花粉が過ぎ去り、やっと一息な五月。
武内君の手で再編された美城芸能女性アイドル事業部は、POS25 (パワーオブスマイル トゥエンティーファイブ)として活動を開始した。
まだまだ一糸乱れぬパフォーマンスとはいかないが、センターの本田未央を中心に力を合わせて頑張っているようだ。
でも朝の情報番組の司会者に「学芸会のラインダンス」ってメタクソに言われてた、草。
25人のアイドルたちそれぞれにも仕事が割り振られているようだが、突出して仕事が多いのは多田李衣菜、向井拓海、島村卯月の三人のようだ。
ロックなアイドル多田李衣菜は、伝説のアーティスト『KTR』の弟子を公言して憚らない女として音楽番組に引っ張りだこだ。
教え子っていうか、雑な文通をしただけなのにな。
彼女は努力家で、楽器でもボーカルでも何でもそつなくこなすので音楽ファンからの人気が高い。
ちょっと常識抜けてるとこあるけど、良家のお嬢様ムードがビンビンに出てる稀有なタレントなんだそうだ。
使用ギターはデューセンバーグだ、渋い。
元ヤンキーアイドルの向井拓海は、熱血さと乳のデカさで男人気が凄い。
顔に似合わず普段から勉強する習慣があるらしいから、クイズ番組にレギュラー枠を持っているという意外な一面もある。
全然パソコンに向かっているイメージが沸かないが、趣味はプログラミング。
今はUnityでゲームを作ることを目的に勉強をしているらしく、そっち系の雑誌にも連載を持ってる。
アイドルじゃなきゃサギゲームスにデバッグのバイトに来てもらうのになぁ。
使用バイクはお父さんと共有のディオだ、家庭的。
そして問題児の島村卯月だ。
彼女は全ての仕事に全力で取り組みすぎるがあまり、完全にお笑い芸人枠に入ってしまっていた。
ドッキリの番組で渡っている途中の浮き橋が真っ二つに割れたのだが、彼女は春先の池を向こう岸まで泳いで渡ってしまった。
ドッキリだと思わなかったのか?と聞かれて「そこに池があったから」とズレた解答を返す彼女の目は完全にラリったグルグル目玉状態だったが、スタジオではウケていた。
その後も色んな番組に出ては期待値以上のリアクションを繰り出す彼女は、ちょっと変だけど物凄く頑張り屋の子として世間に認知されていた。
正直本当におかしくなりかけてた島村さんを知ってるこっちからすると、今のアイドルになれて嬉しすぎてラリラリの彼女は危なっかしくて見ていられない。
どうかこのまま何事もなく彼女の芸能生活が続いていくことを願わんばかりだ……
ちなみに使用スマホはパパとお揃いのiPhoneらしい、かわいい。
鉢植えのブーゲンビリアが花を咲かせた、とある木曜日の午後。
さっき食った出前の匂いが残るサンサーラの社長室で、俺は合成樹脂のハードケースに入ったプラモデルの金型達を眺めていた。
どうしてもこれを世に出したい、そういう思いでコツコツ業者に発注していたものだが、なかなか上手くいかないでいた。
「千川さん……どうしても売れないかな、ガンダムのプラモは」
「社長、残念ながらプラモデルは売れません」
「何か売り方がないだろうかね」
「プラモデルっていうのはどうしてもニッチな趣味ですから……」
「子供にも作りやすいスナップフィットなんだよ」
「社長、恐れながら。我が社のアニメはそもそも今の子供にウケる要素が希薄です」
「マジで!?ロマンスも、戦争もロボットもあるのに?」
「ロマンスって言っても、くっつきそうな相手が出てくるとどっちかすぐに死んじゃいますし。戦争もロボットも重いテーマも、子供よりマニアなシネフィル向きなものじゃないですか?」
「そうだったのか……」
じゃあなんで前世のガンダムはあんなにヒットしたんだろう?
「そんな今更な事で頭を抱えないでくださいよぉ〜」
「あっ!なら子供の好きそうなものと抱き合わせで売るのはどうかな?」
名案だ!
ファミコン時代の電気屋さんはそうやって売れない家電を売ったのだ。
「そういうアコギなことすると、ま〜たワイドショーで叩かれますよ?」
千川さんがその筋の人にはたまらないだろうジト目で俺を見る、やめてくれ。
「とにかく作ったからには世に出してその是非を問いたい、これはクリエイターとしてそんなに間違っていることかな?」
言いながら、俄然やる気が湧いてきた。
無理矢理にでも社会現象にしてやるからな。
「この場合、社長にクリエイターとして求められてるのはプラモデルのオマケの方だけですよ」
呆れ顔の千川さんには悪いが、俺は後悔する時はやってから後悔するタイプなのだ。
「まぁそう言わずに見てなよ、俺が日本中にガンダムのプラモデル旋風を巻き起こす所をさ……」
『サンサーラの唯一採算が取れてる部門』
『アニメを辞めれば天下を取れる部門』
などと言われているらしい、このアニメ制作会社で一番ヒエラルキーの高い食品開発部が、唸りを上げて動き始めた瞬間であった。
休みの日に、家のガレージでキャブレターを洗っていたときの事だ。
レッスンをしていたのだろう、汗だくのスケスケTシャツを着た瑞樹が俺の姉の高峯のあを連れてきた。
「お姉さん来てるわよ〜」
とだけ言って、彼女はさっさと地下のレッスン室へと引っ込んでいった。
瑞樹と姉とは年齢が四歳も違うし、これまであんまり会ったこともない二人だ。
微妙な雰囲気を感じるぜ……
「そんで姉ちゃんどうしたの?」
「星の光は、時をも超える……ならば、この輝きは……どうかしら」
相変わらず意味のわからん事を言いながら、姉がスマホの画面を見せてくる。
ハワイの物件情報だ。
「えっ……もしかして……億ションか?買ったの?」
フルフルと首を振る姉。
「買いたいってこと?」
「……面白そうじゃない?」
姉の趣味は天体観測だ、多分ハワイに腰を据えて滞在して星が見たいんだろう。
ああいうのって買ってからが大変なんだけど、わかってんのかな。
まぁ……仕事はちょうどいいのがあるから、やってもらったらいいか。
「じゃあサギゲームスで仕事紹介するから」
「…………」
お金はどうなのよ、といった表情で姉が俺の胸を小突く。
安心してくれ、当たりゃ一攫千金だ。
「そりゃ売り上げ次第だよ」
「仕事ね……いいわ」
姉はその後「たまには家にも顔を見せなさい」というような事を言って、美波達には顔も見せずに帰っていった。
翌々日の月曜日。
俺は姉の黄色いカレラに乗せられて、サギゲームスの企画第二部を訪れていた。
「ということで、うちの姉をボーカロイド第二弾に使いたい」
「はぁ、たしかに第一弾の鐘閣・麗音 (ジヨン・レーオン)は男声ですから、第二弾は女にすると決まってましたけども。社長の姉上とはいえ素人でしょう、使い物になるんですか?」
プラスチックが完全に白化したウェリントンをかけてパイポを咥えたチリ毛の女、通称ウェービーが怪訝な面持ちを隠さずに言った。
「ちょっと特殊なパーソナリティだけど、声は逆にボーカロイドにピッタリすぎて怖いぐらいだよ」
「ふぅむ、まぁ録るだけ録ってみましょうか……」
気難しそうな事を言っているが、こいつはオーディションの時連れてこられた男性声優を『全員採用にしたい』と言い切ったぐらいのガバガバさだからどうせすぐ採用だ。
俺は姉をプロジェクトチームに任せて社長室で仕事をしていたが、一時間ぐらいしたらプロジェクトリーダーのチリ毛が「彼女で行きますよ、キャラの見た目も彼女そのまんまにしちゃ駄目ですか?」と言ってきた。
稼ぎたいらしいからいいんじゃない?
こうしてトントン拍子に始まった女声ボーカロイドの制作だったが。
この後技術的な大問題が発覚し、男声ボーカロイド共々、発売はしばらく後のことになるのだった。
六月始め、梅雨の季節の真っ只中。
ここ一週間続いた雨がカラッと上がった今日は、『アイドルマスター MY GENERATION』の開幕特番が行われる日だ。
この長ったらしい名前のイベントは、俺の経営するサギゲームスが自社で運営管理を行うもので。
三ヶ月間かけて日本中総当りで決戦ライブを行い、九月に生き残った六組のアイドルがSSA (さいたまスーパーアリーナ)で雌雄を決するという馬鹿げた規模のお祭りだ。
だが、正直あんまり金にならん。
なんだかんだと赤は出ないと思うが、根本的に無理のある企画なので各所でのグッズの売れ行きに頼らざるを得ない所がある。
まぁうちの資産なら、このイベントを儲けなしで三回やっても倒産しないんだけどね。
九月に本戦があるということで。
俺が謎のトラックメーカー『ケンタウロス』として、今日のオープニング向けに用意したのも九月にちなんだ曲となった。
「え〜、皆様、たいへん長らくおま、おまたせいたしました……あの、これなんて?……あぁ……ただ、只今より、サギゲームス2015年夏の大感謝祭『アイドルマスター MY GENERATION』の開会式を行います」
我が社が誇るいつもの残念なイケメンが前口上を始めるが、会場の客はほとんど聞いていない。
事前に『サギゲームス所属のあのアイドル達が新ユニットを組んで参加者達を激励!?』と告知してあったので、会場には美波と楓と瑞樹の熱心なファンが数多く駆けつけていた。
瑞樹が移籍してからは三人とも練習練習でステージに立つこともなかったので、飢餓感を煽られていた客達は半狂乱といった様だ。
今もイケメンそっちのけで、まだ誰も立っていないステージに向かって叫んでいる。
『楓さ〜んっ!!』
『美波ーっ!!』
『瑞樹ちゃ〜ん!!』
『ンミナミィーーッ!!』
なんだか聞き覚えある声が聞こえたが、誰なのかは思い出せなかった。
「それでは、参加アイドル紹介の前に、これから熱き戦いへと赴くアイドル達への応援歌をうたっていたた……いたた……きましょう!サギゲームス所属!『ゴールデン・エイジ』の皆さんです!!」
バツン!と照明が落ち、ステージを照らすのはフットライトのみだ。
シューッとステージの奥側にスモークが焚かれ、幕が上がって三人の人影が見えてくる。
「会場のみんな!お待たせしちゃったかしら?」
瑞樹の声に会場からは怒号の様な歓声が響く、熱すぎてちょっと怖い。
バツン!とステージの上のネオン管に電気が灯る、サインは『THE GOLDEN AGE』だ。
「ずっとこんな歌が歌いたかったの。『September』、聴いてくれる?」
コンプ感高めのギターカッティングが始まり、三人がゆっくりと煙の中から歩み出てくる。
黄金のスパンコールが目に眩しいホットパンツの衣装に、白いファー、オレンジの差し色、そして七色に光るド派手なブーツ。
どうかしてるが、不思議とケバケバしくない。
三人の身に纏う天性のクールさが、衣装の頭の悪い派手さを底抜けな明るさへと変換していた。
センターの瑞樹が左右に足を投げ出し、腰に溜めを作り、背中をそらして人差し指を立てた右手を天に向ける。
まるでジョン・トラボルタだ。
ホーンセクションの多幸感を煽る音が鳴り響き、曲は盛り上がりを増していく。
サイドの二人が瑞樹に寄り添うように立ち、歌が始まった。
ファンキーでロマンチックな、明るい英詩を見事に歌い上げる瑞樹。
それをコーラスで支える他の二人、リードボーカルもセンターポジションも三人の中でくるくると交代して回っていく。
息もピッタリ、まさに三姉妹だ。
くぅ〜!
これは生バンドで見たかった〜!
「美城芸能所属、『Project:Krone』の皆様でした。どうぞ盛大なハクシュンを!」
『ウサミーン!!』
『美嘉ちゃーん!!』
『みりあママあ''あ''あ''あ''!!』
ハッ!
どうやら浸りすぎたらしい。
気づいた時には参加アイドル紹介の終盤だった……
俺は帰ってから嫁さんたちに「ボケーッとしててちゃんと見てなかったでしょう!」となじられる事になるのであった。
開けて翌日、この日は雨。
サギゲームスの社長室で俺が千川さんと一緒にミニ四駆の色塗りをしていたところに、広報の部長が血相を変えて転がり込んできた。
「社長っ!!今日発売の『September』が完売しました!!」
「えっ?めっちゃ作ったんじゃなかったっけ?」
びっくりしすぎて俺は筆を取り落とした。
「50万枚作りました!私のクビをかけて!」
そうだった、このバカは曲を聴いたあとすぐに『私の首をかけます!』と言い切ってCDの生産枚数を十倍にしたのだ。
偉い!ボーナスだ!
「え?ていうか全部売れたの?マジで?」
「それどころじゃないですよ!!世界中から注文が入ってます!!」
「洒落で作ったレコードは?ドーナツ盤のやつ」
「そっちも即完売です!千枚しか刷ってないんですから!!」
「えぇ…………」
このまま追加生産がなければ超プレミア盤間違いなしだろうな。
「あと、各所からあのケンタウロスとかいう作曲家は何者だと問い合わせが殺到してまして……」
「社長……ドンマイです」
千川さんが優しく俺の方を叩く。
「だからやりたくなかったんだよ〜!!!!」
俺は頭を抱えて天を見上げ。
『ゴールデン・エイジ』は一晩で伝説となった。
そして家に帰った俺は、楓が妊娠している事を知らされて白い灰になのだった。
種まき回だったので色々煮え切らない感じになってしまいました。
POS25 = AKB48をイメージ。
デューセンバーグ = ドイツの楽器メーカ、レトロな見た目のギターを販売している。
Unity = ゲームエンジン。
ディオ = ホンダのスクーター。
スナップフィット = 接着剤なしで組み立てられるプラモデルの製法。
シネフィル = 映画ファン、マニア。
ゴールデン・エイジ = Mott the HoopleのTHE GOLDEN AGE OF ROCK 'N' ROLL
September = Earth, Wind & Fireの曲、実は12月に9月の思い出を歌ったもの。
まるでジョン・トラボルタ = サタデーナイトフィーバー