エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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第4話 借金とバーベキュー

なにやら夏に作ったCDが売れているらしいが、どちらにせよ印税が入ってくるのは翌々月との事なので8桁借金マンの俺がかかずらっている余裕はないのだった。

 

味見以外でひさびさにゆっくり顔を見せた飯屋きらりでは「借金返すために奔走してるらしいけど店の金を使い込んでないか」とエクスペンダブルズから心配されてしまった。

会社を潰したとはいえ経営経験のある和久井女史はあんまり心配していないようだったが、もう受験勉強をしたくない三浪女子佐藤がナーバスになってるらしい。

ショタコン三船はなにやら個人的にも勉強してめきめき料理の腕を上げているらしく、和久井女史から「他の店に行かれないためにも固定で調理主任にするのもいいかもしれないわね」とアドバイスをされた。

逆に家庭の経済基盤が自分にない男たちは気楽なもんだ。

ニート本田には「中学生なのに借金してまでやりたい事があるのは凄い」と呑気に言われた、こいつは最近店の客といい仲になって結婚した。

親父さんから親父経由でまたお礼を言われたんだが、勝手に働いて勝手に更正してんだからこっちからすれば楽なもんだ。

ヒモ男は「僕も昔借金して中古のジレラを買ったことがあるよ、免許は取ったことないけどね」とかピントのズレた事をのたまっていた。

近頃は彼がヒモから脱却して経済的に安定したのはいいが、今度は逆に飼い主の方が情緒不安定になっているらしい。

男と女の事はほんとに複雑怪奇だ、俺も前世と今世で合計40年以上生きてるのに全く理解できる気配がない。

 

そんなエクスペンダブルズが働いている飯屋きらりも来月で開店一周年記念という事で、イベントをやることにした。

残業代を出して閉店後に残ってもらい、意見を交換したのだが。

和久井女史は「新メニューを増やした方がいいわ」と正統派。

佐藤は「ユニフォームをもっと可愛くした方がいい」と変化球。

三船は「子供向けメニューを作って、ファミリー層を呼び込みましょう」と欲望ダダ漏れ。

本田は「リピーター……多いス、還元するのにポイントカードとか……」と真っ当な事を言い。

ヒモは「関係ないけど店員増やしてもいいんじゃない?」とほんとに関係ない意見。

 

せっかくだから盛り込めるだけ盛り込んでみることにした。

まずは新メニューに唐揚げ丼を用意。

これはファミリー○マートのファミ○チキからヒントを得た。

前世で少しバイトした事があるが、ファミチ○キは冷凍したままフライヤーに放り込んで作るのだ。

つまり冷凍保存しておいた唐揚げを出す前に揚げて提供すれば、作り置きができて手間もかからず廃棄もない実にいいメニューだ。

なんなら冷食としてお持ち帰り販売してもいいかもしれない、味を整えるのは俺だからあんまり手広くやりたくはないけど。

なぜ唐揚げなのかというと、これはうちの姉が唐揚げ好きだからだ。

俺が休日に寝ていたりすると「……貴方、仕事をしなさい。私のために」とか言って飯を作らせるのだ。

何がいいかと聞くと「鶏肉も……熱油にさらされれば揚がってしまう。それでも信じる……?」とか言いつつポーズをとって俺が唐揚げを作るまで厨二病丸出しで絡んでくる。

これからは唐揚げが食いたい時はきらりに行ってもらえばすむ話だ。

 

ユニフォームに関しては、支給はするけど着用は自由という事にした。

可愛いユニフォームと言われても飯屋のキッチン用だからな、なかなかないし、あっても高いから気に入るものを個人で探して欲しい。

 

ポイントカードはすぐに業者に発注。

やたらとリピーターが多いから、1食1ポイントの50ポイントで交換制にした。

正直ポイントカードなんかなくても客は来るから、これはヘビーなきらりファンへのご褒美だ。

もちろんきらりファン向けだからグッズもきらりのグッズ。

地上に舞い降りた天使高峯きらり(12)の写真集と、サイン入り飯屋きらりTシャツ、オリジナル曲CDの中から選んで交換という事にした。

よくわからんがニート本田の言うことには意味不明すぎると話題になったそうで、後日ネットのニュースサイトに取り上げられていたそうだ。

別に客が欲しがらなくても俺が欲しいグッズだから問題はない。

 

あと店員を若干名募集すると店内に貼っておいた、新メニュー開始に伴って人員が足りなくなってきたのは事実だしな。

キッチンはかなり広めに作ってあるから調理人が増えても大丈夫だ。

面接はエクスペンダブルズのリーダー的存在である和久井女史に全て任せた。

 

子供向けメニューは保留だ、今でも四席のテーブルに相席させまくってるのにファミリー層が来ても座れる席がないしな。

第一うちの店内は何か知らんが客同士のロットバトルだか早食いバトルだかで殺気立ってる事が多いし、子供が来ても泣いて帰っちゃうかもしれない。

 

 

きらり一周年イベントの打ち合わせが片付けた俺は後の事をエクスペンダブルズに任せ、まだまだ残暑厳しい町を離れキャンプ場に向かっている。

幼馴染の高垣楓の運転する型落ちのフォレスターは、アホみたいに詰め込まれた荷物と4人の搭乗者をものともせず元気にアスファルトの上を疾走していた。

しょっちゅう高校をサボって出席日数ギリギリだった高垣家の楓さんも去年無事に高校を卒業して、かなりいいとこの大学に入学した。

先日、家と家の話し合いで俺との婚約が決まった彼女は上機嫌でステアを握っている。

前世の自由恋愛至上主義的な価値観からすると違和感があるのだが、今世の結婚は恋愛結婚よりも家と家の間で話がまとまる結婚が圧倒的に多いのだ。

なんせ男が少なすぎる上に法律的には重婚不可なので、恋愛結婚で嫁が増えると容易に女同士の殺し合いに発展してしまう。

そこで家と家の契約を通して結婚させ子供を増やす事により、これまで人口を維持してきていたわけだ。

自身が正妻となっても、家と家の事ならば熱した鉛を飲み込んだつもりで我慢すべしという教育が女の方にはされているらしい。

男への教育は前世とあまり変わりないのだが、自由恋愛の範疇なら誰とヤッてもいいけど、基本的に家と家の折り合いのつかない結婚は完全NGだ。

男はある意味最高に気楽で最高に融通が利かない立場なのだ。

 

ちなみに俺と美波とも楓さんとも、どっちも家と家の婚約だ。

美波の実母はプラント系超大手の幹部だし、楓の実家は明治の初めから続く老舗の寿司屋だ、家系的には俺の家が一番重みのない成り上がりなのだ。

子供の頃から知っている間柄だから正妻の美波と楓の間に確執は少なく、ゆくゆくは同棲してもいいという話にもなっているらしい。

男は完全ノータッチだ、そういうものなのだ。

今日はそんな俺と美波と楓と、楓の友達の千川さんでのキャンプだ。

千川さんは楓に連れて行かれてからずっときらりの大ファンらしい。

「ヘロイン中毒者がヘロインを注射するのが大好きなのと同じように、私もきらりのカレーを愛してるんです」とワイアードの記者のような事を言っている。

恐らく楓さんは俺が料理をすると言って連れてきたんだろう、楓さんと同い年の20歳が小学生のようにワクワクしている様子だ。

美波と楓は助手席と運転席で仲睦まじく学校の話をしていた。

 

昼前に浅い河が隣にあるタイプのキャンプ場に着いた。

女性陣にテントやらなにやらを任せ、俺は借りてきたバーベキューグリルに火を入れたりして料理の準備を始めていた。

色々とキャンプ場でやるのが面倒くさかったので下準備をした野菜を圧力鍋に入れたものを2つ作り、それをそのままクーラーボックスに入れてきたものを取り出した。

水をくわえて味を整えながらスパイスと小麦粉を入れて煮込み、その間にコストコで買ってきた巨大な豚のスペアリブをそのまま切らずに甘辛いソースをハケで塗りながらじっくりと焼いていく。

むわっと広がる肉の香りを嗅いだ女性陣に「味見してあげる」とちょっとづつ削り取られ若干小さくなった肉が焼きあがる頃には圧力鍋のカレーも完成した。

「そういえばお米がありませんね」と言う千川さんにニヤっと笑って見せながら、俺はおもむろにクーラーボックスから焼きそばを取り出した。

そうして福島県の名物料理、カレー焼きそばが完成する頃にはなぜか遠巻きにギャラリーの輪が出来上がっていた。

大きく切り分けたスペアリブを焼きそばの上に乗せ、カレーをかける時には「おお……」とか「ううっ……」とかギャラリーからうめき声が聞こえ。

それを女性陣ががっついて食べ始めると、小さなため息が沢山聞こえてきた。

俺は自分の分を取り分けてからギャラリーに「皿持ってきなよ!」と言い、その後は給餌マシーンとなった。

「ほんとにいいの?ほんとに?」

「これすごい美味しそうな匂いでたまらなかったのよ、ありがとう」

「金出しても食べたいレベルだよ~」

とか言いながらキャンプ場中の人間が並び、2鍋分のカレーも焼きそばもスペアリブも綺麗に完食された。

俺が用意がいいのは昔もこんな事があったからだ。

あの時最低限の材料しか持っていかずにBBQをやって、周囲の人間たちから殺意の篭った目を向けられながら食った飯は味がしなかった。

 

腹いっぱい食って、美波以外は酒も入った女性陣はテントとハンモックで爆睡を始めた。

俺はこれから晩飯の用意だ。

もうキャンプ場にいるほとんど全員が晩飯を俺に作らせるつもりで各人の持ち寄り食材を持って集まってきていた。

これももう慣れた、チートのせいだから仕方がないと割り切る事ができるようになったのは小学校の高学年になってからだろうか。

色んな肉と色んな野菜があつまってきたので、俺はどんな食材でも消費できる魔法のメニューである餃子を作ることにしたのだった。

「何でも買い物行ってくるよ!」と言ってくれたお姉さんに餃子の皮の買い占めを頼み、俺はとにかく高速で餃子の具を作っては鍋に詰めて各人のクーラーボックスに入れてもらっていく。

夏は普通に置いておくと夜まで保たないのが面倒だ。

クーラーボックスでもギリギリな食材もあるので、そういうのはぱぱっと料理にしてしまえば周りで酒盛りしている誰かしらが食べてくれる。

 

せっかくのキャンプだが1日中金にもならない料理をすることになった。

でも恐らく俺の役割は多分一生料理担当だろうし、こういう事で人から頼られるのが嫌いってわけでもない、色々な諦めは小学生のうちにつけたつもりだ。

それでも、それでもだ。

必死に料理してる目の前で酒を飲みながら爆音で音楽鳴らして踊られると、ちょっと思うところはある。

ちょっとだけね。

 

餃子はタネだけ作っておけばあとは包んで焼いたり茹でたりするだけだ。

昼間から17時過ぎまで延々肉や魚や野菜をみじん切りにし続けていた俺は、料理が出来る人にタネを渡してようやくお役御免となった。

各テントの前で餃子が焼かれ、皆でそれを少しづつ食べ歩く不思議な空間を見つめながら俺はかっぱらってきた酒を飲んでいた。

 

餃子は大好評だったらしい。

変わり種と言えるつみれ餃子やつくね餃子なんかも好評だったらしいが、俺のチートで味が破錠しないのをいい事に笑いながら作ったキムチあんこう餃子やスッポン南瓜餃子、野草と枝豆のベジタリアン餃子なんかも大好評のうちに完食されたらしい。

らしいというのは俺が途中から酒で記憶をなくしていたからで。

マジギレ気味の美波から聞く所によると半裸で千川さんを口説いたり、全裸で刀削麺を作って拍手喝采を浴びたり、それに気を良くしてよくわからない歌を熱唱したり、美波を強引にテントに連れ込んだ挙句何もしないで朝まで爆睡したりしていたらしい。

帰りの車内は地獄だった。

一言も喋らない美波と爆音で俺のCDをかけながら歌詞カードを無理やり駄洒落にしながら朗読する楓が後部座席に座っているのをチラチラ見ながら、なんだかちょっと色っぽい千川さんの助手席で縮こまりながら家まで帰った。

 




和久井女史=和久井留美、原作では元秘書アイドル
三浪の佐藤=佐藤心、原作では痛い人系アイドル
ショタコン美船=三船美優、原作では母性あふれるアイドル
千川ちひろ=原作ではお金を払えば実質無料でガチャを回させてくれる天使
ワイアードの記者=クリス・コーラー

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