エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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ものすごい難産でした。

悩みだすと全く書けなくなる事がわかったので、次回からは2000文字ぐらいで早め早めに更新していく事にします。


第22話 グルメダンジョン

「……この『アイドルマスターMy Generation』は、私達が対面した人生で最も大きなチャンスと言っていいでしょう。

 

KTRの……あの稀代の作曲家のラストアルバムを歌う、最後のチャンスなのです。

 

このチャンスを全国の女性アイドルが狙っています。

 

私達も、Project Kroneも、そしてあのシンデレラガール佐久間まゆさえも!!

 

つまり、やるならば今!!

 

青春をかけるならば今!!

 

命をかけるならば今なのです!!

 

一発逆転満塁ホームランのこの打席に立って、バットを振らない理由などありません!!

 

ならば成すべきことは1つだけ。

 

そう、特訓です!!

 

レッスンを!

 

一心不乱のレッスンを!!

 

そして!!

 

魔笛を歌った かのシカネーダーのように!!

 

私達も歴史に名を残すのです!!」

 

 

 

万雷の拍手が鳴り、合宿が始まってから毎朝同じ熱量で行われている島村卯月の演説が終わった。

 

最初はあまりに熱すぎる彼女に戸惑っていたメンバー達も、日を重ねるにつれ独特のムードに引っ張られていき。

 

今では立派な島村シンパとなっていた。

 

 

「やっぱりしまむーの朝の挨拶は気が引き締まるね」

 

「おお!さっそく走り込みだ!行くぞー!」

 

「朝からランニングはむぅ~りぃ〜」

 

「基礎練習、それもロックだよね」

 

「気合がみなぎってるぜ!行くぞだりー!」

 

 

 

「高峯さん、あなたのお兄さんは島村さんに一体どういう教育をしたんですか?」

 

「ほ、ほとんど話したことないって言ってたけどにぃ……」

 

「あんなアジテーターが天然に出来上がるはずはないのですが……将来マルチの販売員か何かになりそうで心配ですよ」

 

「し、心配なーいない、う、卯月ちゃんはいい子だから☆」

 

「なぜ目を逸らして言うんですか」

 

「そ、それよりぃ!今日兄ちゃんから差し入れが来るらしいにぃ、Pちゃん受け取りおにゃーしゃー☆きらりも走ってくるにぃ☆」

 

「あっ……本当に、本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

プロデューサーに心配事は尽きないのであった。

 

 

 

その日の夜半。

 

仕事のメールを書き終えた武内Pは夜食に件の袋麺を作ろうとしていた。

 

 

 

「さて……」

 

 

 

鍋に適当に水を入れ、ガスコンロのスイッチをひねる。

 

横着をしてコンロに顔を近づけてタバコに火をつけながら、今日一日の事を思った。

 

武内Pの想像以上にアイドル達は真剣だった。

 

自分達で決めて自分達で動き、弛まぬ努力を続けている。

 

頭が下がる思いだ。

 

同時に、今の自分に対する不満の気持ちもじわじわと湧いてくる。

 

自分にも、アイドル達のためにもっと他にやれることがあるはずなのだ。

 

思考の海に沈みながら袋麺を茹でる。

 

袋から出した時点でもう美味そうだった麺が水を吸い込んで膨らみ、ふわっと立ち昇る湯気が武内Pの食欲を刺激した。

 

ぐぅ、と腹が鳴る。

 

単純すぎる自分の体に苦笑しながら食器を取り出す。

 

今日袋麺と一緒に高峯勘太郎から届けられた、アニメのキャラがプリントされた丼だ。

 

煮立った袋麺に粉スープを振り入れて混ぜると、暴力的な匂いが部屋中に立ち込めた。

 

鍋をひっくり返すようにして丼に盛り付け、パイプ椅子にドカッと座り、バキンと割り箸を割って思いっきり麺を掴んで一口!

 

コシのない麺だ。

 

その分スープの保持力は高く、喉を通るときに立ち上がった香りが強く鼻に抜けていく。

 

豚骨醤油のベースの中に、かすかに魚のような、香辛料のような、不思議な香りがする。

 

それを確かめたくてまた麺を、スープを口に入れる。

 

するとさっきとはまた違った香りが浮かんでくる。

 

深い、圧倒的に深い味だ。

 

どこまでも複雑なのに嫌な所が全くない。

 

まさに味の芸術、いや料理の文化財だ。

 

半ば放心しながらもこれを作り上げた友人の顔を思い浮かべる。

 

才能と人間性のあまりの乖離に、特に存在を信じてもいない神の悪戯を呪った。

 

 

 

綺麗に空になった丼の上に割り箸をカランと転がしたとき、炊事場の扉の向こうに光る瞳と目が合った。

 

ガバっと立ち上がり扉を開けると、そこにはアイドル達が勢揃いしていた。

 

ぐぅ、と誰かの腹が鳴る。

 

夜は長くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

「勘君、この間の試食のラーメン、お母さんがすごく美味しかったって。部下の方にも大評判だったらしいよ」

 

「社長、黒井社長から試供品をもう少し送ってくれと催促の電話が来ました。それとアイドルの四条貴音さんから分厚い感想のお手紙が届いてます」

 

 

 

美波とちひろの二人に左右から挟まれた初期型フォレスターの後部座席で、俺は各所に送ったラーメンの試供品の反応を確認していた。

 

今日はサギゲームスが年単位で準備をしてきたレジャービル、大覇道グルメダンジョンのプレオープンの日なのだ。

 

 

 

大覇道グルメダンジョンについては、地上12階のビルを買い取って全階大覇道のアトラクションや飲食店にしたものだ。

 

ナンジャタウンを縦に伸ばしたような雑な企画だが、この企画のために役職を蹴って異動した者までいて社員達の士気は高かった。

 

一応流れとしては一階の冒険者ギルドで依頼を受け、様々なアトラクションをこなしていって景品や飲食店の割引券を貰うのがメインの楽しみ方らしい。

 

 

 

ビルの地下の駐車場に車を停め、グルメダンジョンのエントランスに向かうと見知った顔が集まっていた。

 

サギゲームスやサンサーラの社員はもとより、飯屋きらりの店員とその家族たち、そしてアイドルマスターの関係者達だ。

 

旦那連れの塩見周子や一ノ瀬志希が談笑をしていたり、765プロの人達を連れた佐久間まゆが男性プロデューサーの腕を引っ張っていたりする。

 

残念ながら妹のきらりや美城プロの面々は仕事だったり合宿だったりで来ていないが、かなり豪華なメンツになったと思う。

 

 

 

エントランスのスピーカーから大覇道のメインテーマが流れだし、イメージキャラクターであるブルースによる説明が始まった。

 

ハゲたムキムキのオッサンというキツいヴィジュアルのブルースが、マルチサイネージの超大画面に映し出されているのはなかなかの迫力だ。

 

でもキモいからやめさせよう。

 

一通り施設内の注意やポイントの貯め方、撮影した写真などの取り扱いを聞いてから解放された。

 

 

 

全員でエントランス隣の冒険者ギルドへ行き、眼帯を付けたイケメンギルドマスターから今日のクエストが書かれた用紙を受け取った。

 

各自でクエストをこなし、このクエスト用紙にコンパニオンたちが持つハンコを押してもらうのだ。

 

ちなみに今日俺が貰ったクエストはうさぎのキャラの悩みを聞くことと、海賊の宝の鍵の謎を解くこと、そして18時までにエントランスに戻ってくる事だ。

 

今日はプレオープンだから、だいたいみんなこんな感じのクエストだろう。

 

 

 

エントランスでみんなと別れて、嫁さん達と館内をうろつき回ってうさぎのキャラを探す。

 

限られたスペースながらも間仕切りと美術とちょっとした高低差をうまく利用していて、得体の知れない場所を探検している感じが上手く出ている。

 

特に2フロアぶち抜きで使った主人公達の乗る海賊船のエリアはなかなかのワクワク感で、子供達なら一日中大はしゃぎで走り回ってくれるだろう。

 

そうこうしているうちに、甲板の端にゲーム屈指の人気キャラと言われるピンク髪のうさぎキャラを見つけた。

 

近づいてみると、うさぎのお姉さんは沢山の招待客達に揉みくちゃにされて涙目になっている。

 

他のテーマパークのようにきぐるみのコンパニオンなら微笑ましく見えるのかもしれないが、うちのコンパニオンは生身。

 

傍から見ていると完全に事案だ。

 

うさぎのキャラの悩みのタネは聞かなくたって一目瞭然だった。

 

 

 

ほどほどに歩いた俺たちは、森林エリアのカフェで休むことにした。

 

観葉植物が所狭しと置かれた安易な内装だが、カフェ自体は有名店の暖簾分けに限りなく近い形とのことで頼んだ紅茶は美味かった。

 

妊婦の楓はさすがにちょっと疲れた様子で、胡桃入りのショコラタルトを食べている。

 

それでも嫁さんが4人もいる分、夫と妻の2人でなんでもしなければならない前世とは大変さが全く違う。

 

単純に荷物も増やせるし、ちょっとした段差なんかでも脇を2人で固めることができて安心だ。

 

妊婦を連れてきてわかったが、この施設のバリアフリー化にはまだまだ穴が多い。

 

冒険者ギルドで貰ったクエスト用紙にその事を書き付けておく。

 

 

 

「あなた、これで書いてください」

 

 

 

ちひろが横から羽ペンっぽいボールペンを差し出してきた。

 

 

 

「これ、売店で売ってるやつです。雰囲気出ますよね」

 

 

 

改善点を箇条書きにしてる所をスマホでパシャパシャ撮られる、頼むからSNSとかには上げないでくれよ。

 

 

 

「えっ!?駄目ですか……?」

 

 

 

スマホで口元を隠して上目遣いのちひろだが、いくら家族とはいえ書いてもらいたくないこともある。

 

今の段階で施設の事を変に書いてしまうと、昨今のインターネット情勢では簡単に燃え上がってしまうこと請け合いだ。

 

一応自分のスマホでちひろのSNSアカウントをチェックした。

 

 

 

『だぁが羽ペンでお仕事中♡真剣な顔がかっこいい٩(♡ε♡ )۶』

 

 

 

だぁて。

 

返信でも早速大学時代の友達から『だぁw』『だぁは草』と言われている。

 

死ぬほど恥ずかしいけど、まぁ俺が恥ずかしいだけだから何も言わないでおこう。

 

しかしちひろは愛が深いというか重いというか、初夜の時も「あなたの名前のタトゥーを入れていいですか?」とか言ってたからな。

 

しないけど、浮気とかしたら相手が刻まれて殺されたりしそうだ。

 

気をつけよう。

 

 

 

その後も色々なエリアを回ってコンパニオンから情報やはんこを貰ったり。

 

プロジェクションマッピングによるモンスター召喚バトルのアトラクションを楽しんだり。

 

クエスト用紙に地図を書き込みながら、龍の腹の中というコンセプトの迷路を踏破したりとなかなかに楽しんだ。

 

嫁さんたちもなんだかんだ大はしゃぎで、いい家族サービスになったと思う。

 

美波なんかは「オープンしたらまた友達と来たい」とまで言っていた。

 

俺はもういいや。

 

だって毎日毎日大覇道かガンダムなんだもん、自分で楽しむにはさすがにコンテンツとの距離が近すぎた。

 

 

 

 

 

18:00の集合時間ちょっと前にエントランスホールに帰ってみると、招待客たちが勢揃いしていた。

 

みんな売店で売っている冒険者の兜っぽい帽子をかぶったり、ケモミミカチューシャをつけたり、風船の剣や盾を持っている。

 

というよりそういうのを持ってないのは逆にうちの家族だけだ。

 

佐久間まゆとそのプロデューサーはお揃いの冒険者装備を着ているが、プロデューサーの首にだけ真紅のリボンが巻かれていた。

 

呪いの装備かな?

 

黒井社長は銀騎士っぽいコスプレグッズをフル装備して、961プロのアイドル達から若干距離を置かれている。

 

全力で楽しんでるなオッサン……

 

きらりの店員たちは、家族連れの者は家族サービスに精を出し、そうでないものはグループになって回ったようだった。

 

 

 

「オーナー、このドラゴンって……」

 

 

 

と大覇道のドラゴン育成ゲームの画面を出してくるのはきらり店長の和久井女史。

 

このゲームにドはまりして大阪まで遠征に行った彼氏募集中の26歳だ。

 

 

 

「このビル限定のやつだね」

 

「そうよね、私捕まえちゃっていいのかしら?」

 

「いいよいいよ、どうせ来週オープンだし」

 

 

 

やったっ!と小さくガッツポーズを決めている和久井女史を見ながら、車好きな原田美世とヤンキーの藤本里奈が「よかったね〜」「ぽよ〜」と頷きあっている。

 

きらりの料理長である三船嬢と佐藤はクエスト用紙にコンパニオンに撮ってもらったチェキなんかを貼り付けて色々書き込んでいる。

 

ちなみにクエスト用紙は綺麗に持ち帰るための筒や飾るための額なんかが売店で売っているので、ああいう楽しみ方はこちらの想定した通りのものでもある。

 

色んな事を書き込んで楽しんで、そのまま思い出にしてもらおうというわけだ。

 

そのため羽ペン付きのバインダーは配ってもいいと思ったのだが、リピーターがどれぐらいになるかまだ正確に読めないので売店で安く売ることになった。

 

 

 

時間が来て、また大画面に浮かぶハゲのブルースが出てきて本日のプレオープンは終了となった。

 

その後は最上階の大食堂で食事会だ。

 

この大覇道グルメダンジョンに入っているすべての店がメニューを担当した、今日だけの特別なコース料理が出てきた。

 

大覇道の人気キャラクターにちなんだ皿が次々と出てきて、客達は大満足している様子だった。

 

料理人達は自分の皿を直接俺のところに持ってきて、しきりに感想を聞かれた。

 

あんまり美味しくなかったけど、相手のメンツもあるし「色がいい」とか「素材がいい」とか「食べられる」とかやんわりと褒めることになり。

 

結局それが今日一日で一番疲れる時間となったのだった。




次は早めに書きます

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