全世界が注目していた2015年10月のマッドコイン。
その販売中止が、新しく雇われたマッドナルド広報の高橋礼子女史から正式にアナウンスされた。
表向きの理由は準備不足。
実際はクレーム多発による会社の機能停止だ。
なんせ今月受けた訴訟だけでも17件もあるのだ。
どれも逆に訴え返せるようなしょーもない訴訟だが、相手はしなければならないので社員の少ないうちの会社は通常業務どころではなくなった。
緊急でちひろがどこからか引っ張ってきた人材達が今もモリモリ働いているが、まぁ今月はどうにもならんだろう。
とはいえ10月分のマッドコインはもう作ってしまったので、それはそれとして有効活用する事にした。
ちょっとだけ肌寒い雨の日、マッドナルドの押さえたホテルに本日のゲストがやってきた。
「今日はどうもご招待ありがとう」
「ありがとうございます。とっても楽しみです」
1組目は765プロダクションの高木社長とアイドルの佐久間まゆ、佐久間さんはウエストを絞ったレトロなワンピースで大人な感じだ。
「今日はお招きいただきありがとう」
「ふふ……楽しみで昨日はなかなか寝付けませんでした」
2組目は961プロダクションの黒井社長とアイドルの四条貴音だ。
四条さんはパブリック・イメージ通りに白い襟付きブラウスと落ち着いた色のスカートをおしゃれに着こなしている。
そして最後の3組目は美城芸能の美城社長の娘さんなんだが、今日は見たことない兄ちゃんを連れていた。
「今日は楽しみにしてきたよ。知っていると思うが、一応改めて紹介しよう。ドチャ盛りトロピカル本店の店長の木下氏だ」
知らない。
「あ、あのっ!俺、僕っあなたのラーメンを真似たラーメン屋やらせてもらってるラッパーの劉備玄米です!あの時はありがとうございました!」
すごい勢いで頭下げられてるし、紹介された名前と違うし、会った覚えないし、わけがわからない。
適当に話合わせとくか。
「あのラーメン、作ってみると難しいでしょ?」
「はいっ!!でも日々精進です!
俺の健闘!
崩せ伝統!
湧くぜ熱湯!
売れろ寸胴!
BOOOOM!!」
「…………」
意味がわからない、なぜ俺は知らない兄ちゃんに下手くそなラップを聞かされてるんだろうか。
「す、すいません!あ、握手してもらってもいいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます!もうこの手は洗いません!」
「店に保健所来るよ」
以上の3組6名が本日のゲストだ。
元々我が社ではマッドコイン1枚につき客4名までという制限をしていたのだが、さすがにコインの値段が上がりすぎたので今月から6名までと上限を上げた。
前回の販売でいくらセレブだろうがさすがに1人で支払うのは辛い値段がついたからな、ワリカン前提での運営に方向転換したわけだ。
とはいえ今月は裁判やら新入社員の歓迎会やらでゴタゴタしていてコインの販売は実質不可能。
どうせ売れないのならば欠番として飾っておくよりは、普段お世話になっている身内に楽しんでもらおうと思ったわけだ。
「今月からマッドコインが純金製になりました。こちらと同じデザインのレプリカを用意してありますので、お帰りの際に是非ともお持ち帰りくださいね」
千川さんがゲストに説明をしているうちに俺は厨房へと引っ込む。
事前に3組それぞれのリクエストは貰ってあったので、料理の準備は万端だ。
今月からは調理助手も二人増えた。
といっても飯屋きらりの三船嬢とサンサーラの財前さんなんだけど。
三船嬢が「マッドナルドの厨房で勉強させてもらいたいです」と言いだしたと思うと、すぐに財前さんも「手伝ってやってもいいわよ」と尊大に言ってきた。
この二人は何やら奇妙なライバル関係にあるようで、こうしていつも俺を挟んで火花を散らしている。
料理の腕はどっこいどっこいだけどな。
さて、ラーメン大好きお姉さんとラーメン大好きアイドルがいることからわかると思うが、今日の料理はラーメンだ。
しかも765プロの高木社長までラーメンをリクエストしてきたので、ほんとに出す料理全部ラーメンだ。
最近ずっとラーメン作ってるから、正直そろそろ飽きてきたんだけどな。
まず765プロのリクエストは、昔にきらりの感謝デー限定で出した煮干し系ラーメン。
高木社長はあれの味が忘れられなくて色々食べ歩いたそうだが、どうにも満足することはできなかったとのことだ。
次に美城芸能のリクエスト、これはいわゆる『きらり系』と呼ばれているらしい前世で言うところの二郎系だ。
美城社長の娘さんはこの一杯をきっかけにラーメンというジャンルそのものにハマってしまったそうだ。
娘が夜遊びをするようになったとかで、美城社長からは度々恨み節をぶつけられたもんだ。
俺が知るかそんなもん!
躾は家庭でやってくれ!
最後に961プロ。
これも二郎系なのかと思いきや、あの銀髪の方のラーメンお姉さんはもっと無茶苦茶な注文をぶっこんできた。
『なにか新しいらぁめんを』
との事だ。
俺のチートはそういうふわっとした新しい料理を作る事とかは苦手なんだけどな。
幸い俺の前世の記憶にはこっちにはまだないラーメンの当てがいくつかあったので、今回はなんとかなった。
この3つのラーメン。
味だのなんだのは問題ないにしても、実際に厨房で3種類も並行してラーメンを作ってみると結構つらい。
何がつらいってまず作業量が多い。
なんだかんだ朝の3時からダラダラやって、今昼の12時だ。
ほとんどは煮込み時間なんだけど、こんなことを毎日毎日やってるラーメン屋さんには頭が下がる。
あとシンプルに匂いがすごい。
厨房の換気が追いつかなくて、いろんな濃い匂いが混ざりまくってとんでもないことになっている。
財前さんなんかずーっと凄い嫌そうな顔をしながら鍋をかき混ぜてるからな。
でもラーメンを試食させてみたら、なかなかに複雑な顔をしていた。
完成したラーメンを今日のためにわざわざ買ってきた岡持ちへと入れ、俺とウェイターはテーブルへと向かう。
今日は身内の集まりだから、一応俺も出ていくことにしたのだ。
「やぁ、待ってたよ。私はこいつを夢にまで見てね」
と高木社長が煮干しラーメンを前に目尻の涙を拭い。
「これが最後のオリジナルきらりだと思いなさい」
「はいっ!盗めるだけ盗みます!」
と美城社長の娘さんと変な兄ちゃんは気合を入れ。
「これが……新しいらぁめんですか」
「ちょっと濃そうだな……」
と四条貴音は顔を上気させ、黒井社長は先飲みの胃薬をペリエで流し込んだ。
全員の前にラーメンが行き渡ったところで、こだわりのプラスチックタンブラーに飲み物を入れた俺が前に出る。
「皆様、お飲み物はお持ちですか?それではアイドルマスター MY GENERATION 本当にお疲れ様でした!どのお食事もおかわりは充分にございますので存分にご飲食ください!乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺が音頭を取ると、みんな一斉に食べ始めた。
「おいしいなぁ」
「しょっぱいですけど、優しい味ですね」
高木社長と佐久間さんが並んでラーメンを食べていると、まるで大晦日に年越しそばを食べに出てきた爺さんと孫娘のようだ。
「…………」
「…………」
美城の娘さんとラーメン屋のコンビは完全に無言でひたすらに食べている。
「やっぱり濃いじゃないか……」
「これは……ふむ、ふむふむ」
今回黒井社長達に出したのは、いわゆる天下一品の超こてもどき。
ラーメンというよりは麺入り中華シチューだ。
普通に食べているつもりなのにスープが全部なくなっていたりする、恐ろしいラーメンなのである。
俺も前世の学生時代によく行ったが。
なぜか俺を含めた周りの男全員、一度もあっさり味のラーメンを頼むことがなかった。
天下一品のこってりラーメンには、男を強く惹きつける引力があったのだ。
結局この後、四条さんは3種類すべてのラーメンを2杯づつ完食。
美城専務は『きらり系』の2杯目と天下一品もどきを少しだけ味見し。
ラーメン屋は相当頑張って3種類のラーメンを1杯づつ食べ。
他の人達は全員1杯だけで満腹になり、お腹をさすっていた。
「成人の皆様には、できましたらご試飲いただきたいものがありまして。うちの嫁さんの実家で作ったワインなんですけど……」
「なにっ!?酒!?」
「勘太郎君が作ったのかい!?」
「是非とも!是非とも飲ませていただきたい!」
なんか凄い食いつきだ。
このワインは、うちの嫁さんの高垣楓の親戚の造り酒屋で作ったものだ。
一昨年俺がそこで仕込んだ清酒の出来が良かったから今度はワインが飲んでみたいとのことで、親戚とその近所のワイナリーとの連名で俺が召喚された。
まぁ俺も実際酒は好きだし、作ってみた清酒も思っていたより美味かったし。
自分で仕込んだ酒を長期熟成するってのもなかなか浪漫がある事だと思ったので、ホイホイと和歌山へ向かったものだ。
それから1年がたち、色々と作ってみたうちの白ワインは一応飲めるようになった。
このお酒は結構数を作ったので売りに出すつもりなのだが、その前に身内の皆さんにお披露目しようと思ったわけだ。
ちなみにみかんジュースも作ったので、未成年の佐久間さんと四条さんにはそっちで我慢してもらおう。
もちろん、俺もだ。
ソムリエ衣装を着たうちの新入社員の柊志乃が、ゲストのグラスにワインを注いでいく。
ラベルには漢字で二文字、清酒と一緒の『高峯』だ。
『楓』にしようかとも思ったが、他の嫁さん達の視線が怖かった。
まぁ、いらぬところで波風を立てる必要もあるまいて。
「これはなんとも……妙な迫力が……」
「えも言われぬ芳醇な香りが……」
「本当に去年作ったワインなの?」
「ぶどうの香りがする」
めいめいが口に含み、しばらく無言の時間が続く。
気づいたら、黒井社長が静かに泣いていた。
「これまで飲んできたあの美酒達は……一体何だったんだ?」
「これ、熟成させたらどうなるんだい?」
「とんでもないことになるとしか……」
「…………」
まぁワインは舌の肥えたVIP達から大好評だったと言ってもいいだろう。
みかんジュースもね。
あけて11月、ついに公開が始まったガンダムシリーズ最終作『機動戦士ガンダムⅢ 〜めぐりあい宇宙〜』はいつも通りの低空飛行を続けていた。
特にネットで炎上する事もなく、もちろん反対にバズる事もなく。
劇場には一作目、二作目で増えたファン達が順当に見に来ただけ。
黒井社長の熱唱する『めぐりあい』がぽつぽつと席の開いた劇場に響いていた。
とはいえ、ガンダムというコンテンツそのもの自体が低調なわけじゃない。
若き俊英である荒木比奈を監督に、この秋から始まったTVアニメ『ガンダムバトルビルドファイターズ』は快調にヒットを飛ばしていた。
劇場版ガンダムのプラモデルは売れないのに、バトルビルドファイターズに出てくるSDガンダムのプラモデルはティーンを中心に売れに売れていたのだ。
なぜバトルビルドファイターズは受け入れられて、劇場版ガンダム三部作が受け入れられないのか。
キッズ達の感想を要約すると、劇場版ガンダムは「難しくて怖い」そうなのだった。
小難しい台詞を言いながら血みどろの戦争をやっている劇場版ガンダムよりも、青春スポ魂ラブコメアニメのバトルビルドファイターズの方が子供人気が出るのは当然といえば当然。
俺の前世の感覚では「ガンダムは大人のもの」なのだが、この世界にはガンダムを通って成長した大人がまだいない。
大人のいないガンダムという列車にはキッズ達が乗り込み、今やクリスマス商戦のメインストリームにまで片足を突っ込みつつある大出世だ。
会社の商品が売れるのは嬉しいが、俺の思っていた男の子へのロボットアニメの啓蒙という目的からは遠く離れてしまった。
いや、バトルビルドファイターズを見ている男の子も多いから一周回って大成功なのか?
ともかく現時点での劇場版の失敗は、潔く認めざるを得ないだろう。
思い入れと歴史の積み重ねのないガンダムなんか、ただのカルトアニメだったということか……
その事実に打ちのめされた俺は、嫁さんたちに慰められながら下呂温泉へと家族旅行へ行ったのだった。
ただ、この十年後に本当のカルトアニメとなったガンダム劇場三部作。
そして金型の全権を俺が持っている関係で一度も再販されなかったそのプラモデル。
それが目の玉が飛び出るような値段で取引され始めるという事を、今はまだ誰も知らないのであった。
苦労してこの世界のファーストガンダムを作ったと思ったら、ほとんどイデオン扱いだったという話でした。
10/27に色々加筆しました。