靴底が溶けそうなぐらい暑い2015年8月。
武内P、そしてセンター本田未央の率いるPOS25(パワーオブスマイル25)は『アイドルマスター MY GENERATION』の予選を順調に勝ち進んでいた。
7月後半の大阪での一戦は辛勝、8月はじめの仙台での一戦は圧勝。
強力なリーダーと密度の濃い練習で波に乗り始めた少女達は、ごく短い間に爆発的な成長を果たしていた。
2曲の持ち曲が彼女達のポテンシャルを十分に発揮できる出来栄えだった事も、にわかに高まる人気を後押しした。
釣瓶撃ちのように狂気のアピール合戦が繰り広げられる『Yes! Party Time!!』は「最高にうるさい」とSNS で話題になり。
島村卯月の狂気の籠もった歌唱が映える『BEYOND THE STARLIGHT』もじわじわとYouTubeの再生数を伸ばしていた。
そして今日、決勝進出の可否を分けるPOS25にとって最後の予選が行われようとしていた。
「しかし、あなたが予選を見に来るとは思いませんでしたよ」
「俺はきらりの兄貴だよ」
ライブハウスの薄いコーラの氷を噛み砕きながらそう言う高峯勘太郎に、武内Pはそうですかとだけ答える。
アイドルマスターの企画自体を生み出したサギゲームス代表取締役社長の登場に、会場はどうしようもなくざわついていた。
出演するアイドルのマネージャーやプロデューサーはこぞって挨拶にやってきて名刺を置いていき、ゲームのファンの中にはサインを求めに来る者までいる。
アイドル達は緊張でガチガチになっていっそ可哀想なぐらいだったが、POS25の士気はいつになく高まっていた。
「乃々、あたし変なところないか?」
「ないですけど……」
向井拓海がメンバーの森久保乃々にその質問をするのは今日5度目のことだった。
長い黒髪を七三分けにした前髪のどこが気に入らないのか、指でいじっては同じ質問を繰り返していた。
「だいじょーぶ☆拓海ちゃんきれいだにぃ」
「ていうか拓海ちゃんは髪より胸の方が見られるんじゃない?」
そうチームメイトの諸星きらりと双葉杏が言うが、やはり拓海は髪が気になるようで、決まらない髪型に口先を尖らせている。
「私トイレ行ってくる」
「今みくが入ってるよ」
「これほんとにあたしの靴?」
「プロデューサーどこ?いないんだけど」
耳が痛くなるような喧騒を貫くように、みなさん!と声が上がる。
視線の集まった先にはゴールドのスパンコール衣装をきっちりと着こなし、背筋をピンと伸ばした島村卯月が立っていた。
「今日は最後の予選です。
この25人が揃う事は、今日限りでもうないのかもしれません。
当然の事です。
私達は仲良しクラブで集まったわけじゃあありません、勝つためだけに集まった25人なんです。
みんなこれまでアイドルとして活動してきて、様々な評価を受けてきたと思います。
でも、全部忘れてください。
勝たなきゃ全部糞です。
勝たなきゃ何も残りません。
負けたら多分人は言います、いいところまで行った、頑張った、凄い、と。
そんな慰めには、なんの価値もありません。
記憶に残る、思い出に残る、そんな言葉……あえて言います、ゴミカスです。
誰かナポレオンが戦争で勝った相手を覚えていますか?
彼に善戦した相手だっていました、でも今は歴史の教科書にも載っていません。
そういう事です。
勝ち犬だけが!
勝者だけが!
人の記憶に!歴史に残るのです!!
……今日の相手の3グループ。
悪いですが叩きのめします、ぶち倒します、完膚なきまでにすり潰します。
それで皆さん、勝って帰るのは誰ですか?」
「ぴ、POS!」
島村卯月の問いに、最前にいた城ヶ崎莉嘉が答えた。
「最強のアイドルは?」
「「「POS!!」」」
「高峯社長が見に来たのは?」
「「「「POS!!」」」」
答える声が大きくなっていく。
「頂点に立つのは?」
「「「「「POS!!」」」」」
「宇宙最強の勝ち犬は!?」
「「「「「「POS!!」」」」」」
「勝ちに行きますよ!!!」
「「「「「「「おおー!!」」」」」」」
この日のライブビューイングの視聴者数は5万人、総得票数3万5千票。
そしてPOS25の得票数は3万票。
宣言通り、完膚無きまで相手をすり潰しての勝利だった。
…………
8月中旬、サンサーラでは製作中の映画『機動戦士ガンダムⅢ』についての緊急会議が行われていた。
「だからこのジオングにララァ・スンの残留思念が乗り移って、合成音声ソフトウェアをハッキングした事にすればいいのよ」
「歌を入れるためだけに筋書きを変えるのはやりすぎです、もうそこらへんは半分作画終わってるんですよ」
喧々諤々とした喧嘩のような会議が始まった発端は、サギゲームスが作ったボッカロイドというソフトウェアだ。
要するに合成音声に歌を歌わせるソフトなんだが、そのサンプル曲を盟友の武田蒼一プロデューサーに発注したのだが。
上がってきた曲をたまたま聴いたガンダムの監督ジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子が「どうしてもガンダムのラストシーンに使いたい」と言い出したのだ。
一応サギゲームスとサンサーラは全くの別会社だし、ガンダムⅢはもう最終場面の映像も含めたプロモーションも始まっている。
色々な事情を鑑みて「それは無理です」と制作進行のトップから物言いが入ったのだが、監督が折れないのだった。
「ガンダムのビームライフルに撃ち抜かれたジオングヘッドからバァーっと火花が散る中、殴り合いをする安室とシャア!それを窘めるかのように流れる歌!二人は冷静になり同じ女の死を悼む……完璧なラストでしょ!」
「大覇道のアニメやってる最中ですよ!?ビルドバトルファイターズのTVアニメも後につかえてるんです!これ以上ガンダムⅢにチーム割けません!!」
「別にスケジュール余裕持ってやってんでしょ、他の会社なら全然いけるスケジュールじゃない」
「うちは他と違って労基法に則った会社なんですよ!!」
話は平行線だ。
「大覇道とビルドバトルの方外注に出しちゃえよ」
俺はもうめんどくさくなった。
これまでガンダム三部作はこだわりを持って完全に社内制作でやってきたが、忙しいなら他のアニメは社外に振ってもいいだろう。
「いいんですか!?」
「ガンダム三部作以外はもうどうでもいいよ」
機動戦士ガンダムⅢが公開されれば、わざわざサンサーラを作ってまでやりたかった事は終わりだ。
あとは社員達が舵を取っていけばいい、俺はそう思っていた。