エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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切りの良いところで投稿しておきます


第17話 ホットケーキと迷子のシンデレラ

機動戦士ガンダムⅡの公開がⅠに続いて延長なしのイマイチな結果で終わり、2015年は3月に突入した。

 

 

 

ジャブロー上空に爆音を撒き散らすウーファー10000個搭載の『ドゥーフシップ』と、V8熱核融合エンジン搭載のコアブースター『インターセプター』のチェイスは予告編で話題を呼んだ。

 

しかし結果はイマイチ、やはりまだマニアにしか受けていないといったところだ。

 

まぁスタジオ・ジブリだって初期作品の興行収入では赤字を出したりしている、俺はこの作品を長い目で見ることにしているんだ。

 

というわけで……『機動戦士ガンダムⅢ』、俺の独断で制作決定だ。

 

とはいえ儲けが出てないなら、金を何処かから稼ぐか借りるかしてこなきゃいけないのは道理だよな。

 

 

 

そういうことで、今月は我が社の金儲けのための新商品が出る月だ。

 

その名も「機動戦士ガンダム アッガイのホットケーキミックス」だ。

 

パッケージはホットケーキを積んで作ったかわいいアッガイのヘッドになっている。

 

女子高生が勘違いして買わないかな、という淡い期待をもってデザインされたものだ。

 

なぜホットケーキミックスなのかというと。

 

劇中でちょっとだけ出てくるというのもあるが、なぜか世間でホットケーキがパンケーキと呼ばれて大流行しているからというのが大きい。

 

うちはアニメ会社だ、ぶっちゃけ関連商品なんか儲かりゃなんでもいいのだ。

 

ガンダムチップスの売上を見てやる気満々の食品会社の担当の熱気に押され、俺もかなり真面目に作った。

 

これなら誰が作っても美味しいホットケーキになるはずだ。

 

世間からは「ポテトチップスの販促に映画を作ってる」と言われている我が社だが。

 

これはもうしょうがない、金があって困ることなどないからな。

 

儲けられるところで儲けないのは、バカか役人だけなのだ。

 

 

 

そういえば、昨年末に出したガンダムシリーズのOVA『ガンダムビルドバトルファイターズ』は、特に赤も黒もなくといった具合だった。

 

男子中学生のセイント・イオリがVR空間でガンプラを使ってするバトルである、名前もそのまんまの『ガンプラバトル』にのめり込んでいく学園ストーリーだ。

 

このアニメに出てくるSDガンダムのプラモデルを作って販売したところ、少しだけ売れた。

 

当然ながら型の代金はまるでペイできなかったので、またも会社の資産がグンッと減った。

 

しかし、この程度の赤はポテチマネーの前ではたいした赤ではないのだ。

 

金があるってのは心がおおらかになっていいよな。

 

二作目の制作も決定しているので、このOVAは早々に配信サイトへと流すことに決まった。

 

19歳の荒木比奈監督の今後の活躍に期待、というところだ。

 

 

 

 

 

さて、先月の半ばに各社へ打診を始めた『アイドルマスター MY GENERATION』だが、サギゲームスの担当者が腰を抜かすぐらいの食いつきがあった。

 

送ったところ全てから参加の返事がかえってきていて、まさに順風満帆。

 

更には把握していなかった小さい個人事務所などからも、ガンガン参加希望の電話が来ている。

 

アイドルと全く関係のないお笑い事務所や落語家の団体などからも連絡が来ていたが、そっちはさすがにお断りした。

 

 

 

未だに、まだ各社が何組のアイドルを出すのかも決まっていないような状況なのだが……

 

このままの勢いで行くと、たとえ一社一組の出場となっても予定されていたスケジュールにはとうてい収まりそうにない。

 

当初予定していた、大きな箱を2、3日借りてやる旧来の形のイベントで全てを賄う事は不可能だった。

 

そこで急遽我が社は、各地にある小さなライブハウスのスケジュールを押さえていった。

 

各地方の小さい箱でたくさん予選をやって、這い上がってきた奴らにドームの舞台で雌雄を決して貰おうというわけだ。

 

予選と本戦で二回もイベントを打てば十分だと甘い予定を立てていた我々は、この先長くに渡って人手不足と時間不足によるデスマーチに追い込まれることになるのだった。

 

 

 

 

 

うちの新妻となった川島瑞樹の「KTRの曲が歌いた〜い!」というおねだりに従って、渾身の一曲を用意した俺だったが。

 

ついでだから嫁さん三人組にこの曲で『アイドルマスター MY GENERATION』にも出場して貰おうと思っていたところ、総合プロデューサーから待ったがかかった。

 

 

 

「曲が良すぎます。その上女性アイドル界のオリジナル・テンが三人も入ってるんですよ、他の事務所が太刀打ちできませんから」

 

 

 

よく考えたらたしかにそうだ、八百長扱いされてもつまらんな。

 

総合プロデューサー判断で、この曲はイベントのオープニングセレモニーで発表することとなった。

 

 

 

嫁さんたちは毎日毎日、家の地下にある俺の自慢の音楽スタジオで練習を重ねている。

 

俺の大事なドラムセットやケトナーのアンプなんかは撤去されてガレージの隅へと追いやられ、壁には勝手に全面鏡が設置された。

 

トレーナー姉妹や木場女史、更には撮影のためにとサギゲームスの社員たちも出入りするようになり、女だらけで身の置き場がない。

 

俺は仕方なく会社へ行ったり、きらりへ行ったり、車校に通ったりして時間を潰していた、なんてこった!

 

 

 

 

 

そんなある日、車校終わりでぶらぶらしていた俺は桜の生えた公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。

 

会社に行くと仕事が待っていて、家に帰ると女達がやかましく、友人の類は皆受験の追い込みで忙しい。

 

どこに行く気もせず、年齢のせいで煙草も吸えず酒も飲めず、ただただボケーッとしていた。

 

すると、3月の気怠い風が聞いたことのある声を運んできた。

 

 

 

「あなた、学校は?」

 

「あの、そのぅ……」

 

 

 

ちらりと見ると、昔お世話になった片桐早苗さんが、婦警の格好で女子高生を職質していた。

 

 

 

「今日は創立記念日で、そのぉ……」

 

「どこの学校?電話して聞くから」

 

 

 

職質されている方にも見覚えがある、アイドルマスタープロジェクトの推薦書類に入っていた女の子だ。

 

さすがに名前までは覚えていないが。

 

暇を持て余しすぎて魔が差したのかもしれない、俺は懐かしい声と見た事のある顔にフラフラと引き寄せられていった。

 

「片桐さん、お久しぶりです」

 

「えっ?あ、ああっ、えーっと……」

 

「高峯です、ほら、料理屋の……」

 

「…………あ〜!!きらりの店長さん?ちょっと待ってね、いま仕事中で……」

 

「すいませんその子、僕が呼んだんですよ」

 

 

 

俺はそう言いながら、サギゲームス代表取締役社長の名刺を取り出して渡した。

 

 

 

「えっ!?あ、あぁ……これってあれ?あのアイドルのやつ?」

 

「そうなんですよ〜、ここしか時間取れなくて無理言っちゃって」

 

 

 

女の子は何がなんだかわからない様子だったけど、とりあえずコクコク頷いている。

 

学校に連絡されるのはまずいのだろう。

 

 

 

「じゃああなた芸能人だったの?」

 

「いえ、そのぉ……」

 

「その卵って感じでしょうか、すいませんねほんと」

 

「うーん、まぁそういう事なら……しかし、菜々から聞いてはいたけど、君も出世したわねぇ」

 

「色々いい出会いが重なりまして……おかげさまで店の方もまだ続けさせて頂けてます」

 

「あたしも時々行ってるわよ、留美とはよく飲むし」

 

 

 

それは初耳だ。

 

 

 

「それはどうもありがとうございます、どうぞこれからもご贔屓に」

 

「うんうん、苦しゅうないぞ。なんつって、あはは」

 

 

 

早苗さんは俺の名刺を物珍しそうに裏返したりした後、スーパーカブで走り去っていった。

 

 

 

「アイドルの子でしょ?余計な事しちゃった?」

 

 

 

女の子は少し俯いて、いえ……と答えた。

 

 

 

「俺はこういうものだけど、顔見たことあったから困ってるのかと思ってさ」

 

 

 

そう言いながら名刺を渡した。

 

 

 

「あ、いえ……助かりました、ありがとうございます……って!ええっ!?サ、サギゲームスって、アイマスのサギゲームスですか?」

 

「そうそう、そういやどこの事務所だったっけ?」

 

「事務所は……クビになっちゃって、今養成所なんです」

 

「あっ……そっかぁ」

 

 

 

気まずい。

 

 

 

「じゃあこれから養成所?」

 

「いえ、今日はなんとなく、養成所にも学校にも行く気がしなくて……」

 

 

 

暗い顔で自嘲気味に笑う彼女は、なにやら行き詰まっているようだ。

 

多分妹と同い年ぐらいであろう彼女の笑顔はどうにも辛そうで、なんとなく放っておく事ができなかった。

 

 

 

「あ〜、じゃあ、なんかの縁だし飯でも行く?」

 

「…………」

 

 

 

彼女は否定も肯定もせず、曖昧に笑うだけ。

 

俺はさっさとタクシーを止めて、彼女きらりに連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

「あうぅ……はぐっ……はぐはぐ」

 

 

 

休憩時間のきらりのカウンターで泣きながらカレーを食べる女子高生。

 

タクシーの中では思い詰めた顔でもしゃんとしてたんだが、店についてカレーを一口食べたら途端に号泣しだしたのだ。

 

すごい絵面だ、そしてその隣で俺は弱りきっていた。

 

 

 

「オーナー、何したんです?」

 

 

 

店の女どもが俺を責めたてる。

 

 

 

「何もしてねぇよ!なんか煮詰まってたみたいだから飯でも食わしてやろうと思って……」

 

「オーナー、新婚なんだからこういうのは良くないですよ」

 

「何もしてねーよ!少しは信じろよ!」

 

「美味しい、美味しいですぅ……」

 

 

 

宣材では輝かんばかりのスマイルが特徴的だった彼女の顔も、今では曇りきって見る影もない。

 

飯食いながら泣くのはかなりやられてる証拠だ。

 

 

 

「ご飯食べてなかったの?」

 

 

 

三船嬢が聞くと「朝ご飯は食べました……」との事。

 

女子高生は食って、泣いて、水飲んで、しばらくしたら落ち着いた。

 

 

 

「社長さんは……なぜ私なんかの事を知ってらしたんですか?」

 

「アイドルマスターの候補生に君が入ってたから、資料を読んだんだ」

 

「アイドルマスター……そう、アイドルマスターですよ!」

 

 

 

なんだか情緒不安定な子だ。

 

 

 

「あの選考に漏れた子は、全員養成所に戻されました。リリースです。みーんな私を置いて養成所を辞めちゃいました」

 

 

 

そんな状況になっていたのか……第一期なんか十人集めるのにも相当苦労したのにな。

 

 

 

「私は……私だけ、諦めが悪いんです。たとえ今は駄目でも、頑張れば……頑張っていさえすれば、いつか……って」

 

「そういうことってあるわよ」

 

 

 

女子高生の肩を抱く、小学生にラブレターを送って捕まった前科一犯の三船嬢。

 

悪いが、いくら頑張っても小学生と結婚できるようにはならんぞ。

 

 

 

湿っぽい雰囲気の中、きらりの扉が開いた。

 

 

 

「さっしいっれで〜す!いや〜仕事仕事で大変ですよぉ〜!これだから売れっ子アイドルってば……あれ?何かありました?」

 

 

 

伊勢丹の紙袋を持った間の悪い安部菜々を、きらりの面々が冷ややかに見つめていた。

 

 

 

「あ、安部菜々さんだぁ……!」

 

 

 

さっきまで泣きべそをかいていた女子高生が、三船嬢を弾き飛ばして立ち上がった。

 

 

 

「あのっ……!あのっ!ファン……ファンですっ!メルヘンデビュー!大好きです!」

 

「えへへ〜、ファンですかぁ〜、照れますねぇ〜、あ、どこかサインしましょうか?」

 

 

 

いそいそと鞄からサインペンを取り出す安部菜々、こいつはアイドル生活を全力で楽しんでるな。

 

 

 

「あの……その、これに、これにお願いします」

 

 

 

しどろもどろになりながら、女子高生は鞄から使い込まれた様子のBluetoothのスピーカーを取り出す。

 

 

 

「お名前はなんですかね?」

 

 

 

安部菜々が聞くと、女子高生は輝く笑顔で答えた。

 

 

 

「島村卯月です!!」




原作のような闇落ち卯月はないと思ってください

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