うだるような熱気の七月。
都内某所のライブハウスのステージに、美城芸能シンデレラブロジェクトの25人が立った。
ソーシャルゲーム業界の最大手、サギゲームスの企画『アイドルマスター MY GENRATION』の予選が行われたためである。
相手は大阪から来たアイドルデュオ。
この日、地の利と人の利はシンデレラプロジェクトにあった。
が、蓋を開けてみれば得票差はわずか64の辛勝。
会場にはほとんど相手アイドルのファンはいなかったにも関わらずである。
投票が行われたライブ配信サービスの視聴者数は30000人、総投票数は16000票。
この状況を重く捉えた武内P及びアイドル達により、シンデレラプロジェクト緊急会議が開かれたのだった。
「私の失敗です」
武内Pの重く苦々しい声が会議室に響いた。
「臨機応変の末に、最初の形を忘れてしまいました……」
ゆっくりと頭を下げる武内Pに、向井拓海が聞いた。
「その最初の形ってのは具体的にどういうのだったんだよ?」
「皆さんの個性を引き出し、ユニットとして化学反応を起こして昇華させる、そういう計画でした」
「それって、今の形じゃだめなの?」
センターにしてリーダー、本田未央が真剣な顔で武内Pに聞く。
「2曲勝負のミニライブでは尺が足りません、とても一人一人の魅力を引き出す所までは……」
「でもこの大規模ユニット計画は高峯社長のアイデアなんだよね?杏、あの人がこれがいいって言ったからには必ず正解の形があると思うんだけどな」
ポテンシャルだけは誰にも負けない双葉杏が砕けた口調でそう言うと、会議室中から賛同が集まった。
「そうだ!社長の言うことに間違いがあるわけねぇ!」
「私も、しゃちょーがそう言ったなら必ず何か確信があったんだと思う」
高峯勘太郎の事になるとすぐに熱くなる向井拓海に続いて本田未央が肯定した。
「いや、あの人にそんな深い考えとかはないと思いますが……」
「そうそう、兄ちゃんいっつも適当だにぃ……」
否定する武内Pと高峯きらりだったが、アイドルたちは口々に「サギゲームスの社長だもんね」とか「今まで損したことない凄い人だってパパが言ってた」などと肯定ムードで話し始めてしまう。
「あのっ!」
喧騒を貫く声が上がった。
立ち上がっていたのは目玉グルグル状態の島村卯月だ。
「プロデューサーさんのお話を聞いていると、何も問題がないように感じるんですが?」
「え……?」
「短時間のアピールでも私達の個性と魅力がお客さんに伝われば何の問題もないって事ですよね?」
「それは……そうですが……」
「高峯勘太郎氏の博多講演会での言葉を借りて言いますが……『逆に考えるんです』」
「えっ??????」
「25人いてアピールが回らない、そう考えるのではなく……25種類のアピールのどれがお客さんにハマってもいい、そう考えるんです。高峯社長のアニメでも言ってました……『戦いは数』なんですよプロデューサーさん」
言いたいことだけを言って島村卯月はまた椅子に座った。
「おうっ!そうだ!ドズル・ザビはそう言ってた!」
「よくわかんないけど高峯社長ぐらい凄い人の言うことなら信憑性あるんじゃない?」
「えぇ……」
「ちょっとそれは……アニメの話だにぃ?」
ヒートアップする高峯勘太郎オタク達に武内Pと高峯きらりはドン引きだった。
「でもさぁ~前向きに考えたらそういう話になるんじゃない?」
「そうだよ!今日だって勝ったんじゃん!間違ってないよ!」
「森久保も……このままで行けたらなと……思います」
場の空気を味方につけた島村卯月は、コンコンコンと人差し指の甲で机を叩き、再び立ち上がった。
「あえてもう一度高峯勘太郎氏のアニメの言葉を借りて言います」
嫌な予感しかしなかった。
「ガンダムビルドバトルファイターズOVA1巻でガンプラバトルに勝てず男泣きしていたセイント・イオリに、ガンプラ部主将ホシフミが言いました……『手っ取り早く強くなるなら……合宿しかないわね!!』と!!」
「そうだ!」
「たしかにどっちにしろ力不足だもんね」
「合宿なんて部活みたいだね~」
「いやっ!それは……スケジュールもありますし……」
焦る武内Pに、島村卯月は畳み掛ける。
「勝ち犬になりたいなら!合宿しかありません!私達はアイドルとして、プロジェクトクローネみたいに名刀揃いってわけじゃありません!必死に二十五本の手裏剣を磨くしかないんです!」
「そうだ!そうだ!」
「向井さんちょっとうるさい……です……」
結局武内Pときらりの奮戦虚しく、会議は声の大きい親勘太郎派閥に乗っ取られ。
シンデレラプロジェクトの面々はスケジュールをぶっちぎって真夏の合宿へとなだれ込む事になるのだった。
……………………
アニメ会社サンサーラの食品開発部がしばらく頑張って作ってた商品のサンプルが上がってきた。
前回のホットケーキのモヒナガで懲りたのか、今回はちゃんと金儲けを第一に考える企業をパートナーに選んだらしい。
また「美味すぎるから」とかわけのわからんこと言って勝手に生産中止されてもかなわんからな。
今回組んだ相手の社長さんは「商売敵全部叩き潰しましょう!」と豪語してるらしい、頼もしいぜ。
さて、肝心要の商品は……袋ラーメンだ。
一応醤油味。
海外で転売されても問題の起きないよう、パッケージに思いっきり豚と牛の絵を描くように指示した。
中身がわからないと色々問題もあるしな、味の素と同じ轍は踏まんぞ。
輸出の予定がなくても、今日び勝手に転売屋に輸出されて責任問われるまであるからな。
とりあえずサギゲームス社内で試食会をやってみることにした。
俺としては「こんなもんか」って味だけど、社員たちは物凄い勢いで食べている。
一応冷蔵庫に卵やカット野菜も用意したんだけど、そんなもんには目もくれず素のラーメンを奪い合う社員たち。
袋ラーメンを二袋も三袋も目の前で食べられると、見てるだけで胸焼けがしてくるな。
「親にも食べさせてやりたい……」って泣きながら言う社員がいたので、今度ファミリーデーやるから親連れてこいよとなだめた。
なんか思ってたより皆の反応がキモいな……
一応サンプルを知り合いに送って引き続き反応を見てみることにした。
ちゃんとラーメンが売れないとプラモデルも売れんからな。
2015年夏アニメとして始まった『大覇道 -The Animation-』は特に炎上するでもなく過大に評価されるでもない、穏当な滑り出しを見せた。
スタジオ初のTVアニメーションだが、中の人達は割と歴戦の勇士だから問題あるまい。
製作委員会方式を取っていないから内容は好き勝手できるし、そもそもアニメ単体で採算を取らなくていいから皆のびのびやっている。
俺の仕事は芸能事務所からのタイアップとかをシャットダウンしたぐらいだ、声は声のプロがやりゃいい。
アニメに合わせて大覇道シリーズ6つ目のアプリも発表された。
なんと今度の大覇道は捕獲アンド育成ゲームだ。
別に俺が親になるからってわけじゃないが、たまにはたま○っちやデジ○ンみたいなのもいいかなと思って上がってきた企画を通した。
スマホのカメラを使ってAR表示されるドラゴンを捕まえたり、拾ったりする卵から生まれるドラゴンを育てるってゲームなんだが。
GPSと連動させて地域ごとに存在するドラゴンの種類をいじった。
たとえば東京だとスタンダードな西洋ドラゴン、北海道では有毛のモコモコしたドラゴン、大阪だと猫耳のドラゴンがいるというわけだ。
その竜が2体揃えば卵を産むようになり、その卵はもちろん親の性質を受け継ぐ。
竜の卵は保存しておいてトレードができるから、人と交換して他地域のレアな竜の血筋を引き込む事ができるのだ。
このトレードだが、ネットワークじゃなくてGPS情報を介する、LINEのふるふるみたいな方式にしておいた。
強い竜を作りたいなら直接他の地方に行くか、他の地方の人に卵を貰うかしないといけない。
ぜひどんどん外出して、じゃんじゃん経済を回してほしい!
余談だがこのアプリを公開した翌週、飯屋きらりは久々に5日間の長期休暇をとった。
店長の和久井女史と料理主任の三船嬢が大阪に猫耳ドラゴンを捕まえに行ったらしい。
経済、回ってますね……
七月中旬、外にパンほっとけば勝手に蒸しパンになりそうな暑さだ。
俺は朝から録音された音声ファイルに歌を歌わせるボッカロイドの試作品のソフトを音楽家の武田蒼一氏に届けてきたところだ。
ちなみに男声と女声があって、女声はうちの姉の高峯のあが声優をやっていた。
サンプルに使いたいからって一曲頼んでたんだが、正直あんまりやる気なさそうな感じではあった。
適当に最近聴いてるロックの話とか、機材の話とかして武田Pの事務所を辞したのが13時ちょうど。
腹が……へった。
車は駅前に置いて、なにかかっこんで帰るかとアーケードに入った俺だったが、なかなかいい店が見つからない。
古風な喫茶店……ナポリタンやサンドイッチな気分じゃない。
カレー……昨日も試食したばかりだ。
フィリピン料理……ピンとこない。
寿司……混んでそうだ。
焦るんじゃない。
俺は腹が減っているだけなんだ。
腹が減って死にそうなんだ。
いかん、アーケードを抜けてしまった。
どこでもいい、めし屋はないのか。
ええいここだ!入っちまえ!
と入った先は紺ののれんに「めし さけ さかな」と書いてあった小さな店だ。
小汚くきしむ木椅子に座り、メニューを開く。
気難しそうなオヤジがグラスの水を持って出てきたが、そのグラスも小汚い。
「日替わり」
ハッキリ短く言った。
注文を聞き返されるのはやっかいだ。
「え?なんですって?」
こ、このオヤジ……まさかテレビを見ていて聞いてなかったのか?
「日替わり」
「日替わりね」
気安さと雑さを履き違えた接客態度に、俺のクソ店センサーはビンビンに反応していた。
「日替わりお待ち」
日替わりのメニューは白米、味噌汁に、生姜焼きとサラダ、そして漬物か。
まずは生姜焼きでライスを……なんだこれは?
甘い……どこまでも甘ったるい生姜焼きだ、これは焼肉のタレかなんかで炒めてるんじゃないか?
そしてご飯も炊いてから時間が経ったのか乾燥が進んでいる。
うっ!
味噌汁が……薄い……出汁も上手く出てない。
口直しに食べた漬物もコンビニ弁当レベルの品。
まごうこと無きハズレ店だ!
「ちょいーっす、出てくるよ~ん」
「おい里奈、お前もたまには手伝いやがれ」
「だってこんな店手伝ったってしょーがないじゃん、マッズいしさー」
どうやら娘さんが家から出ていこうとして揉めているらしい。
金髪に剃り込み入れて、眉毛も細い、ヤンキーの子だ。
「なにが不味いだぁ!これ見よがしによその店でバイトなんかしやがって!いっちょ前に親の飯にケチつけるんじゃねぇ!」
「だってそうじゃん、ね?お兄さん。無理して食べなくていいよ」
ヤンキーの里奈ちゃんが俺の方を見てウインクした。
「俺の飯は不味くねぇ、お前がおかしいんだ!里奈!」
「いやこれマズいっすよ」
ポロッと本音が出てしまった。
「なぁーにぃー?ならお前が作ってみやがれ!」
鬼のような形相のオヤジに胸ぐらを掴まれて、俺はやれやれとため息をついた。
「ヤバぽよ〜お兄さんめっちゃ料理上手かったね!」
「まぁね」
やってしまった、飯屋のオヤジを娘の前で飯でボコボコにしてしまった。
そそくさと店を出ると、出ていく途中だった里奈ちゃんも一緒についてきてしまった。
「あの人料理下手なの絶対認めないからさぁ、いい薬になったーみたいな。アタシが手伝おうとしても絶対料理やらせないかんね〜」
「君も料理できるの?」
「アタシは勉強中なかんじー?他の料理屋でバイトしてる的な?」
「ふぅーん」
「でねでねー、お兄さんがもしお店とかやってたらさぁー、アタシのこと見習いとかでいいから使って♪」
「え?えぇ……急にそんなこと言われてもなぁ」
「お願いお願い〜何でもするから♪アタシ、叩かれてもヘコまないタイプだしー☆厳しくてもいいよー」
ふざけた態度だけど、目だけはギラついていて真剣に見える。
飯屋きらりのバイトの原田美世も今20歳で来年就活だしな……一応和久井女史に聞いてみるか。
俺は車がかっこいいとか騒ぎまくる里奈ちゃんを乗せたマスタングで、一路きらりへと向かったのだった。
「採用」
ヤンキーギャルのリクルートは和久井女史の鶴の一声ですぐに決まった。
「やっぱり今のままの体制だと誰かが病気になったりしたら店が回りませんから、ちょうどアルバイトを増やしていこうと思ってたんですよ」
「がんばりまーす♪これでも案外マジメちゃんなんでー☆」
「店員にもお客にも変なのが多いけど、頑張るのよ」
ぐっと拳を握る和久井女史。
ひでぇ言いようだ。
とりあえずふじりなちゃんに電車賃渡して家に帰り、自分で作った生姜焼きを食べて眠った俺だった。
みんなの社長への評価。
武内P「やべーやつだけど一応友達」
きらり「色々アレな人だなと思うけど大事なお兄ちゃん」
未央「親戚のお兄ちゃん的な」
たくみん「神」
卯月「初めて自分を認めてくれて救いあげてくれた偉い人」
かな子「料理の神、友達の兄」
杏「ビジネスやべーやつ」
りーな「KTR紹介してほしい」
なつきち「ポテチうまい」
のの「たくみさんがうるさい」