エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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さすがに今年度中に完結は無理そうです。
来年も腰を据えてやっていこうと思います。


『シンデレラプロジェクトの崩壊』『たくみんのケーキ屋さん』

『シンデレラプロジェクトの崩壊』

 

 

 

武内プロデューサーには自負があった。

 

新卒採用で美城芸能に入社して、この女社会の中で艱難辛苦に耐えてきた。

 

良いことも悪いこともあった、至らぬ自分への苛立ちも、虚無も、投げやりもあった。

 

高峯勘太郎の無茶振りに答え、病院送りにされた事もあった。

 

その甲斐あってか、この若さで女性アイドル事業の立ち上げから統括までを任された。

 

ひとつひとつ、確実に壁を超えてきた結果だと自負していた。

 

 

 

 

 

だが、いま目の前にいるのは役員だ。

 

越えられない壁が、あった。

 

 

 

「ふむ、宮本フレデリカ、鷺沢文香、城ヶ崎美嘉、安部菜々、橘ありす、赤城みりあ、緒方智絵里、あと、この渋谷凛って新人を貰おうか。本当は川島瑞樹も欲しかったが、寿退社ならば仕方があるまい。」

 

「お、お言葉ですが。貰おうとは……?」

 

「私の指揮する『プロジェクトクローネ』に参加してもらおう。残りのアイドルはこれまで通り、君にプロデュースを任せる」

 

「今仰られたアイドルはそれぞれユニットの基幹となる……!」

 

「好都合だ、ますます欲しい。いいアイドルを育ててくれたな、武内」

 

 

 

美城芸能の経営者一族である美城美船常務は鷹揚に頷き、目を落としていたファイルを閉じた。

 

そうして、「もう言うことはない」とばかりに顎をしゃくって退室を促した。

 

 

 

「し、失礼します……」

 

 

 

廊下を歩く足取りは、のたのたよろよろとしたオールドスクールなゾンビか、はたまた酔っぱらいのそれになり。

 

生気の抜け落ちた顔は、元々の表情の険しさも相まってますます人を寄せ付けないものとなっていた。

 

 

 

 

 

唐突に仲間を奪われたプロジェクトの女の子達に泣かれ、叩かれ、喚かれまくった翌日。

 

武内は桜の生えた公園で頭を抱えていた。

 

どう考えても『アイドルマスター MY GENERATION』の予選までに時間が足りない。

 

出場予定だったアイドルユニット達からは、精神的支柱でもあった主力アイドルが引き抜かれてしまった。

 

そのショックも冷めやらない今では残りのメンバーのメンタルケアも上手くいかず、レッスンの予定すら組めない。

 

ひとつひとつをこなしていくしかないのだが、ユニットはいくつもあるのだ。

 

本気かどうかはわからないが、辞めたいと零している娘までいた。

 

被害は甚大だった。

 

 

 

「ありがとうございます、わざわざ送って頂いて」

 

「あんな辺鄙なとこで放り出すわけないじゃん」

 

 

 

鈴の音のような暖かな声と、耳慣れた軽薄な声が武内の耳に届いた。

 

その声に惹かれて公園の外に出てみると、見慣れた顔があった。

 

 

 

「勘太郎さん」

 

 

 

武内が声をかけたのは、ほとんど無意識の事だった。

 

人間として信用はできないが、問題解決能力にだけは奇妙に長けたその男に、ただ縋りたかったのかもしれない。

 

 

 

「あれ?武内君じゃん。ちょうど電話しようと思ってたんだ」

 

 

 

自分を見つけた彼の胡散臭い笑顔を見ると、武内はやはり一抹の不安を覚えざるを得ないのであった。

 

 

 

 

 

武内が生きているのは生き馬の目を抜く芸能界だ。

 

同年代の気の置けない相手というのはやはり貴重なもので、いつもの何倍も舌が回っている気がした。

 

本人も自覚できないうちに、無理解な上層部への不満は重く、深く、そして濃く沈殿していたのだろう。

 

武内は息もつかせぬ勢いで、まさに今日受けた横暴な仕打ちを勘太郎へと打ち明けたのだった。

 

 

 

「そっかぁ、じゃあ美船さんは『アイドルマスター MY GENERATION』、本気で来るんだ」

 

「本気で行くのはもちろんいいのですが、それのせいでうちの部署はガタガタです。仲間を引き抜かれて、いっそアイドルを辞めようか、なんて事を言い出した子もいるぐらいです」

 

「なんですかそれ、ひどい……そんな覚悟でアイドルをやってるんですか?」

 

 

 

武内の言葉を聞いて、島村卯月は心底ショックを受けたという様子で言った。

 

 

 

「島村さん……でしたか。いえ、普段はそういった事はありません。うちの子達もただ動揺しただけで……」

 

「彼女さ、事務所クビになってからずーっと養成所で頑張ってるんだよ。同期もみんな辞めちゃったらしくてさ」

 

「そう……だったのですか……」

 

「いえ、私の諦めが悪いだけなんです……すみません、途中で口を挟んでしまいまして」

 

 

 

島村卯月は自分の茶色いローファーの先を見つめながら、そう言った。

 

 

 

「いえ、こちらこそ知らずとはいえ無神経な事を……」

 

 

 

武内も島村卯月と同じような姿勢で、気まずげに足元を睨んでいた。

 

 

 

「そんでさ、武内君のとこで彼女見てあげてくれない?」

 

 

 

明るい声でそう言った勘太郎が、武内の肩をポンと叩いた。

 

 

 

「え?いや、今はちょっとバタついてまして。先の事も……」

 

「そういう時こそ、ハングリーな新人が必要なんだって。倦怠感に飲み込まれつつあるプロジェクトに人事で活を入れるんだよ」

 

「はぁ……」

 

「泥にまみれたタレントは強いって、安部菜々を見てよぉ〜くわかってるでしょ?その点彼女はあの若さで泥まみれ、いや灰かぶりのシンデレラって所かな。とにかくリベンジムードでやる気満々、何回落ちても這い上がってきたタフさで明日からでも行けますよってな感じなんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「なぁ島村さん」

 

「はいっ!私、頑張ります!」

 

 

 

彼女は眩い笑顔で答えた。

 

 

 

「ええ、それはいいんですが……」

 

「あっ!そうだ、さっき皆で考えた自己紹介やってみたら?」

 

「わかりましたっ!」

 

 

 

制服の少女、島村卯月はスゥーッと大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「空前絶後のぉぉぉぉ!!!!

 

超絶怒涛のアイドル候補生!!!!」

 

 

 

木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、武内は今日ここに来た自分の不幸を呪った。

 

 

 

「笑顔を愛し、笑顔に愛された女ぁー!!!!

 

アイドル、歌手、モデル、全てのキラキラの生みの親ぁー!!!!

 

そぉう!!

 

私こそはぁ!!!!

 

スマイリングゥゥゥゥ!!!!

 

島村ァァァァ!!!!」

 

 

 

完全にヤケクソとしか思えない絶叫と共に顔の横でダブルピースを決めた少女は、全方向に眩い笑顔を放ち。

 

公園には冷たい静寂が舞い降りた。

 

 

 

「え、笑顔は……認めます」

 

 

 

武内はそう返事をする事だけで精一杯だった。

 

 

 

「武内君が笑顔認めたら、もうぜんぶ認められたようなもんだよ。やったじゃん島村さん!」

 

「はいっ!」

 

 

 

二人は勝手に盛り上がっている。

 

 

 

「えっ、ちょ…………そ、それより!お知恵をお貸し願いたい事がありまして……」

 

「あー、これからのユニット編成の事でしょ」

 

「ええ、まぁ、はい……」

 

「そのために、彼女のハングリー精神が必要って話なんだよ。いいか?武内君よ」

 

「はい?」

 

 

 

勘太郎はいつもの自信満々の胡散臭い笑顔で武内の肩を叩いた。

 

 

 

「逆に考えるんだよ、立て直さなくっていい。どうせ時間も足りないんだから、全部まとめちまうんだ。いまアイドルは何人いる?」

 

「22人です」

 

「ちょっと少ないな、48人とは言わないまでも24人ぐらいは居た方がいいだろう。よし、それでだ。これからアイドルをもっと増やして、そのチームのレギュラー24席を奪い合わせるんだ」

 

「それは……」

 

「美船さんのユニットは美城のハイエンドなんだろ、ハイエンドに正攻法で勝つのは無理だ。いいか、常に危機感を持たせろ。そしてトップを決めるんだ。センターに立つものは一人だけ、ファンによる選挙でそれを決める」

 

「ファンによる選挙……ですか」

 

「そうだな、ユニット名は……美城芸能のある渋谷から取って『SBY24』だ、どう?」

 

「(ダサすぎてそれは)ないです」

 

 

 

武内Pは公園に来る前よりも重くなった頭を抱え、半ば押し付けられた島村卯月を連れて事務所へと帰っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

『たくみんのケーキ屋さん』

 

 

 

美城芸能の女性アイドル向井拓海は、机に置いたスマホを前に小一時間ほど悩み続けていた。

 

 

 

「うぅ〜どうしよ、いいのかなぁこんなことで電話して……社長も忙しいだろうし、いや、いやいや……アタシだけの事じゃないしな、クラスの皆の事でもあるから……あぁ〜いいやっ!かけちまえ!」

 

 

 

一念発起してスマホを手に取ると、ゲーム制作会社及びアニメ制作会社を経営する高峯勘太郎に電話をかけた。

 

三回コール音が鳴り「もしもし」と気の抜けた声が聞こえる。

 

 

 

「しゃ、社長!アタシ……です、向井拓海です。お久しぶりです!」

 

「おぉ、久しぶりじゃん。どうした?」

 

「あのっ、今度学校で新入生歓迎祭ってのがあって……ありまして。そんでクラスでケーキ屋をやる事になって……なったんです。それでですね、社長んとこのホットケーキミックスを使わせてもらおうと思ったんですけど、どこにも売ってなくて……ですね」

 

「あぁ〜アレか、OKOK、いいよいいよ。事務所の方に送っとくね」

 

「ホントですか?ありがとうございます!!あのっ、お金なんですけど……」

 

「あぁ、いいよいいよ。その分浮かせて打ち上げでパーッと使いなよ。」

 

「あっ、ありがとうございます!ゴチになります!それでですね、あのっ、当日23日なんですけど。ぜひお暇でしたらっ!学校の方にも」

 

「あぁ、ご招待ありがとう。都合がついたら顔出させてもらおうかな」

 

「ありがとうございます!ぜひお待ちしてます!」

 

 

 

その後もニ、三言葉を交わしてから電話を切った拓海は、スマホを抱いたままベッドに転がった。

 

 

 

「楽しみだなぁ、社長、来てくれるかな」

 

 

 

そのままクラスの新入生歓迎祭実行委員に連絡を忘れていた彼女は、三十分後にベッドでウトウトしていたところを電話で起こされることになるのだった。

 

 

 

 

 

「凄い量です!よく手に入りましたねっ!」

 

「へへっ、社長が送ってくれたんだよ」

 

「押忍!社長に感謝です!」

 

 

 

山と積まれた機動戦士ガンダム アッガイのホットケーキミックス入りの段ボールを前にして、向井拓海とクラスメイトの中野有香がそんな会話をしていた。

 

他のクラスメイト達は、美城プロから学校まで中身満杯の大量の段ボール箱を人海戦術で運んだ疲れでほとんどグロッキー状態だ。

 

 

 

「たくみんこれってさぁ、めっちゃ人気のやつでしょ?初日でいきなり全部売り切れて、そっから転売でしか売ってないってやつ」

 

 

 

はしたない格好で床に寝そべっている眼鏡の女子が、拓海に聞いた。

 

 

 

「らしいな、やっぱり社長は凄いぜ」

 

「そんなおじさんに頼っちゃっていいの〜?たくみんアイドルだし魔乳だしさぁ、後からエッチな接待要求されたりして〜」

 

 

 

机に突っ伏して毛先を弄る金髪の女子が、人の悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「バカ女!社長はそんな人じゃねぇし、おじさんでもねぇ!ウチらの一個上だぞ」

 

「えっ?そんな若いの?」

 

「ボンボンなんだね〜」

 

「いいなぁ〜若社長って、人生の勝者だよねぇ〜」

 

「クソ女ども!!ゴチャゴチャ言うならてめぇらには食わせねぇぞ!!」

 

 

 

険しい顔で拓海が吼えた。

 

 

 

「あっ!たくみんゴメンゴメン!」

 

「お願い許して、なんでもしますから!」

 

「ならさっさと明日の準備をしろ!」

 

 

 

女子達は慌てて立ち上がって模擬店の準備を始めたが、この日はほぼ全員が日が変わるまで作業をする事になったのだった。

 

 

 

 

 

新入生歓迎祭当日。

 

朝早くから、まだ開始時間も来ていないというのに拓海のクラスの模擬店の前には長蛇の列ができていた。

 

 

 

「いい加減にしねぇか!一体練習で何枚焼くんだよ!」

 

「だってみんなが並ぶから……」

 

「この匂いが暴力的すぎるよ〜、焼いてたら他のクラスどころか先生達まで集まってきちゃって……」

 

「散れっ!!散れっ!!お前ら!本番始まってから来い!」

 

 

 

拓海の一喝で渋々バラけた列だったが、その鋭い視線は焼かれているパンケーキからなかなか外れようとはしなかった。

 

 

 

 

 

午前九時、開校以来更新されていない古ぼけた放送設備が新入生歓迎祭の開始を告げた。

 

体育館では演劇が始まり、校門に面した運動場からはブラスバンド部の演奏が聴こえてくる。

 

しかし祭りにやってきた客たちは、どの催し物にも立ち寄らずに真っ直ぐ家庭科教室のケーキショップへと向かっていく。

 

十五分もした後には、まるで巣から甘いものへと一直線に列を成す蟻のごとく、校門から家庭科教室へと甘い匂いに誘われた客達の列が出来上がっていた。

 

 

 

朝から作ったホットケーキミックスを使ったタルトやパウンドケーキは早々に売り切れ。

 

今も暗幕で仕切られたバックヤードで女生徒たちが追加を作っているが、押し寄せる客の群れにはとても太刀打ちできそうにない。

 

事ここに至っては、すぐに作って出せるパンケーキに生クリームを乗せてソースをかけたものだけが生命線だった。

 

艶やかな髪をネットに詰め込んで、すっぴんのままマスクとビニール手袋をつけた今一インスタ映えしない女子高校生達は半べそでパンケーキを焼き続ける。

 

変に潤沢な在庫のせいもあってか、日が暮れるまでたっぷりと彼女たちの苦難は続いたのであった。

 

 

 

 

 

夜の学校全体が静かな熱気に満ちていた。

 

新入生歓迎祭は大盛況のうちに終わり、向井拓海率いる三年二組のケーキショップはその中でも全校一の人気となった。

 

片付けは翌日の午前中に時間を取って行われることになっていたが、少女達は誰一人帰ろうとはせずに家庭科室で喋り続けていた。

 

「結局うちらの分まで全部焼いちゃったね〜」

 

「しょうがないじゃん、客怖かったしさ」

 

 

 

少女は「ゾンビみたいじゃん」と言いながら手を前に出して笑っている。

 

 

 

「あたし1パック残してあるよ、自分用に」

 

 

 

ちゃっかりした眼鏡の少女は、カバンからアッガイの絵の描かれたそれをちらりと出した。

 

 

 

「卵も牛乳ももう全部ないっつーの」

 

「ていうかたくみん爆睡してんじゃん」

 

 

 

拓海は机に突っ伏して胸を枕に眠っていた。

 

 

 

「しょうがないよ、昨日から泊まってたもん」

 

「熱血だからな〜」

 

 

 

そんな中、スマホを弄っていた金髪のギャルが掠れた声で騒ぎ出した。

 

 

 

「ね!見て、このニュース!モヒナガが、ガンダムのホットケーキミックス生産中止にするって」

 

「嘘!なんかあったの?」

 

「ご高評につき生産中止……だって、な〜んだそりゃ。えっと、当初の予定よりも大幅に美味しすぎるため、製菓業界への影響を鑑みて生産を自粛することに決定いたしましたって……どういうこと?」

 

「美味すぎて茶店が潰れるってさ、くだんねぇ〜」

 

 

 

眼鏡の女子は脱力したといった様子で、隣の少女にしなだれかかった。

 

 

 

「でもほんとに潰れるじゃん、あんなん家で食べれたらさ」

 

「そりゃ〜そうなんだけどさぁ〜、もうちょ〜っと早く聞きたかったよね」

 

 

 

脱力したままの眼鏡の少女が言う。

 

 

 

「なんで?」

 

「そりゃあ…………」

 

「ねぇ…………」

 

 

 

金髪のギャルの問いに、利に聡い少女達が目を合わせた。

 

 

 

「「「一箱残しときゃ良かった〜!!!」」」

 

 

 

一日中アッガイのホットケーキミックスの脅威の売れ行きに振り回された少女達の、それは切なる叫びであった。




Fallout4 VRが楽しすぎて、休みの日もなかなか連邦から戻ってこれません。

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