『マッドコインは人を狂わせる』
そういうコピーが表紙に乗った有名ニュース雑誌がアメリカで刊行され、話題になっている。
もちろん悪い意味でだ。
元々マッドナルド及びマッドコインという事業は、金持ち向けにオークションで食事権を販売するというあまり社会公益性のないものだったのだが。
9月の分のマッドコインが「世界一高額な食事代」としてギネス記録に残されたあたりから風当たりが強くなってきた。
日本ではそうでもない、俺はそこそこ有名だし、そもそも若き銭ゲバソシャゲー王としてあまり評判が良くないからだ。
細かい事でしょっちゅう叩かれていて、ある意味ガス抜きができていたという言い方もできるだろうか。
問題は海外、特にアメリカからの批判が猛烈だった。
うちなんか個人経営かつ引きこもり体質で株式非公開の小さい会社だ。
従業員数は驚きの3人だぞ。
英語での非難の電話がコレクトコールでかかってきたり、長文の謎言語激おこメールが届いたり、知らない外人の親戚が訪ねてきたりしてもうパンクして地面を滑ってるような状況だ。
「寄付をしないと神の怒りが下るぞ!」って超高圧的に言ってきた自称社会派団体とかもいたが、俺の信じる神ではなかったので遠慮させてもらった。
そしたら神をも恐れぬ男として俺の写真が火にくべられたらしい、こわい。
とにかく大ピンチだ。
波乱を呼ぶ呪いの金貨であるマッドコイン、その9月分を落札したのはアメリカのヤンキーおやじだった。
「ハンバーガー」
メールにはそれだけ書いてあったらしい。
俺は近所のハンバーガー屋のメニューを参考に食材を用意して、自家用ジェットでやって来るアメリカの不動産王を待ち受けた。
前世のマクドナルドのメニューっぽく写真と説明を並べたプレートを作って見させたんだが、奴は迷いなく1番野菜が少なくて肉が多いのを選びやがった。
舐めているのか俺のメニューを見てニタニタ笑いながら「とんかつマッドブーグーだとよ、誰か正しいスペルを教えてやれ」とか言っている。
まぁ取り巻きの連中も同じものを選んだので作るのは楽だ。
ビッグマック風のハンバーガーとフライドポテト、それと自家製コーラをサーブしたら後はテレビでも見てるだけ。
ボロい仕事だぜ。
その後もウェイターの子は何度か追加の注文を持って戻ってくる。
よく食うオヤジ達だなと思いながら言われるがままに作っていたのだが、ある時なにか怒鳴り声がしたと思ったらウェイターが厨房に走り込んできた。
「全メニュー持ってこいって言ってます!」と全部のハンバーガーにサインペンで丸がつけられたメニューを俺に突き出す。
どんだけ食うんだよ!
結局ほとんどあるだけの肉を食い尽くした、グーフィーだかロナウドだかっていうアメリカ親父と仲間達は大満足で俺にハグして帰っていった。
「うちのママより料理が上手いやつに初めて会ったぜ!HAHAHA!」と豪快に背中を叩かれたけど、100ドルもチップ貰ったからまぁよしとする。
だが俺は良くても世間は良くなかったらしい。
【60を超えて料理に感動する事があるなんて信じられるか?
言うやつはよくいるな。
『感動した!』
『これまで食べた中で一番美味しい!』
『神の作りたもうた美食だ!』
そんな思ってもいない事を、おべっかやポジションのために平気で言う。
世の中はそんな奴らばっかりだ。
私は今までそういう奴らを白々しく思ってきた。
飯が美味いってのは素材が美味いって事だ、金さえかければどこで食ってもたいして変わらないと、長い間そう信じていた。
だが驚くほど美味い肉も、とろけるような美酒も、皇帝すら唸るような珍味も、頭から消えて吹っ飛ぶような体験を日本でした。
日本に向かう前はビジネスだけの関係だった私と仲間たちは、今やジョン・ハンニバル・スミスとその仲間達のように仲睦まじい。
あの時あの場であの料理を共に口にした、それだけで誰よりも信用に足るような気さえしている。
私とその数人以外、ステイツでは誰もとんかつマッドブーグーの味を知らない。
それが今回私が払った目の玉が飛び出るような大金の対価だ。
これは全く素晴らしい、全くフェアな対価だ。
一生食べられないであろう哀れな庶民のために、せめてとんかつマッドブーグーがどういう料理か教えてあげよう。
香ばしいハンバーガー用のバンズに、キャベツとポークカツレツを挟んでソースをかけただけ。
真の美食とはそういうシンプルなものだ。
とはいえ私もなぜそんなものが美味いのかわからないから、何度も何度もおかわりをして食べた。
ウェイターに『コカインが入ってないかシェフに聞け!』と何度も言った、帰国してから検査も受けた、私はクリーンだ!
ウェットなのにドライ、ホットなのにコールド、チープ故に完璧、不思議な料理だった。
食えば食うほど空腹になっていくようで、大の大人が四人して一歩も動けなくなるまで食べた。
バドワイザーを飲み、幸福と共に眠った、
ステイツに帰ってきて、あまりの喪失感にゾッとしたよ。
この国にはカンタローがいない、とんかつマッドブーグーもない。
他の国の人間を羨ましいと感じたのは生まれてはじめてだ!
そしてギネスの認定員には気の毒だが断言しておこう、マッドコインの値はここからまだまだ上がる。
いいか!貧乏人は口を出すなよ!
食の喜びを諌める権利など、神にしかないのだからな!】
アメリカのオッサンが帰ってからこんなインタビュー記事がネットメディアに公開され、マッドコイン叩きは更に加熱した。
無責任に騒ぎまくるゴシップメディアと、日本にアメリカの金が流れるのが気に入らない奴ら、そしてインテリ乞食共が混ざり合って大変な騒ぎだ。
俺の事をCIAが狙ってるなんて話から、俺への殺害予告、ヴィーガン団体による過激な抗議パフォーマンス。
ここまでやられるともう笑うしかない、俺とちひろはもう言われるがままにして全てをほったらかしていた。
税金は払ってるのだから本来は文句なんか言われる覚えはないのだ。
しかし、なんでこんな事になったかなぁ。
「成り上がり小僧の荒稼ぎと言われてもなんの文句も言えない金額ですし、社長は後ろ盾がないから叩きやすいんですよ」
とちひろが正論めいたことを言うが、叩きやすいからと叩かれたんじゃあたまったもんじゃない。
「慈善事業でもやって目を逸らしましょうか?」
「どこの団体も経理が不透明だから寄付は嫌いだし、海外から叩かれてるのに日本でなんかやってもしょうがないだろ。」
「寄付が一番簡単なんですけどね〜」
「そうだ!
アメリカは元兵隊の地位が高いっていうじゃないか。
ああいう人らのための義肢とかの研究に投資するってのはどうだ?」
「まぁ悪くはないですけど……なんでそこに行きつくんですか?」
「ほら、ああいうのってもし儲かってもいくらでも儲かってないように見せれるじゃないか」
金をドブに捨てるのは嫌だが、人の役に立ってリターンも見込めるならまだ我慢もできるというものだ。
「そうですかねぇ……?まぁそうおっしゃるなら投資してみましょうか、そこに文句をつける人はいなさそうですしね」
「じゃあとりあえず税金分抜いて今までのマッドナルドの儲けの6割を投資に回してみてくれ」
「あとはメディア担当をちゃんと雇って会見とかをやらせましょう、マッドナルドも部署を作って大きくしていかないとそのうち私も社長も倒れちゃいますよ」
「それは性急に進めよう……」
やむにやまれず小さく始めたマッドナルドという会社が、自分の携わる生涯の事業の中で1番巨大に成長していく事を、この時の俺は想像もしていなかったのだった。
書いてから「別に書かなくてもいい話だったな」と思いましたけど、せっかく書いたので上げておきます。