行わなければならない。主体を失ったとは言え、高度な防御機構が組み込まれた、既知宇宙最高の生体コンピュータを解析し、吸い出した宇宙複数個を超えるだろう情報を整理圧縮、最も小さく強固な形に作り直して保存すると言う気の遠くなるような作業を……。
そうして、必要なエネルギー量を減らしつつ、余剰となった部位をエネルギーに還元、それを繰り返し、これを本当の意味で失われた過去の宇宙の慰霊碑へと作り替える――それこそが、アマニ・オーダックが目指した終着点であり、マップスと言う物語を愛し、嘗てアマニだったかもしれない大滝周にとっても、やるべき事、やりたい事の一つであった。
だが……。
「……一人でやるのか?これを」
無論、アマニもそれを行う算段は立てていて、その知識は彼の中にちゃんと残っていた…のだが、それはあくまでも伝承族アマニ・オーダックとして、同じ意志を持つ仲間達と行うべき仕事であり、強化されているとは言え、人間サイズの肉体一つで行うのは非常に難しい。
「まぁ、掌握が進めばブゥアーの処理能力が使えるから、わざわざ人目に付くアマニの本体を作る必要はないだろうが……」
問題は、これとこれからこの星に襲い来る幾多の破滅への介入を両立しなければならないと言う事実だ。迫るタイムリミットと、これ自体の危険性を考えれば、後回しにすると言う選択肢は取れず、かと言って外界を無視してブゥアーの解析を進められるには、彼はスーパーロボット大戦OriginalGenerationsと言う物語に愛着を持ち過ぎている。となれば、二つを同時進行するしかないのだが……。
周は堅く目を瞑り、そしてすぐに開いた。二度、三度と深呼吸。
「ここで止まってても、なにもはじまらねぇし」
弁解するように呟くと、目の前のブゥアーへと心の手を延ばす……と、その次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
○ビメイダー
マップスの作中における、自我を持つ高度人工知能一般の呼称。自然発生人に対して、作られたものの意。
○リープタイプ宇宙船
伝承族の一派、オプタの一族が、銀河に生命を撒く搬種船を名目に建造した宇宙船群。女性型の天使の様なフォルムを持ち、よく“天使型宇宙船”と呼称される。
得られた経験や知識を元に自己を改造し、状況に適応強化する機能を持つ進化する宇宙船で、宇宙船本体と、頭脳体と呼ばれるインターフェイスユニットを兼ねたビメイダーの二つに分かれており、本体が壊れれば頭脳体が、頭脳体が壊れれば本体が、それぞれを修復する能力を備えている。
○リプラドウ/ジェンドラドウ
リープタイプ宇宙船の一隻。オプタの一族の真の目的の為に、全てのリープタイプの情報・能力を統合し進化させた個体を、更に伝承族の遺伝子で強化したもの。
ジェンドラドウは、その量産機の中で、オリジナルラドウの全ての記憶を受け継ぎ、人工進化させた個体を言う。
○リップタイプ宇宙船
リープタイプ宇宙船が、進化の過程で本来の目的に不向きな機能、構造に進化してしまった規格外品。
○ゼルルゼ・リップ
リップタイプの一隻で、二機のリープタイプが抱きしめ合っているような形状。
リープタイプを含めたこの種の宇宙船の中で唯一の双子船。自分を含め、周囲一帯の稼働中のコンピュータのデータを消去する能力を持つ一種の自爆兵器であり、能力を使用する際、片一方がその制御を行い、もう片方は自閉状態で記憶を保護すると言う役割分担になっている。