エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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一部絵文字を使ったので、その部分は画像にて


第26話 これ一皿百万円

アイドルマスター MY GENERATION決勝戦から数日、俺と武内君はKTRが曲を提供するパワーオブスマイル25のアルバムの打ち合わせを行っていた。

 

 

 

「どうだった?会社の方は」

 

「なぜか常務に……いえ、専務にはラーメン屋に連れて行って頂きましたよ『アイドル事業部をよろしく頼む』と言われました」

 

「そうか、出世したのか美城社長の娘さん」

 

「結果的にうちの会社のアイドル事業部の大勝利でしたから、私もまだ若輩の身ですが部長職に昇進させて頂きました」

 

 

 

武内君はそう言って真新しい名刺を俺に差し出した。

 

 

 

「部長に……ああ、直上の上司が美城専務だったもんな」

 

 

 

まじまじと名刺を見るが、なまじ自分が社長なんてのをやってると30前で部長っていうのが凄いんだか凄くないんだかわからなくなってしまう。

 

前世ではバイト上がりの万年平社員だったしな。

 

 

 

「じゃあこれで美城のアイドル関係は自由に采配できるようになったわけだ」

 

「そういうわけではありませんが、まぁある程度ならば……」

 

「いつからアイドルちゃん達を練習に寄越せるんだ?武田Pが半年はかけたいって言ってたぞ」

 

「さすがにそれは……アイドル達が今のコンディションを維持できるのは2ヶ月といったところでしょう」

 

「ならいつも通りだな」

 

「いつも通り……ですか」

 

「ああ、1ヶ月か2ヶ月は缶詰だ。もううちの会社がスタジオおさえてあるから、アイドル達を順次よこしてくれ。仕事はともかく、悪いが学校は休んでもらうと武田Pが言ってたぞ」

 

「普通は……逆なのですが」

 

「高校なんか辞めさせたっていいぐらいの事だと思うけどね」

 

「全員が芸能界に残れるわけではありませんので」

 

「真面目だね」

 

「人のお子様の人生を預かる仕事です、当然の事かと。ところで……今日はなぜこんな場所で打ち合わせを?」

 

 

 

俺と武内君は大覇道グルメダンジョンビル内の『ドキドキ♡セレブクルーザー』という所謂執事喫茶にいるのだった。

 

 

 

「ここのホットサンドが悪くなくてね」

 

「たしかに本格的な味ですが」

 

 

 

名物メニューはバニラアイスとホイップチョコレートが絶妙にとろける甘味系のホットサンドと、シンプルで飽きない卵のホットサンドだ。

 

ビルの低層階にあるので、意外と近場の会社のOLなんかが朝食べに来るらしい。

 

元サンサーラの作画が開いた店で、ここの看板メニューはサンサーラ料理番の日野茜が教えたものだ。

 

彼女は舌が雑だがセンスはいい、味はともかく『うまそう』な料理を作る。

 

もう一人の料理番の財前時子は中身も見た目も綺麗に作ろうとするからな、ありゃ店を持ったらやっていけないタイプだ。

 

 

 

「できればもう少し静かな店がいいですね」

 

「まぁ執事喫茶はちょっとうるさかったかな」

 

「身の置き場が……少し」

 

 

 

武内君はとろけそうな表情でイケメン執事にオムライスを食べさせてもらっている妙齢の女性達を、居心地悪そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

9月末日の晴れの日。

 

マッドコイン騒動でマッドナルドの仕事が機能不全に陥ったのは痛かったが、起きてしまったことはもう仕方がない。

 

せっかく普段忙しくしているちひろの体が空いたので、俺は家族サービスのためにバーベキューを行っていた。

 

そのちひろが誘ったので、サギゲームスとサンサーラ、おまけにきらりや美城の暇そうな奴らも集まってきていて、陣取った浜辺のバーベキュー場は大賑わいだ。

 

 

 

俺はもちろん今日も料理だ、担当するメニューは羊の丸焼き。

 

ホームセンターで買ってきた材料で組み立てた丸焼き機に羊を固定し、ハーブや塩やにんにくなんかを刷り込んでゆっくりじっくり遠火で焼いていく。

 

運搬は免許取ったばっかりの美城のヤンキー向井拓海が手伝ってくれた。

 

うちのフォレスターは俺と嫁さん4人でもう一杯だからな。

 

中古で買ったらしいギャルソンのホイール入りのハリアーに、羊一匹分の肉を載せてくれた彼女には素直に感謝だ。

 

他の奴らが酒を飲みながら持ち込んだエンジン式発電機でゲーム大会やDJなんかをやってる中、俺は社員が交代で回す肉の様子をちょいちょい見ながら嫁さん達の飯を用意する。

 

それも多めに作って机なんかに置いておくと、欠食社員たちが寄ってきてあっという間に食い尽くされていく。

 

 

 

「これ一皿百万円〜」

 

 

 

なんてサンサーラの社員が焼きそばを持って笑ってるが、百万じゃ済まないことは黙っておこう。

 

 

 

「あなたの料理だけは秋になっても飽きそうにないですね」

 

 

 

妊娠して味覚の変わった楓にも、俺のチートは完全対応していて助かる限りだ。

 

パエリアをつついて上機嫌に言いながらも飲んでいるのはノンアルビール、あと半年ぐらいは酒は我慢してくれ。

 

 

 

「肉が食べたいぞ〜」

 

 

 

と瑞樹が箸を振り上げると。

 

 

 

「勘君お肉お肉〜」

 

 

 

と美波がドクターペッパーの缶を同じように振り上げる。

 

そしてちひろはせっかくの休みなのに忙しそうに動き回ってくれていた。

 

 

 

「社長!こっちの炭温めておきました」

 

 

 

嫁さん達のリクエストに苦笑しながらホルモンを焼いていくが、プライベートでは社長はやめてほしいなぁ。

 

 

 

「社長っ!羊もいい感じですよ!」

 

 

 

社員達が回す羊の前に陣取って楽しそうに炭の番をしている向井拓海も、俺の事を社長と呼んでくる。

 

俺は君の会社の社長ではないのだが。

 

羊は末端の皮がパリッとしてきているが、俺のセンサーではあとしばらくかかる。

 

しきりに「味見しなくていいんですか?ちょっとだけでいいですから」と言う社員に「もうしばらく回しとけ」と伝えてソース作りに入る。

 

サルサ、チリ、玉ねぎ入りのビネガーソース、色々用意したが俺が好きなのは醤油ぶっかけて大口開けてかぶりつく事だ。

 

ワイルドな料理はワイルドな食い方が一番美味いからな。

 

 

 

それからしばらくして、俺のセンサーが焼き上がりを告げる頃には肉の周りにはわらわらと人の群れができていた。

 

優秀な腹のセンサーを持っているやつがいるらしい。

 

牛刀包丁で羊の足にサクッと切り込みを入れると、皮と肉の間の油がジュワッと染み出してくる。

 

一番いいところを炭火で焼いたパンに挟みソースをかけて嫁さん達に渡し、次に切り出したものを向井拓海に渡した。

 

そうしてから先頭にいた社員に包丁を渡すと、餓鬼と化した社員達があっという間に肉に群がり、15キロほどあった羊が骨に変わるまで1時間もかからなかった。

 

瑞樹や美波なんかが「ん〜っ!皮がパリパリ!」なんて言いながら笑顔で食べていると、羊の肉は凄くオシャレな食べ物に見えるのだが。

 

飢えた社員達が外した羊の肋骨をしゃぶるように食べている様子はさながら野人の食卓だ。

 

俺はこの世界にも厳然と存在する女子力格差に心で涙を流しながら、羊の骨で出汁を取ったカレーを野人達に振る舞ったのだった。

 

 

 

 

 

道路が落ち葉で一杯になる10月。

 

飯屋きらり2号店がオープンした。

 

店長は佐藤しゅーがーはぁと心。

 

店員は社員に内定したらしい原田美世とバイトのヤンキー藤本里奈、あとは現地で雇うそうな。

 

名前も『飯屋こころ』にしたらどうだ?と言ってみたが、強く拒絶された。

 

最近はきらりインスパイアのラーメン屋が増えてきて色々とややこしいそうだ。

 

だいたい飯屋きらりではラーメンを出してないのにインスパイアも糞もなかろうが、佐藤曰くきらりはルーツとして尊敬されているらしい。

 

 

 

せっかくなので、10月のきらりのお客様感謝デーではまたラーメンを出す事にした。

 

悪いが出すのは家から近い飯屋きらり本店だけだ、佐藤の文句は受け流した。

 

スープは豚骨で、醤油を混ぜた豚骨醤油。

 

麺は自家製でちぢれのないプリップリの太いストレート麺。

 

焼豚は豪華に3枚、煮玉子に、彩りのためにほうれん草と焼き海苔を乗せた。

 

なんか、前世でもこういうラーメンを食べた気がする。

 

 

 

「ご飯が欲しくなりますね」

 

 

 

試食をしていた和久井女史の意見を取り入れてライスはお代わり自由にした。

 

 

 

「オーナー、美城常務に先に食べてもらったほうがいいですよ。あの人未だに毎週毎週『ラーメンはやらないのか』って聞いてきてますから。食べ物の恨みは怖いですよ」

 

「あの人専務に昇進したらしいぞ、まぁ先方の都合が合うならいいけどね」

 

「電話したら今からでも来ると思いますよ」

 

 

 

果たして専務はすぐにやってきた。

 

自家用車らしいハードトップのZ4から降りてきたその右手には紙袋。

 

どうもラーメンを食べる用のジャージを常に持っているらしい。

 

トイレで着替えて出てきた美城専務は、髪の毛もバッチリ後ろに纏めた戦闘モードだった。

 

 

 

「では、いただこうか」

 

 

 

そう言ってから一気呵成にラーメンを吸い込み、時々何事かを呟いてみたり一筋の涙を流してみたりと忙しくリアクションをして。

 

結局ラーメン2杯とライスも一杯平らげて帰っていった。

 

よくわからんが、ともかくこれで厄落としも済んだわけだ。

 

 

 

「あっ、美城専務にラーメンの話をネットに書かないように言うのを忘れました」

 

「別に好き放題書いてもらったっていいよ、そんな大げさな」

 

「いや〜、美城専務って実はその筋じゃ有名なんですよね……」

 

「その筋ってどの筋なの?美城専務もプライベートでは単なるラーメン好きのお姉さんだろ」

 

「オーナーがいいならいいんですけど」

 

 

 

3日後の朝、宣伝もしてないのに駅から店まで続く行列を見た俺は、この時の判断を深く後悔することになるのだった。

 

 

 

 

 

ラーメン界の(ある意味)有名人、シロさんのレポ

 

 

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