エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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第12話 がんだむの話 上

ある日気づいた。

 

この世界にはガンダムがない。

 

というより、巨大ロボットアニメが手塚治虫以降ほとんど作られていないのだ。

 

逆にプリキュアとかの女の子向けアニメの系譜は前世の世界よりも遥かに充実している。

 

単純に男が少なくて女が多いのだ。

 

男の子向けアニメもハーレム系オタアニメやスポーツ系、ジャンプ系は前世と同じように存在している。

 

ハーレム系は国策も絡んでるらしい、前世よりも多角関係を取り扱った作品が多い。

 

政府も必死だ、必死で男女比3:7を維持してるわけだ。

 

 

 

別に俺だってガンダムにあんまり思い入れがあるわけじゃない。

 

中学校の頃に深夜のテレビで映画三部作を見て、友達に借りたGジェネレーションをやっただけだ。

 

でもなんとなく、巨大ロボットアニメがない世界を歪に感じる気持ちがあった。

 

前世じゃあ男の子供がメカに目覚めるきっかけになるのはたいてい車かロボットだったからな。

 

 

 

アイドルマスタープロジェクトが一段落した俺は気楽に考えた。

 

「金あるし、ガンダムのアニメ作れるんじゃね?」と。

 

この時の俺は、自分がガンダムをうろ覚えの映画とゲームでしか知らない事を大した問題だとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

俺はワンマン社長だ。

 

「新規事業やります、君プロデューサーね」ができる立場だ。

 

これまで大きな失敗はしていない。

 

大博打のアイドルマスターも当たった。

 

だが俺は今、重役たちから雪隠詰めで説教を受けていた。

 

「年間予算の話はきちんとしましたね」

 

「あなたが始めたアイドルマスターで人員が全然いないんですよ」

 

「博打ばっかりやってられないんですよ、あなただけの会社じゃないんだから」

 

もうぐぅの音も出ない正論だ。

 

大方が俺が言い出したことなので何も言えない。

 

「予算限界ギリギリまで突っ込んでアイドルマスタープロジェクトを回せ!」とかイケイケで言ってたからな。

 

俺には実績と謎パワーはあってもカリスマや人徳は微塵もないから、こういう時に力んでも誰も付いてきてくれないのだ。

 

結局「しばらく会社休む!」とか小学生の子供のように稚拙な駄々をこねて、会社の社用車で飛び出した。

 

千川さんの運転でな。

 

 

 

さすがに会社に無茶を言い過ぎた。

 

俺もそこらへんは正直悪いと思っている。

 

無理無茶を通すには金と人が必要で、サギゲームスには金があっても人がなかなか増やせない。

 

それはわかる、新規事業ともなると人材確保は余計に難しいだろう。

 

 

 

となると、新しい会社を作ってしまった方が早いのでは?と今度はそう考え始めた。

 

サギゲームスはゲーム会社だ、アニメ好きも多いだろうがアニメを作りたいってほどのやつは少ないだろう。

 

だいたいあそこの社員は最近俺が何かやろうとすると「どんな小さな事でもまず会議に出してくださいよ!」と口うるさく止めるようになった。

 

どんな無茶を言っても「好きなようにゲームが作れて大金貰えるなんてサイコー!」って働いてくれたあいつらはもういないんだ……

 

 

 

そうだ、いないならもう一度そういう会社を作ればいいんだ。

 

俺はサギゲームスを買収した時、持ち株率が98%になるまで買ったので今は唸るほど金がある。

 

金があれば人の心も買えると前世の人も言っていた。

 

結局人心を金で賄い切れずに逮捕されたけどな。

 

 

 

善は急げと業界の内外に「アニメ映画の監督やりたいやつはいるか?」と訪ねて回った。

 

300人入れる貸し会議室が綺麗に埋まった。

 

今回は素人お断りで経験ありの人間だけを集めたのだが、皆凄い熱量だ。

 

持って来いとも言ってないのにみんなして謎の「俺が考えた最高のアニメ映画企画」を持ち寄ってきていた。

 

 

 

「人型ロボットが戦争するアニメを作りたい人は残ってください」

 

と言うと十人になった、さすがに悲しいぜ。

 

まぁここからは個別面談だ。

 

 

 

「戦争に善と悪はありますか?」

 

「あります!」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで半分減った。

 

 

 

「敵役がカッコいいアニメはどう思いますか?」

 

「私なら敵のメカは描きやすいように丸とか四角の簡単な形にしますね」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで残りは三人になった。

 

 

 

「感受性が強すぎて他人の心までわかってしまうようになった新人類がいるとして、その新人類はどのような葛藤を持つと思われますか?」

 

「世の中の汚さに押し潰されると思います」

 

「私は、悪事を働くかどうか迷うと思います」

 

「自分がホモであることを他の新人類に暴かれやしないか、いやいっそ暴いてほしいと悶々とした毎日を過ごすと思うわ」

 

 

 

「では最後に。捨て駒にされいいように扱われ続けてきた主人公たちが必死で戦争を終わらせた後。それでも世界は何も変わらず搾取と差別と戦争の渦の中だったならば、ラストとしてどういうシーンをもって来ますか」

 

「その中の小さな平和を描きます」

 

「私は、守れたものを振り返らせます」

 

「どこの世界にも、戦いの終わりなんてないわ。ずっと戦わせるの、ずっとね。」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで監督は決まりだ。

 

 

 

 

 

いよいよアニメ会社を作ろうと色々な先生方と綿密で濃厚な打ち合わせをしていた俺だが。

 

この日は久しぶりの休みだった。

 

たまには会社にも顔出すかとサギゲームスに行ったら「まだ家出から一ヶ月も経ってませんよ」と色んな社員に言われた。

 

もうちょっと心配しろよ!

 

会社には行っていなかったが千川さんが書類は持ってきてくれていたので仕事も溜まってない。

 

飯時までゆっくりして、料理でも作ってやるかと社長室のオーディオでアイドル関係の新譜を聴いていた。

 

婆さんから電話がかかってきた。

 

「近々若い女の子が二人行くから、料理教えてやんな」

 

嫌と言う間もなくドアが開いた。

 

「社長、お客様です……」

 

社員の顔が引きつっている。

 

いまきた、とだけ電話に返して、俺は客の二人に向き合った。

 

「財前時子よ、平民」

 

「日野茜っ!15歳です!ご飯の作り方教えてくださーいっ!」

 

「えーっと、財前さんだっけ、俺君に何かした?」

 

「あなたの作ったご自慢の豚の餌にうちの親戚がご執心なの、ホテルで転げ回ってお漏らしして喜んでたそうだけど」

 

「あぁ……大阪のホテルの人らかぁ。婆さんからは君たちに料理教えろって言われてるんだけど、君たちは俺には何してくれるの?」

 

俺だって暇じゃない、もう婆さん孝行とはいえロハで仕事すんのは辛い。

 

「いいから黙ってレシピでもお渡しなさい、愚物。あなたのような男とでも会話が成立する思うと、ちょっとしたホラーなのよね」

 

「私っ!勉強以外なら何でもしますよっ!!」

 

一方はすげぇ塩対応だし、一方はよりとてつもない感じだ、これ一旦帰ってもらおう。

 

「じゃあお二人にレシピ渡すんで、それで解散ということで……」

 

俺はクックパッドを印刷して封筒に入れて渡した。

 

「フン……」

 

と口の悪い方は礼も言わずに立ち去り。

 

「ありがとうございました!!!!」

 

声のでかい方はなぜかエレベーターを使わずに階段を駆け下りていった。

 

なんだったんだ……

 

 

 

 

 

赤羽にビルを買ってアニメ会社を作った。

 

資本金ドドンと十億円だ。

 

二十億ぐらい出そうかと思ったが、さすがに予算がありすぎても暴走するやつが出てくるだろう。

 

問題の人材だが……

 

動画マンに月手取り20万、プラス歩合で払うって応募をかけたら引くぐらい人が集まった。

 

原画コンテ演出進行営業も、一般企業並の待遇で募集すると監督曰く使える奴らがわらわら集まってくる。

 

「こんなにいると目移りしちゃうわねぇ、ね、社長?どこまでやっていいの?」

 

「監督全部決めていいぞ。この会社はお前とこの映画のための会社だから」

 

「社長……あたしに子供でも産ませる気?」

 

そんな気ねーよ!

 

 

 

採用はトントン拍子に進み、機材もサクッと調達が終わり。

 

俺のアニメ会社がついに始動した。

 

 

 

ホテルの大広間を借りて行った会社の立ち上げ式では料理を振る舞い。

 

「約束する。この映画に君達が尽力してくれるならば、君たちのために私が誠心誠意食事を作ろう。どうだね?」

 

「社長!一生ついていきます!」

 

目を輝かせて言う非社員の千川さんに続いて、残りの社員達も、それはいいなぁとか、たしかにこの料理はやばいぐらい美味いとか言って気を良くしたようだ。

 

やはり俺のチートは料理だ。

 

金を稼ぐにもこれ、人を使うにもこれ。

 

これは、この世界で一番いいチートだ!

 

いちばんすぐれたチートなんだ!!

 

おれにはこれしかないんだ!

 

だからこれがいちばんいいんだ!!

 

 

 

イケメンが顔で得をするように!

 

巨乳が乳で得をするように!

 

ボンボンが親の金で得をするように!

 

俺は何一つ恥じることなく料理で得をするのだ!!

 

 

 

この次の日から、俺は高峯の魔法をなんの出し惜しみもせずに料理を作った。

 

高級食材を揃え、丁寧に丁寧に下拵えをし、未発達な味蕾でも無理矢理に開花させるような強烈な料理だ。

 

これも全て社員全員の力を引き出して素晴らしいガンダム映画の完成を見るためだ。

 

こいつら全員、俺の料理以外では満足できないようにしてやる。

 

 

 

強烈な中毒性の赤い粥と漆黒のカレーを交互に食べさせ続けた結果。

 

三日もたたないうちに、社員達は俺の(料理の)ためなら何でもやるいかれた兵隊(バッド・カンパニー)になっていた。

 

 

 

蝉が墜落するいかれた暑さの八月。

 

各セクションの責任者を集めてガンダム制作会議が動き始めた。

 

司会進行の席には、サギゲームスから連絡員として送られてきた千川さんが立っている。

 

いきなり社外の人間が関わってるが、彼女が立ち上げからずーっと俺の周りにいたからだろうか。

 

皆千川さんのことを、純粋にこのアニメ会社の社員だと勘違いしているのだった。

 

なぜかセキュリティカードも発行されてるしな。

 

 

 

千川さんの口から、サイド7を発進したホワイトベースがルナツーに拒否され大気圏に突入し、ガルマ・ザビとの戦いを戦い抜く場面までが語られた。

 

「これって途中ですよね」

 

「売れたら続きを作る、話は最後まである」

 

「いきなり劇場版で大丈夫なんですか?」

 

「いける」

 

ほんとは劇場版の流れしか知らないんだが。

 

「キャラクターの設定、いくつか変更したいところがあるわ」

 

「テーマとロボットが変わらなきゃ、それはいいよ」

 

正直俺はザクが戦ってるシーンと名ゼリフはよく覚えてるが、人間関係の細かい機微まではとても思い出せないのだ。

 

そこらへんをこの世界の感覚で埋めてもらえれば若者受け間違いなしだろう。

 

 

 

そんな俺の語ったふわっとした設定は、俺以外の人間達によって更に魔改造を受けた。

 

「主人公は日系人じゃないと駄目ですよ」

 

とアフロのアムロ・レイはウェリントンの似合う癖毛の理系男子、安室礼二にされ。

 

「ミステリアスなキャラがいたほうがいいわ」

 

と巨漢リュウ・ホセイが長髪痩身の謎の男・竜にされてしまった。

 

フラウ・ボゥやセイラ・マス、ミライ・ヤシマに至っては亡き者にされそうになったが、さすがにそれは止めた。

 

どうせ俺の知る作中では誰ともくっつかんのだ。

 

ブライト・ノアはのっぽの大学生風の風貌から、たくましい筋肉とブルーの瞳を持った茶髪のリーゼント艦長にされてしまい。

 

ハヤト・コバヤシは身長190cmで柔道の達人兼砲撃の専門家にされ。

 

カイ・シデンに至っては最初は捕虜のジオン兵で、謎の男・竜の魅力に惚れ込んで連邦軍の仲間になった事にされてしまった。

 

 

 

もちろん全員超イケメンだ。

 

みんな盛り上がってくれているし、別にイケメンで悪い理由もないけどさ。

 

美味い飯食って会社の金で好みのイケメンがいっぱい出てくる映画を作る、こいつら楽しそうでいいな。

 

その後も何度も何度も打ち合わせが行われ、俺の知りうる限りのガンダムの知識を全員が共有した所でアニメの制作が始まった。

 

 

 

 

 

会社全体に火が入ったように動き出し、公開時期も決まっていないアニメのデータが一秒づつ出来上がっていく。

 

「最初からこんなに忙しくて大丈夫なのか?」

 

と監督に聞いたら。

 

「皆歩合給で稼ぎたいのよ。この現場、お給料めちゃくちゃいいから」

 

と言っていた、アニメ業界は大丈夫なのか?

 

 

 

ガンダムチームの原画が俺が一向にOKを出さないモビルスーツのカットに四苦八苦している頃、この間の女二人が再びやってきた。

 

「…………いくら欲しいのかしら?」

 

「帰る途中で封筒なくしちゃいました!」

 

相変わらずすげータカビーさと明るさだ。

 

だが、結局婆さんから来た話だから受けざるを得ない事なんだろう。

 

どうせだからクソ忙しいこの会社での料理も手伝わせてやろう、実地練習でスキルアップだ、理にもかなってる。

 

「俺はほんとは誰にも料理を教えたりしないんです」

 

「あら、もったいぶったこと」

 

「そこをなんとかお願いします!」

 

「でも今は会社が忙しいんで、俺の手伝いしてくれるなら教えます」

 

「…………あなた、それ本気で言ってるの?」

 

「お仕事ですか?何でもがんばりますよ!」

 

「もちろんです、働いて、作って、食って覚えてもらいます」

 

「はぁ〜あ…………わかったわ」

 

「作るのは自信ありませんけど、食べるのと動くのは自信ありますよ!ボンバー!」

 

何がボンバーだ。

 

ちょうどいいタイミングで婆さんから電話が来た、文句を言ってやろう。

 

「もしもし、婆さんか?あのな……」

 

『今日あの二人がもっかい行くらしいから、一応教えといてやるよ』

 

「何をだよ……」

 

『財前って方は名古屋の車屋の親戚だよ』

 

「それが?」

 

『あんたの好きなセリカジーテー作ってるとこだから教えてあげたんじゃないか、頼んだら残ってるのくれるんじゃないのかい?』

 

 

 

 

 

「は?え?ま?」

 

『あと日野ってのはトラック作ってるとこ、そんじゃあね』

 

「待って待って待って!」

 

電話は切れていた。

 

 

 

黄砂混じりの九月の風が、ボロの小窓をがたぴし鳴らし。

 

困惑する俺とセレブの弟子二人を、赤羽の黄色い太陽が妖しく照らしつけていた。




アイドル要素完全に無くして外伝扱いにしようと思ってた話なんですけど、この二人がどうしてもここでしか出せなくてナンバリングの12話ということになりました。

ウイルス性胃腸炎で死にかけました、皆様も生ものにはお気をつけて。

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