雪のちらつきだした2015年12月。
パワー・オブ・スマイル25による2枚目のフルアルバム。
そしてKTRという作曲家にとっても2枚目で、最後となるアルバムが発売された。
タイトルは『That's it (これでおしまい)』だ。
ジャケットはKTRの前作『not enough』のCDを積み重ねて作られたタワーを、ドレスを着た背の高い女性が瓦割りのように叩き潰している写真。
もちろん俺の妹の高峯きらりだ。
写真ではCDタワーの半ばで拳が止まっているが、実際はタワーの下の黒檀の机まで粉々に粉砕している。
美城社長の机だ、後で物凄く怒られた。
ブルーレイディスク付きの初回限定版は『アイドルマスター MY GENERATION』のパワーオブスマイルのステージ映像や、スタジオでのレコーディング風景の映像付き。
あとパワーオブスマイルのキャラクターが、大覇道のゲーム内で使えるようになるシリアルコードもついてくる。
25人もキャラを実装するのは地獄だったと社員がぼやいていたな。
その初回出荷全世界100万枚は発売初日で売り切れた。
元々予約で30万枚ぐらい注文が入ってたらしい。
ほとんどが海外だが、日本も出荷した分だけ全部売れているようだ。
ダウンロード版もまだ集計が出てないけど、そっちは初日でだいたい50万ぐらい。
発売早々各国のチャートですべてを蹴散らし1位に君臨したそうだ。
プレッシャーで吐きそうだ。
テレビでは発売カウントダウンイベントとか言って、渋谷のタワーレコード前で若者が暴れまわっていた。
レコードも英語版だけ1万枚出したんだけど、これは予約だけで完売。
美城の担当者が「大変なことになってますよ」と震える声で電話してきたのが記憶に新しい。
このCDは音楽著作権管理団体が絡んでないので、いろんな町でエアプレイもガンガンかかってる。
肝心の評判はどうなんだろうかと思ってネットでエゴサーチを繰り返すが、否定的な意見は『売ってない』とか『Project:Krone以外は無価値』とかそういうのばっかりだ。
ちなみにこのCDの発売と同時に英語圏向けの大覇道が正式リリースされたのだが、なぜかタイトルが『Die Hard』になっていた。
先祖返りしてて草。
世界的なアルバムは発売されたが、大変なのは美城芸能の皆さんだけということで。
12月半ばにサギゲームスとサンサーラの合同忘年会が行われた。
アイドルマスターの関係者も招待されているが、さすがにパワーオブスマイルの面々は忙しすぎて来れていない。
いつものホテルのホールを貸りて使い、料理は冬らしくちゃんこ鍋だ。
相変わらず欠食児童みたいに飯にがっつく社員達に「来年もよろしく頼むよ」と、お酌をしながら各テーブルを回る。
みんな口々に「新年会はてっちりがいい」とか「来年は部長になりたい」とか「もう来年は監督やりたくないっス」とか好き放題なことを言ってきたが、来年のことを言うと鬼が笑うぞ。
来年はバトルビルドファイターズトライが待ってるぞ、と荒木監督の肩を叩いているとアイドルの一ノ瀬志希が挨拶に来た。
「社長ー、次のアイドルマスターいつやるの?志希ちゃんまだ勝ってないからつまんないんだけど〜」
軽く言いながらも、その目は真剣な闘志に燃えているのがわかった。
「もうないよ」
俺の言葉に「えっ」と別の席から声が上がる。
総合プロデューサーだった。
周りの席は静まり返っている中、動揺しすぎて椅子を倒しながら彼は俺に詰め寄る。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと。もう3月に予定して企画組んでますよ!社長が言うとみんな信じちゃうんだから、変なこと言わないでください!」
「それボツ、今後しばらくアイドルマスターは大覇道から切り離す」
「ボツって……ドル箱コンテンツなんですよ!!」
「そうやってこれから飽きられて、終わったコンテンツ扱いされていくわけか」
「そんっ、そんな言い方ないでしょう!」
総合プロデューサーは俺の胸ぐらを掴んで、荒っぽく揺すった。
「同業他社も似たような事やってんな、すぐに飽和してみんなアイドル自体に飽きるぞ」
「うちは元祖ですよ、ずっとやっていけます」
「現実のアイドルとリンクってのが失敗だったな、やってる事が単なるミスコンになっちまった」
「それの何がいけないんですか!古くからある娯楽でしょう!!」
「選んで好きになって応援する……その先が必要だって言ってんだよ!!」
「その先って……」
総合プロデューサーの手が緩んだので、俺は奴の胸に拳を当てて押し返した。
「プレイヤーみんな、プロデューサー(お前)になるんだよ!!次のアイドルマスターは、アイドルをプロデュースするゲームだ!!」
「プロデューサーって……」
「ファンが全員お前になったらどうなる!忘れられないコンテンツになるんじゃないのか!?自分と二人三脚でやってきたアイドルを『飽きた』って言って見捨てられるのか!?」
長く長く続く静寂が耳をついた。
「……できません、それはできません」
総合プロデューサーは観念したように目を閉じて、苦渋の表情でそう絞り出した。
「総合プロデューサーから降ろしてください、僕はアイドルマスターをやります」
「えっ……!お前降りたら誰が大覇道やんの……」
俺の言葉に部屋中から怒号が響いた。
「バカヤロー!!やらせてやれよ!!」
「男がそこまで言ってんだぞ!!!!」
「ほんと人の気持ちがわかんねぇやつだな!!」
「給料上げろー!!」
「ワイン飲ませろー!!」
「美波様と別れろクソ社長ー!!」
関係のない悪口もだいぶ混ざっていたが、俺は社員と総合プロデューサーの熱意に押されてうんと頷かざるを得なくなっていた。
そしてこの騒動の口火を切る質問をした一ノ瀬志希は、いつの間にか席に戻ってちゃんこを楽しんでいたそうだ。
…………
時間は飛んで2016年の12月。
世界で一番売れたアルバムこそは逃したものの、見事ダイヤモンドディスクを達成したパワーオブスマイル。
そのメンバー達は忙しいワールドツアーの合間を縫って日本へと凱旋していた。
PROJECT IM@S 2nd VISIONのオーディションを受けるためだ。
第一弾をコンシューマーゲームとしてリリースすることに決まった、新たなアイドルマスター。
他社から引き抜いてきたコンシューマー向けの即戦力人材により開発も順調で、あとはキャラクター声優の決定を待つのみであった。
その日、オーディション会場を前にした島村卯月は不思議な運命を感じていた。
一昨年の今頃、まだ見ぬステージを夢見ていた。
頑張るだけじゃどうにもならなくて、大人達の間で翻弄されて灰被りのまま捨てられて。
打ちのめされた彼女は逃げ出した公園で魔法使いに出会い、カボチャの馬車に乗った。
去年の今頃、熱狂のステージに踊らされていた。
掴んだ夢が大きすぎて、ガラスの靴はどこかへ吹っ飛びジェット飛行機で世界へと飛ばされた。
そして今年、彼女はまたまだ見ぬステージに向かっていた。
掴んだ夢が、熱狂が、彼女の中を通り過ぎたあと、残ったのは高峯勘太郎という本物への畏敬。
巨人の胃袋のようなスタジアムも、観客が地平線まで続くような野外ステージも、何億円もかかった精密な舞台装置も、彼女をどこへも連れて行ってはくれなかった。
どこまで行っても、島村卯月はただ有名になっただけの18歳の少女だった。
「あの人のように強くなりたい」と彼女の中の、ダイヤモンドのように硬い妄信が言っている。
あの日、自分は拾われた。
今日は選ばれに行くのだ。
今、彼女の目は正気のままに燃えていた。
『じゃあ、68ページの頭から読んでもらえるかな』
「はいっ!その前に、1つだけいいですか?」
『どうぞ』
「これ、高峯社長は聞いていますか?」
『……聞いてるよ』
「なら大丈夫です、よろしくおねがいします!」
『じゃあ、68ページの頭から』
「はいっ!……プロデューサーさんっ!ドームですよっ!ドームっっ!!」
島村卯月は心から楽しそうに、笑顔でそれを演じていた。
次回エピローグ!!