エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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書いたの忘れてたやつが出てきました。

2015年の2月の話です。


バレンタインのない世界

発端はあるテレビ番組だった。

 

 

 

「新田美波さんは、何か旦那さんとのロマンチックなエピソードとかあるんですか?」

 

「あのお金持ちの」

 

「そうそう」

 

「やっぱりジュエリーもろたりとかね、あと億ションもろたりとか、あとお金もろたりとかね」

 

「お金持ちのイメージが貧困すぎるでしょ」

 

「そのぅ……私もよくわかってないんですけども。毎年2月の14日にですね、夫が真剣に作ったチョコレートをくれるんですよね」

 

「そういえば新田さんの旦那さんは天才料理人でもありますものね」

 

「その日はなんかの記念日なん?」

 

「子供の頃から毎年くれるので深くは考えてなかったんですけど、昔の日記を読み返してみたら……どうやら私と夫が初めて会った記念日じゃないかと」

 

 

 

キャアアアア!!とスタジオが黄色い声で沸く。

 

 

 

「あと……一度、10歳ぐらいの頃ですかね、チョコレートでできたティアラを貰ったんですよ。あれには母も大興奮で『勘太郎くん、私にもくれない?』って言ってみたら、次の日には真ん中におっきく『義理』って入ったティアラが届きました」

 

「めちゃめちゃおもろいがな!」

 

「本命のチョコと義理のチョコがあるってことですね、愛されてていいわね」

 

 

 

この動画がTwitterに無断転載され、何十万リツイートもされてからだ。

 

俺の周りに『2月14日にチョコレートのイベントをやりたいんですけど』と打診が届き始めたのは。

 

もちろん俺としては『勝手にやってくれ』としか言いようがない。

 

俺の個人的なノスタルジーをこの世界の人に説明するのは不可能だからだ。

 

俺がチョコの作り方を教えるような番組をやりたいなんてディレクターもいたが、雑に断った。

 

テレビなんか出たくないし、チョコの作り方だってクックパッドにいくらでも載ってるからだ。

 

そうやってのらりくらり逃げていると、2月の寒い日に俺の嫁さんの美波の方から話が回ってきた。

 

 

 

「ごめんね勘君、学校の友達と先輩と後輩がね……どうしても勘君にお菓子作り教えてほしいんだって」

 

 

 

曰く、美波の友達達にとってはあの新田美波のロマンチックなエピソードと、その当事者の俺というのがキーポイントなのであって。

 

他の人に教えてもらったのではご利益がないのだそうだ。

 

友人の旦那を便利な脚立ぐらいに思ってるのか知らないが、なかなか図太い話である。

 

俺としてはいつも支えてくれている嫁さんにこう頼まれたらもう降参、打つ手なしだ。

 

こうして俺は恋と性欲に滾った30人弱の女達に、わざわざチョコレート菓子の作り方を教えることになったのだった。

 

日程は2月13日、場所はたまたま借りられた知り合いの料理学校の教室。

 

どこから聞きつけたのか知らないが、テレビカメラを回したいという打診もあったのでカメラも入れた。

 

面倒事は1度で終わらせるに限る。

 

 

 

『皆さん、生クリームとチョコレートは上手く混ざり始めましたか?さっきも言いましたが、焦がさないように弱火でじっくりやりましょう』

 

 

 

俺がそうマイクで話すと、会場の女学生達から「やだー」とか「どうしよ〜」とか声が上がる。

 

生クリームとバターとチョコレートを混ぜてガナッシュを作るだけでこの騒ぎだ、さすがに先が思いやられる。

 

こんなことならば面倒ではあるがガナッシュ作りも湯煎でやらせれば良かった。

 

ちなみに今日は飯屋きらりから三船嬢とサンサーラから財前さんが来て、生徒たちのサポートに回ってくれているのだがさっきから二人ともフル稼働だ。

 

日野さんはサンサーラで飯番。

 

みんな散々失敗しながら2時間もかけて作り終えたガナッシュを冷蔵庫に入れ、今度はパウンドケーキの生地作りに入る。

 

パウンドケーキを作るのは簡単だ、材料を混ぜて型に入れて焼くだけだからな。

 

簡単なのだ、簡単、簡単……なはずだったのだが。

 

俺は料理のできない人間というのを舐めていたのかもしれない。

 

13時に始まったこの講義だが、パウンドケーキを焼き始められたのは18時を回った頃だった。

 

仕方なく食事休憩を挟み、パウンドケーキをコーティングしたり余ったガナッシュでトリュフを作ったりして解散は22時。

 

予想外にハードな1日となった。

 

しかし始めて自分でお菓子を作った女学生達の心から嬉しそうな顔を見られたので、まぁ良しとしようか。

 

そして俺がお手本に作ったパウンドケーキやトリュフは大人気で、瞬く間に女性たちのお腹に収まってしまった。

 

 

 

「もしこんなの貰ったら気がなくても好きになっちゃうよね〜」

 

「ほんとおいし〜、カフェやったらいいのにね〜」

 

「ねぇ〜」

 

「行く行く〜絶対〜」

 

 

 

彼女たちはそんな事を好き放題言いながら食べていたが、そんな暇ねぇよ!

 

もしかしたら俺の事を料理の上手い美波のヒモぐらいに思ってるんじゃなかろうか。

 

そして教室に残された大量の失敗作や余った材料をなんとか食べられるチョコへと作り変えたところで日が変わり、俺は徒労感に苛まれながら家へと帰ったのだった。

 

 

 

ちなみに廃材利用チョコは翌日の飯屋きらりで配る事になった。

 

女性客達は「もらうもらう〜」「ロマンチックよね〜」とニコニコ笑顔で帰っていき。

 

男性客達も。

 

「俺甘い物あんまり好きじゃないんだよね〜」

 

なんてにやけて言いながらも、断る人はいなかったのだとか。

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