エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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これからはできるだけ一話あたり五千文字程度に割っていこうと思っています。読みにくいんで改行いじってみました、


第10話 映画版アイドルマスター

熱狂の中にあった2012年の夏は過ぎ去り、これまた予定で山盛りの秋がやってきた。

 

アイドルマスターチームが様々な新曲を用意して挑んだ2日間のライブイベントは、もう大盛況超満員のアホみたいな規模で盛り上がった。

 

大覇道の人気キャラクター達の声優さんたちも駆けつけ、楽しく歌や掛け合いを披露してくれた。

 

非難轟々のプロジェクト会議の動画まで盛り込まれた、アイドルマスターのドキュメンタリー映画の予告編の公開も間に合った。

 

そちらも各所から大変な反響があったそうだ。

 

ちなみに各種動画は、千川さんが普段の俺を隠し撮りしていたものが提供されたらしい。

 

なんでそんなもん撮ってんだよ……

 

 

 

 

 

ライブの後すぐに第二弾メンバーの選考が始まった。

 

前回は待てども待てども全く応募が来なかったから、今回は早め早めに予定を立てたのである。

 

後に俺は逆の意味でこの時の選択に感謝する事になる、通常業務に支障をきたすレベルで応募が来たためだ。

 

アイドルを目指す女の子達には学生も多いため、俺達は日本各地をアイドル発掘のために回ることになった。

 

勿論、美城、961、765、その他の事務所も巻き込み、この先毎年続くことになる長い長い旅(キャラバン)が始まったのだった……

 

 

 

 

 

アイドルマスタープロジェクトのメンバー達が各種メディアで大きく取り上げられたからだろうか。

 

二匹目のドジョウを狙って次々と女性アイドル企画が立ち上がったり、各所でアイドル養成所なるものが乱立しているらしい。

 

企画はまだ何の中身もないふわっとしたものだし、養成所もこれまでにあったダンスやボーカルのスクールが片手間で始めたような所が大半だ。

 

しかし世の中では女性アイドルというものが、女の子が芸能人として立身出世するコースの一つとして完全に認められたようだった。

 

俺をハブにしまくった元同級生から「アイドルになりた〜い♡」なんてメールや「本当は高峯の事が好きだったの〜♡」みたいなジュリエットメールがガンガン届き、電話番号ごとメールアドレスを変える羽目になった。

 

美波が本気で憤慨して、ジモティーネットワークでぶちギレ金剛をかましたらしい。

 

普段お淑やかな女ほどキレた時は怖い、理由なく不機嫌な事がない女は理由があれば容赦がないのだなぁ……

 

 

そんな美波ちゃん(16)と楓ちゃん(22)の事務所の話でまた色々あった。

 

美城、961、765の三事務所から勧誘を受けたのだが、さすがに嫁さんが他所の会社の商品になると俺が困る。

 

そこで急遽別会社扱いで芸能部門を作り、そこの所属にしたのだ。

 

 

 

川島さんと安部菜々は美城に入った、会社の規模が一番でかいかららしい。

 

なんか今ビルもでっかいの作ってるしな。

 

美城さんとこの娘さんは海外支社にしばらく転勤らしい、多分帰ってきたらめちゃくちゃ出世するんだろう。

 

 

 

うちの会社はビルは建てないが会社の近くの銭湯を買った。

 

社員達が通ってた所なんだが、お母さんが病気して税金払えないっていうからうちで買い上げた。

 

福利厚生でもあるが、正直税金対策だ。

 

うちの会社専用にしてしまうとこれまで使っていた人が困るので、そのまま一般客にも利用を開放した。

 

バイトを雇ってもらい、営業時間だけこれまでの昼から夜までから夜から朝までに変えてもらった。

 

銭湯は徒歩三分ほどの近さなのもあって社員からはなかなか好評だ。

 

夜に風呂入って帰るやつ、朝風呂して帰るやつ、朝自転車で来て風呂入ってから仕事する奴など多様なライフスタイルにマッチしたらしい。

 

うちは完全なフレックスタイム制だし、なんなら成果が出てれば労働時間も週40時間を下回っても全く構わない会社だ。

 

しかし大覇道開発初期に長時間労働をさせるため居心地を良くしたせいなのか、ほとんどの社員はあまり家に帰りたがらない。

 

残ってゲームしたり麻雀したり、だべりながらテレビ見て煙草を吸ったり。

 

甚だしい者だと夕方飲みに行って夜帰ってきて朝まで仕事をしていたりする。

 

就業規則に飲酒禁止はないからな。

 

もっとも頭のいい奴らが多いので、規則を厳しくされないように一線は超えないようにしているらしい。

 

危ういバランスだが、個人的には今のところギリギリセーフだ。

 

 

 

 

 

ロシアの友達アナスタシアが親の転勤で北海道に引っ越すことになった。

 

先日12歳になった彼女はますます可憐さを増し、うちの美波を過剰に興奮させていた。

 

「アーニャちゃんに会えなくなるのはほんと寂しいよぉ」

 

『アナスタシアに会えなくなるのが寂しいって』

 

「あー、アーニャも〜ンミナミィ、寂しい」

 

最近はアナスタシアもちょっとづつ日本語を使うようになってきた。

 

学校はインターナショナルスクールに通っているらしいけど、そりゃ子供なら住んでる土地の言葉をどんどん覚えるわな。

 

「でも、また会える、ンミナミィがテレビいるので」

 

「ありがとうアーニャちゃん、またいつでも東京に来てね」

 

美波はこの間の第二回結果発表イベントにアナスタシアを招待した。

 

「美波凄く綺麗、アーニャも応援する」って言われて顔ふにゃふにゃにして喜んでたけど、親の転勤はしょうがないよな。

 

俺達はアナスタシア一家が飛行機に乗るのをしっかり見送った。

 

「北海道でも美波の活躍が見れるように、頑張ろうな」

 

「……うん」

 

なんて美波の肩を抱いていたら、放っておかれて拗ねた楓に思いっきり肩パンされた。

 

楓とアナスタシアも普通に仲がいいが、美波がアナスタシアを好きすぎるのだ。

 

 

 

楓といえば、この間楓の実家の寿司屋に行ったら店の奥に楓の絵入りのでっかい応援旗が飾ってあった。

 

親父さんは第一弾のCDから買いまくって客に配っていたらしい。

 

俺がアイドルマスターチーム全員のサインを持ってったら大喜びで一番目立つ所に飾ってくれた、楓効果で連日大入り満員らしいしな。

 

ただ楓は恥ずかしいらしくて、絶対に店の方に顔を出さなくなった。

 

俺はたまに楓に会いに行くついでに親父さんの手伝いで寿司を握るんだが。

 

楓もこれまではカウンターに座って大関飲みながら寿司食ってたのに、今は奥に引っ込んでお母さんと俺の寿司食いながらテレビ見てるからな。

 

俺は常連さんに「ゲーム屋の大将!」とか「アイドルの旦那!」とかからかわれながら寿司握ってるだけなのでなかなか寂しい。

 

最近楓もお母さんに料理を教わっているらしいが、駄目だしされたくないなんて言って全く食べさせてもらえない。

 

完璧超人な美波も唯一の苦手な物が料理だし、俺が嫁さんの手料理で晩酌できる日はまだまだ遠そうだ。

 

 

 

 

 

気分のいい秋はあっという間に過ぎ去り、襟をきゅっと寄せる冬が来た。

 

きらりでは謎の企画、ちゃんこ鍋喫茶が始まった。

 

メニューは普通の喫茶店なのだが、問答無用で絶対一席に一鍋つくのだ。

 

この日ばかりはお一人様のご利用が不可になり、店の外では一人客同士が「一緒に鍋食べませんか」と即席パーティーを作る様子が散見された。

 

ちゃんこ鍋は大絶賛だったが、回転率が悪すぎてこの企画は一日で終了した。

 

くそ寒い中何時間も待たされた最後尾近辺の客達は百円ライターの火に寄り集まり、温かいカレーの夢を見たのだった。

 

また一つきらりに幻の企画ができてしまった。

 

 

 

別の日にはニート本田の実の妹が店にやってきた。

 

たまに食べに来ていたらしいが、たまたまこれまで会わなかったのだ。

 

ショートカットの可愛らしい明るい女の子で。

 

「あたしなんかアイドルにどうよ?」とまだピカピカの冬の制服姿で俺にまとわりつくのを丁重にお断りし、手作りのいちごパンナコッタを食べさせた。

 

「あま〜」とニコニコ笑顔で言う彼女はなかなか爽やかでいい感じだと思うが、正直俺に人を見る目はないから何も決められない。

 

「オーディションやるから良かったら応募してね」と言うと。

 

ニート本田が「こいつ……甘えたなんで、アイドルなんか無理す」と妹さんの髪の毛をわしゃわしゃかき混ぜていた。

 

「やめろー!デブ!」と兄の腹を叩く妹さんに、休み時間のきらりがちょっとほっこりしたのだった。

 

 

 

ようやく出た冬のボーナスで大枚はたいて買った俺のピナレロのロードバイク。

 

フレーム重量は900gを切っている、カーボン製のスリムなかわい子ちゃんだ。

 

店から乗って帰り用意していたバイクタワーに仕舞うと、学校帰りのきらりがキラキラした目でバイクを見ていた。

 

「うっきゃー!なにこれなにこれ?超かっこいいにぃ」

 

「これはな、70万の自転車なのだよ」

 

「にょっわーっ!きらりのお小遣いの35倍、とーってもお高いにぃ☆」

 

「そうだろうそうだろう、考えられないぐらい軽いんだぞ」

 

「ほんとだにぃ、かっるーい☆」

 

いつの間にかきらりは小指一本でピナレロを持ち上げていた。

 

「き、きらり、バイクを戻しなさい!」

 

「え〜?兄ちゃん、きらり乗ってみちゃだめかな〜?」

 

「だ、だめだめ!な!70万だから!今日納車だから!兄ちゃんまだサイクルジャージに袖も通してないから」

 

「にょわ……ぜーったいこわさないから☆だめ?」

 

「…………」

 

上目遣いで見つめられた俺に、断る選択肢はなかった。

 

俺はきらりに新車のピナレロを明け渡し、椅子の高さを調整してやった。

 

といってもきらりは14歳ですでに170cmある、俺と身長自体は5センチほどしか変わらないのだ。

 

違うのは足の長さだ、俺は兄妹間のスタイルの違いを理不尽に感じながらシートを少しだけ高くした。

 

「兄ちゃんありがとにぃ」

 

きらりは軽やかに地面を蹴り、クランクを一回転させた。

 

一番軽いギアにしてあるにも関わらず、俺のピナレロはまるで空を飛ぶように軽快に前に飛び出す。

 

「うっきゃー!すっごーい☆かるーい」

 

きらりは無邪気な笑顔で家の前の道路をくるくる回り「ちょっと踏んでみるにぃ」と言った。

 

やばい!!

 

俺が止める間もなく『パァン!!』と物凄い破裂音がして。

 

まるでイリュージョンのように、俺のピナレロが、俺の70万が、俺の900gが、真っ黒い粉になって、サラサラと風に吹かれて寒空へと消えていった。

 

「ごめーん……」

 

とさすがにバツが悪そうなきらりに、半泣きで「け、怪我なかったか……」と答えながら、試合に負けた高校球児のように地面の粉をかき集める俺だった。

 

 

 

 

 

 

その後も社内でサバイバルゲームをやりだしたうちの会社の馬鹿どもをとうとう減給3ヶ月に処したり。

 

深夜の銭湯で壁をプロジェクターにして入浴映画会をやったりしていて。

 

気がつけば年末、映画の試写会の日がきていた。

 

俺は映画には全くタッチしていなかったが、何やら総合プロデューサーと広報が忙しく走り回っていたのは知っている。

 

 

 

「新進気鋭の凄い監督に編集をお願いしましたから、期待しててくださいよ」

 

鼻息荒く先頭を歩く総合プロデューサーに続いて劇場に入り、長々としたアイドル達の挨拶を聞いてようやく映画が始まった。

 

 

『最初は誰もが反対した』

 

なんてテロップがつけられた俺の映像が流れる、音楽を聞きながらパソコンを弄っているシーンだ。

 

明らかにマウスの動きがゲームのそれだ、シヴィ○イゼーションをやっているに違いない。

 

 

『こんな企画、絶対駄目だよ。この会社も終わりだね』

 

そう語る男性、モザイクが入って声が変わっているが総合プロデューサーなのが丸分かりだ。

 

ていうか今年の6月は異常に暑くて社内みんな半袖だったのに、普通にダウン着てるじゃん。

 

このシーン絶対最近撮った新録だよ。

 

 

『正直駄目だと思います、でも社長も中卒だしバカなのもしょうがないのかな』

 

と女性社員が語る。

 

これ千川さんじゃん、普通にマフラーつけてるし息が白いぞ、これも新録だろ。

 

 

『まぁアレだけど金払いはいいっていうか、最低そんぐらいは魅力がないと誰もついていきませんよね』

 

と作業着の男性が語る。

 

こいつ自販機のベンダーじゃん、服に思いっきりダイドー○リンコって書いてあるぞ。

 

新録の捏造素材しかないじゃねーか!

 

何がドキュメンタリーだ!!

 

 

 

映画は終始そんな調子で進み、結果的に「撮れ高は十分にあります」と言った総合プロデューサーの言葉は完全に嘘だったことになる。

 

それでもアイドルマスタープロジェクトの顔合わせや、アイドル達が四苦八苦しながら曲の練習をするところ、あとは城ヶ崎美嘉が物凄く無邪気にアニメのものまねをする場面などでは映画館に歓声や笑いが溢れた。

 

初お披露目の夏フェスからラストの佐久間さんの『魔法を信じるかい?』までは密度も疾走感もなかなかのもので、なんだかんだ感動してしまった。

 

俺も前半では馬鹿にされてたけど、中盤では「もしかしたら凄いのかも」みたいにフォローされてたしまぁいいか。

 

 

 

後日映画を見た姉から「あなた会社でもいじめられてるんじゃないの?」と心底心配された。

 

俺もなんか、ちょっといたたまれない気持ちになったよ。




ピナレロ = 自転車メーカー

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