てきとー試し書き   作:十八

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天地を掴むその両足に。 第一話その1

 かつていた“彼”は、走ることが、踏破することが好きだった。

 二本の足に、自転車、自動二輪。四輪以降については、乗っている感が強すぎてそれほどでもなかったようだが兎も角、彼は自分の体で、御する何かで、見えない目標に向かって駆けて行く、それが何よりも大好きだった。

 その理由も覚えている。

 “彼”の生まれ育ったのは田舎の街で、生家のすぐ裏側には、山脈と言うにはスケールの小さい、長い丘陵の帯が裏塀のように連なっていた。

 あの向こうにはなにがあるのだろう――必然、そう考えるようになった子供は、小学生になり、新しい自転車を手に入れたある日、それで裏山に挑む事を決意する。

 そこが、“彼”の源風景。

 結局、裏山の向こうには面白い物などなにもなく、痛くて、疲れて、お腹が減って、ピカピカだった自転車は、傷だらけの泥まみれ……。

 けれども、小さな山の尾根向こう、自転車を押し、半ば泣きながら進んだ獣道の先に、魔法のように開けた小さな草原とそこに差し込む午後の日差し、そこから見渡すなんの変哲もない風景のパノラマは、えも言われぬ達成感と共に、彼の中に焼き付いた。

 そしてその想いは多分、もはや“彼”ならざる今の“ぼく”にも、引き継がれているのだろう。

 彼の生きた小さな世界ではなく、本当にどんな人間も見たことがない場所へと駆けていける世界で、それができる力を貰って生まれたこの“ぼく”にも……。

 目の前に広がる黒い森、その向こうに顔を覗かす大山脈を眺めて、そんな事を想う。

 そして……。

 

『……いかんいかん、今はそんな余計を考えるな』

 

 ……彼方を想う悪癖の誘惑を、どうにか胸の奥へと抑えつけた。

 物事には順序というものが必要で、この世界で誰も見たことがない場所を見るためのハードルは、彼の世界でのそれと変わらないほどに高い。

 

『今の“ぼく”はまだ、そんな事を望めるだけの資格を持ってないんだ』

 

 そうして両の手を、地に着いた。

 足以外にも加護の力を顕すことは、両手に限ればそう難しいことではない。

 振れた指先を地に繋ぐと、両手両足に力を籠めて、身体全体を、強く、強く、撓める。

 クラウチングスタート、あたかも四足の獣のように、全身のバネで体を射出する、近代スポーツの一つの精華。

 その上更に、この世界の加護を重ねて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、解き放つ。

 爪先でしか繋がっていない筈の大地は、しかし、加護の力で、どんなスターティングブロック(ささえ)よりも確かな、理論上しか存在しえない精度で足と繋がり、身体の“溜め”を抑える両腕は、投石機を繋ぎ留める張りつめた縄の様……。

 そうして狂おしいほどに溜めた力を、斧の一撃の如くに、解き放つ。

 両腕を繋ぐ鎖は、上体を打ち出す力へと変化、延び立つ体を両足と大地の反発の力とが前へ前へと押し出せば、則ち加速。

 地を踏む一歩一歩の全てが、踏み切板の様な反発で押し出されていく。

 羽のような身体とそれを跳ね跳ばす獰猛な力とを、何とか抑え、姿勢を保って、放たれた矢のように、加速。

 そうして、瞬く間に迫りくる森の外延、その茂みに向かって、足を踏みきり、跳んだ。

 

『この足が、足場を踏み外すことはない』

 

 今生に目覚め、過去を思い出し、共感し、走り初めて今まで、色々を試してわかったことがある。

 

『重要なのは、イメージだ』

 

 何をどうしたいのか、成功のイメージを内なる加護に伝えること。

 使い手の望みはなにか――そのイメージに合わせて、加護の力は、それを駆動させる内なる魔力は、働く。

 踏み切って、跳躍。

 高く持ち上げた足が、茂みの上を蹴って、更に踏み切る。

 茂み所か、相応の太さ堅さを持つ枝をすら蹴り抜く勢いの足を、茂みの枝の一番上の、細枝の先についた小さな葉先ががっちり支え、その反動で跳ね飛ばした。

 小さな身体が、宙を舞う。

 跳んだ先にそびえ立つ、大樹の樹皮に四つ足で飛びつき、そのわずかな出っ張りに手足を乗せて、身体を上へと跳ね上げ……様としたところで、その四肢の先がグリップを失った。

 強い脱力感、抜ける力を無理矢理込めて、手足で樹皮を挟み込む。

 失速、落下する身体をほんの少しだけその努力で押し止め、けれどもそれでバランスを崩した。背丈の三倍を超える高さからずり落ちて、したたかに尻を打つ。

 とっさに尻に加護を移したが、元より難度の高い四肢以外への発現、その上、残された力も搾り滓程度とあっては、気休めにもならなかっただろう。

 

「……気負い、すぎたか。

 もっと自然に使えるようにしないと、これはもうどうにもならんな」

 

 痛む尻を押さえながらそう呻くと、目を瞑って先の試しを思い返した。

 敗因は一つ、制御力不足による力の入れすぎだ。

 走り出しは悪くはなかった、ただ、二歩目からの加護の効果切り替えを、過剰に意識しすぎて力の制御を誤り、後に続く跳躍の勢い付けだった走りが、あたかもアクションゲームのような、半ば飛び跳ねて進む無駄な動きになっていた。

 そうして増えていく焦りと着地の衝撃とが、力み過ぎの加護と重なり、魔力の消耗を加速度的に跳ね上げていく、この悪循環。

 雪だるま式に膨れ上がるロスが、梢まで持つはずだった魔力を枯渇させ、“ぼく”はこうして尻を抱える羽目に陥ったわけだ。

 

「もう少し上手く行くかと思ったんだが……」

 

 繋ぎ合わせるのは初めてだが、パーツ自体は全て慣れ親しんだ動作である。

 できると思っていたそれの、想像を超える難度に、溜め息を一つ。

 魔力切れで重い体を、土の上に大の字に伸ばした。

 荒い息を整えて、大気を、その中の魔力を、意識して肺から取り入れていく。

 徐々に力を取り戻す体にほっと息を吐きながら、なるほど、“あの人”が嘆くわけだと、二つ目の溜息……。

 

「確かに、伝え聞く“内力系”と比べて、コスパも難度もかなり高いが……」

 

 単純な身体能力補助として考えるなら、非効率の極みと言っていいそれに、しかしぼくは、別の意味で顔をしかめた。

 

「……あの人、絶対気弱と口下手で損してるだろ」

 

 足場が悪くても転ばないとだけ説明された“大地の杖”だが、実際には、体の一部とそこに触れたものとの間に魔法的な結びつきを作り、その性質を変化させる加護だ。確かにその基本は、転ばぬように繋げ支える事にあるが、その為に必要な様々な要素を意識的に取捨選択すれば、多様な効果を発揮する高い応用性を備えていた。

 また、足だけではなく、腕にも比較的容易に加護を発現させられる為、例えば僅かな取っかかりを掴んで壁面を上ったり、何かを受け止めた衝撃を緩和したりといった使い方もそれほど難しくはない。

 ぼくが授かった加護は、一般的なそれと比べ強いと言う話なので、普通はこれほど楽に扱えないのだろうけど、あの鳥面の彼女にちゃんとした説明ができていれば、あそこにだけあれほどの閑古鳥が飛んでいることはなかっただろう。

 尤も、できていたとして、噂の軍神や剣神の加護ほどの繁盛が見込めたかと言えば、それはあり得ないと断言できる程度に難しい加護ではあったが。

 なにしろ……。

 

「“外力型”身体補助って時点で、繁盛しないのは目に見えてるけどな」

 

 ……加護は、主に保有者にその力が作用する“内力型”と、外界に作用する“外力型”に大別され、大地の杖は後者に属するが、一般的に外力型の加護は、体を動かすことと相性が悪いとされている。

 これは、単に体を動かせばそれに応じて働き、成長する前者に対し、後者は考えて操らなければならないことや、比較してコストが高いこと、そしてなにより、内力型の加護は無意識に誰でも行っている魔力による身体強化の延長にあり、その成長を促すが、後者はむしろ、阻害要因になりうると言う理由によるもので、現状この加護は、与えられる効果とその手段が噛み合っていない状態にあるわけだ。

 その上、この世界の人間は常に身体強化魔法を使った状態にあるわけだから、加護や術を使いすぎれば、一時的とはいえ能力そのものも弱体化する。

 今ぼくが禄に動けない状態に陥っているのも、その為だ。

 もちろん、外力型には外力型の強みがあり、その高いコストを抑える技術も存在する、のだが……。

 

「どっかに、魔法の先生とか転がってねーかな」

 

 ……問題は、それが稀少な専門技能であり、習得に長い修行と高度な専門知識が必要とされる貴重な技術者が、こんな最辺境に居着くはずもないと言うことだ。

 いや、大きな括りで言う魔術師ならどの開拓村にも一人はいるのだが、それは内力系の専門技能者であって、外力系の、いわゆる“魔術師”ではなかった。

 一応、その“村唯一の魔術師”である、内力系治癒術師のばあさまに、外力魔術の基本となる技法の概要は教えて貰ったのだが……。

 

「意識の界を広げるとか言われても、どうやって良いやらさっぱりわかんねーよ」

 

 そもそも、概要を知っている程度でモノになるのなら、外力系魔術師はそんな稀少な存在になってはいない。

 教えてもらったそれ以外、魔力の基本的な振る舞いや、加護と魔術の歴史は、力を制御する上で非常に役に立っているし、外力系加護を意識して活用できている時点で、魔術師になる第一のハードルは乗り越えているらしいのが救いだが、今の“ぼく”には、その先に有る筈の第二障害が、果てしなく遠くに感じられた。

 

「とは言え、加護を使い込んでロスを減らすにしても限度があるし、かといって器量はそう簡単に伸ばせるものじゃない」

 

 外力系加護の燃費の悪さは魔力の性質に起因するもので、加護を扱う技量を伸ばしたところで、節約できる量は多寡が知れており、溜めおける魔力の量――この世界では器量と呼ばれている――を成長させることも、同じ理由で難しい。

 

「魔力、か……」

 

 前世の“彼”なら鼻で笑いそうな言葉に苦笑して、“ぼく”はばあさまの教えを思い返した。

 

『……いいかい、坊。魔力とはね、濃い薄いはあっても、基本的には世界のどこにだって有るものなのさ。

 空気の中にも、土の中にも、もちろん、坊の体の中にだってね』

 

 彼女の言葉によると、魔力とは、全ての存在に浸透・同化し、この世界に偏在する力なのだと言う。

 この力は本来、見ることも触れることも感じることもできず、“在るだけ”なのだが、ただ二つだけ例外があり、その一つが生命体の意志に反応するという魔力の性質であるらしい。

 尤も、如何に人の意志に反応するとはいえ、相手は観測することができない幽霊じみた力だ。

 長い間、魔力を操る技術を持つ者達は非常に稀な偶然でしか生まれない存在だったのだが、ある時から人類は、神に加護を授かり、全てが魔力を操る術を手にするようになった。それ以降、研鑽していった技術を統合、派生して生まれたモノが、加護を超えて魔力を扱う術――魔術。

 ただし、だからといって誰もが魔術を覚え、その力を自在に使いこなせるわけではなく、大半の人間は、無意識に使用している自己の身体能力強化を除けば、授かった加護とそこから派生した幾つかの技能しか使うことができないようだ。

 だから、その選択は重要で、人は死して生まれ変わる際、それまでの全てと引き替えに、自ら次の生で共に歩く加護を求めることが許される。

 “彼”も歩いたあの参道で、前世の経験とそれで得た願いや悔いを次の生への力へと引き替え、人はまっさらな存在に生まれかわる――と、言うのがばあさまも属するこの国の宗教の教えだった。

 

『“ぼくは、“彼”を渡せなかったけれど……』

 

 ばあさまの言によれば、時折そう言う事があるらしい。

 人は生まれ変わる際に加護を選ぶが、その選択が余りに強い願い、斬新な発想に成された場合、売り子の判断で値引きができるらしい。

 元々加護は、神が与えたものだが、それは人と共に歩む内に、成長し形を変えていく。そうして新たな形を得た加護が神に認められたものは列聖され、神の僕となって死後はあの参道で、加護の配布とその相談、次の列聖者の選抜などに関わる。あの売り子達はそうした過去の列聖者で、彼等は自分の裁量で“次代の聖人候補”を選び、次に繋がる記憶の一部を残すことが許されるのだと……。

 まぁそれも、例の参道と人生の朧気な断片程度なのが普通で、別世界出身で記憶の大半を残している等と言うのは、流石には例がないらしいのだけれど。

 そんなわけで、どう言うわけか前世の“彼”の記憶をまるまま残して生まれてきた“ぼく”は、まだ自己が曖昧だった時期に、あの“参道の夢”をばあさまに話してしまって、聖人候補である可能性が露見して、今に至る。

 まぁ、この世界には魔法という便利な力の代償か、魔物と呼ばれる驚異も存在し、それに対処するために戦闘系の加護が尊ばれる土壌があるから、聖人候補と露見しなかった場合、どんな扱いを受けていたか怖くもあるのだけれど……と、話はそれた。

 兎も角、そんな稀少な本物の魔法には内力、外力の二系統があって、前者は自分と触れた生命の内側、後者は自分の外側に働く魔法。

 そして、“大地の杖”は、自分の身体に隣接した対象に力を及ぼす事から外力系に属し、外力系の加護は、基本的には非常に燃費が悪い。

 と言うのも、魔力には周囲に同化しようとする性質があるらしく、それを制御する意識の界の外側に出ると、すごい勢いで拡散していく、らしい。

 なので、自分の意識の界、つまり、生物の意志に反応する魔力にその身体の一部と認識される領域を広げられないと、体外の魔力に干渉したり、魔力で何らかの現象を起こしたりするのは難しいようだ。

 しかも、それができるようになると、今度は器量が成長しにくくなる=身体能力強化も弱くなるようで、ぼくが選んだ“大地の杖”は、ゲームで言えば魔術師系の加護なのに、効果は戦士系だと言う背反した状況にある。

 なお余談ではあるが、じゃあ武器に効果を及ぼす“剣神”の加護はどうなのかと言うと、アレは意識の界を操作するのではなく、手の延長として剣を扱えるようになった結果、剣まで意識の界が伸びると言う代物なので内力系の括りに入り、その反面、力に習熟するまでは生物由来の素材で作ったモノにしか力を通せないとか、少しずつ武器を馴染ませなければ効果が薄いと以下、そう言う制限が存在するそうだ。

 兎も角そんな理由で、この加護を最大限に生かそうと思ったら、魔術師を目指すのが一番早いのだが、魔術師自体が希少と言う事実を差し引いても、“ぼく”が魔術師になるのは難しい。

 と言うのも、実はうちの父親、この開拓村の開拓団団長兼村長兼自警団団長なのだ。

 僕らの村がある帝国は、魔物の領域に切り込んで三代以上維持し、且つ、その開拓範囲が一定を超えている村の長、或は、開拓団の団長を、その開拓地の領主として封爵すると言う一種の拡張政策を敷いている。勿論、誰でも好き勝手に切り開いていいと言う訳ではなく、村の規模が一定のラインを越えているか、あるいは、一定以上の規模と武力を持つ開拓団を組織している事、その人間の人品に問題ないと推薦する貴族階級の人間が存在する事が大前提。元々魔物狩人の一団を率いていた親父様は、魔物の研究をしていた好事家の大貴族と知り合う幸運を得てその条件をクリアしたのだが、問題は、この世界の慣習法では小領主は手勢を率いる戦士でなければならないと言う事。

 その為僕は、将来は村の統治者として正面に立って魔物や森と戦わなければならない立場にあり、余程戦闘系加護の優れた男子が次期領主とそのストック分生まれ育つ迄は、戦力の低下に繋がる魔術師への道を選択する事ができないのだ。

 そして、村で生まれた最初の子供、大事な長男、強い加護、でも、それは戦いに関係がなさそうで、正直どう扱っていいか戸惑っていた父さんは、ばあさまから受けた“聖人候補”の報告に、これは吉兆だと舞い上がっちゃったわけで。

 そのおかげで、良い扱い受けてるし、制限も緩いし、能力修練の時間を潤沢に貰えているわけなのだけど、本当に痛し痒し……。

 

「……と、そろそろ時間か?」

 

 ふと目端に移った太陽を見れば、もう大分時間が経ってしまっている。

 ぼくは、体内魔力の回復を確認すると身体を跳ね上げ(ヘッドスプリングで)立ち上がり、このささやかな秘密基地(ひろば)から、村の中心の広場目掛けて走り出した。

 

 

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