てきとー試し書き   作:十八

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感想があったので、お礼代わりに没にするか迷ってたのを取り敢えず投稿。
横道にそれたっきり変な方向に流れそうになったので、没にするか悩んでそこで止まってたんですよね。


伝承族(rya

 

 彼の通う大学、その校門前広場には、待ち人が三々五々と、いささか躁に偏る低い騒めきが、常にふらふらと行きつ戻りつ。

 目の前の、そんな光景に口元を緩めて、周はふと、空を仰いだ。強い春風も今日は収まり、空高くの薄曇りを除けば、そこには一面抜けるような青空が広がっている。うららか、というには少々そわ付くその雰囲気を、暖かに包むその空気が好ましい。

 尤も、改造伝承族の頭脳体(いま の かれ)にとっては、外気温が絶対零度であろうと、数十億度であろうとそう変わるモノではないのだが、それでも人間に合わせ調整されたその身体感覚は、行き過ぎる穏やかな風を好ましく感じさせた。その感性を失ってはいけないのだと、ふと、思う。自分は伝承族“アマニ・オーダック”ではなく、その力を持った人間“大滝周”なのだから。

 

「だいぶ暖かくなったなぁ」

 

 手持無沙汰な人待ち時、青年は同じように人待ちをする人々の中に紛れて、ほうと息を吐きだす。

 あれから、三か月の月日が流れた。とは言え、アマネを取り巻く状況は、まだあまり変化していない。

 ブゥアーの解析は順調に進んでいるものの、何しろ、一抱えで宇宙一つ記録できる惑星サイズのデータバンクだ。元のデータ量が膨大すぎる為に全体としてみれば、それは牛歩の歩みと言って良い。

 尤も、データの解析と吸い出しの済んだ細胞は、適宜処理に回している為、今後処理速度は加速的に増加していく……と言いたいところなのだが、そも最終決戦時点でのブゥアーはガス欠寸前な上、その能力の全開使用は余りに燃費が悪すぎた。情報処理は燃費重視で、それも処理の終了した細胞の一部をバランス良くエネルギーに変換し、食いつぶしながら進めなければ後が続かない。それでも、本来の運用と比べれば消費量は大幅に少なく、且つ、処理が進めば進むほど減少していく計算になる。補給無しでも多少は余剰が出る計算のが不幸中の幸いか。

 

『もう少ししたら一区切りは付く。そしたら一度戻って、色々と手を加えんとなぁ』

 

 地球における本拠地として設計した銀河間移民艦“アブズ”は、現在建造中。暫く付ききりになれば一息に建造する事もできたが、今はまだ、179年に立て続けに発生し、地球人にその存在を知らしめた異星文明の干渉事件から、まだ二年たっていない時期だ。

 対異星文明用に開発され、今後発生する多くの戦いを彩る人型兵器群も、その第一号(ゲシュペンスト)がトライアル中と言った状況で、人員補充の当てであるスクール設立まではまだ時間的余裕がある。

 そこまで急ぐ必要は感じられない為、自ら手掛けるのは基幹部分と艦体を統括するビメイダー達に留め、残りは自己修復装置に任せていた。なお、艦体の建造にビメイダーの全員は必要無い為、留守居と連絡役以外の個体は全て、軍を始めとした幾つかの組織に潜入させている。

 ゼルルゼの戸籍同様、記録の改竄に関係者への記憶の植え付けまで行って捩じ込んだ為、偽装がバレる心配はない。ないのだが、彼等がまだ、人生経験の経験値が少ない生まれたてである事実は変わりない。ある程度成長したビメイダーのデータを基に創りはしたし、性能的にみて大きく傷付く可能性はゼロに近しい。だがそれでも、定期的にしか手助け出来ない現状には、少々の不安がある。

 

「……はぁ」

 

 しかし、幾度見回したとてそれが減る筈もなく、彼が思わず溜息を漏らすと、軽い足音、ふうと重なる二つの吐息がそれを追い掛けた。

 

「よう、二人とも、意外と早かったな」

 

「リミッターさえ無ければ、もう少し早かったさね」

 

「……そう言う訳で、ここが男の甲斐性の見せ所だよ」

 

 振り返り、そう声をかけた視線の先で、瓜二つの白皙二つがにんまりと笑う。

 そうして、銀の髪の二つの一人は、手にした大きな紙袋、それぞれ一つの合計二つを、目の前の男へ差し出した。

 それを受け取り、ずっしりと指に食い込むその重量に僅かに眉を顰める。

 

「……これ、こんなに重かったか?」

 

 この世界の彼を知るため、その過去を観測した際には、もっと軽々運んでいるように見えたのだが……。

 

「さてね、私等は去年を知らない訳だし」

 

 返る言葉に、アマネならざる周は首をかしげながら、母校に今年進学してきた新入生二人を交互に見遣った。

 それ程堅苦しくはないが、非礼にならない程度に服装を整えたゼルルゼに、馬子にも衣裳だなと本日何度目かの苦笑を浮かべる。

 

「しかしまた、データで送れば済む物を、なんでこんな紙束にするんだろうねぇ」

 

「この惑星(ほし)の電子通信網や大規模情報記録媒体は、まだまだ脆弱で寿命も短いからね」

 

 アマネと周の二つの世界を分ける差異は多々あるが、裏を知らない一般日本人の視点でその分岐点を挙げるなら、まずは2011年、“東日本大震災(3.11)”との置き換わりで発生した“東京大震災”。そして、その翌2012年、モスクワとニューヨークに落着し、両都市を壊滅状態に陥れた、恐らくは地球外知的生命体の産物であろう二つの大型隕石“メテオ1”“メテオ2”及び、それに端を発し、世界中の電子通信網を分断、破壊、貴重なデータの多くを永遠に消し去ったネットワークインフェルノの二つだろう。

 この二つの事件、特にその後者により、こちらの日本では周の現実よりも、電子通信技術や記録媒体、大規模送電網に支えられた社会への不信が根強く、物質の情報に対する信頼が強かった。恐らく、SRW世界に自動兵器が少ないのも同じ理由なのだろうが、ともかくその結果、旧西暦にして22世紀の終わりにあたる今日でも、比較的、紙――流石にパルプ紙ではないが――の書類や本が幅を利かせている現実がある。

 特に、新しい技術や知識を開拓し、それを後世に残す事を本懐とする学術系組織にそれは顕著で、今日でも学期初めの大学生、特に先達との縦の繋がりができていない新入生は、多量の通達や資料、必修科目の教科書の山に悩まされるのが常だった。

 

「……そんなもんかね」

 

「そりゃ、もう二世紀近く前の話だし、不満に思ってる若者も多いだろうがなぁ。

 そもそも地球連邦そのものがメテオ1、2の被害から生まれたモノだし、可能性に備え、企業や個人にできない事をするのが政治ってものだ。

 ま、流石に宇宙じゃ、もう少し効率的になっているらしいがね」

 

 庶民感覚の政治などナンセンス。元より100年後、200年後を見据え、目先の利潤を追求する個人や企業にはできない、大局的な視点での資本投下を行うのが政治家の仕事だが、中でも各国政府の上位にある地球連邦という組織は、2012年の大災害を根源に誕生した歴史を背負っている。

 そう、国連と言う枠組みを壊し、より強固な地球連邦へと組み替えるだけの破壊が、その時に起きたのだ。

 あの惨劇を二度と繰り返さない――その堅固な意思は、設立二百年に迫るする今でもこの世界に根強く染みついている。

 

『コロニー自治の否定、メテオ3落着からのEOTI機関の設立、PT、AM開発、スクールの開設と人体実験容認の迅速な流れ、アースクレイドル、ムーンクレイドルの建造。

 あのEOT特別審議会の選択も、多分、それが根底にあるんだろうな』

 

 ――制宙権を握られた結果、どんなに恐ろしい惨劇が起きうるか?

 

 その経験を、この世界の人類は持っているのだ。

 2年前、地球外文明の産物であるセプタギン――第三の巨大隕石(メテオ3)と呼ばれるそれ――の落着を防げず、それが数段進んだ文明の産物と知れた時点で、彼等が逃げ腰になったのも当然と言えるだろう。

 誇りを守る為、人類絶滅の引鉄を引く可能性のある選択を採る等、一つ間違えば自殺と変わらないものだ。それを強く主張する政治家等は、ほとんどおるまい。

 

「で、これが(・・・)その政治の結果ってわけ?」

 

 二袋分の紙束に白い目を向ける二人の少女の姿に、周は頷く。

 

「……ああ。だがこれはむしろ、その結果の社会の歪みだな。

 羹に懲りて膾を吹く、そう言う奴だ」

 

 そう苦笑で答えると、彼はその表情を直ぐ渋面へと切り替えた。その傍ら、彼女の目にも微かな怯みの色が見える。

 式に出た学生達の、先陣を切り戻ってきたゼルルゼの、その姿はこの日本に在っては余りにも珍しい。色彩だけでも悪目立ちする二つが、更には鏡写しの眉目秀麗となればそれは尚更、広場を埋めるざわめきは、今や視線を伴い一所へと集まりつつあった。

 サークル勧誘区域が限定されている為、周囲は父兄ばかりで知り合いが見当たらないのだけが救いか。怯む青年と、そんな彼へと居心地悪げに身を寄せて、服の袖をつまんだゼルルゼと、二人三面、顔を見合わせ溜息を吐いた。

 

「……あー、取り敢えず場所を移そう」

 

「異議なし、急ごうよ……」

 

「……何だってアイツらは、こう人をジロジロとみるのかね?」

 

 どうやら、小心(ヘタレ)な彼女のあの先掛けは、注目される居心地悪さから逃れる為のものだったらしい。手を引かんばかりの二人を追って、周は脱兎、出来る限りの速足で校門を目指した。通常ならば、思念の投射で注意を逸らす事も叶うが、現在の彼はその能力のほぼ全てをブゥアーの解析に回している。ステルス系装備も持っていはするが、これとて衆人環視の中使える様なものではないと来れば、地道に急ぎ、その目を逃れるしか法はなかった。

 ほうほうの体で校門を過ぎ越して、取り敢えずはと一番近い角にまろび込む……と、その瞬間、ゼルルゼは彼に身を寄せ、周の腕を両側から抱え込んだ。余程視線が堪えたか、突然のその行動に、周の表情(かお)が変わる間すら置かず大跳躍。緊急時を除き、力を人間の範疇に抑えるリミッターを設けているゼルルゼだが、そんな彼女にとって、あの居心地悪い状況は緊急の内であったらしい。

 そんな三重の驚きを、周はどうにか声に出さずに飲み下し、用意していた遮蔽装置(ステルス)のスイッチを入れた。そんな彼を抱き寄せ引き上げ、二体のビメイダーは手直なビルの屋上へ向け飛び上がる。あるのはタンクとアンテナのみの、封鎖された屋上区画。音もなく着地した二つの一人は、投げ出すように主の腕を解き、涙目で胸を撫で下ろした。

 実戦部隊(リップタイプ)暗殺機(ゼルルゼ)(笑)……かつてそう悪ぶって演じる事で、どうにか罪悪感(ざいあく)を呑み下していた小心者(チキン)は、服が汚れるのも構わず屋上へ膝をつく。

 

「こんな事なら、護衛用の新入りを作らせて裏方に廻るんだった」

「こんな事なら、護衛用の新入りを作らせて裏方に廻るんだった」

 

「……そこまでか?」

 

 視線が嫌で、さくと用を済ませて一番乗りが、待ち合わせに向かう中途で遇ったが、手持無沙汰に群れ成す客引きの手だ。

 カモがネギ背負っての言葉通りの、目を引く美貌の女、二人連れ。敵なら倒すなり避けるなりとやりようもあるが、基本悪気ないお祭り騒ぎの中、けんもほろろに角を立てるも気が引け、力は制限され思うように体も動かずと、彼女は相当に面倒で怖い思いをしたらしい。

 漸く合流してほうと一息つけば、再びのあの視線。大学怖い…と、涙を流さんばかりに己が体を抱きしめる二体の一人に、周は困った顔で口を開いた。

 

「だが今更、人員追加は難しいぞ?」

 

 影武者程度であれば、まぁできない事も無いが――腕を組む青年に、ゼルルゼは鏡写に二つの右手()を振る。

 

「こっちのわがまま聞いてもらったのに、流石にそこまではして貰う訳にもいかないよ」

 

「ただ、送り迎えだけはしてくれるとありがたいかなって」

 

 縋り付かんばかりの上目遣い、そう弱弱しく答える彼女に、周は溜息を溢した。

 

「……まぁ、目的にはそっちの方が、都合が良いと言えば良いだけどさ」

 

 そもそも彼女の役目は不測の事態に備えた護衛である。バックアップにステルスドローンが控えているが、それはそれとして、彼女等は出来るだけ近くにいるのが望ましい。その為の、戸籍偽造に大学入学だったが。

 

「逆に悪目立ちするだろ、それ」

 

「そこはほら、髪と肌を目の色を変えて」

 

「帽子でも被ればそんな目立たないだろ」

 

 尤も、どう転んだにせよ彼は、学友たちからの詮索を受ける事になるだろうが。

 そんな未来を思い浮かべて、天を仰いで溜息一つ。ともあれ、ここでは駄弁っていても時間以外には何も進まない。

 周は手にした袋を床へと置いた。

 

「……服と化粧も変えて、双子には見えにくくすれば、まぁなんとかなる、のかな?」

 

 歯切れ悪くそう答えつつ、何もつけていない右手首へと左の指を這わせる。

 すると、触れた手首に幽かな金属音、天より目には映らない光が降り注いだ。そして、ふわり、彼らの体と2つの紙袋が宙に浮き上がる。

 捕獲光線(キャプチャービーム)空飛ぶ円盤(フライングソーサー)から降り注ぐ、SFでお馴染み(おやくそく)のガジェット。それが彼らを宙に吊り上げていた。洒落度100%のデザイン――荷を掴まえた自動警護機(ドローン)が、滑るかの様に宙を行く。

 

「ともあれ、一旦落ち着こう」

 

 その言葉に一度(ひとたび)唖然、直ぐに吊り下げるそれを見上げて、彼女は我に返ったか恥ずかしげに俯いた。

 

「まさか、アマニに落ち着けと諭される日が来るなんて……」

 

 そして周は、その予想外の返しに苦笑い。二人を下げた円盤は、そんなやり取りを続ける間にも一つ二つと区画を飛び越え、やがて町中を流れる小さな川の、その川沿いに居並ぶビルの古びた一つへと。その屋上へと一飛び近付き、そこで止まると、吊り下げた荷をゆっくりと下ろした。

 かつての持ち主の趣味だったらしい、緑化され小さな庭となったその屋上は、昔も今も、解放された公園めいたスポットになっている。尤も、その当人がいなくなった今では古び管理が行き届かずに、わざわざ来る物好きも珍しい、そんな場所になってしまっているのだが。

 ともあれそこは、この都市では貴重な、気軽に離着陸が行える場所であり、それが彼等がこの古びたビルを選んだ一番の理由になっていた。

 荒れ気味の屋上とは裏腹、こちらは掃除の行き届いた螺旋階段をコツコツと降り行き、一階入口手前側に据え付けられた店舗の扉を開く。

 キン…と、時代がかった鐘音が一つ。来客を告げるその澄んだ音に、入って右側、カウンターに立つ老爺がこちらへと目を向けた。

 

「おや、おそろいで」

 

「こんにちは、ダイキョーさん」

 

 会釈するマスターに、周がそう言葉を返すと、後に続いたゼルルゼも、無言、その頭を軽く下げた。

 そうして扉を潜ると、そこは古びた食堂車と言った佇まい。両端と四隅に扉のある細長い部屋に、低くアールの掛かった木板の天井。その両端を残し、入り口側にカウンター、奥側にボックスシートのテーブル席が、それぞれ据え付けられている。

 

 カフェバー、長距離列車(Longdistance-Train)

 

 かつて存在した路線の長距離特急を模したその内装は、騙し絵的に作られた部屋と映像により、ビルの前後より見るからに長く感じられた。

 ゴトン、ゴトンと、定期的にレールの継ぎ目を抜けるタイヤの音を慣らす床下スピーカーと、ボックス席側の窓――に見せかけた画面――に映し出される、かつて存在した路線の車窓の風景。

 老店主の道楽だと言うここは、特異な環境音をBGMとしたレトロな雰囲気を楽しむ、落ち着いた雰囲気の店だ。広い店舗を車両幅に合わせて仕切り、空いた空間に機材を仕込んだこじんまりとした造りで、モチーフと比べどうしても物足りない奥行きを、錯視を利用した構造や塗装と映像投影による拡張現実(AR)で、見た目だけ近づけている。

 二人は、そんな店の奥に進むと、近付けば判る様に作られた投影像と、その奥に見える壁とを迷わず踏み越えた。

 

「え?」

 

「を?」

 

 そんな彼らの姿に、店内幾つかの席から驚きの声が上がり、店主は苦笑、こう口を開く。

 

「狭いですし粗も見えますので隠しているのですが、そちらに幾つか、カウンター席があるのですよ。

 満員の時以外にはお勧めしないのですが、中には、舞台裏みたいで面白いとそちらを好まれるお客様もおられまして……」

 

 そんな説明を聞き流し、周達はカウンタ最奥の指定席に腰かけた。すると店主は、ほうほうと聞き耳を立てる物問いたげなお客様方に、苦笑のままに軽く一礼。さりげなく盗聴防止装置(・・・・・・)を作動させると、何食わぬ顔でカウンターに水を置き、メニューを手に取った。

 

「いらっしゃいませ、アマニ様、ゼルルゼ様」

 

 投影された虚像の向こう、そう恭しく頭を下げると、二人の前に水を置く。

 成功した老店主の第二の人生……と、言う事になっているこの店は、その実、構成員若干九名の新興零細組織の出先機関である。その店主も、本来はアブズを統括する頭脳体(ビメイダー)の一人であり、建造中の拠点や潜入工作中の仲間達との連絡要員及び、現状、能力の大半を封じられた彼等の創り主の補助を目的に、この店に常駐していた。

 

「ミックスサンドと珈琲。銘柄は任せるけど、苦くて甘いのを頼む」

 

「フルーツサンドとオレンジジュース」

 

「クリームサンドと、ホットの紅茶、お勧めで」

 

 口々に注文を告げる二人に、店主は手にしたメニューを手挟み、古風な紙の伝票にペンを滑らせる。音声認識やAR操作で注文が終了するこの世界、この時代にあって、これは凝り性の店主とその拘りの店を演出するただのパフォーマンスに過ぎない。だがそんな店主の姿に懐かしい故郷を感じて、周は微かにその口元を綻ばせた。本来、基地施設の機材や人の出入り、連絡通路の為の空間に疑念を持たせない為に考案され、今後、保護した人間の働き口になる可能性からと、真面目に行っているこの飲食店業だが、或はその本質は、彼の望郷にあるのかもしれない。

 ともあれ、二人三体荷物を置いて、水を一飲み、ほうと息を吐き出した。

 

「あー、意外と疲れるね、コレ」

 

「あたしら裏方は、式典の類とは無縁だったしね」

 

 口々に言って、首元を大きく寛げるゼルルゼに、周は自然引き寄せられて、ついと目を逸らす。そんな船長の姿に、ゼルルゼは一瞬目を大きく丸めると、顔を朱に染め己が胸元を両手で抱えた。

 

「ちょっ、そう言う反応されると、恥ずかしいんだけど」

 

「そうだよアンタ、そもそも私等の裸なんて、見慣れてるだろ?」

 

 船体の改修に、頭脳体の調整、戦闘時の装備脱落等、アマニは幾度となく彼女等の裸を見ているし、そのデータを隅から隅まで持ってはいたが、昔と今では中身が違う。今の周の人格は、伝承族になって数十億の時を過ごして、最早人の感覚も失い果てたあの頃の彼では無かった。

 

「……わ、悪い」

 

 彼女のその可愛らしい反応に、彼は頬の朱を深め、結果二人は、互いに視線を逸らしたまま黙り込む。そのまま暫し、何万年遅れの思春期だと言うようなその反応は、彼等の部下が注文の第一陣、ジュースとサンドウィッチとを持ってくるまで続いた。

 

「お二人ともどうなされました?」

 

 何でもないよ…と、訝しむ部下に手を振って、二人、ばつ悪げに顔を見合わせる。

 

「この話題は不毛だから、もうやめよう」

 

「あたしも、今後はもう少し気を付ける事にするよ」

 

「……見てるのも、アンタだけとも限らないしね」

 

「ま、見た目さえ変えれば、今日みたいな事はもうないだろ」

 

「そう言うけどさ、あたしらが見た目を変えたり……」

 

「……別行動するって、あたしらにとってはあんまり良い事じゃないんだよ」

 

 ゼルルゼは、二つの体を持つ一つの意志だ。けれどもそれは、常に二つが繋がっていると言う訳ではない。二つの情報を定期的に交換し合って、均等に延ばしての二体一心。別の服装、別の行動は、各々の個性化を招き、統合時のノイズになり得るものだった。

 基本のアーキテクチャからそれ用に成長している彼女は、それ程軟な造りをしているわけではないが、それでも、日常から別の服装でバラバラに行動する事に対する忌避感自体はある。

 

「とは言え、必殺技(デンジャーノイズ)も機体構造も、もう原型とはかなり変わってる。別に分化して悪いってわけじゃあないだろ?」

 

 元々が、周囲一帯の活動中のコンピュータ全てのデータを消去する特殊兵装、“デンジャーノイズ”に適応する苦肉の策として生まれた二体一心だ。伝承族の技術と、アマニが独自に蓄えた数十億年の知識により魔改造が施された今のゼルルゼには、既に必要のないギミックではあった。今まで通りの、二つに分かれる一つの船ではなく、マップスの続編(ネクストシート)に登場したデニーとレニーの様に、一つに合体する二つの船と言う形式でも特に問題ないだろうと周は考える。

 

「こればっかりはね……」

 

「……これはもう、ゼルルゼの普通だからさ」

 

「ま、この世界には伝承族は居ないからな。セプタギンでパルマーは大体分かったから、後はゾヴォークの技術水準さえわかれば、向う側に察知や妨害されないリンク装置も作れるさ。解析が一段落したら、一旦戻って細々としたことを済ませるから、その時まで待ってくれ」

 

「いや、それはそれで……」

 

「……むしろそっちのが怖い気がする」

 

 分化にせよ、常時の標準化にせよ、存在の在り方を変えると言う意味では同じ事。身を抱えて体を震わすゼルルゼに、周は溜息を落とした。

 

「じゃあ、どうする?なにか案があるならそうするけど」

 

「いや、別に無茶振りしてるわけじゃないんだよ」

 

「……これはただの愚痴さね。大人しく聞いといてくれればそれでいいんだ」

 

「……そう言うもんかね」

 

 女の考える事は判らんと顔を歪めるその姿に、少女は少し困ったような、懐かしいような、そんな表情を作る。

 凝った作りの店の天井を眺めて、ふと、こう呟いた。

 

「人に戻っても、その宇宙船(のりもの)狂いと……」

 

「……人の心が判らない所は変わらないね」

 

 とは言え環境もあり、最近の興味はロボにシフト気味ではあるが……。

 

『……いいよね、プロジェクトTD機とか。

 変形・合体する理由がさっぱり分からないけど。

 重心がどうのったって負荷に見合わないし、作業用ならグラップ――ああ、いや』

 

 周は、隣の視線を追い掛ける様に、自分の設計した店の天井を見上げた。

 

「……。

 三つ子の魂百までと言うけどな。こればっかりは五十億年過ぎても変わらなかったよ」

 

 この店にしても、機材や隠し通路の為の空間を自然に確保する目的の構造だが、それに彼の趣味が全く関わっていないかと言われれば嘘になる。

 周は無言、顔を落とすと、いつの間にやら置かれていた珈琲へと手を延ばした。一口を口に含む。これは、マンデリンだろうか? 豆の甘みと深入りの苦みとを口の中で膨らませると、喉奥に送り込んだ。アマニであれば一瞬で判別がついたのだろうが、殆どの能力を解析している今の周には、曖昧に似た味を思い浮かべる事しかできない。けれど……。

 

「……変わらないんだ。きっと、その位では、さ」

 

 けれどもし周が、その能力を十全に扱えたとしても、いや、仮にその意識がアマニのままだったとしても、この珈琲の味を変わらず楽しめただろう。楽しんだだろう。その味を噛み締めて、そう呟いた。

 

「……そうだね」

 

「うん、きっとそうだ」

 

 それから二人、無言で目の前の物を口にして、食べ終えて、最後の飲み物を干してやっと息を吐く。

 

「さて、休憩はここまでだよ」

 

「アマニ、これからどうする?」

 

「報告を確認して、本部に変装道具の発注をしたら、後は上でいつもの作業だ。

 それとも、外に服でも買いに行くかね?」

 

「いや、流石に今からこのままで街中に出るのはね」

 

「大人しくユーザー対応でもしてるよ」

 

 そう苦笑いで答え、ゼルルゼは肩を竦めて大きな溜息。

 

「けどまさかあれに、あんな反響が出るとはねぇ」

 

 この星の人間は良く判らない――遠い目をする二体の彼女に、周はにやり笑みを返した。

 

「勝算が無きゃ、あんなことをは言いださんさ」

 

『そもそも、元々が、娯楽(ゲーム)の世界だしな』

 

 口に出さずにそう続け、浮かべた笑みを苦笑へと変える。

 

「流石に、ここまで食いつきが良いのは予想外だったがね」

 

 趣味と実益を兼ね、彼が幾つかのコミュニティにまいた種はあっという間に芽を出した

 とは言えたかだか三か月のこと、大きな動きと言えば、まだ小さなゲーム系サイトの取材を受けた程度だが、ソフトとその作り手への注目は順調に伸びているらしい。

 今月になって、体験版拡張パックとして配布した、PCとその母星系関連システムも好評で、これだけで十分遊べると、ダウンロード数は加速度的に伸び続けていた。

 試走の時間制限があり、惑星にもまだ降りられない程度のものだが、グラフィックの質が良く母星系自動生成システムのバリエーションも豊かな為に、宇宙航行シミュレータとして充分楽しめるのだそうだ。

 

「で、次のイベントも考えてるんだろ?」

 

「ああ、未来のチーキュ連邦を動かすのは君の船だ!キャンペーンってのを企画してる」

 

「なんだいそりゃ?」

 

「デフォルト母星系設定に地球モチーフが二種類あるだろ? 太陽系と、チーキュ連邦」

 

 これの前者は、大滝周の生きた地球を模した惑星で、偶然手に入れた異星文明の宇宙船で地球を飛び出す少年少女と言うレトロSFなシナリオの舞台。後者は、普通に恒星間文明に成長した地球を舞台としたノーマルシナリオが予定されているのだが……。

 

「チーキュ連邦の宇宙船を募集するんだよ。体験版の宇宙船製造システム使って作ってもらったのを、レギュレーションごとに区分けしてさ」

 

「ふーん、ま、いいんじゃない?」

 

 なお、賞を逃した船も、デフォルト船舶メーカーの船舶として登録されるかもしれないので、OKの場合は……とする予定である。

 別に全部周が設定してもいいのだが、同一人物の設計だとやはり思考が偏るからね。

 

「流石に一から設計する方で宇宙船応募してくる馬鹿はいないと思うけどねぇ」

 

 なお、結果から言えば馬鹿はいた、少なくない量の。

 そしてゼルルゼは、その優秀作品の中に、フィリオ・プレスティやロバート・オオミヤ、ジョナサン・カザハラ、ビアン・ゾルダークと言った名を見つけ、この惑星バカばっかりだと溜息を吐く事になるのだが、それはまた未来の話である。

 

 

 

 

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